ニコ研!   作:増田 幹太

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「本当にわざわざごめんなさいね」

 

 

そう詫びながら神崎 奏の母親が五人を二階にある奏の部屋へと案内する。

 

あの後、美華の提案に従い、早速神崎宅を訪れる事にしたのだ。

 

美華の言う通りここまではものの十分足らずで到着することが出来た。

 

神崎母は五人の立場、そして奏との関係性など簡単な質問を何度かすると快く家に入れてくれた。

 

 

「ここなんですけど……」

 

 

神崎母はドアに“かなで”と書かれたプレートが掛かっている部屋の前で立ち止まると、不安気に五人の方へ振り替える。

 

 

「今まで何人かの先生方もいらっしゃったんだけど……

 

あの子、全然出てきてくれなくて……」

 

 

やはり我が子である以上心配するのは当然なのであろう、その感情は彼女の表情や雰囲気からありありと感じられた。

 

 

「失礼ながら、奏さんは今まで虐めなどを受けたりはしていなかったのですか?」

 

 

薫が慎重な面持ちで尋ねる。

 

 

「ええ、全く……

 

――まぁ、私の認知する範囲内の話ですけれど……」

 

 

「そうですか……」

 

 

神崎母と薫の表情が曇る。

 

 

「貴方達、人間関係及び対人コミュニケーション研究会……だったかしら?

 

兎に角、そういった類いの事を研究しているんでしょ?

 

お願い、あの子を、奏をこの部屋から出して上げて……!!」

 

 

神崎母は、薫にすがるようにそう言うと、「後はよろしくね」と残してその場を去った。

 

 

「任せてください」

 

 

神崎母の去り際にそう応えると、薫はドアに体を向ける。

 

 

「さて、始めるか……」

 

 

薫が呟き、奏とニコ研との壮絶(?)な戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

―Phase1:会話―

 

引き篭っている人物を外の世界に出すのは容易ではない。

 

いきなり説教を垂れたり、雄弁をふるって説得しようとしても反って拒絶されるだけだ。

 

故に、会話である。

 

自分だけではなく、相手の話を聞くことで相手を安心させ、徐々に心の壁を取り払っていこうという算段だ。

 

 

「神崎君、聞こえているか?」

 

 

薫がドアを数回ノックしてから言う。

 

 

「ああ、聞こえている」

 

 

ドアを隔てて無愛想な声が返ってくる。

 

 

「出来れば顔を見て話したい。

 

中に入ってもいいかな?」

 

 

薫は積極的に奏に近付こうと、果敢にドアノブに手を掛けようとする。

 

 

「近寄るな!!」

 

 

が、それを悟ったかのように奏が声を張る。

 

薫は少し驚いた様子で、動きを止める。

 

 

「ドアノブには触るなよ?

 

いいな?

 

もしも本当にドアに近付いていたのだとしたら、貴様はとんだ命知らずの大馬鹿野郎だ。

 

ゆっくりと、そして速やかにドアから離れろ」

 

 

それを聞いた薫が黙って数歩下がる。

 

そして、この時明彦は奏に関するある予測を立てる。

 

そう、この神崎 奏という人物は、もしかして俗に言う中二病患者というものではないかと。

 

 

「離れたか?」

 

 

「ああ、離れた」

 

 

確認するように尋ねる奏に、薫がそう答える。

 

すると、ドアの向こうから安堵したような深い溜め息が聞こえる。

 

 

「危なかった。

 

実はそのドアには俺が施した結界が張り巡らされていてな……

 

俺の許可無しに触れると生気を一気に吸い込まれる仕組みになっている」

 

 

「なっ、そっ、そうなのか!?」

 

 

本気で驚く薫とは裏腹に、四人は同時に同じことを思う。

 

 

((((あっ、こいつ中二病だ……))))

 

 

明彦の予測はものの見事に当たってしまったのだ。

 

 

「ぬう、中に入れないのならば仕方がない。

 

ここから話させてもらうとしよう。

 

なぜ君は部屋から出ないんだ?」

 

 

薫はおっかなびっくりドアを眺めながら、気を取り直して話を進める。

 

 

「この部屋に存在する、多次元平行宇宙へと続く鬼門(ゲート)を守護するため」

 

 

「それは学校へ行きながらでは出来ないのか?」

 

 

「ふん、これだから“持たざる者”は……

 

どうせなにも見えないだろうけど、特別に教えてやる。

 

いいか、前までは敵も弱かったから任務の片手間にその学校とやらに行くことも出来た。

 

