ニコ研!   作:増田 幹太

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期末テストも無事終わり、恐らく全校生徒が待ちに待っていたであろう夏休みが始まる。

 

因みに、この自由ヶ原高校には夏休みの宿題はない。

 

そうゆうところも含めて全部自主責任というわけだ。

 

そして、ニコ研の部員達は電車に乗って海へと向かっていた。

 

萌と会ったあの日から再び無視と逃避を繰り返していた雪菜であったが、今日は約束通り行動を共にしている。

 

 

「で、どうだ?」

 

 

「……?

 

何が?」

 

 

隣に座っている奏が声を潜めて尋ね、明彦が聞き返す。

 

正面には雪菜と美華が向かい合う形で座っている。

 

薫と誠は通路を挟んだ左側で座っている。

 

 

「何がって雪菜の事に決まってんだろ?」

 

 

奏は雪菜を一瞥してから当然だと言わんばかりの表情を見せる。

 

 

「見て分かるだろ。

 

全然進展なしだ」

 

 

明彦はため息混じりにそう答えると、窓を流れ行く景色に目を向ける。

 

 

「そうでもないだろ。

 

現にこうやって海に行くことに賛成してくれてんだから。

 

……麦茶凍らせたんだけど飲むか?」

 

 

「ああ、ありがと」

 

 

明彦はタオルにくるまれたペットボトルを受け取ると、程好く溶けた麦茶を飲み込む。

 

 

「いやいや、全然俺はなんもしてねぇよ。

 

どっちかって言うとあいつのお姉さんに説得してもらった感じ」

 

 

「へぇ、あいつ姉ちゃんいたのか。

 

……冷凍ミカンいるか?」

 

 

「うん、もらう。

 

そうなんだよ」

 

 

明彦は冷凍ミカンを一房口に含んで答える。

 

 

「その姉ちゃんに色々訊けなかったのか?

 

……ポテチいるか?」

 

 

「いやそれがさ……

 

ってお前はお母さんか!?

 

どんだけ準備万端(主に飲食に関して)!?」

 

 

思わず奏が傾けたポテトチップスの袋に伸ばしていた手を引っ込めて明彦が言う。

 

 

「いやぁ、こうゆう感じで友達とかと旅行すんのって久しぶりでさ……

 

つい……」

 

 

奏は恥ずかしそうに微笑みながら後頭部を軽く掻く。

 

 

「お前、修学旅行とかは何してたんだよ……」

 

 

「うう……それは訊くな……

 

お前も大 体予想出来んだろ……」

 

 

呆れたように尋ねる明彦に、奏が暗い表情を浮かべる。

 

 

「うん……まぁ、ごめん……」

 

 

終始中二病全開で一人ぼっちでいる奏が容易に想像でき、明彦が謝罪する。

 

 

「立花先輩はどうなんですか?

 

こうやって仲間同士で旅行するのって久し振り立ったりします?」

 

 

何と無く重たい空気になってしまったので、明彦は正面に座る美華に話しを振る。

 

 

「って去年も行ったんですよね……

 

すいません」

 

 

が、あまりに人の過去を掘り返すものではないという思いと、この行事が毎年恒例であることを思いだし、明彦は申し訳なさそうに俯く。

 

 

「うん、まぁそうだけど……

 

去年はこんなに和気藹々な雰囲気での合宿じゃなかったよ?」

 

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 

「うん、どっちかって言うとあんな感じ……?」

 

 

美華が薫達の方の席を指差し、その他三人がその方向に顔を向ける。

 

そこには、無言で本を読んでいる薫とノートパソコンのディスプレイを黙視する誠の姿であった。

 

二人ははまるでなにかに仕切られているかのように異次元の冷たさに覆われていた。

 

 

「なんか……他人同士って言うか、喧嘩して気まずくなったカップル並みの雰囲気っすね……」

 

 

明彦が表情を曇らせながら言う。

 

 

「あはは……」

 

 

明彦の言葉に、美華が引き攣った笑顔を浮かべる。

 

 

「だっ、だから、私も久し振りかな。

 

修学旅行のときは友達はいたけど私が敬遠してたから……」

 

 

そして、美華は再び背凭れに体重を預けながら言葉を紡ぐ。

 

 

「あっ、いやっ、そんな事まで話さなくても……

 

なんか、すいません……」

 

 

明彦が慌てた様子で頭を下げる。

 

 

「なんか……今の先輩の言葉が胸に……」

 

 

中学時代殆どと言っていいほど友達のいなかった奏は、羨ましさと僅かな敗北感によって憂鬱な表情を浮かべる。

 

 

「えっ、なに!?

