ニコ研!   作:増田 幹太

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―翌日―

 

 

「おっきろぉ~!」

 

 

「ぐえっ!?」

 

 

その日の朝は奏のボディプレスによって最悪の目覚めを向かえる事になった明彦。

 

 

「げっほ、げっほ!!

 

なんだよ……人が気持ちよく寝てたっつ~のに……」

 

 

明彦苦しそうに咳き込みながら苛立ちを覚えるほどの笑顔を撒き散らす奏を睨む。

 

 

「明彦、朝だぞ朝!」

 

 

奏は悪びれもせず、興奮したようすで目を輝かせる。

 

 

「見りゃわかるよ」

 

 

明彦は窓からうっすらと差し込む朝日と、休日の子供のようなテンションの奏にうんざりとしたような表情を浮かべる。

 

 

「朝だぞ!

 

海に行くんだぞ海に!」

 

 

そんな明彦など気にも留めずに奏は興奮した様子で目を輝かせる。

 

 

「こらこら、落ち着きたまえ神崎君。

 

まだ朝食も食べていないんだぞ」

 

 

綺麗に畳まれた布団の横で薫が爽やかに笑う。

 

 

「でもやっぱり待ちきれねぇですよ!

 

きゃははぁ~楽しみだなぁ~えへへぇ~」

 

 

テンションの上がり過ぎた奏はいてもたってもいられず明彦の布団の上で右へ左へとゴロゴロ転がる。

 

 

「楽しみなのは分かったから自分の布団でやってくれ……」

 

 

「っ……ん……?」

 

 

明彦が迷惑そうに呟くと、雪菜が目を擦りながら起き上がる。

 

見ると、もう既に美華と誠は起きており、美華は鏡の前で腰の辺りまで伸びた紙をブラッシングしており、誠は障子の奥の空間で相変わらずノートパソコンとにらめっこしていた。

 

 

「あっ、おはよう冬野さん」

 

 

雪菜の起床に気付いた美華が言う。

 

雪菜は眠たそうに布団の上で所謂女の子座りをすると、両手を前に出して重そうに頭を下げる。

 

 

「はふぅ……みなしゃん、おはようございましゅ……」

 

 

そして、寝惚けて呂律が回っていないのか、雪菜が頭を下げたままそう言う。

 

 

((((かっ可愛い!!))))

 

 

普段の雪菜からは想像もつかない緊張感のない言動に、誠を除く全員がそう思った。

 

 

「お~い雪菜~?

 

起きてるか~?」

 

奏はそろそろと明彦の布団の上から雪菜の目の前に移動すると、その目の前で掌を左右に振る。

 

 

「……?」

 

 

雪菜は眠気眼のまま不思議そうに奏の手を見る。

 

まるで子猫のようなその動作に、徐々に奏の顔が綻んでいく。

 

 

「……ちょっ、お姉ちゃんって言ってみ?」

 

 

「おい、お前はなにを言わせようとしてんだよ……」

 

 

辛抱堪らずといった様子で雪菜に顔を寄せる奏を明彦が呆れ気味に制止する。

 

 

「いやつい……雪菜が可愛くて……」

 

 

「あんまり寝惚けてる人で遊ぶなよな」

 

 

明彦が自分の布団をたたながらそう言うと、

 

 

「はいはい、分かってるよ」

 

 

奏がそう応えて雪菜の前から離れ、自分の布団をたたみ始める。

 

各々の布団を押し入れに仕舞いうと、女子の着替えのために男子は一時ロビーへと移動する。

 

誠は相変わらずノートパソコンを見ているため、明彦は近くの雑誌が置いてある棚から漫画雑誌を選んで再びソファーに腰掛ける。

 

その漫画雑誌はかなり年期が入っており、ページの至る所が変色し、端々がよれよれになっていた。

 

おまけに表紙を飾るのはは懐かしの漫画特集とかで取り上げられてそうな程古い漫画のキャラクターであった。

 

 

(これ、いつのだよ……)

 

 

そうは思いつつも、その他に時間を潰せるものもないので明彦はそれを開いて読み始める。

 

 

 

「うわぁ~ん、明彦ぉ~」

 

 

明彦が漫画雑誌の四分の三程度を読み終えた辺りで奏が悲し気な表情でロビーに駆け込んでくる。

 

 

「どうした?」

 

 

明彦は開いていた雑誌をたたんで奏の方へ顔を向ける。

 

 

「雪菜が、雪菜がぁ~」

 

 

泣きそうな表情で必死になにかを伝えようとする奏に、明彦の表情が強ばる。

 

