「よぉ~し!
腹拵えもしたし、次は何する!?」
再び砂浜に足を下ろした奏が意気揚々と言う。
「お前なぁ……
また冬野に荷物持たせる気か?」
遅れて砂浜に降り立った明彦が呆れ気味に言う。
「あっそっか……わりぃ……」
奏はそう応えると、素直に今来た道を戻る。
「別にいいよ、そんなに重いものでもないし」
「いや、そうはいってもな……」
「いいの。
私は今日そうゆう役割のつもりでここに来たから。
海に来たら誰かが休憩場所確保しないといけないし、荷物見もてなきゃいけない。
私はどうせなにもしないから……
だから、私の事は気にしないで」
食い下がる明彦に雪菜はそう告げる。
(なんか……こいつっていっつも誰かの事考えてるよな……
体の痣の事も他の人に心配かけたくないことが一番だって言ってたし……
もしかして……笑わない理由もそんな感じなのか……?)
「……?
どうしたの?」
急にまじまじと顔を見つめられ、雪菜が怪訝そうに尋ねる。
「ん!?
ああいや、なんでもない」
明彦はハッとした様子で声を上げると慌ててお茶を濁す。
「じゃあ悪いんだけど頼んでいいか?」
「うん、広瀬君は安心して海で溺れて大丈夫」
雪菜が力強く親指を立てる。
「おい、何が大丈夫なんだ?」
明彦が苛立ったような声で応える。
「死体ぐらいは拾ってあげる」
「不吉なこと言うんじゃねぇよ!
ってか出来ればそうなる前に助けてほしいかな!?」
雪菜の言葉に、明彦が不安そうに応える。
「冬野君、すまないな」
「冬野さん、よろしくね」
「悪いな雪菜」
その後、部員たちは各々言葉をかけて雪菜に荷物を渡す。
「任せてください。
検問の目を潜り抜けてバッチリ運んでみせます」
「お前は一体なにをどこへ運ぶつもりだ?」
力強い眼差しを浮かべてそう言い放つ雪菜に、明彦が呆れ気味に言う。
が、雪菜は明彦の言葉に応える事なくすたすたと自分達のビニールシートへ向かって歩いていってしまう。
「なんだったんだ?
あいつ……」
いつも以上にボケを連発させていた雪菜の背中を見ながら明彦が呟く。
「さぁ、一人でずっと荷物番してて寂しかったんじゃねぇの?」
奏が手を頭の後ろに組んで応える。
「そっか……
そうだよな」
雪菜の気持ちを想像した明彦は浮かない表情で視線を落とす。
確かに雪菜は基本的に無表情ではあるが、それでも感情のないロボットではない。
遠目に見える楽しそうな部員達を見てなにも感じない筈はないのだ。
そう思うと明彦はなんだか胸を縛り付けられるような思いになり、居ても立ってもいられなくなった。
少しでも彼女の側に居たい。
そして少しでもその負担を軽くしてあげたい。
そんな思いが頭の中を無数に駆け巡る。
「よぉ~し、午後はのんびり海水浴でもするか!
なっ、明彦も来るだろ?」
大きく伸びをして奏がそう提案する。
「えっ……うん……」
明彦は煮え切らない様子で奏と雪菜を交互に見る。
「ごっ、ごめん!
やっぱり俺冬野と一緒に荷物番してくるわ」
明彦はそう言い残すと雪菜の方へ一直線に駆けていく。
「ちぇっ、なんだよ雪菜雪菜って……」
「なに?
神崎さん妬いてるの?」
膨れっ面の奏に美華がニヤニヤしながら尋ねる。
「ばっ!
ちっ、ちげぇよ!」
奏は慌てて否定すると、砂浜を駆ける明彦の背中に視線を向ける。
「ただ、あいついっつも誰かの心配してるよなって……
まぁ理由はどうあれさ。
だから他人の事ばっかで自分が楽しむことを忘れてる気がすんだよ。
せっかくみんなで海に来てんのにさ」
「確かにそうかも知れないけど……
でも、それが広瀬君のよさだと思うな。
私の時もまるで自分の事みたいに考えてくれたし」
「おいおい、美華もあんまり人の事言えねぇんじゃねぇのか?」
「へ?」
突然攻守が逆になったかのようにニヤニヤしだす奏に、美華が呆けた表情を浮かべる。
「今すっげぇ恋する乙女みたいな表情してたぜ?」
「そっ、そそそそんな事ないもん!
わっ、私にとって広瀬君はただの恩人なんだから!」
「いや、ただの恩人って……どんな恩人?」
慌てた様子で否定する美華に、奏が呆れ気味に呟く。
「お~い冬野ぉ~!」
あと数歩でビニールシートに到着しようというところで名前を呼ばれ、雪菜は足を止めて後ろを振り返る。
すると、こちらに駆け寄ってくる明彦が視界に入った。
「どうしたの?
忘れ物?」
「いや、違う違う」
「じゃあなに?」
「俺も一緒に荷物番しようと思ってな」
「…………え゛っ?」
明彦がニッと笑みを浮かべると、雪菜がまるで病人でも見るかのような表情になる。
「なんで?
みんなと喧嘩でもしたの?
