ニコ研!   作:増田 幹太

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冬野 雪菜編


 

六月――

 

梅雨である。

 

毎日のように雨が降り、土や蛙等が喜び人々が憂鬱になる季節。

 

その日も、昼過ぎから雨が降っていた。

 

 

「あ~やっぱり降ってきたか・・・」

 

 

寮の最寄りのスーパーマーケットの入口から現れた明彦が呟く。

 

その手には買い物袋がぶら下がっている。

 

学校には学食があるが、流石に毎日それだと食費が馬鹿にならないのでたまには明彦も自炊する。

 

今日はそのための買い出しに来ていたのだ。

 

 

(午前中からめっちゃ降りそうな雲だったからな・・・)

 

 

明彦は店頭にある傘立てから自分の傘を選んで抜き取る。

 

降り始めなのか、雨はそれ程強くはないがここから寮まではそこそこの距離がある。

 

小雨でも寮に辿り着く頃には恐らくずぶ濡れになっているだろう。

 

明彦はバサリと傘を開いて帰路を歩き出す。

 

 

(こう雨ばっかりだと気分までじめじめしてくるよな・・・)

 

 

そう思いながら生暖かい雨の中を歩いて行き、明彦はもうすぐ学校の敷地内というところまで辿り着く。

 

 

「……ん?」

 

 

すると、曲がり角で見慣れた姿を目撃する。

 

 

「あれって……冬野だよな……?」

 

 

そこには雪菜が傘もささずにしゃがんでいた。

 

そして、その目線の先に は段ボールの中に入れられた黒猫がいる。

 

なんとなく不思議な光景に思わず明彦の足が止まる。

 

雪菜は暫く黒猫を眺めると、ヒョイっとそれを持ち上げる。

 

 

(なにしてんだあいつ、うちの寮はペット禁止だぞ?)

 

 

話し掛けてみようと明彦が雪菜に歩み寄る。

 

 

「お前、可愛いな」

 

 

雪菜が猫と視線を合わせて微笑む。

 

 

「な~にどこぞの不良みたいなことやってんだ、お前」

 

 

明彦が雪菜に傘を傾ける。

 

雪菜は予期していなかった明彦の声に、肩を跳ね上がらせて驚く。

 

 

「なっななななんで広瀬君がこんな所に!?」

 

 

素早く猫を段ボールの中に戻し、慌てて雪菜が振り返る。

 

 

「まぁ、買い出し?」

 

 

明彦が買い物袋を軽く持ち上げてそこに視線を送る。

 

 

「お前こそこんなところでなにしてんだ?」

 

 

「この捨て猫この前見つけて……気になったから。

 

うちの寮はペット禁止だし、飼い主が見つかるまでご飯でもって……」

 

 

「ふぅ~ん。

 

べつにいいけど天気予報ぐらい見てから外出ろよ。

 

風邪引くぞ?

 

ほら、これ貸してやっから」

 

 

明彦が自分の持っていた傘を差し出す。

 

 

「いいよ、広瀬君が濡れちゃう」

 

 

「べつにもう少しだし、気にしねぇよ。

 

お前はもう結構濡れてんじゃん。

 

これ以上濡れて下着とかが透けたらどうすんだ。

 

女子なんだからそんくらい気にしろよ。

 

ほら」

 

 

持てと言わんばかりに明彦が傘を持った手を雪菜の方へ持ち上げる。

 

 

「変態……

 

いっつもそんな事考えてるの?」

 

 

雪菜が一歩身を引いて蔑むような視線を送る。

 

 

「んな訳ねぇだろ……

 

これは俺なりの優しさだ」

 

 

それをみた明彦がジトッとした目で雪菜を見る。

 

 

「きもっ……」

 

 

「うっ……

 

まぁそうゆうなって……」

 

 

本気で嫌そうな顔をする雪菜に、明彦が傷心した様子で言う。

 

 

「やることは一応終わったのか?」

 

 

「うん。

 

どうしてそんな事訊くの?」

 

 

「いや、一緒に帰ればお互い濡れなくて済むと思ってさ。

 

お前は俺が濡れるのを気兼ねしてくれてんだろ?