 

「まさか……冬野になんかあったのか……!?」

 

 

明彦が恐る恐る尋ねると、奏がコクコクと頷く。

 

それを見た明彦は急いでロビーを出て、廊下を走る。

 

視界の端をすり抜けていく襖の数を数えながら一目散に部屋へと向かっていく明彦。

 

その後ろを奏が追い掛ける。

 

 

(あと二……一……)

 

 

明彦はそこで体の向きを90゜変えて急ブレーキを掛けると、勢いよく正面の襖を開け放つ。

 

 

「大丈夫か冬野!」

 

 

部屋に響く明彦の声。

 

唖然とする薫と美華、そして雪菜。

 

 

「……えと……なにが……?」

 

 

雪菜がひどく困惑した様子で明彦に尋ねる。

 

 

「……え?」

 

 

呆けた表情で明彦は思わず声を漏らす。

 

雪菜に異常は見られず、部屋にも、薫や美華もそれと同様であった。

 

「あの……神崎さん……?」

 

 

明彦は状況が読み込めず、事の発端である奏の方へ顔を向ける。

 

 

「雪菜が……雪菜が完全に覚醒して可愛くなくなった……」

 

 

「そんな事かよ!」

 

 

名残惜しむような奏の言葉に、思わず明彦が転けそうになる。

 

 

「そんな事とはなんだ!

 

お前もさっき見ただろ!?

 

あの時の雪菜の可愛さは異常だった!」

 

 

「いや、確かにそうかもしれないけどそこまで深刻な問題じゃねぇだろ!

 

俺がどんだけ心配したと思ってんだ!」

 

 

寝起きの雪菜を思い出し目を輝かせる奏に、明彦が叱るように言う。

 

 

「とは言ってもな……」

 

 

「おい、そんくらいにしておけ」

 

 

襖の影から現れた誠の声が、明彦に食い下がろうとする奏の言葉を遮る。

 

 

「ほれ、本人顔真っ赤だぞ?

 

……まぁどうでもいいがな」

 

 

誠は顎で雪菜を差すと、そのままパソコンを脇に抱えて障子で仕切られた板の間へと入っていく。

 

明彦と奏が雪菜に顔を向ける。

 

雪菜は誠の言う通り顔を真っ赤にさせ、俯きながらズボンの裾を握り締めていた。

 

 

「……なんか、ごめん」

 

 

「うん、ごめん……」

 

 

「朝食の用意が出来ましたのでお持ちしました」

 

 

申し訳なさそうに謝罪する二人の声を追う ように女将の声が部屋に響く。

 

 

 

「海だぁぁぁぁぁ!!」

 

 

太陽の光を反射させてキラキラと輝く白い砂浜を奏が勢いよくを駆ける。

 

 

「ぬおぉぉぉ!

 

砂あちぃ!

 

波すげぇ!

 

水が綺麗だ!

 

きゃっほぉぉぉ!」

 

 

「ちょっ、お前落ち着け……」

 

 

のっけからはしゃぐまくる奏を明彦が呆れ気味に宥める

 

 

着替えを終え、朝食も食べ終えたニコ研の部員達は遂に待ちに待った海水浴場へと足を運んでいた。

 

 

「こらこら神崎君、その格好で遊んでいると服が濡れるぞ?」

 

 

薫がにこやかに指摘すると、奏は適当に返事を返してこちらへ戻ってくる。

 

 

「なあ会長、早く着替えて遊ぼうぜ!」

 

 

奏が待ちきれないと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら薫に言う。

 

 

「はは、そうだな。

 

それじゃあ早速更衣室を借りるとするか」

 

 

「おう!」

 

 

まるで父娘のような二人の会話が終わると、一行は更衣室を目指して歩みを進める。

 

 

「お前どんだけ楽しみにしてたんだ?」

 

 

自分の近くに来た奏に明彦がそう尋ねる。

 

 

「なに言ってんだ、めちゃくちゃ楽しみだったに決まってんだろ!

 

なぁ美華!」

 

 

「へっ!?

 

なっ、なんで私……?」

 

 

突然同意をも求められ、美華が困惑した様子で尋ねる。

 

 

「なんでって美華もさっきからすっごい楽しそうじゃんか。

 

見た感じだと美華もそうとう楽しみにしていたんじゃねぇのか?」

 

 

「いやまぁそうだけど……」

 

 

「だろ?

 

やっぱみんなそうなんだって。

 

明彦が冷めすぎなんだよ」

 

 

美華の返事を聞いて薫が誇らしげに明彦に顔を向ける。

 

 

「明彦?」

 

 

が、まるでこちらの話を聞いていない様子の明彦に奏が呼び掛ける。

 

 

「ん?

