「はぁ~ったく……やれやれだな……」
薫と美華のいなくなった部室。
誠は心底面倒臭そうにどっかりとパイプ椅子に体重を預ける。
「まあまあ先輩、気持ちは分かりますがこれもこの部の為ですよ」
明彦は心穏やかでない誠をどうにか宥めようと言葉を掛けながら隣に座る。
「はっ、そんなもん知ったこっちゃねぇな。
大体そうゆうの嫌いなんだよ……何かのためとか、そうゆう偽善っぽいの」
誠はそう言うとおもむろに明彦の方へと顔を向ける。
顔が影で見えないせいか、彼からは謎の威圧感が放たれていた。
「正直に言えよ、人が行動するときは何時だって自分自身が主体なんだ。
自分の得になることしかしないし、損になることはしない。
少なくとも俺はそうゆう人間だ」
「何ですか、八つ当たりですか?」
いきなり小難しい事を言われ明彦は呆れた様子で応える。
「別に先輩を否定する訳じゃないですけど、俺は本当にニコ研を守りたくてやってます。
正面に言えば俺だってニコ研がどうなろうと知ったこっちゃないですよ。
だって、部活動なんてただの場所でしかないから。
それに、俺はニコ研が好きなんじゃなくて今のメンバーが好きなんです。
冬野が居て、奏が居て、立花先輩や草苅先輩、会長が居るあの場所が俺は好きなんです。
でも、それってきっとこの場所がなかったら出来なかった、この場所だからできた事だと思うんですよ。
だから未来永劫とか、何十年何百年残したいとかそうゆんじゃなくて今、我が儘かもしれないけどせめて俺が卒業するぐらいまではニコ研はこの学校にあってほしいんですよ」
こんな質問に何で真面目に答えているんだかと思いながら、長台詞を言い終えた明彦は黙って誠の反応を待った。
「成る程な……
あの馬鹿会長よりは中身のある答えだ……」
「先輩って、もしかして女性云々の前に純粋に会長の事嫌いなんですか?」
明彦は気紛れに尋ねてみた。
誠の薫に対する嫌悪感はどこか他の女子たちに向けられるものとは違う気がしていた。
「俺は外面ばっか気にして中身すっからかんなやつが嫌いだ。
女は特にそうゆうやつらが多い。
んで、あいつはその象徴みたいな感じだ。
だから嫌いだ」
「また世の女性を敵に廻すような事を……」
ジェンダーバイアスだのなんだので問題視されそうな誠の暴言に溜め息をつきながら明彦は頬杖をつく。
なぜ誠はここまで女性を毛嫌いするのか。
そして、なぜ顔を隠し続けるのか。
女性が嫌いな事と何か関係あるのだろうか。
そう考えると自然と言葉が出てきた。
「先輩はどうしてそんなに女性の事が嫌いなんですか?」
「なんだ?
俺の女嫌いも治してくれるってか?
いやはや広瀬君は本当に活動熱心だねぇ」
「あはは……いや、別にそうゆう訳じゃ……」
おちょくるような誠の口調に明彦はただ困り顔で笑みを浮かべることしか出来なかった。
「まぁ別に隠す必要性もねえから言ってやるけどさ……
お前、怒るなよ?」
「えっ……何で俺が怒るんですか?」
訳の分からない理由で釘を刺された明彦は困惑の色を僅かにその顔に宿す。
「俺さ、中学ん時すっげえモテモテだったんだよね」
「えっ……?」
誠の言葉を聞いた瞬間明彦の表情が凍りつく。
切り立った崖から思いきって飛び下りたら意外と地面が近かくて普通に着地できてしまったかのような、そんな一種の裏切りのような感覚が明彦の中にじわりじわりと広がっていく。
「えと……それはつまり、モテ過ぎて逆に女の子が鬱陶しくなったって事……ですか……?」
「ああ、まぁ簡単に言うとそうゆう事だ」
「顔を隠しているのも……?」
「そう。
顔見られると女どもが寄ってきて面倒だから」
「なっ、なんなんですかそれ!