 

俺もこうなった以上お前を濡れて帰す訳にはいかないからな、男として」

 

 

「そう。

 

じゃあお邪魔しようかな……」

 

 

「おう」

 

 

「それにそう言わないと広瀬君引き下がらなそうだし……」

 

 

「めんどくさい奴で悪かったな……」

 

 

明彦が気落ちした様子で呟き、二人は並んで歩き出す。

 

 

「なぁ、冬野って動物好きなのか?」

 

 

少し歩いて明彦が尋ねる。

 

 

「うん」

 

 

雪菜が頷く。

 

 

「笑ってる冬野見たの始めてだよ。

 

よっぽど好きなんだな」

 

 

明彦がそう言った瞬間、雪菜の足が止まる。

 

 

「どうした?」

 

 

明彦も足を止めて振り返る。

 

 

「……やっぱり、見たの……?」

 

 

雪菜は小さな体を震わせながら呟く。

 

 

「見たって……何を?」

 

 

ただならぬ雰囲気を感じ取った明彦が恐る恐る聞き返す。

 

 

「私が、笑った顔……見たの?」

 

 

「いや、見たけど……

 

えっ、何?

 

笑顔にコンプレックスでもあんのか?

 

安心しろ、普通に可愛かったぞ」

 

 

怒りにも似た雪菜の声音に、明彦は狼狽しながらも必死に宥めようとする。

 

 

「――わるな……!!」

 

 

「……え?」

 

 

「もう二度と私に関わるなって言ったのよこのバーカ!!」

 

 

雪菜は震える声でそう叫ぶと、明彦の持っていた傘を奪って走り出す。

 

唖然とする明彦。

 

 

(あいつ……今泣いてなかったか……?)

 

 

走り去る雪菜の頬に伝う雫。

 

もしかしたら雨だったかもしれないのだが、明彦にはそれが涙に見えた。

 

 

(ってか、傘……)

 

 

ひっきりなしに降り続ける雨の中、明彦は一人虚しくそう思うのであった。

 

 

 

 

 

―数日後―

 

 

(くそぉぉぉぉぉ!!

 

なんでだよぉぉぉぉぉ!!)

 

 

「どうしたんだ?

 

明彦」

 

 

昼休み。

 

教室の机に突っ伏して頭を掻きむしる明彦に奏が声を掛ける。

 

 

「最近冬野にスッゴい避けられてんだよ……」

 

 

明彦が奏の方へ顔を向ける。

 

 

「お前なにしたんだよ……」

 

 

奏が呆れた様子で言う。

 

 

「あいつの笑った顔を見た」

 

 

「は?」

 

 

奏の脳が一瞬完全に停止する。

 

 

「いやいやいや、意味がわかんねぇんだけど……!」

 

 

そしてブンブンと手を左右に振る。

 

 

「お前訳わかんねぇよ……

 

でもあいつ廊下で会えば逃げるし、休み時間に会いに行っても居ないし、部活でも無視するし……

 

嫌われたのかな……」

 

 

「お前、あいつの事好きだったりするのか?」

 

 

悲しげに呟く明彦に、思わず奏が尋ねる。

 

 

「なんで今んな事訊くんだよ」

 

 

怪訝そうに明彦が言う。

 

 

「ちょっと気になっただけだ。

 

べつに答えたくなかったら言わなくていい」

 

 

「異性としてはよくわかんねぇ。

 

でも人としては好きだ」

 

 

奏がそう言うと、明彦は少しの間考えるような間を取ってから顔を正面に向けて答える。

 

 

「ふぅん。

 

まぁそれはいいとして、考え過ぎなんじゃねぇの?

 

ほら、あいつって元から口数少ないし、結構無愛想じゃん」

 

 

「だといいんだけどな……」

 

 

あの日、雪菜は確かに「二度と私に関わるな」と言った。

 

 

(これで嫌われてない方がおかしいよな……)

 

 

「はぁ……」

 

 

「あっ、そいやさっき会長が来たぞ?」

 

 

明彦が溜め息をつくと、思い出したように奏が言う。

 

 

「会長?