それとも暑さにやられた?」
心配と恐れを混ぜ合わせたような表情で雪菜が尋ねる。
「うんまぁ……そんなところ」
雪菜が寂しそうだからなどという理由はさすがに言えず、明彦は適当に受け流す。
「喧嘩……したの?」
「ああいや、心配すんな。
そっちじゃないから」
恐る恐る尋ねる雪菜を安心させるように再び明彦が笑う。
「あっそ、じゃあ休んでさっさと出ていって。
二人だと暑苦しい」
雪菜はそう言いながらビニールシートの上に丁重に部員達の荷物を置いていく。
「ああ、そうですか……」
急にぶっきらぼうな態度になった雪菜に、明彦の表情が暗くなる。
雪菜は荷物を置くと、海の方を向いてちょこんと座る。
明彦は人一人分空けてその隣に腰を下ろす。
ただなにも言わず海だけを眺める雪菜。
その雪菜の横顔を明彦が見つめる。
「……なに?」
雪菜が嫌悪の眼差しを明彦に向ける。
「いや……本とか読まないのかなって……」
「ほんとはそうしたいんだけどね。
潮風に当てると本が痛んじゃうから……」
雪菜は抱えていた膝の上に顎を乗せて遠くを見据える。
「じゃあさっきまでずっと俺らの事みてたの?」
「うん。
とくにやることないしね」
「……寂しく……ないの?」
「なんで?」
唐突な質問に雪菜が驚いた様子で聞き返す。
「いやっ、ほら……
せっかくみんなで海に来てるのに一人だけ荷物番とかさ……」
思わず言ってしまった言葉を問われ、明彦は捻り出すように言葉を紡ぐ。
「私が水着着れないの広瀬君知ってるでしょ?」
雪菜がなにを言っているんだと言わんばかりに応える。
「うん、まぁそうなんだけどさ……
ほら、さっきもみんな笑ってたのに冬野だけ笑ってなくて……
それで……」
「なにが言いたいの?」
歯切れの悪い明彦の言葉にしびれを切らした雪菜が尋ねる。
「ああ、ええっとつまり……もっとみんなで一緒にいようってこと。
俺達仲間じゃん、みんなで遊んでみんなで笑って、それって凄く楽しいことだと思うんだ。
だから、冬野のも意固地になって孤立しないでみんなで和気藹々と楽しもうぜ。
やりたいことをやればいいし笑いたければ笑えばいい。
お母さんの事なんて関係ねぇよ」
(……って俺、なに言ってんだ……?)
完全に無計画であった明彦は、頭に浮かんだ言葉をよくも考えずに並べ立てる。
「それ、どうゆう事……?
なんでお母さんがそこで出てくるの?」
その言葉を聞いた途端雪菜が凍てつくような眼差しで明彦を見る。
(ああ゛もう、シチュエーション最悪だけど言うしかねえ!)
「お前が笑わない理由が冬野のお母さんにあるんじゃないかって……そう思ったから……」
半分やけくそで明彦が言う。
「なんでそう思ったの?」
雪菜が一段階低い声音で尋ねる。
「お母さんに言われた通りに笑ってたのに、お母さんはお前を傷付けて……
それで、裏切られた気分になって……みたいな……」
雪菜の雰囲気に気圧され、明彦が怯えたような調子で喋る。
「誰にその話聞いたの?
お姉ちゃん?」
「うん……」
「いい加減にしてよ!
広瀬君は一体どれだけ私を苦しめれば気が済むの!?
もう関わらないでって言ったじゃない!
なのに……なんで人の心を土足で踏み荒らすような事言うの!?
なんでお母さんの事まで悪く言うの!?
あんたに……あんたなんかにお母さんのなにがわかるって言うのよ!」
今までの声のトーンとは対照的に、周りが驚くほどの声で雪菜が怒鳴る。
「お母さんはなにも悪くない……
悪いのは、全部私なの……」
涙を溢しながら雪菜が続ける。
「えっ、ちょっそれどうゆう事……?」
「そんな事あんたに言うわけないでしょ」
雪菜はそう言うとその場にスッと立ち上がる。
「おい、どこ行くんだ?」
「気分悪いからもう帰る。
あと……怒鳴ってごめん……」
雪菜はそう言うと海とは反対側にある道路の方へと駆けて行ってしまう。
「ちょっ、まっ……」
明彦は慌てて引き留めようとするが、言葉が喉に詰まってうまく出せない。
雪菜があんなに怒るような事を言ってしまった自分がどうして傷付いた彼女を引き留めることができようか。
明彦は離れていく雪菜の背中を見ながら自分の愚かさを呪うことしか出来なかった。
(勢いとはいえやっぱあれはまずかったよな……
自分でもなに言ってんのか分かんなかったし……)
「お前って学習能力ないの?
バカなの?」
後ろから今の明彦にとっては瀕死レベルの毒を吐く奏。
「お前……いつからそこにいた……?」
明彦は錆びたブリキの人形のようにぎこちなく今にも吐血しそうな程悪い顔色を奏に見せる。
「さっきだよ。
雪菜の大声が聞こえたから 慌てて来た。
内容は分からないけど大方俺と同じパターンだろ?」
呆れたように言う奏に、明彦は目尻に涙を浮かべながら何度か頷く。
「ヤバイよ……もっとさりげなく聞こうと思ってたのに全力で地雷原駆け抜けちったよ……
もう冬野とは会話すら出来ないかも……」
「……お前マジでなに言ったんだ?」
相当深刻そうな表情を浮かべる明彦に、奏が引き気味に言う。
「まぁ、とにかくだ」
奏は胸の前に両手を合わせ、話題を変える。
明彦はこの状況を打開できる妙案でもあるのかと期待の眼差しを向ける。
「雪菜いなくなったのは明彦のせいっぽいから、代わりに荷物番よろしくな」
が、奏の口から放たれた言葉は一切の慈悲も気遣いもない言葉であった。
「…………はい……」
明彦は理想と現実のギャップに絶望しつつも、辛うじてそう応える。