そんな程度の事で会長達にあんなきつく対応してるんですか!?
って言うか先輩は女性から受ける好意をなんだと思ってるんですか!?」
思わず立ち上がる明彦。
奏や美華、雪菜達の過去の話を聞いたせいか、明彦には誠の行動理念がとても軽薄に感じられた。
「いやいや、確かに告白とかされると嬉しいよ?
でもさ、毎日のようにそんな事言われる俺の身にもなってほしいよね。
正直ウザいし疲れるんだよ、あいつらの相手すんのは」
やれやれとでも言いたげな誠の口調に、明彦は怒りを覚える。
「先輩は成金です。
教科書で出てきた札束燃やして明かりを灯すような成金と一緒です!
先輩は、あまりに多くの好意を受け取りすぎてその本当の価値が分からなくなってるだけです!
なんでそんな酷いことを平然と言えるんですか!」
「喧しい。
怒るなっつったろ?」
「でも、そんな言い方あんまりですよ!
勇気を出して思いを伝えた子達が可哀想じゃないですか!」
「じゃあどうすりゃいいんだよ……」
誠は面倒臭そうに溜め息をつく。
今誠の口から出た言葉は先程までのからかうような口調ではなく真剣で、それでいて暗いものだった。
「こっちが気遣って言葉選んで丁重にお断りしてんのにしつこいし、泣くし……
質の悪いやつは文句いってきたり暴言吐いたり、挙げ句の果てには身に覚えのない噂流される。
一体俺はどうすりゃいいんだ?」
誠が問い質すように顔を明彦に向ける。
明彦は言葉を返すことが出来なかった。
奏の時と同じように、誠もまた明彦の経験したことのないトラウマを抱えているのだ。
しかし、それを悟ったとき、その時はあまりにも遅かった。
なぜなら明彦はもう既に人のトラウマを抉るような発言をしてしまっていたのだから。
「確かにお前の言っている事は間違っちゃいない。
俺だって出来ればそうゆう気持ちを尊重したい。
でも、あいつら自身がそれをさせてくれない。
幻滅するんだ……毎度毎度……
男をブランド品感覚で彼氏にしようとする卑下な連中にさ……」
自分の心の闇の深淵へと落ちていくように、誠の声のトーンが徐々に沈んでいく。
「あっ、あの……すいません……
遅いかもしれませんけど……俺、何も知らずに……」
「あ?
別に謝ることもないだろ。
お前の言っている事は間違っちゃいない」
申し訳なさそうな明彦とはうってかわって誠はあっけらかんとした様子であった。
「ですけど……」
誠の気にしていないような素振りが余計に明彦の自責の念を掻き立てる。
「ああもう止め止め。
この話もう終わりな、俺こういう雰囲気好きじゃない」
誠は鬱陶しそうにそう言うと、何処からともなくノートパソコンを取り出して机の上で開く。
(この人好きなものより嫌いなものの方が絶対多いよな……)
誠の発言に少しばかり呆れを感じつつ、やることもないので明彦は気紛れに彼のパソコンを覗き込む。
イヤホンをしているせいも相成ってか、誠が明彦に気づく様子はなかった。
誠は手際よくネットを開き、愛用しているのであろうとある動画サイトをお気に入り欄から開く。
数回画面をクリックすると、動画が始まる。
無論アニメであった。
美少女しかいない世界。
魔法やよく分からないファンタジーな概念のある世界。
そこには三次元では到底再現できそうもない世界が広がっていた。
(音声聞こえないしつまんないな……)
そう思って少し仰け反らせていた体を戻すと、明彦の脳裏にある疑問が浮かぶ。
「そういえば先輩ってアニメの女の子は大丈夫なんですか?」
それは直ぐに言葉となって口から飛び出す。
「ん?」
誠が動画を止めて片方のイヤホンを外す。
どうやら聞こえていなかったようなので明彦は同じ質問を繰り返す事にした。
「先輩ってアニメ好きですよね?」
「まあ、そうだな」
「その中の女の子は平気なんですか?」
「ああ、特になんとも思わないな」
「そうなんですか?」
ある程度予想はしていたものの、あまりにも平然と答える誠に驚きを隠せない明彦。
「だってこいつら二次元だぜ?