 

私なんか変な事言った!?」

 

 

「あっ、いえ、お構い無く……

 

ちょっと自らの中に封印された漆黒の記憶が目を醒ましかけただけですから……

 

大したことでは……」

 

 

慌てふためく美華に掌を翳して奏が脱力した声で答える。

 

 

「そいやぁ冬野はどうだったの?

 

中学時代とか……」

 

 

話の流れを汲んで雪菜に話題を振る明彦。

 

二人の仲が険悪であることを知っているが故に、美華と奏はこの後の展開を予想して思わず息を呑む。

 

 

「先輩にはあんなに気を使ってたのに、私にはさらっと訊くのね。

 

昔の事……」

 

 

雪菜は軽蔑するような視線を明彦に向け、抑揚のない声音で言う。

 

 

「そっ、それは……」

 

 

「私に関わらないでって言ったよね?」

 

 

「…………」

 

 

威圧的な雪菜の声音に、明彦はとうとう言葉を失う。

 

早くも漂い始めるギスギスした雰囲気に、美華がおろおろと二人を交互に見る。

 

 

「おっ、おい見ろよ!

 

海だぞ海!」

 

 

奏が半分無理矢理テンションを上げて窓の向こう側の景色に目を向ける。

 

一行が顔をそちらに向けると、そこには眩しい夏の日差しを反射させてキラキラと輝く青い海と、目が覚めるような白い砂浜が広がっていた。

 

 

「おおおおお!!」

 

 

美華が目を輝かせながら窓に貼り付く。

 

 

「みんな、次の駅で降りるから準備しておいてくれ」

 

 

薫が読んでた本を閉じながら言う。

 

 

「「「は~い」」」

 

 

誠と雪菜以外の全員が返事をする。

 

明彦は返事をすると、斜め前に座っている雪菜に目を向ける。

 

 

(お姉さん、これはやっぱり一筋縄ではいかないですよ……)

 

 

 

 

 

「着いたぁぁぁ!」

 

 

明彦が腕を天に向けて大きく伸びをする。

 

 

「ねぇ、なにする?

 

なにする?」

 

 

美華が興奮した様子で言う。

 

 

「スイカ割りとか定番では!?」

 

 

美華に便乗してか、奏が興奮気味に言う。

 

 

「確かにそうかもだけどスイカとかないぞ?

 

それにあれ割った後めっちゃ砂付いてそうじゃね?」

 

 

「スイカ……」

 

 

そう言う明彦の顔を指差して雪菜が呟く。

 

 

「俺の頭を割れってか!?

 

確かにそうゆう展開よくあるけど!

 

実際にやったらあれ死ぬから!」

 

 

「はっはっは、そうはしゃぐな。

 

取り敢えず宿へ向かうぞ」

 

 

一連の流れを見ていた薫が笑みを溢しながら部員達を促す。

 

駅から出ると太陽がより一層輝き、心なしか蝉の鳴き声も喧しくなった気がする。

 

潮風のせいか、所々風化が進んだバス停でバスを待ち、乗り込む。

 

バスは低いエンジン音を鳴らしながら発信し、颯爽と海岸沿いの道を進んでいく。

 

先程まで遠くに見えていた海が数十メートルまで迫り、美華と奏、明彦が感嘆の声を上げる。

 

電車の窓からは見えなかったが、砂浜には多くの観光客とおぼしき人達で賑わっていた。

 

数分間バスは走り続け、最初の停留所で明彦達はバスを降りる。

 

 

「ほら、あそこだ」

 

 

薫が反対車線の前方にある林を指差す。

 

そこには周りの木々と背比べでもしているかのように白い建物が聳え立っていた。

 

恐らくあれが今回の宿泊施設なのだろうが、そのホテルと思われる建物は見るからに高級そうなオーラを放っていた。

 

 

「おお、なんかすげぇな・・・」

 

 

「そうだな・・・ 」

 

 

思わず言葉を溢す明彦に奏が同意する。

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

薫が歩き出し、それに続いて部員達がカルガモの親子のようにその後を追う。

 

 

「立花先輩って去年もここに来たんですよね?」

 

 

まるで初めてここに来たようなリアクションの美華に明彦が尋ねる。

 

 

「あっ、うん。

 

そうなんだけど……」

 

 

美華は何処と無く恥ずかしそうに答える。

 

 

「さっきも言ったけど、去年は楽しめるような雰囲気じゃなくて……

 

それに私、人見知りのせいで先輩達や薫ちゃんを避けてたから……余計」

 

 

「あ~なるほど……」

 

 

(ってあれ?