 

どうして?」

 

 

明彦が体を起こして奏の方を向く。

 

 

「なんか今日は部室に五時半全員集合だってよ」

 

 

「珍しいな、なんかあんのか?」

 

 

「さぁ、行きゃわかんだろ」

 

 

 

―放課後―

 

 

「よし、全員揃ったな」

 

 

薫が部室に顔を揃えた部員の面々を見回して言う。

 

 

「今日集まってもらったのはほかでもない。

 

毎年恒例の夏合宿について話し合いたいと思ってな」

 

 

「合宿なんてあるんですか?

 

この部活……」

 

 

仰々しく言う薫に、明彦が困惑した様子で言う。

 

 

「うむ。

 

この部も一応部費を貰っているからな。

 

使い切らないと来年から額を減らされてしまう」

 

 

「いや、そうゆうのって文化祭の為にとっておいた方がいいんじゃ……」

 

 

「広瀬」

 

 

心配そうな表情の明彦に誠が声を掛ける。

 

 

「この部が文化祭だからってそんな金使うように見えるか?」

 

 

「うっ……確かに……」

 

 

明彦が表情を強張らせる。

 

 

「して、終焉の地は何処に……?」

 

 

「…………?」

 

 

奏の質問に薫が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

「ああ、多分目的地はどこですかって 訊いてるんですよ。

 

だよな?」

 

 

確認するために明彦が尋ねると、奏がコクリと頷く。

 

 

「おっ、おお……なるほど……

 

今年も例年通り海へ行こうと思う」

 

 

薫は一度困惑したような表情を浮かべるが、気を取り直して答える。

 

 

「おお、いいですね!

 

海!」

 

 

明彦が興奮した様子で薫の意見を肯定する。

 

 

(そう、これだ!

 

俺が求めていた青春とは!

 

部活のみんなと海!

 

最高じゃねぇか!)

 

 

「嫌です」

 

 

人知れずヒートアップする明彦の思考に、雪菜の冷めた声が水を注す。

 

 

「「……え?」」

 

 

予想もしていなかった雪菜の言葉に、明彦と薫が目を丸くさせる。

 

 

「今……なんと……?」

 

 

薫が恐る恐る尋ねる。

 

 

「失礼ですが私は海には行きたくありません。

 

目的地が変更されない場合は私は行きません」

 

 

雪菜は眉ひとつ動かさず淡々と言い放つ。

 

 

「そっ……そんな……」

 

 

なぜか薫は酷く落胆した様子でガックリと項垂れる。

 

 

「なんで嫌なんだ?

 

いいじゃん海」

 

 

明彦が尋ねるが雪菜は返事をしない。

 

まるでなにも聞こえていないかのように黙々と小説を読み更けている。

 

 

「あっ、もしかして泳げないとか?」

 

 

「バカにしないで。

 

42.195km は余裕で泳げる」

 

 

ちらりと明彦を一瞥 した時の視線はいつもよりも鋭かったが、それでも一応雪菜が答える。

 

 

「いや、さすがにそれは嘘だろ……」

 

 

明彦が呆れ気味にツッコミを入れる。

 

 

「ってかそうじゃなかったらなんで嫌なんだ?

 

水着持ってないとか?」

 

 

「逆になんであんたはそんなに海にこだわるの?

 

変態?」

 

 

立て続けに質問してくる明彦に対し、雪菜がとんでもなくうざったそうな表情で尋ねる。

 

 

「なんでそうなんだよ……」

 

 

「どうせ先輩達の水着姿が目的なんでしょ?

 

それを変態と呼ばないでなんて呼ぶの?

 

変態」

 

 

雪菜が汚いものを見るような目付きで明彦を睨む。

 

 

「なっ、ちっちげぇよ!

 

俺はただ部活のみんなと海とか青春だなぁって思っただけだ!」

 

 

「きも……」

 

 

慌てて弁解する明彦に追い討ちを掛けるように雪菜が青い顔で呟く。

 

 

「その反応酷くね!?」

 

 

明彦が目尻に涙を浮かべて反論する。

 

 

「可哀想に、変態だから一般人の感覚が分からないのね……」

 

 

「かっ、会長!