 

ああ悪いなに?」

 

 

明彦は明後日の方へ向けていた顔を戻して謝る。

 

 

「お前なぁ、自分から話振っといてそれはないんじやねぇか?」

 

 

「うん……ごめん……」

 

 

真面目に叱られ、明彦は申し訳なさそうに再び謝罪する。

 

 

「で、なに見てたんだ?」

 

 

奏は完全に気持ちを切り替えた様子で先程まで明彦が見ていた方向に顔を向ける。

 

するとそこには、真夏の海にも関わらず頭と手を除く肌を一切露出していない雪菜がいた。

 

かなり暑いのか、よたよたとふらつきながらこの集団を追い掛けている。

 

 

「また雪菜か……」

 

 

「まぁ、色々あってな……」

 

 

「特になにがあったかは詮索はしねぇけどよ、あんま無理すんなよ?

 

ってかせっかく海に来たんだからお前もきっちり楽しんどけよ。

 

時間がもったいないぜ」

 

奏は快活な笑顔を浮かべながら明彦の背中を叩く。

 

 

「おう、ありがと」

 

 

一応そう答えるものの、やはり明彦の表情は浮かなかった。

 

「私の事、嫌いになってもいいんだよ」――

 

昨夜の雪菜の言葉が頭から離れなかった。

 

なぜ彼女はあんなことを言ったのか。

 

ただたんに寝惚けていただけなのか。

 

それとも…………

 

 

明彦が悶々と思考を巡らせているうちに一行は更衣室へと到着した。

 

 

「よし、じゃあここで一旦分かれて着替えたものから……そうだな、あの辺りに再集合しよう」

 

 

薫は辺りをゆっくりと見回すと、丁度更衣室の近くにあった海のいえを指差す。

 

 

「はい」

 

 

「うん」

 

 

「了解だ」

 

 

雪菜を除く全員が返事をする。

 

女子達が次々と更衣室へと入っていく中、明彦は一人残って雪菜の到着を待つ。

 

 

「着替えたら海のいえの辺りで集合だってよ」

 

 

「私……着替えないから……」

 

 

雪菜が肩で息をしながら辛そうに応える。

 

 

「そっか、じゃあ悪いんだけどここで荷物見ててくんね?

 

すぐ戻るから」

 

 

明彦は肩に下げていたクーラーボクッスやら担いでいたビーチパラソルやらを地面に降ろして言う。

 

 

「うん……わかった……」

 

 

雪菜はそう答えると無造作にクーラーボクッスの上に腰掛ける。

 

 

「おいおい、一応それ借り物なんだから大事に扱えよ?」

 

 

そう、明彦が持っていた道具一式はなんと女将の好意で特別に借りているものだった。

 

漸く受けたサービスらしいサービスに、あれほど宿の事を悪く言っていた明彦も雪菜の行動を指摘する。

 

 

「暑い……死ぬ……」

 

 

しかし、雪菜は明彦の言葉など気にもしていない様子でぐったりとしていた。

 

 

「お前本当に大丈夫か?

 

別に無理しなくても草苅先輩みたいに部屋に居てもいいんだぞ?」

 

 

明彦の言う通り誠は海には来ず、一人部屋に残っている。

 

今頃は恐らくいつものようにノートパソコンの画面に釘付けになっていることだろう。

 

いったい何をしにここまで来たのかほとほと疑問ではあるが、特に拘束力はないので致し方がない。

 

 

「いや……あの人と二人っきりは無理……」

 

 

誠と二人っきりでいるところを想像したのか、声をワントーン落として雪菜が応える。

 

 

「そうか、あんまり無理すんなよ?」

 

 

「うん……ありがと……」

 

 

雪菜がそう言うと、明彦は更衣室の奥へと消えていった。

 

 

(暑い……頭がぼうっとする……

 

なんか、最近もこんな風になったような……

 

今朝……?)

 

一人になった雪菜はジリジリと照り付ける太陽の下で特に訳もなく思考を巡らせる。

 

 

(あれ?

 

昨日の夜だっけ……?

 

そういえば私昨日の夜何してたんだっけ……?

 

確か……トイレ行こうとして……道わかんなかったから近くにいた広瀬君と……)

 

 

そこまでいくと、昨日の出来事が決壊したダムの水のごとく一気に脳内に流れ出てくる。

 

 

(そっそうだ、私、広瀬君に抱き付かれて……)

 

 

雪菜の顔がみるみるうちに赤くなり、顔から湯気が出るのではないかというほど体が暑くなる。

 

頭が真っ白になって意識が朦朧とする。

 

 

「ちょっ、雪菜!?