 

それ、合宿の意味なくね……?)

 

 

明彦がそんな事を考えている間に一行は横断歩道を渡り、小さい林の中へと入っていく。

 

 

(……ん?)

 

 

が、明彦はその進行方向に違和感を覚える。

 

なんと先程見えていた高級そうなホテルが横に見えているのだ。

 

そして、そこにはしっかりとコンクリートで舗装された通路があり、その先に立派な入り口がある。

 

明らかに今自分達が歩いている道は隣のホテルには続いていない。

 

 

「あの、会長……道、間違えてないですか?」

 

 

明彦が恐る恐る尋ねる。

 

 

「ん?

 

間違ってなどいないぞ?」

 

 

が、薫は動じた様子もなく堂々と言い放つ。

 

 

「えっ、でも……」

 

 

明彦は横目で隣のホテルをチラチラと見ながら困惑した様子で呟く。

 

それでも薫はずんずんと林の中を歩いていく。

 

 

「ほら、着いたぞ。

 

ここが今日から三日間お世話になる宿だ」

 

 

やがて薫は足を止め、こちらを振り替えって前方にある建物を手で示す。

 

その建物は木造で、ホテルというよりは旅館や民宿といった方がしっくりと来るような佇まいであった。

 

小さくはないのだが、年期が入っているのが一目でわかる。

 

正直に言ってかなりボロく、隣のホテルとは比較にもならない。

 

 

「えっ……会長?

 

さっきあそこに見えるのがって……あれ……?」

 

 

明彦はバス停での薫の言葉を思い出すが、あまりにも酷いランクダウンに自分の聞き間違えなのではないかと不安になりながら尋ねる。

 

 

「む?

 

あの煙突があそこから見えた筈だが……」

 

 

薫が建物の裏側にある銭湯などでよく見るような丸い煙突を指差す。

 

 

「えっ……」

 

 

明彦は呆気にとられながらその煙突を仰ぎ見る。

 

確かに煙突は高く、周りの木々よりも頭ひとつ抜けている。

 

 

「ええ゛ぇぇぇぇぇ!!??」

 

 

明彦の驚愕の声が小さな林に木霊する。

 

 

「おっ、俺も完全に騙された……」

 

 

衝撃の事実に奏もガックリと肩を落とす。

 

その間に薫は女将と思われるお婆さんに挨拶をし、いくつか言葉を交わす。

 

 

「よし、それではこれから皆に装備品を渡す。

 

くれぐれも紛失したり壊したりしないよに」

 

 

薫がこちらに戻ってきたかと思うと、彼女は唐突にそう告げる。

 

 

「装備……?

 

桧の棒とかか……?」

 

 

「お前は一体何と戦うつもりなんだ……?」

 

 

首を傾げる奏に、明彦があきれ気味に突っ込みを入れる。

 

 

「じゃあなんの装備なんだ?」

 

 

「大方熊避けの鈴とかだろ」

 

 

「お前な……隣にホテルあんだぞ?

 

ってかこんなわんぱく坊主が虫取に赴きそうなちっさい林に熊なんていねぇだろ」

 

 

今度は逆に呆れた様子で反論する奏の目の前に青色のポリバケツが差し出される。

 

 

「…………?」

 

 

「どうした?

 

神崎君の分だぞ?」

 

 

呆ける奏に薫が声を掛ける。

 

薫が持つ丁度顔がすっぽり入るくらいの大きさのバケツの中には、雑巾だのゴム手袋だの束子だのと、学校の掃除用ロッカーに入っていそうな清掃用具一式が入っていた。

 

 

「えと……これは……?」

 

 

奏はバケツを受け取りながら困惑した様子で尋ねる。

 

 

「見て分からんか?