 

べつに気持ち悪くないですよね!?

 

俺普通ですよね!?」

 

 

雪菜にそう言われ、急に自分の感性が正常かどうかが不安になった明彦は、慌てて薫に意見を仰ぐ。

 

 

「あっ、ああ……

 

その、年頃の男子が女体に興味を持つのは至って普通の事だと思うぞ……?」

 

 

「いや、なん の話ですか!?」

 

 

なぜか自分の体を抱くように腕を廻し、恥ずかしそうに答える薫に明彦がツッコミを入れる。

 

 

「じゃあ、立花先輩はどう思いますか!?」

 

 

明彦が薫から美華へと視線を移す。

 

 

「うっ、うん……

 

わっ、私もそうだと思うよ……?」

 

 

なぜか薫と同じように自分の体を抱くように腕を廻し、恥ずかしそうに美華が答える。

 

 

「それは会長と俺のどっちの意見に賛同してるんですか!?」

 

 

明彦が困惑した様子でツッコミを入れる。

 

 

「じゃあ草苅先輩!

 

男だったらこの気持ち分かってくれますよね!?」

 

 

そして、藁をも掴む思いで誠に尋ねる。

 

 

「おっ、おう……

 

まぁ、分からなくもないけど……」

 

 

なぜか薫達と同じく自分の体を抱くように腕を廻し、恥ずかしそうに答える誠。

 

 

「いや、これそうゆうふりじゃないですから!

 

真似しなくていいですから!

 

ってか男がそのポーズすると流石にキモいですよ!?」

 

 

明彦が今日一番のボルテージで誠にツッコミを入れる。

 

 

「キモい……」

 

 

「お前も真似しなくていいから!

 

ってかいちいちそのワードに反応すんな!」

 

 

自分の体を抱くように腕を廻して呟く雪菜に、明彦がうんざりした様子で言う。

 

 

「お前、大変だな……色々と」

 

 

(なんか神崎にめっちゃ同情された……!?)

 

 

気の毒そうに奏に言われ気持ちが落ち込んだのか、明彦が黙り込む。

 

 

「で、実際の所どうしてなんだ?

 

私達で解決出来ることなら善処するが……」

 

 

「実は……私、訳あって人前に肌を露出したくないんです。

 

だから、水着とかになる海はちょっと……」

 

 

明彦の時とは違い、しっかりと相手の目を見て答える雪菜。

 

 

「だから雪菜ちゃんこんな蒸し暑いのに長袖なの?」

 

 

美華が恐る恐る尋ねる。

 

因みに、薫は夏用の制服を着、それ以外の部員も雪菜以外は夏らしい涼しげな格好をしている。

 

 

「ええはい。

 

そうです」

 

 

雪菜が答える。

 

思い返せば、雪菜はいつも謎の憮然と書かれた(同じものが複数枚あるようだが、たまに文字が代わる)長袖のトレーナーを着、十分丈のレギンスの上からショートパンツを履いているため、確かに肌の露出は少ない。

 

 

「それは、宗教とかそういった類いか?」

 

 

「いえ、そういう訳ではなく……

 

単純に私が見せたくないだけなんです。

 

すいません……我が儘だって事は分かってます。

 

でも、どうしても肌を見せる事は出来ないんです」

 

 

薫の問いに、雪菜が申し訳なさそうに言う。

 

 

「へっ……

 

お前そんな中学生みたいななりでボディーラインとか気にしてんの――がふぉっ!!??」

 

 

からかうように言う明彦の横っ腹に雪菜のブーツがめり込み、そのまま明彦の体が弾け飛ぶ。

 

ドガッ――

 

部室の隅にある小さな箪笥に背中を打ち付け、漸く明彦の体が運動を止める。

 

 

「いっててて……」

 

 

「ちょっ、大丈夫!?