平面世界にしか生きられない連中に目くじら立ててどうすんだよ」
「まっ、まあ……そうなんですけど……
って言うかそうなんですか……?」
今度は予想だにしていなかった返答が飛び出し、明彦が困惑の表情を浮かべる。
「そうだよ。
ってかこんな奴等が三次元にいるわけないだろ。
うん、マジで、いてたまるか……」
(ああ、やっぱり現実に出てくると嫌なのね……)
寧ろ現実に居る女性を見るときよりも嫌そうな顔をする誠。
やはり自分と無関係な所に居ることで許せる部分があるらしい。
「あの……ちょっと良いですか?」
質問したついでに明彦は今しがた頭に浮かんだ疑問を問い掛ける。
「あん?」
「先輩って本当にモテるんですか?
失礼ですけど先輩にモテる要素が見出だせないんですけど……」
「モテるぞ、ビックリするくらい。
ってかモテる要素なんて顔さえあれば十分だ」
端から見ると自信過剰にしか聞こえない言葉を平然と言ってのける誠に、明彦は多少の嫌悪感を覚える。
「えっ、えと……実は先輩ってナルシストですか……?」
恐る恐る明彦が尋ねる。
「お前ってマジでデリカシーないな」
誠は呆れた様子で溜め息と共にそんな言葉を吐く。
「え゛っ!?」
また地雷を踏んでしまったのではないかと明彦の表情が引き攣る。
「お前は馬鹿か?
いきなりナルシストですか?って訊かれてはいそうですって言うやついると思うか?
過半数の連中に怒られるぞ?
あっ、あと俺はナルシストじゃないからな?」
「すっ、すいません……」
最後の言葉に込められた静かな怒気に、明彦の血の気が引く。
「でもそこまで言われると先輩の顔が見てみたくなりますね」
「見せねえぞ?」
「一回くらい……ちらっとだけで良いんで」
「ふざけんな、どこで誰が見てるか わかんねえんだぞ?」
「いやいや、ここは殆んど人来ないって先輩がいったんじゃないですか」
「まぁ、そうなんだが……」
「きっと大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだよ……」
自信満々に言い放つ明彦に誠が呆れた様子で応える。
「誰にも見られないし、万が一見られたとしても世の中そんな嫌な女子ばっかりじゃないですよ?」
「はぁ……」
諦めたような溜め息をつく誠。
その様子を見た明彦のテンションのギアが一段階上がる。
最初はなんとなくだった筈なのだが、その場のノリとテンションが付加してか今の明彦は誠の素顔が見たくて見たくて仕方がないという奇妙な精神状態になっていた。
「リア充爆発しろ」
漸く誠の顔が見れる。
そう思った矢先に放たれた誠の言葉が明彦を絶望の縁に叩き込む。
「お前は数少ない良いやつにしか当たってないから――」
「なんで見せてくれないんですかぁぁぁ!
今の完全に見せてくれる流れだったじゃないですか!」
明彦は誠の両肩を掴んで前後に揺らしながら喚く。
あまりのテンションのギャップに頭のネジが外れてしまったようだ。
「はぁ!?
おまっ、何言って――ってなんで泣いてんの!?」
「ちょっとぐらい良いじゃないですかぁ!
なんなんですか!
どんだけ顔さらしたくないんですか!
先輩の顔面は女性を呼び寄せるフェロモンでも出てるんですか!?