 

掃除用具だ」

 

 

薫が当然だと言わんばかりに答える。

 

 

「いや……それは分かるんですけど……」

 

 

奏は困った様子で横に目をやる。

 

すると、隣にいた誠が酷く面倒臭そうに額に手を当てる。

 

 

「…………?」

 

 

誠から溢れ出る不穏な空気に、奏の表情が強張る。

 

 

「はい」

 

 

「はあ……」

 

 

「はい」

 

 

「…………?」

 

 

「はい」

 

 

「あはは、今年もやるんだ……」

 

 

その後も手際よくバケツを配り、最後の美華に渡したところで薫は部員達全員を見渡せる場所に戻る。

 

 

「全員受け取ったな?」

 

 

全員頷くものの、一年生三人はなにがなんだか分からないまま頷いていた。

 

 

「うぬ、では入るぞ」

 

 

それに対して頷き返すと、薫はずんずんと宿の中へ入っていく。

 

 

「えっ……ちょっ……ええ゛っ!?」

 

 

明彦は数回にわたってバケツと薫を交互に見ながら困惑したような声を上げる。

 

そしてそれは他の一年生も同じようで、奏と雪菜も混乱した様子で立ち尽くしていた。

 

 

「まっ、まぁ気持ちは分かるけど、取り敢えず行こ?

 

説明は後で薫ちゃんからあると思うから……」

 

 

美華が気の毒そうに一年生達を促す。

 

 

「ええ、はい……分かりました……」

 

 

釈然としないまま明彦が応え、一年生三人は薫達に続いて宿に入る。

 

建物の中は外見と違わぬ老朽ぶりであった。

 

歩く度に床が軋み、今にも床が抜けるのではないかという不安に駆られる。

 

また、壁や床、階段などの至るところの木材が欠けており、暗くなればこの世のものではないものの一つや二つは出てきそうな雰囲気である。

 

 

(っていうか本当にここ宿屋なのか・・・?)

 

 

明彦がそんな不安を抱き始めた頃に、先頭を歩いていた女将の足が止まり、廊下の右側にある襖を開ける。

 

恐らくここがこれからニコ研が寝泊まりする部屋なのであろう。

 

薫が女将と言葉を交わし、部屋の中へ入っていく。

 

部屋は広く、十人程度なら余裕で寝る程の大きさだった。

 

中心には背の低い四角い机があり、その左側には液晶テレビも置いてある。

 

奥には障子で仕切られたスペースもあり、よくある旅館の部屋とあまり変わりないように思える。

 

ただ、なにぶん林の中なので日当たりが悪い所が難点だろうか。

 

 

「おお……これは中々……」

 

 

明彦は思いの外しっかりした部屋に感嘆の声を漏らす。

 

 

「でもこれじゃぁな……」

 

 

「だよな……」

 

 

残念そうな表情を浮かべながら呟く奏に明彦が同意する。

 

それもその筈。

 

部屋は至るところが汚れており、隅には埃が溜まっている。

 

 

「あの……会長、ここで寝泊まりするんですか?」

 

 

流石にこんなアレルゲン満載の部屋で寝るのには抵抗があり、明彦が恐る恐る尋ねる。

 

 

「そんなわけなかろう」

 

 

薫の答えに明彦はホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「何のために渡した掃除用具だと思っているんだ」

 

 

「……え?」

 

 

が、その次に続いた言葉でその動きは止まる。

 

 

「まさか……」

 

 

「そう、この旅館は宿泊するときに部屋を掃除することで格安で泊まれるというサービスつきなのだ!」

 

 

青い顔を浮かべる明彦に、薫がバーンと音が聞こえてきそうな勢いで言い放つ。

 

 

(((あれ……サービスってなんだっけ……

 

これ完全に等価交換ですよね……)))

 

 

生き生きとした表情を浮かべる薫とは対照的にどんよりと曇った表情を見せる一年生三人。

 

 

「よし、それでは掃除を始めるぞ。

 

分からない事があったら廊下に居る女将さんに訊いてくれ。

 

以上!」

 

 

「いや、女将さんまだいんすか!?

 

ってかずっとスタンバってるってどんだけ客いないんだよ!

 

このサービス(?)も含めて色々不安になるわ!」

 

 

襖の影からヌッと現れる女将に明彦にのツッコミが爆発する。

 

 

 

とにもかくにも、やらなければ話が進みそうにないのでニコ研の部員達による大掃除が始まったのであった。

 

天井の埃や蜘蛛の巣を取り、床に落ちた塵やゴミを伸縮性のT字型の箒で掃き取る。

 

そして、家具や窓ガラスを水拭きしていく。

 

そんな作業を多少の連携を取りながら黙々と進める。

 

 

(はぁ……

 

ど~すっかな~……)

 

 

そんな中、明彦は箒を動かしながら尻目でチラリと雪菜の様子を観察する。

 

雪菜は一心不乱に小さめの箪笥を雑巾で磨いていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

視線を戻し、明彦は憂鬱そうに俯く。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

溜め息に気づいた美華が少し心配そうに尋ねる。

 