 

お前大丈夫か!?」

 

 

ふらふらと倒れそうになった雪菜は、いち早く更衣室から現れた奏によって無事救助されたのであった。

 

 

 

「――んっ……」

 

 

「おっ、起きたか?」

 

 

目を冷ますと頭上から明彦の声が聞こえた。

 

雪菜はいつの間にか横になっていた体を起こすと、額から重量感のある冷たいものが太股に落ちる。

 

 

「ひっ!?」

 

 

雪菜は短い悲鳴を上げて自分の太股に視線を落とす。

 

そこには適度に絞られた濡れたタオルが落ちていた。

 

雪菜はキョトンとした様子で辺りを見回す。

 

場所は相変わらず海だった。

 

奥の方には何処までも続く青い海水が広がり、白く煌めく砂浜が自分達の周りを覆っている。

 

足下にはビニールシートが敷かれ、そこに日陰を作るようにビーチパラソルが斜めに立っている。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

再び明彦の声が聞こえ、雪菜はその方に顔を向ける。

 

そこには海水パンツ一丁で団扇を雪菜に向けて扇ぐ明彦が座っていた。

 

 

「あんまり無理すんなって言ったろ?」

 

 

明彦が心配そうに言う。

 

ぼうっとしていた雪菜の脳が徐々に覚醒していき、今の状況を冷静に判断する。

 

今まで倒れていた自分と半裸の明彦。

 

そして、そこに昨日の記憶が入り込む。

 

 

「神崎にお礼しとけよ?

 

あいつが色々やってくれたんだから」

 

 

「なっ、なにしようとしてたのよ変態っ!」

 

 

雪菜が顔を真っ赤にさせ、自分の体を抱くように腕を廻して僅かに後退りをする。

 

 

「えっちょっ、急になんだ!?

 

俺なんもしていないけど!?」

 

 

突然放たれた暴言に明彦は困惑した様子で応える。

 

 

「嘘言わないで!

 

私の意識がないことを良いことに何かしようとしてたんでしょ!

 

半裸にまでなって!」

 

 

「いや、落ち着けよ・・・

 

ここ海だぞ海。

 

この格好は普通だ」

 

 

暴走気味の雪菜を宥めるように明彦が言う。

 

 

「でっ、でも……昨日の夜も急に抱き付いてきたし……」

 

 

雪菜は恥ずかしそうにそう言いながら一層顔を紅潮させる。

 

 

「いやあれは不可抗力――

 

ってお前昨日の事覚えてんのか!?」

 

 

一度普通に反応しようとした明彦であったが、雪菜が昨夜の事を覚えていたことに驚きの表情を見せる。

 

 

「あっ、当たり前でしょ……

 

あんな事されたんだから……」

 

 

信夫の言葉に対し、雪菜はボソボソと篭った声で応える。

 

 

「じゃあ、あの時言ってた事も本気だったのか……?」

 

 

「へ……?」

 

 

真面目な表情で言う明彦に、雪菜は思わず呆けた表情を浮かべる。

 

 

(あれ……?

 

私昨日広瀬君になにか言ったっけ……?)

 

 

「覚えてない?

 

ほら、お前昨日“私の事嫌いになってもいいんだよ”みたいな事言ってたじゃん」

 

 

まるで覚えていないという様子の雪菜に、明彦が必死そうに説明を加える。

 

明彦は兎に角雪菜の本心が知りたかった。

 

あの時言った言葉は本気だったのか。

 

そしてなぜあんな事を言ったのか。

 

それを知ることで問題の解決に一歩近づくのではないかと明彦は考えていた。

 

 

「本当にそんな事私が言ったの?」

 

 

雪菜は半信半疑といった様子で明彦に尋ねる。

 

「ああ。

 

あと俺の事優しいだのなんだの言ってたな」

 

 

(えっ、えええ!?

 

わっ、私そんな事まで言ってたの!?

 

あわわわ、私のバカァ~!!)

