「ふぅ……
まぁなんとかなりましたね……」
狼のマスクを外し、明彦は古びた空気を肺から押し出す。
「うむ、やはり恋愛というのは色々奥が深いな。
私にはよく分からん……」
薫も無駄に作り込まれた兎のマスクを外し、一息つく。
「そうですか?
にしてはなんかさっき通じあってたような気がするんですけど……?」
ぐでぇっと机の上に上半身を乗せて尋ねる。
明彦は先程の「覚悟を決めたようですね」の辺りの会話の事を言っているのだろう。
「ああ、あれか」
それを察したのか薫が呟く。
「あのくらいは相手の目を見ていれば分かる」
「へぇ、凄いですね……
って、え?
目……?」
一度スルーしかけて明彦は眉根を寄せる。
(マスク越しに目なんか見えなかったような……)
まぁなんやかんやでんやかんやで通じるものがあったのだろうと適当に結論を出していると、教室に設置されているスピーカーから蛍の光が流れ始める。
『来校者の皆さん、本日はいかがでしたでしょうか――』
そしてそれと重ねるように歌うような声が流れる。
『楽しい事や色々な思い出、まだまだやり足りなかったり作り足りないかもしれませんが残念、もうお時間となってしまいました――』
「うむ、もうそんな時間か……」
薫は残念といった様子で時計を見やる。
『来年のフリフェスも、今年に負けないように尽力していきたいと思っておりますので、今日物足りなかったなぁという方は是非来年もお越しください――』
(終わっていきなり来年のことかよ!?
気ぃ早くね!?
ってかそんなに待てないだろ、普通)
色々とツッコミ所はあるが、それでも構うことなく蛍の光とアナウンスの声は滔々とスピーカーから流れる。
『それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら。
生徒の皆さんはこのあと後夜祭がありますので廃棄物をグランド中央に集めてください。
尚、後夜祭開始時刻は七時とさせていただきます』
「あと大体一時間か……」
薫は呟きおもむろに立ち上がる。
「まだ時間はあるし、ゆっくりと片付けるとするか」
そして顔をこちらに向けてにこりと微笑んだ。
「そうですね」
明彦も軽く笑い返すと取り敢えず一番最初に目に付いたパーティー用のヘリウムガス缶を摘まみ上げる。
(これ、なくても良かったんじゃ……)
そんなことを思いつつ缶を手元に置いて彼等の処遇を考える。
(ガス抜きしちゃうのもなんか勿体ないしな……
かといって燃やせないし……
部室に置いておくのもなんかなぁ……
放置し過ぎて逆に爆発しそうだし……)
しょうがない、もったいないけどガス抜くかと明彦が缶を掴むと、がちゃりと部室のドアが開かれた。
「広瀬くん、お疲れ様」
顔を出したのは雪菜だった。
「おう。
どうだった?
文化祭は」
明彦は一旦手を止めてこちらに歩み寄ってくる雪菜に尋ねる。
「うん。
凄く……楽しかった」
表情はあまり変わらないが、その頬が僅かに朱に染まっているのを見るとその言葉に嘘はないのだろう。
「そっか、そりゃよかった」
そう応えて止めていた手を再び動かす。
「そっ、それでね……?」
フシューと缶からガスが抜けていく。
一本分のガスを抜き終えても二の句が来ないので、怪訝そうに明彦は雪菜の方へと視線を向ける。
見ると彼女は先程よりも頬を赤らめ、そこまで寒くもないだろうに下の方で両手を擦り合わせてる。
眉は僅かに八の字に歪み、視線は斜め下を向いている。
「えと……どうした?」
一応恥ずかしがっているということは伝わっているのだが、その原因が分からず尋ねる。
明彦に促され、悶々と引き結ばれていた口が漸く開かれる。
「あっ、あのね……その……」
雪菜はちらちらと明彦の顔を見ながら恥ずかしそうに言葉を紡いでいく。
「このあと、予定空いてたりする……?」
「うん。
特になんもないな」
「そうなんだ……」
雪菜は胸の前で両手の指先を合わせてどこか嬉しそうに呟く。
そして、上目使いで不安そうに明彦を見る。
「じゃあ……その、あの、私と……後夜祭、行ってくれる?」
彼女の瞳は緊張か、気恥ずかしさからか、僅かに涙で潤んでいて、その庇護欲をそそらせるような表情はさながら捨て犬のようであった。
「おっ、おお……いいぞ」
あまりのいじらしさに呆けるように見とれてしまいながらもなんとか承諾の旨を伝える。
「ありがとう……」
すると、雪菜はうっすらと、下手をすれば見落としてしまいそうな笑顔を浮かべる。
その笑顔は華やぐようなわけでもなく、かといって別段愛らしいというわけでもない。
でも、それが彼女にできる最大限の笑顔であることを明彦は知っていた。
「こっちも、誘ってくれてありがと」
だから、自然と彼の表情も綻ぶ。
「広瀬くん、ちょっといいか?」
「はっ、はい!