 

広瀬君!」

 

 

「明彦!?」

 

 

「だっ、大丈夫……か?」

 

 

痛そうに背中を擦る明彦に誠と加害者である雪菜以外が声を掛ける。

 

 

「いきなりなにすんだよ!」

 

 

明彦は嚇然とした様子で、返事をする事なく立ち上がる。

 

 

「あんた、最低……

 

マジでウザい」

 

 

「ちょっ、さっきのは悪かったよ。

 

そんな気にしてるとは思ってなくて……

 

ほんと、ごめん……」

 

 

雪菜の凍てつくような声音に、明彦が謝罪する。

 

 

「もう私に関わるなって言ったよね?

 

って言うかもう私の視界に入らないで。

 

不愉快」

 

 

「おい待てよ、それとこれは別だろ!

 

なんでそんな事言うんだよ!

 

俺何かしたか?

 

俺がまた馬鹿な事して怒らせたんなら謝るからさ、せめて理由ぐらい教えてくれよ……!」

 

 

一瞬にして静まり返る部室。

 

 

「そうね。

 

その件については広瀬君に非はない。

 

誰もいないだろうって油断してた私が悪い……ごめんなさい」

 

 

少し考えるような間を取って雪菜が答える。

 

 

「さっきのは訂正する。

 

代わりに私が広瀬君の視界から消える」

 

 

雪菜は憮然とした表情でそう言うと、手早く自分の荷物を纏めて部室を後にする。

 

 

「おいちょっ待っ――」

 

 

バタン――

 

 

雪菜を引き留めようとする明彦の言葉は、静かに閉められたドアの音に掻き消される。

 

再び静寂に包まれる部室。

 

美華はオロオロと雪菜が出ていったドアと明彦を交互に見ていた。

 

奏は心配そうな表情で溜め息をついて肩を落とす明彦に目をやる。

 

誠もノートパソコンの液晶画面を見るふりをしながら明彦の様子を伺っている。

 

 

「広瀬君……」

 

 

薫がそっと明彦の肩に手を置く。

 

 

「会長……」

 

 

明彦が僅かに表情を明るくさせて振り返る。

 

 

「すまないが、冬野君を説得してはくれないか?」

 

 

「……は?」

 

 

予想だにしていなかった薫の言葉に、明彦の表情が固まる。

 

 

「いや、説得って……なんの、ですか?」

 

 

明彦が呆気に取られた様子で尋ねる。

 

 

「なんのって……決まっているだろう、冬野君をなんとか海へ連れてきてほしいんだ」

 

 

(会長空気読んでぇぇぇぇぇ!!

 

普段ならまだしも、今の明彦には絶対無理だぞ!?)

 

 

当然と言わんばかりの表情で答える薫に奏が心の中でツッコミを入れる。

 

 

「えっ、えっと……

 

何故に俺なんですか……?」

 

 

明彦が困惑した様子で尋ねる。

 

 

「何故って、君と冬野君はあんなに仲がいいではないか」

 

 

((((……え?))))

 

 

流石に薫のその見解にはその他全員の意見が一致する。

 

 

「ん?

 

違うのか?」

 

 

薫が部員達の表情を見て不思議そうに眉間に皺を寄せる。

 

 

「いや、会長?

 

お言葉ですがあれのどこを見たらそう思うんですか?」

 

 

明彦が恐る恐る尋ねる。

 

 

「喧嘩とは仲がいい者同士でするものだろ?

 

御姉様と御母様もよく喧嘩しておられる。

 

それに「喧嘩するほど仲がいい」と御姉様が言っておられた」

 

 

真面目な表情で薫が言う。

 

 

「もしかして……薫ちゃんて喧嘩したことないの?」

 

 

美華が尋ねる。

 

 

「うむ。

 

残念ながら記憶に有る限りではないな」

 

 

(会長、どんだけいい人なんすか……)

 

 

明彦が薫を見ながらそんな事を思っていると、不意にポケットに入れていた携帯電話が振動を始める。

 

 

「……?」

 

 

明彦は薫が美華と話している内に画面のロックを解除しする。

 

どうやらメールが来たようだ。

 

送り主は未登録の誰かである。

 