 

 

思い出したように付け足された明彦の言葉に、恥ずかしさのあまり内心で悶絶する雪菜。

 

 

「おっ、雪菜起きたのか!?」

 

 

「おう、丁度今起きたところだ」

 

 

「だったら向こうで遊ぼうぜ!」

 

 

ビキニ姿の奏が明彦の腕を引く。

 

 

「いやっ、でも……」

 

 

しかし、明彦は直ぐには立ち上がらず、心配そうに雪菜の顔色を窺う。

 

 

「私は大丈夫だから。

 

行ってくれば?」

 

 

雪菜は明彦の顔を見ないようにしながら言う。

 

 

「ほら、雪菜もこう言ってるんだし行こうぜ!」

 

 

奏は嬉々とした表情で明彦の腕を引く力を強める。

 

 

「ああ、うん……じゃあ……」

 

 

明彦は不安気な表情のままおもむろに立ち上がる。

 

 

「なんか調子悪くなったら直ぐに誰か呼ぶんだぞ?」

 

 

「なによ、保護者気取り?

 

子供扱いしないで、私もう高校生なのよ?」

 

 

「お前こそ反抗期の娘か……?

 

まぁふざけられるほど元気ならいいんだ。

 

じゃあな」

 

 

明彦はそう言い残すと奏に腕を引かれるまま波打ち際の方へと駆けて行ってしまう。

 

雪菜はそれを見ながら安堵の溜め息をつく。

 

 

(漸く行ってくれた……

 

大丈夫かな、私変な顔してなかったかな……?)

 

 

雪菜はフニフニと自分の頬に手を当てる。

 

 

(それにしても昨日は寝惚けてたのかな……?

 

なんであんな事言っちゃったんだろ……)

 

 

そう思いながら今度は落胆の溜め息を溢す雪菜。

 

 

(あんな事言っちゃったら広瀬君が嫌いになってくれないよ……

 

私は早く嫌いになってほしいのに……)

 

 

 

(やっぱり昨日のやつは寝惚けてただけなのかな……?

 

あいつ全然覚えてなかったし……)

 

 

明彦は奏に腕を引かれながら明彦はそう考える。

 

 

(なんだ、結局分からずじまいか……)

 

 

「はぁ……」

 

 

「なんだ明彦、この俺のエスコートじゃ不服か?」

 

 

思わず溜め息を漏らした明彦に、奏は進むスピードを落として不満気に言う。

 

 

「あっ、いやごめん。

 

これはそうゆう意味じゃ……」

 

 

ハッとした様子で慌てて明彦が弁解する。

 

 

「そっか、だったらもっと笑ってくれ。

 

その方がやりがいがあるし俺も嬉しいぞ」

 

 

そう言いながら奏が真夏の太陽に負けないぐらい眩しい笑顔を浮かべる。

 

 

「そうだな、折角みんなで海に来たんだしな」

 

 

「おうよ、ここまで楽しまないなんて正に愚の骨頂ってやつだぜ」

 

 

「だな」

 

 

明彦がニッと口角を吊り上げる。

 

 

「おう」

 

 

奏がそう答えると、二人は薫と美華の下へと再び走り出す。

 

 

 

「おお、来たか」

 

 

こちらへ向かってくる二つの人影に気付いた薫が言う。

 

 

「あっ、会長――

 

ってなんですかそれ!?」

 

 

明彦は薫に声を掛けようとするが、その後ろにある物体に驚いて思わず別の声を上げる。

 

 

「ん、これか?

 

そうか、見てわからんか……」

 

 

薫はその背後にある自分の身長と同じくらいの高さのある砂の城のようなものを見つめながら残念そうに呟く。

 

 

「一応サグラダ・ファミリアを意識して製作したのだが……」

 

 

(えっ、それって確か未完成の世界遺産とかゆうあれ……?

 

なんかテレビとか写真でちょいちょい見たこととるような……)

 

 

明彦はサグラダ・ファミリアを意識した上でもう一度薫の作品を見る。

 

 

(いや、完成度高っ!!

 

めっちゃそっくりじゃん!!)

 

 

「会長?

 

なぜにこんなところでそんな本格的なサンドアートを……?」

 

 

「いやぁ、なぜかは分からないのだがちょっと創作意欲を刺激されてな……

 

つい熱くなってしまった」

 

 

(会長、一体なにに刺激されたんすか……?

 

ってかなぜにそれををチョイス?)

 

 

「薫ちゃ~ん水汲んできたよぉ~!」

 

 

明彦が困惑したような表情を浮かべていると、奥の方からバケツを持った美華が駆けてくる。

 

 

「おお、すまないな美華」

 

 

砂を固める為の水を薫が受け取ろうと美華の方へ体を向けたその時。

 

 

「きゃっ」

 

 

何かに躓き、美華が短い悲鳴を上げるのと同時に思わずバケツから手を離す。

 

バケツは慣性+僅な遠心力を得たバケツは一直線に薫が築き上げたサグラダ・ファミリアに激突する。

 

 

「なぁっ――!!」

 

 

薫が声を上げたその時には、圧倒的な美しさを誇る世界遺産はただの砂の山と化していた。

 

 

「ああっ!