何でしょう!?」
ほんわかした雰囲気から唐突に現実に戻されたような気がして思わず背筋が伸び上がる。
(今のやり取り見られてないかな……?
すっごく恥ずかしいんだけど……)
「む?
どうかしたのか?」
が、薫るの反応を見る限りその心配は無さそうだと胸を撫で下ろし、気を取り直して用件を聞く。
「いえ、なんでもありません。
どうかしたんですか?」
「うむ、来客用のマスクを片付けていたらその下にこんなものがあったのだ」
薫が手を差し出すと、そこには四つ折りにされた紙が摘ままれていた。
彼女の親指が触れている面に“明彦へ”と書かれているのでこれが手紙であると察しがついた。
「……誰からですか?」
手紙を受け取り、何度か裏表させながら尋ねる。
そこに差出人の名前はなかった。
「それが私にもさっぱり分からんのだ。
広瀬くんならなにか知っていると思ったんだが……
そうか」
薫は困惑気味の表情を浮かべながら腕を組んでううむと唸る。
「薫ちゃん、お疲れ。
みんなもお疲れさま」
柔らかな声が部室に響き、全員が一旦話を中断してその方に顔を向ける。
すると開けっ放しになっていたドアから美華が顔を覗かせて小さく手を振っていた。
「薫ちゃん、これどうすればいいの?」
そして、早速片付けに移行しようとしているのか廊下に置いてある長机に手を置いて指示を仰ぐ。
「ああ、待ってくれ。
今そっちに行く」
薫は特に差出人や内容には興味ないらしく、足早に美華の下へと向かっていった。
「なんて書いてあるの?」
薫が部室から出ていき、一呼吸置いてから雪菜が気を取り直して尋ねる。
その声音には興味というよりはどこか警戒したような色合いが込められていた。
「ん、ちょっと待ってて……」
彼女の反応を少し怪訝に思いつつも明彦は手紙をそっと開く。
「どう?
ラブレターとか?」
まだ読んでもいないのに雪菜がぐいぐいと質問してくる。
(もしかして……
こいつ、嫉妬してんのか……?)
正確には嫉妬という言葉は間違っているかもしれないが、少なくとも明彦が誰かに取られてしまうのではないかというある種の子供心のような不安感が雪菜にはあるのだろう。
そう考えると不安そうな表情でもじもじと明彦の持つ手紙を覗き込もうとしている雪菜がとても可愛らしく見えた。
「安心しろ、俺に限ってそんなの無いって。
俺、学校でも指折りのボッチだぜ?」
宥めるようにそう言ってからそっと紙に書かれた短い文章に目を落とす。
「――っ!?
冬野……これは、どう取るべきだ……?」
明彦は暫し硬直した後困惑した表情で雪菜に手紙を見せる。
「終焉の夜の祭。燃え盛る業火の前で貴様を待つ」
雪菜も手紙に書かれた文章を音読してから数秒固まる。
「……果たし状?」
そして小首を捻って呟く。
「ではないと思う……」
明彦が呆れた様子で応える。
彼にはもう既にこの手紙の送り主が誰なのか予測がついていた。
「って言うかこれ、奏ちゃんだよね……?」
「だろうな……」
雪菜も同じ人物像を浮かべていたらしく、明彦は溜め息混じりに彼女の予想を肯定する。
「どうしようか……」
「何が?」
明彦からの視線を感じ、雪菜が応える。
「多分それ俺を後夜祭に誘ってんだよ」
「あー……そっか……」
雪菜は顎に人差し指を当てて視線を斜め上に上げる。
なにせ彼女もついさっき明彦を後夜祭に誘ったばかりなのだ。
予想外のダブルブッキングに暫し思考を巡らせると、おもむろに口を開く。
「別にいいんじゃない?