それとも真面目に中二病寄りのナルシストなんですか!?
ってか実はすっごい不細工なんだけど顔隠していきがってるだけなんじゃないですか!?」
「お前、リミッター外れるのすごいのな……
そろそろ俺も怒るぞ……?」
見境なしに爆弾発言を繰り返す明彦に呆気に取られつつ静かな怒りを表す誠。
しかし明彦は引き下がらない。
「怒るくらいなら顔を見せてくださいよ!
事実を知らせないで怒るなんてあんまりです!
不細工に不細工って言って何がいけないんですか!」
「おい待て、なんでお前の中で俺が不細工キャラ確立してんだ!?」
誠はそうつっこむと、深く溜め息をつく。
「分かったよ……一回だけ見せてやっからもう黙れ……」
心底嫌そうな誠に対し、明彦はついさっきまで泣いていたのが嘘だったのではないかと思わせる程目を輝かせる。
「本当ですか!?
フードちゃんと取ってくださいね?」
「分かってるよ」
「一瞬とか無しですからね?」
「ああ」
「ちゃんとフード外したら手を膝に置いてくださいね!」
「うるせぇよ!
どんだけ疑り深いんだお前は!」
念には念を押し続ける明彦に誠が怒声を浴びせる。
「いや、だって先輩ってそうゆう人間じゃないですか。
なんというか……狡猾?」
「ああもう……お前の中で俺の評価がとんでもなおことになってるのは分かったからマジで黙れ。
このままだと本気で気が変わりそうだ」
「はい!
分かりました、もう黙りますんで心置き無くどうぞっ!」
意気揚々と此方に手を翳してくる明彦に苛立ちながら、誠はおもむろにフードの縁を指で摘まむ。
そして僅かに布を上に持ち上げそのままゆっくりと後ろに押しやる。
誠の顔の全貌が露になった瞬間、明彦の体に雷が落ちたかのような衝撃が体を走った。
全てを見透かしているかのように凛然と佇む双眸。
そして細く整った眉に高く美しい鼻。
まるで彫刻を思わせるその顔は正しく眉目秀麗という四字熟語がぴったりと収まる器であった。
更に、それに加えて飾り気のないスタイリッシュな黒縁眼鏡が知的な印象をアクセントとして添えている。
フードという名のベールを脱ぎ去った誠の顔は、筆舌に尽くしがたい程の美男子であった。
「ほら、これでどうだ」
誠は面倒臭そうに、しかし何処か気恥ずかしさも内包した声で言う。
しかし、明彦は何も答えず、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべ、水面で餌をねだる鯉のように口をパクパクさせていた。
「すっ、すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
数秒の沈黙を要し漸く捻り出した言葉がそれであった。
「は……?」
今度は逆に誠が呆気にとられる。
「なんか不細工とか適当なこと言って本当にすいませんでした!!」
明彦は椅子に座ったまま深々と頭を下げる。
「おっ、おう……
まあ分かればいいんだ分かれば……」
誠は明彦のあまりの勢いに気圧されながらもそう応える。
(これだから顔を見せるのは嫌なんだ……)
そう思いながら再びフードを被ろうと手を伸ばしたその時。
「なにこれ、人生相談とかヤバくね?」
「なに?
アキなんか悩んでんの?
うけんだけど」
二人の女子高生が頭の悪そうな会話をしながら部室のドアを開いた。
「あ……」
誠と目が合う女子高生二人。
制服が違うことから他校の生徒であることが窺える。
「えぇぇぇなにこのイケメンヤバくね?」
「えっ、ほんとマジ超ヤバイんですけどぉぉぉ!!」
「えっちょっマジでヤバくね?
これチサとかに教えないとヤバくね?」
「それな!!
マジそれな!!