 

ごっ、ごごごごめんね薫ちゃん!

 

わっ、わわわ私……!」

 

 

美華は起き上がってその惨状を目の当たりにすると、慌てて謝罪をする。

 

 

「なに、気にするな。

 

砂の城などいつかは崩れる運命だ」

 

 

「薫ちゃん……」

 

 

薫が手を差し伸べ、美華はそれに掴まって立ち上がる。

 

 

「それに砂遊びなど所詮は子供の遊びだ。

 

丁度よく片付けも終わったしな、さて次は何をしようか」

 

 

薫は意味もなく両手を遊ばせながらまるで自分に言い聞かせるようにそう言う。

 

 

「あれは気にしてるな……」

 

 

その様子を見た奏が呟く。

 

 

「ああ、やっぱりショックだったんだな……」

 

 

明彦が気の毒そうに同意する。

 

 

「そうだ薫ちゃん、折角みんないるんだしビーチバレーしよ?

 

 

ほら、一応ボールもあるよ」

 

 

美華がどこからか空気の入っていないビニール製のボールを取り出す。

 

 

「うむ、それはいい」

 

 

「海の定番だな!」

 

 

美華の提案に薫と奏が賛成の意を表する。

 

 

「ちょっと待っててね、今膨らませるから」

 

 

そう言って美華がボールに自らの息を吹き込む。

 

が、これが中々膨らまない。

 

 

「あれっ、おかしいな……」

 

 

今度は顔が赤くなるほど勢いよく息を吹き込む。

 

しかしやはりあまり膨らまない。

 

 

(いや、先輩……

 

ビニールのボール膨らませられないってどんな肺活量してんすか……?)

 

 

明彦はそう思うが、必死でボールを膨らませようとする美華の姿が可愛らしいのでそのまま黙っておく。

 

 

「ふう、だめだ……」

 

 

美華はまだ半分程度しか膨らんでいないボールを見て完全に戦意を喪失させる。

 

 

「あっ、そうだ。

 

お願い、広瀬君やってみてよ」

 

 

「えっ、まぁいいですけど……」

 

 

唐突に話を振られて驚きつつも明彦は美華の依頼を受ける。

 

ボールを受け取り空気の挿入口に口を着け ようとしたその時、明彦の脳裏に電流が走る。

 

 

(おい待て……これって間接キスってやつじゃないのか……?)

 

 

そう思った瞬間明彦はボールを顔か離し動きを止める。

 

 

(いやいや、これはあくまで先輩に頼まれたからであってなにも疚しい事なんてないんだ)

 

 

明彦はそう考えおもむろにボールを顔に近付ける。

 

しかしその動作は次に巡ってきた思考により中断させられてしまう。

 

 

(いいやしかしだ、先輩はこの事に気付かないで俺に渡してきた訳だし……

 

ここは正直に言って返すべきでは?)

 

 

明彦は動きを止めたまま理性と本能との葛藤という名の戦いを数秒間繰り広げる。

 

 

(いや待てよ……本当に先輩は知らないで俺に渡してきたのか……?

 

もっ、もしかしたら意図的に……!?

 

そう、だとしたらこれは計画的犯行、謂わば挑戦状のようなもの!)

 

 

その結論に至ると、明彦はキリリと目を鋭くさせる。

 

 

(ならば受けてたちましょう!

 

据え膳食わぬは男の恥っ!

 

俺、いっきまぁぁぁっす!)

 

 

明彦が決意を胸に再びボールに空気を吹き込もうとしたその瞬間。

 

 

「くどい!」

 

 

そう言って奏が明彦の持っていたボールを奪い取る。

 

 

「お前はボール見つめたままいつまでしどろもどろするつもりだ?

 

こんなんパパッ とやっちまえばいいんだよ」

 

 

そう言うと、奏はものの数秒でビニールのボールをパンパンに膨れ上がらせる。

 

 

「ほらよ」

 

 

「わぁ、神崎さんすごぉい!」

 

 

ボールを差し出す奏に美華が尊敬の眼差しを向ける。

 

 

「あっ、あとこうゆうのは男に頼んじゃだめだ。

 

もし頼むんなら最初から頼まねぇと……なぁ?」

 

 

奏が明彦の方へ顔を向けてニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

(こっ、こいつ……気付いて……)

 

 

その顔に思わず明彦の表情が引き攣る。

 

 

「…………?」

 

 