行ってあげなよ」
「いいのか……?」
思っていたものとは違った言葉に、明彦は驚きながらも確認の意味も込めてそう尋ねる。
「うん。
それに、きっと奏ちゃんはずっと待ってるから。
だから行ってあげないと可哀想だよ」
「そうか、分かった。
でも、本当にいいのか?」
快く承諾した手前、こんな呆気なく約束が破棄されてしまうのはどうも心苦しく明彦は再度尋ねる。
「うん。
ただ……」
雪菜はそこで言葉を切ると悪い表情を浮かべる。
「ただ……?」
その表情に背筋を冷やしつつ言葉の先を促す。
「私も行く」
「……?
ああ、そうだな……それがいい」
一瞬何を言っているのか分からなくなるが、よくよく考えれば“二人っきりで”なんて誰も言っていないし、何処にも書いていない。
その事に気づいた明彦はうんうんと頷いて雪菜の意見を肯定する。
「えへへ、楽しみだな」
すると彼女は口元を僅かに緩めて呟く。
「んじゃ、さっさと片付け終わらせるか」
ガス抜きの終わっていないもう一方の缶を手に持つと、雪菜は「うん」と 言って頷いた。
「リア充爆発しろ……」
それを入り口の影から覗いていた誠が敢えて聞こえるような音量で呟く。
(あの人まじ存在感薄すぎだろ……
ってかいつからいたの?)
素顔を出したときと比較すると、フードが光化学迷彩かなにかなのではないかと思うほど顔を隠している時の彼の存在感は薄い。
そのギャップにも驚きつつ、明彦は缶に残っているガスを押し出していく。
ニコ研の部室では特に大掛かりな造形物や凝った装飾も施されていないので、ものの数分で片付けは終了した。
細やかなゴミを詰め込んだごみ袋を担いで明彦は雪菜と共に昇降口からグランド中央に向かう。
グランドの中央には大きな丸太が井の字型に低く組まれていて、そこに不要になった廃棄物が無造作に押し込まれていた。
明彦は下から掬い上げるようにごみ袋を組まれた丸太の中央に放り投げると、近くに奏はいないかと視線を巡らせる。
雪菜もそれに合わせて首を捻る。
「軽く一周してみよっか」
しかし、それでも奏の姿は見当たらないらしく、彼女は明彦を覗き込むように視線を向けて促す。
「ああ、そうだな……」
そう応えて歩き出す明彦の背中を雪菜が追い掛ける。
歩きながら周りを渡すと、組まれた丸太を囲むようにテントが設置されていて、そこに忙しく人が出入りしている。
飲食関係の出し物をしていたクラスや団体は売れ残りを値下げしてこの後夜祭で売り捌くのだ。
この学校では文化祭によって得られた利益は丸々クラス全体に分配される。
故にこの後夜祭を最後の掻き入れ時と見ているのか、大体のクラスや団体は楽しさを捨てて商売に本腰を入れる。
正しく商人の鏡である。
まあ、彼らは彼らで後夜祭の後夜祭というものがが存在するのだろう。
辺りに視線を配りながら更に歩くと、特設ステージが目に入ってきた。
ここでは抽選で外れて文化祭のステージでお披露目することが出来なかった部活や有志団体の演奏やその他諸々の見せ物を行う事になっている。
当然まだ後夜祭は始まっていないのでステージは閑散としている。
そのステージの前に彼女、奏はいた。
「おーいたいた。
おーい、奏ーっ」
明彦は此方に気付くように声を掛けてから彼女に歩み寄る。
「おお、明彦!
なんだ、その……早かったな……」
ぼうっと薄暗いステージを眺めていた奏が振り替えって応える。
言葉尻の方に行くにつれてもじもじとしだし 、ほほの赤みが増していく。
「まぁ、特に片付けるのに面倒なものもなかったしな」
「広瀬君!?
いっ、今、奏ちゃんのこと奏って……」
応える明彦の腕に抱き付くように後ろから雪菜が袖を引く。
「別におかしくないだろ」
「いや、うん……おかしくはないんだけどさ……」
「えっ……なに?
雪菜も、一緒なの……?」
二人のやり取りを見ながら奏が唖然とした様子で尋ねる。
「だめ?」
一旦明彦との会話を打ち切って雪菜が小首を捻る。
「いっ、いやいやいや!