 

「ああいえ、気にしないでください。

 

冬野の事でちょっと……」

 

 

おもわず溜め息を口に出してしまった事に気づき、明彦が申し訳なさそうに答える。

 

 

「友達思いなのはいいけど、あんまり思い詰めちゃダメだよ?」

 

 

「はい、そうなんですけど……」

 

 

明彦がここまで憂鬱な感情に苛まれるのは理由があった。

 

当然雪菜との仲を取り戻したいのもあるが、夏休み前にそれに付加価値が追加されたのだ。

 

 

 

 

 

―雪菜の部屋にいった日の翌日―

 

明彦が部屋で寛いでいると、不意に携帯電話の着信音が部屋の中に響いた。

 

なんだと思い明彦は携帯電話を手に取り、画面に目をやる。

 

そこには見たことのない電話番号が表示されていた。

 

 

(なんか……最近こうゆうの多くないか……?)

 

 

明彦は警戒しながら指をスライドさせて通話状態に切り替える。

 

 

「もしもし……」

 

 

「あっ、もしもし?

 

広瀬くんだよね?」

 

 

「ええ、はぁ……そうですが……」

 

 

どこかで聞いたことがあるような声であったが、明彦は警戒したまま答える。

 

 

「なに?

 

もう私の声忘れちゃったの?

 

私だよ私、萌だよ」

 

 

「ああなんだ、冬野のお姉さんですか。

 

……ってなんであんたが俺の携帯の番号知ってるんですか!?」

 

 

明彦は一瞬スルーしかけたが、慌てて尋ねる。

 

 

「いやぁ~雪菜の部屋で君を絞めてる間にちょいちょいってね」

 

 

「いや、なにしてんすか……」

 

 

明彦が呆れ気味に言う。

 

 

「ほら、警察って電話の電波で犯人の居場所特定できたりするじゃん?

 

だから、万が一逃げられてもいいようにと思って」

 

 

「発想恐っ!

 

お姉さん、あんたマジで何者なんですか!?」

 

 

意外としっかりした理由があった事と咄嗟にそんな考えが浮かぶ萌に、明彦が驚きの表情を浮かべる。

 

 

「嫌だなぁ、私はただの普通のライターだよぉ」

 

 

萌が笑いを含ませながら答える。

 

 

「そっ、そうですか……」

 

 

絶体嘘だと思いつつも明彦が応える。

 

 

「それで、用件はなんですか?」

 

 

「うん、ちょっと雪菜の事なんだけどさぁ」

 

 

続けて明彦が尋ねると、萌は僅かに声のトーンを落として応える。

 

 

「あの子、ああ見えて色々考えてああゆう事してるみたいだから……

 

嫌いにならないであげてね。

 

あの子も言ってること全部が本気って訳じゃないと思うのよ。

 

だから、ね?」

 

 

「大丈夫ですよ。

 

俺はあいつの事嫌いになったことなんてありませんよ。

 

多分、これからも。

 

なんてったって冬野は俺の数少ない友達ですから」

 

 

懇願するような萌の言葉に、明彦は力強く言い放つ。

 

 

「そっか、安心した。

 

これで心置き無くお願いできるね」

 

 

「え……?」

 

 

唐突な萌の言葉に不安を覚えた明彦が思わず言葉を漏らす。

 

 

「君さ、雪菜と仲直りしたいって言ってたよね?」

 

 

「ええまぁ、はい……」

 

 

「だったらついでにあの子の性格直してあげてくれないかな?

 

理由はよく分からないけど、あの子ったら無理矢理ああゆうキャラ作ってるみたいなのよね」

 

 

「は……?」

 

 

一瞬萌の言っている事の意味が分からず、明彦は間抜けた声を出す。

 

 

「えっ、ちょっと待ってくださいよ!

 

あいつの性格を直すってそんな……無理ですって……

 

大体本人はそれを望んでるんですか!?」

 

 

「うん、多分雪菜はそう思ってると思うよ」

 

 

「なんでそんなこと分かるんですか」

 

 

即答する萌に、明彦が勘繰るようにいう。

 

 

「さっきも言ったでしょ?