が、サブタイトルに“神崎奏です ”と書かれていた。

 

明彦は不信に思いながらもメールを開く。

 

 

『雪菜の説得、悩んでんならやってみれば?案外それで仲直りできるかもよ』

 

 

そこにはそう書かれていた。

 

 

『お前、なんで俺のメアドしってんだよ』

 

 

明彦がそう返信すると、少しして再び携帯電話が振動を始める。

 

 

『雪菜に教えてもらった』

 

 

「ところで広瀬君、どうかな……

 

頼まれてくれるか?」

 

 

明彦が奏からの返信に目を通すと、丁度美華との会話にけりをつけた薫が顔を明彦に戻す。

 

明彦が奏を一瞥する。

 

すると、奏が無言で頷く。

 

 

「はぁ~分かりました……やれるだけの事はやりますよ……

 

でも今度こそ本当に上手くいくか分かりませんよ?」

 

 

明彦が諦めたように溜め息をついて言う。

 

 

「むっ、それは困る!

 

今回ばかりは絶対に成功させなければならないのだ!

 

かっ、必ずや冬野君を海へ連れていかねばならない!」

 

 

が、明彦とは対照的に熱く語る薫。

 

 

「いや、なんでそんな必死なんすか……?

 

べつに合宿なんてどこだっていいじゃないですか……」

 

 

薫の気迫に気圧されながらも明彦が尋ねる。

 

 

「海以外で夏休みの定番と言えば……

 

山……とか?」

 

 

美華が考えるように視線を斜め上に向けながら言う。

 

 

「川とか!」

 

 

それに便乗して奏が身を乗り出して言う。

 

 

「合言葉かよ……」

 

 

明彦はジトッとした視線を奏に送る。

 

 

「いや、それでは駄目なのだ……!」

 

 

「まぁ、どこに行くかはべつとして、なんでそんなに拘るんですか?」

 

 

明彦が目線を薫に戻して尋ねる。

 

 

「これは先輩達から受け継いだ部の伝統行事。

 

そう簡単に内容を変える訳にはいかないのだ!

 

御母様も「先代の意志を受け継ぎ、今に反映させることが今を生きる者の使命だ」とよく言っておられた!

 

私はこの伝統行事のありのままを後輩に伝える義務がある!」

 

 

薫が瞳に炎を灯して熱く語る。

 

 

「会長はああ言ってますが……

 

本当に毎年海行ってるんですか?」

 

 

半信半疑といった様子の明彦が誠に尋ねる。

 

なぜ誠で裏をとるのか――

 

単純に一浪していて一番部に居た期間が長いからである。

 

 

「ああ、そうだぞ。

 

でもまぁ去年も一昨年もグッダグダだったけどな」

 

 

誠はパソコンの液晶画面を見つめたまま答える。

 

 

「成る程……」

 

 

明彦は納得した様子で再び薫の方を見る。

 

 

(そうか、こんな部だけど一応は伝統があるんだな……

 

会長はそれを守ろうと必死なんだ……

 

なんか、会長らしいな)

 

 

「会長の熱意はよく分かりました。

 

任せてください、伝統の為です。

 

この俺が必ず冬野を説得してみます!」

 

 

明彦が真っ直ぐ薫の目を見据えてグッと拳を握る。

 

 

「おお、ありがとう!

 

その意気だ広瀬君!」

 

 

薫が嬉しそうに言う。

 

 

「はいっ!」

 

 

(なんか、二人とも燃えてんな……)

 

 

背景に炎が見えてきそうな程の熱気を纏った二人を見ながら奏が困惑気味の表情を浮かべる。

 

 

「良かった。

 

実はこれ以外のレクチャーを受けてないのでな。

 

恥ずかしながら目的地が変わってしまうとどうすればいいのかさっぱり……」

 

 

(あれ?

 

会長、伝統云々は……?)

 

 

(明彦の熱気が一瞬で消えた!?)

 

 

恥じらいながら放たれた薫の言葉によってやる気とテンションが一気に真逆になった明彦を見て、奏が驚愕の表情を浮かべる。

 

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