早くいこ!!」
女子高生二人は喚きながらスマートフォンでかなりの枚数写真を撮った後、正しく嵐のごとく去っていった。
まるで信号待ちをしていたら突然F1がフルスロットルで過ぎ去っていったかのような、そんな感覚におそわれ誠と明彦は唖然としたまま暫くの間言葉を失っていた。
「おっ、おいぃぃぃぃぃ!!!!
今ガッツリ顔見られたぞ!!??
今メッチャ写メ撮られてたぞ!!??
ってかなんか仲間読んでくる気満々さだったぞぉぉぉぉぉ!!??」
漸く事態を理解した誠がこの上なく動揺する。
「せっ、先輩落ち着いて下さい!」
「落ち着いてられるか馬鹿野郎!!
このままだと明日――ってか今日から俺が主人公になるぞ!?
この世界の中心が俺になるぞ!?
ああ゛ぁぁぁ俺の平穏な日常がぁぁぁぁぁ!!
ちきしょぉ、学園ハーレムなんて糞喰らえ!!」
宥める明彦を無視して誠は更に荒れ狂う。
「ちょっ、先輩マジで落ち着いて下さい!!
なに言ってんのか分かんないし流石にそこまでいくとキモいですよ!?」
明彦にゴキブリと目が合った時のような表情で言われ、流石に 誠も正気を取り戻す。
「悪い……ちょっと取り乱した……」
(いや、ちょっとって言うか半狂乱ぐらいはいってた気がしたんですけど……)
乱れた呼吸を整える誠を見ながら明彦はそんなことを考えるが、また精神状態が悪化しては敵わないので口には出さない。
「ああ……でもこれで俺の平穏な日常が……」
誠がガックリと肩を落とす。
その様子から察するに、誠は心底本気で落ち込んでいるようだった。
「先輩、今日一日我慢するのとこれからの学校生活ずっと我慢するの……どっちが良いですか?」
「何か、策があるのか……?」
「はい」
「マジマジ、ほんとヤバイぐらいイケメンなんだって!
写メみたっしょ!?」
「え~マジぃ~?
写メだと結構印象変わるっしょ」
「いや、ほんとマジだから!
マジでマジパネェから!」
バァン――
誠達の予想通り彼女達は舞い戻ってきた。
やはり頭の悪そうな会話をしながら彼女達は部室のドアを開く。
そこには上着を明彦と交換した誠と、狼のマスクを被った明彦がいた。
「「「キャー!!」」」
誠の顔を見た三人の女子高生の黄色い声が部室に響く。
誠は今日一日を草苅誠ではない誰かとして過ごす。
明彦の考えた策とはこれ であった。風呂の中まで顔を隠していたような誠のことだ、恐らくこの学校内で誰一人彼の素顔を知る者はいないだろう。
更に、誠がニコ研に所属していることはもっと他人の知るよしも無いところで、下手したらニコ研の存在すら知らない人もいるだろう。
つまり、今此処で慌てて顔を隠すよりも、敢えて顔を晒し別人を装おうことで今後の誠の学校生活を保護しようという考えなのだ。
また、誠は普段顔を隠す為に常にパーカーを着用しているため、服装で特定されないように念には念を入れて明彦と服の交換も行った。
正に完璧の布陣。
誰一人として今日の誠と明日以降の誠を同一人物として認識することはないだろう。
思い付きとはいえ中々完成度の高い作戦に明彦は自画自賛と共に心の中でガッツポーズを取る。
「えぇ~君メッチャイケメンじゃん。
私達と一緒に遊ばない?」
誠の周りでキャッキャと騒いでいた三人の女子高生の中の一人が満を持して誠を誘う。
「はぁ?
誰がてめえらみたいな頭の悪そうな奴等と遊ぶかよ。
バカか?」
が、誠は生ゴミでも見るような目付きで彼女らを見る。
「はぁ!?