全然大丈夫だ!
うん、問題ない!」
どこか罪悪感の隠った視線を向けられ、奏は慌てて雪菜の同行を受け入れる。
本当なら明彦と二人っきりで後夜祭を楽しみたかったのだが、彼女にとって雪菜もまた明彦と同じぐらい大切な友達なのだ。
そんな彼女を無下に扱うなど奏には出来なかった。
それに、大切な友達二人と一緒にこの後夜祭を楽しむのも悪くないような気がした。
屋台テントから食欲をそそられるような香りが沸き立ち、人が徐々にグランドに集まってくる。
組まれた丸太の周りを生徒会の腕章を着けた生徒達が陣取り、後夜祭の開始まであと僅かだということが時計を見ずとも伝わってくる。
やがて辺りは徐々に静寂の渦の中へと呑み込まれていく。
そして、突如として特設ステージの照明が煌々と眩い光を放ち、ステージ上にいた一人の女子生徒を照らし出た。
彼女の腕にもまた生徒会の腕章がつけられていた。
「れでぃーすあんどじぇんとるめーん!!
皆さん、フリーダムフェスティバルお疲れさまでしたぁ~!!」
マイク片手に笑顔を群衆に向ける彼女の声は放送で流れていたものと同じだった。
「でもでも、私達のお祭りはまだまだこれからです!!
この後夜祭、最後まで目一杯楽しんでいきましょぉ~!!」
彼女がそう言って片腕を天に突き上げると、「おおおぉぉぉぉぉ!!!!」と群衆が雄叫びのような声を上げながら同じく片腕を突き上げる。
奏も慣れないながらに「おー!」と声を上げて片腕を突き上げる。
「それでは、後夜祭開始のファンファーレの代わりにっ――
みんな、お願い!!」
彼女が組まれた丸太の方へ手を向けると、待機していた生徒会のメンバーと思われる人達が中に山と積まれている廃棄物に火を放つ。
最初は煙が沸き立つ程度だったが、やがて小さな炎が顔を出し、それからあっという間に丸太の内側が炎で満たされる。
炎から発せられた熱が移ったかのように群衆が熱気に包まれ、ざわめき出す。
「それでわっ!!
皆さん後夜祭を楽しんでいって下さいね~っ!!」
拍手や歓声が沸き、彼女はペコリと頭を下げてステージを降りた。
すると、それと入れ替わるようにどこぞのバンドメンバーが機材をステージに上げて準備を始める。
基本的に後夜祭はステージパフォーマンスしかないのであまり人は動かないが、それでも数十人の生徒達は屋台テントへと散っていった。
明彦達もその中の一人だった。
「なあ明彦、なに食う?
なに食う?」
「お前……いきなり食い物かよ……」
はしゃぐ奏に明彦が呆れたように応える。
「え~、いいじゃんかよぉ~!」
「でも、それ以外にやることもなさそうだけど……」
あまりこういったイベント事になれていないのだろう、雪菜が困惑ぎみに辺りを見回す。
「お前、あんまり音楽とか聞かないの?」
明彦は背中から聞こえてくるロックな楽曲に耳を傾けながら尋ねる。
「うん……あんまり聞かないかな……」
彼女も流れてくる音楽に耳を澄ませながら答える。
「でもなんか雪菜ってクラシックとか聞いてそうだよな。
本とか読みながら」
「あっ、それなんか分かる」
「そう?
私そんな読書家じゃないよ?