しかし、俺が鬼門(ゲート)の正当な守護者(ガーディアン)だと気付いた組織の連中は、本気で俺の命と鬼門を狙いに来ている。

 

攻撃の頻度が上がり、敵も強大になっている。

 

俺の命はどうだっていい。

 

だが、鬼門だけは決して奴等の手に渡す訳にはいかない。

 

それ故に、俺はここから出る事は出来ない。

 

俺が離れるとこの部屋の結界が弱まるからな」

 

 

廊下に沈黙が走る。

 

 

「あっ、あの……彼女は、一体なにを言っているんだ……?」

 

 

薫が、まるで言葉の通じない外国人に道を訊かれたような反応を示す。

 

 

「すいません会長……俺も分かりません……」

 

 

明彦が気落ちした様子で答える。

 

――Phase1:失敗

 

 

 

―Phase2:取り敢えず説得―

 

おおよその会話が成立しないとの予測から、いきなり説得へ移る事にした。

 

提案したのは明彦であり、薫も素直にそれに従った。

 

 

「神崎君、君は今私の声が聞こえているか?」

 

 

「ああ、聞こえている。

 

何度も同じ事を訊くな」

 

 

奏が不機嫌そうに答える。

 

 

「だったら、先程の君の母上の声も聞こえていた筈だ。

 

君の母上は大変心配していらっしゃる。

 

君を思い、苦悩しておられる。

 

君は、なにも感じないのか?」

 

 

「俺に母親などいない。

 

俺は前世からやって来た単なる情報思念体。

 

この体は器にすぎない」

 

 

「……??」

 

 

奏の言葉に、薫が驚きと困惑を混在せた表情を浮かべる。

 

ばか正直な薫にとって、中二病患者というのは相手が悪すぎる。

 

 

「会長、一旦俺に任せてもらっていいですか?」

 

 

薫はまだ混乱しているのか、無言で何度か頷く。

 

 

「えっと、選手交替するけどべつにいいだろ?」

 

 

「かまわない」

 

 

話し手が変わっても、ドアの向こうから聞こえるのはやはりぶっきらぼうな声であった。

 

 

「じゃあ、単刀直入に訊く。

 

お前、俺達と真面目に会話する気あるか?」

 

 

「ない、と答えたら?」

 

 

「なんで真面目に会話してくれないかを訊く。

 

俺達は真面目だ。

 

お前の親も、先生も、みんな外に出てきて欲しいって、真面目に思ってる。

 

それなのに不真面目にあしらわれるのはぶっちゃけムカつく」

 

 

「お前……嫌いだ」

 

 

明彦の言葉に返ってきたのは、先程までとはまた別の、本気で蔑むような、拒絶するような声だった。

 

それを聞いた明彦は、思わず怒声を上げたくなるような怒りを覚える。

 

しかし、明彦もそれほどアホではない。

 

ここで怒鳴れば奏の心に壁が出来るのは必至である。

 

 

「どうして、そう思った?」

 

 

故に、明彦は怒りを抑えて説明を求める。

 

 

「今まで来た先生も、お前達も、みんな空っぽだ。

 

どっかで拾ってきたようなテンプレートな台詞ばっかり並べる。

 

どうせ俺を学校に連れ戻すようにお偉いさんから指示されてんだろ?

 

そんな糞みたいな理由と気持ちで俺が部屋から出ると思ってんのか?」

 

 

奏は、気落ちしたような、それでいて怒ってもいるような声音でそう言う。

 

しかしそれは、今日初めて聞いた奏の本音ともとれる言葉だった。

 

 

「お前な、そんな事言うんだったら少しは情報を提示しろよ!

 

こっちはお前が引き篭っている理由すら知らねぇんだぞ!?

 

そりゃテンプレにもなるわ!

 

――あ……」

 

 

思わず口調を荒げてしまった明彦は、言った後で自分の過ちに気づく。

 

 

「ごっ、ごめん……つい……」

 

 

「お前たち、もう帰れ」

 

 

明彦は慌てて謝罪をするが、それはもう後の祭りであった。

 

 

「待って、もう少しだけ――」

 

 

「組織が動いた。

 

これからここは戦場になる。

 

持たざる者には危険過ぎる、帰ってくれ」

 

 

明彦が必死で食い下がろうとするが、奏はそれを受け付けない。

 

 

「……分からないか?