んだてめぇ!!」
突然の暴言に、誠を誘った女子高生が憤然と怒声を上げる。
「それはこっちの台詞だ。
さっきから目の前で、頼んでもねぇのにワーワーギャーギャー、耳障りなんだよ。
とっとと消えろ」
「おいてめぇ……あんま調子のんじゃねえぞ……!?」
「ちょっと顔がいいからっていい気してんじゃねえよ」
「マジぶっ殺すぞ……?」
誠の罵倒に耐えかねてとうとう三人全員が怒りの形相を浮かべる。
「別に俺は思ったことをそのままに伝えているだけだ。
それともお前の言うところの調子乗った行為とやらは正直に感想を述べる事も含まれるのか?
あとお前、そのちょっといい顔に踊らされてホイホイやって来たのは何処のどいつだ。
勝手に理想をもってそれが壊れたからって人のせいにするのは被害妄想だぞ?
最後にお前、ぶっ殺すって本気で言ってんの?
お前、これからの人生警察にご厄介になる覚悟あんの?
どうせないだろ。
あったとしてもどうやって殺すんだ?
どっからどう見てもあんたが俺を殺せるようには見えないんだけど。
それとも何か凶器でも持ってんの?
だったら今すぐ警察呼ぶけど」
まるで自動機関銃のように冷酷に、無慈悲に、機械的に、ズラズラと言葉を並べていく誠。
先程まで怒りの形相を浮かべていた女子高生達があんぐりと口を開けて、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。
「まあでもさっさと消えろは言い過ぎたかな……すまん。
ここは人生相談所だ。
悩みがあるならちゃんと聞いてやるよ。
尤もお前らに人生を悩むような高尚な脳味噌があるとは思えないけどな」
捲し立てるようにそう言うと、誠は嘲るように鼻で笑ってみせた。
「ほっ、ほんとないわ!
マジありえない!!」
「ナナ、もう行こ?
ほんとウザいんだけどこいつ、気分悪いわ」
「マジで死ね。
クズだなお前ほんと」
ここに来たばかりの時のテンションはどこへやら、すっかり気落ちした様子の三人はまるで親の敵でも見るような目付きで誠を睨みながら部室を後にした。
マスクのせいで外からは分からないが、この時明彦は死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。
「あの……先輩?」
明彦は錆びたブリキの人形のようにぎこちなく顔を誠に向ける。
誠は何も言わず視線を明彦に向ける。
「確かに後々素性を探られると面倒なので嫌われるようにしてくださいとは言いましたけど……
やり過ぎじゃないですか……?
あそこまでいくと闇討ちとかされそうですよ……?」
「え?
お前そんなこと言ってたっけ?」
怯えた表情を見せる明彦に誠はキョトンとした顔を浮かべる。
それを見た明彦の顔が凍り付く。
(今の……素かよ……)
驚きと呆れ、それに恐怖を少し足して完成された表情の内側で明彦はそう思った。
が、とにもかくにも女子高生達を追いやることには成功した。
えあの怒りっぷり、あの酷評から察するに彼女達は二度と此処へは戻ってこないだろう。
それに加え頭の悪そうな彼女達の事だ、大声で不平不満を垂れ流しながらこの学校を徘徊している筈。
そうなれば誠の――もとい“何か狼のマスク被った変なやつの隣に居た凄いイケメン”の評価は潜水艇の如く水面下へと潜っていくに違いない。
そうなれば余程の奇人変人か、本気で人生相談をしに来る人意外はこの部室に顔を見せることはないだろう。
それでいい。
それこそこの部室のあるべき姿なのだ。
うんうんと明彦が満足そうに頷く。
誠ももう誰も来ないと思ったのか、中断していたアニメ鑑賞を再開させる。
明彦は狼のマスクを外し、これでまた暫く暇になるなぁ~と背凭れに体重を預けて無愛想な天井とにらめっこをする。
太陽の暖かな光が射し込み、九月ながらに部室の中はポカポカとしていた。
なんだか眠くなり、明彦は顔を正面に向けて頬杖をつく。
うつらうつらと明彦が微睡みかけたその時。
「たっ、大変だぁぁぁぁぁ!!」
奏でが大声を上げ、体当たりするかのような勢いで部室に飛び込んでくる。
あまりに唐突な出来事に明彦は肩を跳ね上がらせて驚く。
「えっ!?