二人のアイコンタクトに美華が不思議そうに首を傾げる。

 

 

「そっ、そうですよ先輩。

 

気を付けないと間接キスとか考える輩が……

 

あっ――」

 

 

自分の失言に気づいた時はもう遅かった。

 

美華は顔を真っ赤にさせて目尻に涙を溜めていた。

 

 

「ひっ、広瀬君のバカァァァッ!!」

 

 

錯乱した美華の平手が明彦の左頬を打ち抜く。

 

乾いた音が響き、明彦の体が倒れる。

 

 

(ああもう、俺って最低……)

 

 

 

紆余曲折あったが、準備も整ったので漸くビーチバレーを開始することになった。

 

 

「広瀬君ほんとごめんね?

 

大丈夫?

 

痛くない?」

 

 

平常心を取り戻した美華が心配そうに尋ねる。

 

 

「ええ、大丈夫です……気にしないでください……

 

寧ろこうなって当然ですから……」

 

 

それに対し明彦はひどく気落ちした様子で答える。

 

 

「よおぉぉぉしいくぞぉぉぉ!!」

 

 

そんな二人を余所に奏が気合いの入った掛け声を上げる。

 

 

「それぇ~」

 

 

奏が楽しそうに両手でボールを空へと突き上げる。

 

 

「いくぞ美華!」

 

 

薫が頭上に落ちてきたボールを美華の方へと飛ばす。

 

 

「えっ!?

 

あっ、うん!

 

広瀬君!」

 

 

美華はそれを明彦の方へと弾く。

 

 

「おっと、神崎!」

 

 

明彦はボールの落下点に入って軌道を奏の方へ変える。

 

 

「たあっ!」

 

 

「それっ!」

 

 

「やあっ!」

 

 

「よっと!」

 

 

「はあっ!」

 

 

「おりゃっ!」

 

 

「えいっ!」

 

 

「おらよっと!」

 

 

 

落下地点を変えながら空中を舞うボール。

 

何度も何度も宙に飛ばされ、弄ばれるボール。

 

始めはキャッキャウフフと声を上げていた明彦達だったが、その声も徐々に無くなっていく。

 

 

(つっ、つまんねぇぇぇ!!)

 

 

明彦が自分の上に落ちてきたボールを弾き返しながら表情を曇らせる。

 

 

(これ何が楽しいんだ?

 

いや、そりゃ最初はテンション上がって楽しかったけど誰もボール落とさねぇし、みんなほぼ確実に返せるイージーな場所にしかボールおくらねぇし……

 

ってかそもそもルールがよくわかんねぇし……

 

なんなのこれ、キャッキャウフフしながらボールを渡すだけの簡単な作業じゃねぇか……)

 

 

「……?

 

どうしたの神崎さん」

 

 

表情を陰らせ、自らの方向へ飛んできたボールに対し微動だにしない奏に美華が言う。

 

 

「そうだぞ、これではパスが途切れてしまうではないか」

 

 

薫が奏の足元に転がるボールを見ながら言う。

 

 

「なんか……思ったより面白くない……

 

ってか飽きた……」

 

 

奏も明彦と同じ考えだったようで、イメージとのギャップからか絶望したような表情で呟く。

 

 

「うっ、うん……

 

まぁ、ずっとボールを突き合ってるっていうのもなんかね……」

 

 

美華がボールを拾い上げ、砂を払い落としながら苦笑を浮かべる。

 

 

「しかし本格的にやるとしてもそんなスペースどこにもないぞ?」

 

 

薫が困った様子で辺りを見回す。

 

 

「そうですね……奥の方は地面が固そうですし……」

 

 

明彦も疎らに行き来する人影の間に目を凝らすが、どう見てもバレーが出来そうな場所は見当たらない。

 

グゥ~――

 

突然鳴った腹の音に、奏は肩を跳ね上がらせ、顔を真っ赤にして慌てて自らの腹部を両手で隠す。

 

しかし、それでも明彦達の視線は容赦なく奏に注がれる。

 

 

「わっ、わわ悪い……そっ、その……」

 

 

奏は珍しくもじもじしながらしどろもどろになりながらなにかを言おうとする。

 

 

「お前、結構朝食ってたよな……」

 

 

明彦が呆れ気味に言う。

 

 

「ばか、それ言うな!

 

俺だって一応女なんだぞ!?」

 

 

奏が恥じらいながら明彦を睨む。

 

 

「いや、でもな……

 

俺海に来てから殆んど運動した記憶がないんだが……」

 

 

「それは雪菜の看病してたからだろ?