 

足手まといだと言いたいんだ」

 

 

動く気配のない五人に奏がそういい放つと、それっきり彼女が口を開く事はなかった。

 

 

――Phase2:失敗

 

 

 

―Phase3:撤退―

 

 

時間にして僅か十数分であった。

 

完全敗北を記録したニコ研のメンバーは、泣く泣く神崎宅を後にする事になった。

 

 

「彼女は私達とは文化圏が違うのか?

 

全く話が分からない。

 

この世界には私が知らない事がたくさんあるな……

 

実に強敵だ」

 

 

帰り際に、神崎母と数分間の謝り合いを繰り広げていた薫が、帰路にそんな事を呟く。

 

 

「いや、会長……

 

あの子は同じ文化圏の人ですよ?

 

……まぁ強敵には変わりないですけど」

 

 

真面目な表情で顎の下に指を添える薫に、明彦がガックリと肩を落としながらツッコミを入れる。

 

まさか彼女が引き篭りで、更に中二病とは予想だにしていなかった。

 

過去になにかあったのか、それとも単なる妄想か、兎に角彼女の心の壁はとてつもなく高く、厚く感じられた。

 

更に、それに加えて全く会話が通じないときている。

 

これでは先生が匙を投げたのも頷ける。

 

 

「しかしまぁ見事に地雷踏んだな。

 

中二病は兎も角として、あの感じだと人に言いたくないような事が引き篭った原因だな」

 

 

悶々とする明彦に追い撃ちを掛けるように誠が言う。

 

 

「例えばなんですか」

 

 

明彦が不満気に尋ねる。

 

「影で苛められてたとか、何かしらの犯罪にてを染めたとか、悪い連中との縁を切りきれないとか。

 

ってかそんくらい簡単に予想出来るだろ」

 

 

「ホント使えないな……」

 

 

「おい、聞こえてんぞ?

 

っていうかそんなに言うんだったら先輩達がやれば良かったじゃないですか!」

 

 

明彦は、誠に便乗して毒づく雪菜にメンチをきると、苛立った感情を露にする。

 

 

「いや、だって相手女だし」

 

 

と誠が答え、

 

 

「だってかっこよさげに俺に任せて下さいとか言うから」

 

 

雪菜がそう答える。

 

 

「うっ、うん……なんかごめん」

 

 

気恥ずかしさと申し訳なさからか、明彦が雪菜から視線を逸らす。

 

 

「ごっ、ごごごごめんねっ!

 

わっわわわ私、なっななななにも出来なくて……!」

 

 

美華が顔を真っ赤にさせて、絞り出すように言う。

 

 

「大丈夫です。

 

先輩には期待してませんから」

 

 

「ええっ!」

 

 

明彦の言葉に、美華がショックを受けた様子で目尻に涙を溜める。

 

 

「ふんっ!」

 

 

「いたっ!!」

 

 

それを見た雪菜が思いっ切り明彦の足を踏ん付ける。

 

 

「何すんだよ!!」

 

 

「今の言い方は酷い」

 

 

「んな事言ったって、立花先輩は人見知りなんだからしょうがないだろ!」

 

 

「はうぅぅ……ごめんなさいぃ……」

 

 

怒声を上げる明彦に驚いたのか、美華がポロポロと涙を溢す。

 

 

「まぁまぁ諸君、落ち着きたまえ。

 

今は内輪揉めを起こしている場合ではないだろ。

 

神崎君を如何にして学校へ復帰させるかを考える方が先だ」

 

 

混沌としかけた場を薫が一旦鎮める。

 

 

「でも会長、俺が言うのもなんですけど、これ以上の進展は望めないような……」

 

 

「たとえそうだとしても私達はやらなければならない。

 

それが先生から任を受けた責任だ」

 

 

表情を曇らせる明彦に、薫が力強く言い放つ。

 

憮然とした表情を浮かべて黙り込む明彦をみかねて薫が更に続ける。

 

 

「それに御姉様も言っておられたぞ?

 

『諦めたらそこで人生終了』だとな」

 

 

「いや、会長……重いっす。

 

ってかそれと似た台詞どっかで聞いた事あります……」

 

 

明彦の言葉に、他の三人がウンウンと頷く。

 

それを見た薫がフフンと誇らしげに鼻を鳴らす。

 

 

「そうかそうか、御姉様は偉大な御方だからな。

 

真似されても仕方あるまい」

 

 

「会長、多分真似したのはお姉さんのほうかと……」

 

 

「なん……だと……」

 

 

やんわりと指摘する明彦に、薫が衝撃を受けた様子で数歩後退りする。

 

と、まぁこんな下らないやり取りから妙案が生まれる訳もなく、その日は特に打開策を立案する事もなく解散となった。

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