はっ!?
なっ、なんだ!?
どうした!?」
微睡んでいた脳では状況を把握しきれず、明彦はしどろもどろに尋ねる。
「そっ、外に!!
群れが!!」
奏のクワッと見開いた双眸がただごとではないことをアピールしていた。
「はぁ!?
なっ、なんの群れだよ!?」
東京の、しかも周りに森など一切無いこの学校に一体なんの群れが現れたというのか。
明彦の思考はますます纏まらなくなる。
どこぞの馬鹿な農業高校の生徒が牛の群れでも放ったのかと明彦が考えていると、奏が次の言葉を口にする。
「ひぃっ!!
なっ、波ぃぃぃ!!」
奏は廊下の様子を一瞥し、顔を真っ青に染め上げていた。
しかし、本人の怯えた様子とは裏腹にその言葉は完全に意味不明である。
が、その真相は直ぐに分かることになった。
まるで地響きのような足音が廊下を伝って部室の中に入り込んでくる。
その音は次第に大きくなり、明らかに此方に向かっているのが分かった。
奏は「きゃうん」とまるで仔犬のような悲鳴を上げ、全力で明彦の背中に隠れる。
誠も異変に気付いたのか、イヤホンを外して怪訝そうに部室の入り口を睨む。
出来れば勘違いであってほしい。
きっととあるアイドルがお忍びで来てたけれどばれてしまい、ファンに追っかけられている途中なのだろう。
そうであってほしいと明彦は祈りながら、怒濤の勢いで迫り来る足音が過ぎ去るのを待った。
が、現実は非情であった。
明彦の願いは天には届かず、ドバァという擬音語を忠実に体現するかのごとく大量の女子生徒が雪崩をうって部室に入り込んできた。
思わず誠と明彦の全身が粟立つ。
「おっ、おいなんだよこれ」
明彦は自分の背後に隠れる奏に小声で尋ねる。
「わっ、わかんねえよ……!!
気付いたらそこらじゅうでニコ研の部室にスッゴいイケメンが居るって噂が……!!」
奏が今にも泣きそうな表情で知っている限りの情報を開示する。
「お前、結構モテたんだな……!!」
「いやバカ、俺じゃねぇよ……」
何故かキラキラと輝く眼差しを向けてくる奏に、明彦は手を軽く左右に振って応える。
「えっ、じゃあ……」
「草苅先輩」
困惑の表情を浮かべる奏を見て明彦は親指と目線で誠を示す。
「ちょっ、えっ、はぁ……?」
奏は俺の知っている誠と違うとでも言いたげに驚きの表情を浮かべる。
まあそうなるよなと明彦が思ったところで誠の声が聞こえた。
「なあ、情報交換もいいけど取り敢えずこいつら何とかしてくれね?
目障りだしうるせえ」
誠の要請もあり、明彦と奏はらイベント会場や行列のできる店のスタッフの如く無統制な女子の群れを一列に並べる事になった。
「ある程度整理できたし、明彦は先輩の所に戻っていいぞ。
あの人一人じゃ不安だ……」
奏は即興で作った段ボール製の案内板を脇に抱えながら表情を曇らせる。
「ああ、確かにそうだな……」
先程の話を聞く限り、ここに集まってきた女子の大半が誠に嫌な思い出を彷彿とさせるタイプであろう。
ただでさえ女性嫌いの誠の事だ、いったいなにをしでかすか分かったもんじゃない。
「うん、分かった。
悪いな奏、後は任せた」
「おう!」
奏がにししと笑ったのを見てから明彦は部室の中へと入っていった。