ニコ研!   作:増田 幹太

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時は二週間程過ぎ去り、体育祭当日である。

 

空砲が活気のいい音を立てて鳴り響き、秋の高い空へと吸い込まれていく。暖かくはないが決して寒くもない秋らしい気候に明彦はくんっと軽く伸びをする。

 

正に運動日和と言えよう。

 

グランドには各部活が適当に整列していて、各々友達と駄弁っているのだろう、辺りはざわついていた。

 

 

「せいれーつ!」

 

 

そんな中にキーンとハウリングのような音が聞こえたかと思うと、文化祭の時に聞いた女の子の声がその他全ての音を打ち消した。

 

 

「きおつけっ!

 

前へ倣えっ!」

 

 

続く号令に合わせて生徒達はきびきびと動きを合わせる。

 

 

「なおれ!」

 

 

「生徒会長挨拶。

 

柳川(やながわ) 生徒会長お願いします」

 

 

最後の号令から静かになったのを確認するかのような間が空き、今度は別の女の子の声がマイクを通してスピーカーから流れる。

 

 

「はいは~い!

 

只今紹介に与りました柳川聖佳で~っす!」

 

 

先程の号令の声の威厳はどこえやら、とんでもなく軽い口調で聖佳が正面の朝礼台に登った。

 

 

「あれが諸悪の根源か……」

 

 

「ひっ、広瀬君その言い方はちょっと……」

 

 

思わず吐露してしまった言葉に美華がどこか気の毒そうに咎める。

 

まさかそんな悪態をつかれてるとはつゆしらず聖佳はマイク片手に生徒会長挨拶なる言葉を並べていく。

 

 

「それでは早速今年の体育祭のルールを説明したいと思います。

 

まず、対戦形式ですが、これは去年同様部活対抗戦とします。

 

種目内容については事前に配布した資料の通りです。

 

そして、各種目一位の方にはなんとなんとこちらの豪華景品を贈呈致します!」

 

 

聖佳が勢いよく右手を上げると、隣のなにかを覆っていたばかでかい布がばさりと引き剥がされる。

 

中から現れたのはテントだった。

 

そして、その下には夏祭りでよく見るような景品に紐の繋がったくじがある。

 

景品は万単位のものから駄菓子屋とかで売ってそうな安っちいものまでと正に夏祭りのそれであった。

 

が、当たりと思われる景品は最新のゲーム機であったり、家電であったりと確かに豪華である。

 

 

「ってか生徒会、自由過ぎる……」

 

 

奏が目を凝らして景品を見ながら驚きと呆れを混同させたような声で呟く。

 

 

「そしてそして、なんと今年は景品の合計金額で体育祭の優勝チームを決めたいと思います!」

 

 

聖佳のその声に生徒達がざわつく。

 

 

(いや、どこのバラエティ番組だよ……)

 

 

その声の中に混じって明彦が呆れた表情を聖佳に向ける。

 

 

「そしてなんと、今年の優勝チームには希望大学の赤本をプレゼントしちゃいま~っす!」

 

 

(えっ、なにそれ……いらないんだけど……)

 

 

と、明彦が思った瞬間。

 

 

「「「「うおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

 

 

生徒達が一気に沸き上がった。

 

って言うより殺気立った。

 

 

(えっ、なに?

 

みんなそんな欲しいの?)

 

 

困惑した様子で辺りを見回している彼の頭にふと“まぐれ合格の落ちこぼれ”というかつて自分がほしいままにしていた称号が過った。

 

 

(ああ、そういえば俺意識低すぎてクラスで孤立してたんだった……)

 

 

「それじゃあみんな、ラフなプレーはくれぐれも控えて楽しく笑顔で閉会式を迎えましょう!」

 

 

ニコ研で過ごす日々に埋もれてすっかり忘れていた自分の現状を再確認しがっくりと肩を落とす明彦の耳に聖佳の快活な声が楽しげに響いていた。

 

 

 

生徒会長こと柳川聖佳の挨拶も終わり、次いで校長挨拶などの開会式、準備運動と前哨戦のようなプログラムをさくさくと消化していき生徒達は事前に区切られたスペースへ各部活毎に移動を開始していた。

 

無論、ニコ研と魔術研究会の連合チームも指定された場所に集まっていた。

 

 

「あの……毎年こんなんなんですか……?」

 

 