それにクラシックとかもあんまり興味ないし……」
勝手な想像で盛り上がる二人に少し戸惑った様子で応える雪菜。
そんな他愛もない会話をしながら三人は屋台テントを順番に物色していく。
舞台上で行われる演目は次々と変わっていき、売れ残りを全て売り尽くしたのか店じまいを始める屋台テントがちらほらと出てくる。
中央で燃え盛るキャンプファイアは徐々にその巨体を縮めていき、それと反比例してステージは大取りに向かって熱気を増していく。
やがてその大取りのグループの演奏も終わり、再び生徒会の腕章を着けた女子生徒がステージ上のライトに照らし出される。
キャンプファイアの炎はもうすっかり弱々しくなっていた。
「皆さ~ん、後夜祭はどうでしたか~!?」
「「「「さいっこぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
彼女の問い掛けに興奮覚め止まない様子の群衆が応える。
奏も満足した様子でレスポンスを返している。
それを見た明彦と雪菜はやれやれといった顔でお互いを見る。
それでも、やはり二人ともたのしんでいたのだろう、その表情は少しばかり綻んでいた。
日も落ちた暗いグラウンドで照明に照らされた顔はいつもと雰囲気が違って見えて、そこから生まれた気恥ずかしさからか、二人はお互いに視線をそらした。
「ねえ、広瀬君……」
雪菜は頬を紅潮させ、服の裾を弄りながらか細い声を出す。
今だ盛り上がりに衰えを感じさせないステージ前でも、不思議と明彦にはその声がよく聞こえていた。
「なに?」
返事はするものの、彼は視線を変えない。
「なんで……奏ちゃん、名前呼びなの……?」
「へ……?」
雪菜の言葉が思っていたものと違い、思わず呆然とした視線が雪菜の方へ向かった。
「いやっ、別にね、ダメとかじゃないの……!
うん、全然……!」
その視線に気づいたのか、彼女は慌てた様子で明彦の方を向き、身ぶり手振りを加えて弁解じみた言葉を並べていく。
「ただ、その……」
雪菜は恥ずかしそうに胸の前できゅっと拳を握り、軽く伏せていた目をゆっくりと、覗き込むように明彦に向ける。
「出来れば、私の事も名前で呼んでほしい……かな……なんて……」
折角持ち上げた視線は緩やかに地面へと向かい、言葉も尻すぼみになってしまっていた。
しかし、その言葉は、思いは、しっかりと明彦に届いていた。
「あっ……ああ、うん……分かった。
頑張ってみるよ……」
名前で呼ぶ。
ただそれだけなのに顔から火が出たり頭から煙がでたりするのではないかと思うほど物凄い恥ずかしさと緊張感が頭の中を支配する。
明彦は真っ白になりかけた頭を落ち着かせるために視線を地面へと向ける。
気づけばステージ上の挨拶は終わっており、今までグランドの中央を照らしていた炎の光も無くなっていた。
「んは~!
結構楽しかったな!」
三々五々帰路へつく生徒達の中、奏が伸びをしながら視線を横へ向ける。
「あり?
どうした?」
何処と無く微妙な雰囲気の二人に奏は小首を傾げる。
「あっ、いや、なんでもない。
俺達も戻るか。
その……雪菜も……もう、返る、よな……?」
明彦と雪菜の顔が一気に赤くなる。
「うっ、うん……そう……する……」
少し間をおいてから雪菜が頷く。
(ああ、ダメだ……
やっぱり……勝てないな……)
「悪いな。
俺、もうちょっと余韻を楽しんでから返るわ」
奏は歩き出そうとした明彦から一歩離れてにっと笑う。
「おお、そうか」
少しだけ驚いた様子ではあったが、明彦はそう応えて横にいる雪菜に視線を向ける。
「……じゃあ、行こうか……雪菜」
「うん……」
明彦に促され、雪菜も彼と一緒に寮へと足を進める。
「ねえ、やっぱり名前で呼ぶの止めない……?」
「えっ、なんで?」
「恥ずかしい……」
「うん、まあお前がそうゆうなら……」
そんな会話をしながら遠ざかっていく二人の背中。
奏はその声が聞こえなくなるまで二人を見ていたが、ふと視線を空へと向けた。
(多分あの二人は両思いで、きっとこのまま上手くいく。
俺が入り込む隙なんてありゃしないんだ。
分かってる。
分かってるんだけど……
でも、やっぱり好きなんだよな……)
寂しげに輝く秋の星を見ながらしみじみとそう思った。
叶わぬ理想、敵わぬ相手。
でも、それでも諦めることなんて出来なかった。
それから奏は今は灰となったキャンプファイアに目を向ける。
火花を散らしながら煌々と燃え盛っていた最初の頃の面影はもうそこにはない。
(嫉妬はない。
邪魔してやろうなんて微塵も思わない。
寧ろ応援してる。
だって、二人は俺のように大切な友達だから……
だから、このままでいいんだ。
全力でぶつかって、燃えて、燃えて……きっといつか灰になる。
このキャンプファ イアみたいに、私の心も……
そうすればきっと諦められる。
楽になれる。
だから、これでいい……)
肌寒い秋風が彼女一人だけのグラウンドを寂しく薙いで、消えた。