 

俺は……ほら、海に来てテンション上がりすぎてあの辺まで泳いで来たんだよ……」

 

 

奏は恥ずかしそうに沖の方にある海面から頭を出した岩を指差す。

 

海面なのでいまいち距離感が分からないが、海岸からその岩までは明らかに1kmはあるように思えた。

 

 

「いや……うん、お前色々すごいな……」

 

 

明彦はそれを見ながらなんとも言えない表情でそう呟く。

 

 

「まぁ、なんだ。

 

やることもないし一旦海の家にでも行くか」

 

 

薫がそう言い、一行は海の家へと歩みを進める。

 

 

 

昼時のせいか、海の家にはそこそこの人がいた。

 

 

「11時か……」

 

 

薫は店内の柱に掛かっている時計を見て呟く。

 

 

「ちょっと早い気もするがここで昼食にしようか」

 

 

「そうですね、これから更に混むだろうし……」

 

 

薫の提案に明彦が同意する。

 

 

「よぉし、何食おうかな……?」

 

 

奏が背伸びをしてカウンターの上に並べられたメニューの書かれた木の板を見回す。

 

 

「そうだな……

 

ってあ……」

 

 

「ん?

 

どうした?」

 

 

なにかを思い出したような反応を見せた明彦に奏が尋ねる。

 

 

「俺ら、財布持ってないじゃん……」

 

 

「あ……」

 

 

「たしかに……」

 

 

明彦の言葉に薫と美華が表情を曇らせる。

 

 

「もぉなんだよ一回拠点に戻んのかよぉ~

 

美華ぁ谷間に金とか入ってないのかよぉ」

 

 

「あははは、流石にそれはないよ……」

 

 

駄々をこねるように言う奏に、美華が困惑した様子で応える。

 

 

「じゃあ俺がとってくるんで皆さんちょっと待っててください」

 

 

「大丈夫。

 

私が持ってきた」

 

 

明彦が海の家の外へと向かおうとすると、どこからともなくそんな声が聞こえてくる。

 

 

「おう、悪いな

 

――ってえ?」

 

 

「どうってことない。

 

どうせ暇だったし」

 

 

明彦は返事をしてから慌ててその声の方へ顔を向けると、相変わらずの無表情で全員分の荷物を抱えている雪菜がいた。

 

 

「なっ、なんでお前がここに……?」

 

 

「なんにもすることないからみんなのことずっと見てたら海の家に入っていったから。

 

私なりに気を利かせてみました」

 

 

雪菜がグッと親指を立てる。

 

 

「ぬおおお!

 

よくやったぞ雪菜ぁ!」

 

 

嬉しさのあまりか奏が雪菜に抱き付き、雪菜は重そうに体を退け反らせる。

 

 

「ちょっ、大丈夫か?」

 

 

「うん、大丈夫」

 

 

心配そうに尋ねる明彦に、雪菜は一息ついてから答える。

 

 

「取り敢えずサンキューな」

 

 

明彦はそう言って雪菜から荷物を受け取り、ついでに美華や薫の荷物も受け取ってそれを本人に渡す。

 

 

 

「「「いただきま~す!」」」

 

 

「……いただきます」

 

 

雪菜以外の全員が声を揃えて言い、一斉に目の前の焼きそばに箸をつける。

 

 

「やっぱり海の家の定番と言えばこれだよな!」

 

 

奏はずるずると豪快に麺を啜ってそう言う。

 

 

「まぁただの焼きそばなんだけどな。

 

ってかお前海来んのはじめてじゃなかったっけ?」

 

 

嬉しそうに咀嚼している奏に、明彦が冷静に呟く。

 

 

「でもやっぱり雰囲気があると余計美味しく感じるよね」

 

 

美華が顔を綻ばせながら言う。

 

 

「うむ、たしかにこれは美味いな……」

 

 

薫も満足した様子で頷きながら皿に盛られた焼きそばを食べ進める。

 

 

「これは凄い……」

 

 

「ん、どうした?」

 

 

突然呟く雪菜に、明彦が不思議そうに問い掛ける。

 

 

「カップ焼きそばと違う味がする……!」

 

 

「当たり前だバカ」

 

 

明彦が手刀で 軽く雪菜の頭を叩く。

 

それにより、その場にいた部員たちに笑いが生じる。

 

勿論明彦も笑っていた。

 

しかし、唯一雪菜だけは笑っていなかった。

 

明彦は笑いながらも視界の隅で仏頂面を浮かべながら焼きそばを啜る雪菜を気にかけていた。

 

 

(やっぱり、こうゆう時でも笑わないんだな……)

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