早くもくたびれた様子で明彦が誰となく問う。

 

 

「ううん……去年はここまで型破りじゃ無かったような……」

 

 

苦笑いを浮かべながら美華が答える。

 

 

「あいつが生徒会長になる前は割りと普通だった」

 

 

この中で唯一聖佳が生徒会長になる前を知っている誠がしみじみと呟く。

 

 

「ほんとなんか、生徒会権限の限界を目指してる感ありますよね……」

 

 

流石に今は牛の頭蓋骨のようなものを被っていない杏佳が呆れた表情わ見せる。

 

 

「はっはっは、上を目指すことはいいことじゃないか」

 

 

手持ちぶさたなのか、くぐっと体を筋肉を伸ばしながら薫が笑う。

 

 

「いや、にしてもベクトルが違う気が……」

 

 

気の抜けた声でツッコミを入れると、視界の隅に見慣れない人物が映った。

 

気になって視線をスクロールさせると、ふわりとした金髪のロングヘアーを揺らしながらもう既に始まっている第一競技の様子を見ようとしている背の低い女の子がいた。

 

 

「すいません……誰ですか……?」

 

 

あまりにも見覚えのない人物に思わず尋ねる。

 

すると彼女は玉のような丸い瞳で「何を言ってんだこいつは」とでも言いたげに明彦の顔を覗き込むように見る。

 

 

「やだなぁ広瀬君、この前名乗ったばっかりじゃん。

 

なに?

 

そうゆうネタ?」

 

 

可笑しそうににっと彼女は微笑む。

 

 

(いや……そんな笑顔を向けられても……)

 

 

そんなことを思いつつも一応は頭を巡らせる。

 

まぁここにいるのだからニコ研か魔術研究会の一員なのだろう。

 

そして当然ながら彼女はニコ研のメンバーではない。

 

 

(となると……)

 

 

彼女の身長と合致する人物は魔術研究会には一人しかいない。

 

 

「ああっ、もしかしてあの変なコート着てた人ですか!?」

 

 

「ええ……本気で忘れてたの?

 

傷付くなぁ、ってか全然名前覚えてないじゃん……」

 

 

明彦が驚きの声を上げると、彼女は残念そうに眉をひそめる。

 

 

「私の名前は花沢歌音!

 

もぉ、ちゃんと覚えておいてよね」

 

 

明彦が呆けた表情のまま立っていると、歌音がすびしっと指を差してじとっとした視線を向ける。

 

こんな見てくれ出はあるもののお姉さん的な一面もあるようだ。

 

今の台詞で何と無く明彦はそんなことを感じた。

 

 

「いや、すいません……

 

あまりにもパッと見の感じが違うもんで……」

 

 

「まぁ、あんな格好してたら仕方ないよね」

 

 

謝罪すると、歌音は両手を後頭部にあててあははと笑った。

 

 

「と、なると彼はもしや……」

 

 

そう呟いて明彦は歌音の奥にいる筋骨隆々な大男に視線を向ける。

 

 

「うす、自分斎藤秀信っす」

 

 

歌音と話していた声が聞こえていたのか、視線に気づいた秀信が柔道みたいに頭を下げる。

 

彫りが深くて渋めのイケメンである。

 

まあ明彦と同級生とは到底見えないのだが。

 

 

「ああ、どうも……」

 

 

(なんでこの人達普段普通の格好しないんだろう……)

 

 

 

「明彦!

 

これ見てくれこれ!」

 

 

引き攣った笑顔を浮かべるながらそんなことを考えていると、隣から奏のはしゃいだ声が聞こえる。

 

 

「ん?

 

どうした?」

 

 

明彦が目を向けると、そこには黒光りするライフルを持った奏が立っていた。

 

 

「これ、カッコいくね?」

 

 

彼女はぎらりとライフルを鈍く光らせると、忙しくポーズをとって見せる。

 

 

「いや、お前どうしたのそれ」

 

 

なぜこいつは銃を持っているんだと驚きと恐怖を交えつつ明彦は尋ねる。

 

 

「今の100m走で一位になって当てた。

 

凄くね?

 

これ金属製らしいぜ、ちょう本物っぽい!」

 

 

「わわわ、まてまて!

 

銃口をこっち向けんなって……え?