 

あの子もあれで色々考えてるのよ。

 

それで、考えて、苦しんでる。

 

ずっと、一人で……

 

ほんとは私が雪菜と一緒に考えて、苦しまなきゃいけないんだけどさ……

 

私はさ、仕事もあるしずっと雪菜の傍に居られる訳じゃない。

 

だから、変わりに君にその役をやってほしいんだ。

 

あの子が笑わなくなって以来始めて作った友達の君に……」

 

 

「そんな、無茶言わないで下さいよ!」

 

 

いきなりとてつもない大役を任され、明彦は慌てて反論する。

 

 

「俺にそんな事出来るわけないじゃないですか!

 

そもそも仲直りだって上手くいってないのに……!」

 

 

「やだなぁ、そんなに謙遜しないでよ。

 

私は出来ると思ってるから君にお願いしてるんだよ。

 

それと、私の予想だとこのままだったら仲直りは不可能だと思うな」

 

 

「だからなんでそんな事が――」

 

 

全てを見透かしたような萌の口調に 、明彦が少し苛立った様子で声を荒くさせる。

 

 

「分かるよ。

 

だってお姉ちゃんだもん。

 

姉妹って、そうゆうものでしょ?」

 

 

しかしその言葉は文の力強い言葉によって遮られる。

 

萌の言葉には根拠は無いものの、どこか説得力があり、納得せざるを得ない力があった。

 

 

「はぁ……分かりましたよ……

 

そんなに言うんならやれるだけやってみます」

 

 

明彦は諦めた様子でそう言う。

 

 

「本当!?

 

ありがと~!

 

何かあったらいつでも連絡してね。

 

仕事じゃなかったら協力するし相談にも乗るから」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

「んじゃ、君の活躍次第で雪菜の今後の人生が決まるかも知れないから頑張ってね~」

 

 

「えっちょっ!?」

 

 

「―ツー、ツー、ツー―」

 

 

(えっ、ええ゛ぇぇぇぇぇ!!??)

 

 

 

 

 

(あんな事言われたらなぁ……)

 

 

物凄いプレッシャーに押し潰されそうな明彦は涙を流しながら箒を動かす。

 

 

「なに……泣いてんだ?

 

お前……」

 

 

奏が怪訝そうに尋ねる。

 

 

「ああ、ちょっとゴミが目に……」

 

 

「そうか、ちょっと見せてみろ」

 

 

「いや、いいって」

 

 

本当の事を言って涙の訳を言及されるのも面倒だったので明彦は一歩下がって奏を拒む。

 

 

「いいから見せてみろ」

 

 

しかし、奏はお構い無 しに顔を寄せて明彦の瞳を覗き込む。

 

あまりの顔の近さに思わず明彦の顔が紅潮する。

 

 

「あっ、あのさぁ……」

 

 

「なんだ?」

 

 

奏は明彦の目から視線を外さずに応える。

 

 

「こうゆうのってよくあるけど、多分人に見てもらっても見えないと思うんだよな。

 

ってか人の目に指突っ込むとか恐すぎだし……」

 

 

「……ほんとだな。

 

なにも見えなかったよ」

 

 

奏が諦めた様子で明彦から離れる。

 

 

「だよな」

 

 

(まぁ今は最初からゴミなんて入ってなかったんだけど……)

 

 

明彦はそう思いつつ箒を握り直して再び作業に取り掛かる。

 

 

「――っ!?」

 

 

すると、突然右肩の辺りに物凄い悪寒を感じる。

 

慌てて明彦が振り返ると、そこには物凄い形相の雪菜が立っていた。

 

 

「えっと……なに……?」

 

 

明彦が戦々恐々とした様子で尋ねる。

 

 

「イチャイチャしてる暇があるならさっさと掃除して」

 

 

そう言う雪菜の背後から突然後光が差す。

 

なにかと思い明彦が光源に目を凝らすとそこには先程雪菜が磨いていた箪笥が眩い光を放っていた。

 

 

(お前……箪笥に何したんだ……?)

 

 

「人前でキスとかして……恥ずかしくないの?」

 

 

予想だにしていなかった雪菜の言葉に明彦が驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「いやいや!

 

あれは目に入ったゴミを取ろうとしてもらってただけで……!」

 

 

「え?

 

知ってたけど……?」

 

 

必死に弁解しようとする明彦に対し、雪菜が冷淡な声音で応える。

 

 

「は……?」

 

 

「珍しい展開だったからついテンプレな台詞を言って見たくて……

 

他意はないから気にしないで」

 

 

唖然とする明彦を他所に雪菜はさっさと自分の作業に戻る。

 

 

(なっ、なんなんだあいつはぁぁぁぁぁ!!??)

 

 

明彦は拳を握り、雪菜の背中を見ながら静かな怒りを膨らませるのであった。

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