 

本物じゃないの?」

 

 

銃口を突き付けられた明彦の強張った肩から力が抜け、表情もどこか間抜けた感じになる。

 

 

「お前バカか?

 

んなん持ってたら速攻で警察のご厄介じゃねぇか。

 

エアガンだよ、エアガン。

 

それに弾なんか入ってねえよ」

 

 

奏は笑いながら銃口を空に向けてカチカチと引き金を引いて見せる。

 

確かに弾は入っていないようだ。

 

 

「ってかお前って割りと運動能力凄いよな」

 

 

冷静になってから奏の100m走で一位になったという報告を思い出す。

 

確か彼女は夏の合宿でも遠泳していた筈だ。

 

 

「まっ、まあその、なんだ……鍛えてたからな……無駄に……」

 

 

奏がライフルを肩に担いで恥ずかしそうに頬を指で掻く。

 

 

「うんうん、日々の鍛練は大事だよね~」

 

 

歌音が腕を組んでうんうんと頷く。

 

 

「花沢さん、そんなことをしてるんですか……?」

 

 

まさか女子の口から鍛練なんて言葉が出てくるとは思わず困惑した様子で尋ねる。

 

 

「うん、してるよ。

 

力瘤とか見る?」

 

 

「いや……いいです……」

 

 

にっと笑いながら上げた歌音の華奢な腕が筋肉で隆起するのかと思うと言い知れぬ恐怖心が芽生え、思わず明彦は視線を逸らす。

 

 

「フムフムAKMですか、分かってらっしゃる」

 

 

「凄いですねこの完成度」

 

 

「全金属製だとやっぱり持ったときの重量が違いますよね!?」

 

 

「えっ……ちよっ……」

 

 

すると奏が魔術研究会のメンバーに囲まれていた。

 

 

「あっそうだ、たしか景品の値段で勝敗を決めるんだよね?

 

それいくらなの?」

 

 

「ああ、そういえば変な紙がくっついてたぞ」

 

 

奏は逃げるように魔術研究会の輪から抜け出すと、ハーフパンツのポケットから折り畳まれた紙を取り出して明彦に見せる。

 

¥32,000

 

そこにはそう書かれていた。

 

 

「えっ、これ……凄くね?」

 

 

「うん、予想以上に凄いな……」

 

 

景品の想定外のお値段に度胆を抜かれていると、くいくいとジャージの裾を引かれる。

 

 

「そろそろ私達の競技」

 

 

振り替えると、少しだぼっとしたジャージを来た雪菜がそう告げた。

 

 

「おお、もうそんな時間か」

 

 

「むぅ……俺も明彦と一緒に障害物競走やりたかった」

 

 

明彦がそう応えると、奏が不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

 

「しょうがないだろ、じゃんけんで決まったんだから」

 

 

そう言う明彦の隣でその時の決まり手であるチョキを見せる雪菜。

 

それはさながら勝利のVサインのようにも見えた。

 

 

「ぬぐぐぐ……」

 

 

「まぁまぁ、奏は他の面白そうなの出るんだしいいじゃん。

 

確かにこれの競技は俺達が提案したやつだから出たいってのも分かるけど、体育祭の楽しみはこれだけじゃないだろ?」

 

 

「いや、まあそうなんだけどよ……」

 

 

(俺としては明彦となんかできるってのが重要なんだよな……)

 

 

奏はそんなことを思いながら入場門へと向かう二人を見送る。

 

 

「それじゃ、私達もいきましょうか」

 

 

「御意」

 

 

すると、隣で杏佳と秀信がそんなことを言いながらどこかへいくのが見えた。

 

 

 

「さあ、続いての競技はドキドキ、二人の愛の逃避行!」

 

 

「ちょっ、会長!

 

ちゃんと台本通り読んでくださいよ、そんな競技名じゃないですよ!?」

 

 

というグダグダな生徒会のアナウンスを聞きながら生徒たちは列を作って競技場に移動する。

 

グランドの200mトラックにはネットや平均台など、これから乗り越えるであろう障害物が待ち構えている。

 

 

「えーこの競技は男女ペアで行われる障害物競走です!

 

ルールは勿論一番最初にゴールした人の勝ちです!

 

しかし、スタートしてからゴールするまでお互い手を握っておかなければなりません、離したペアはその時点で失格となります!

 

なお、この競技は多数共同競技ですので、一位でゴールしたペア二人にくじを引く権利が与えられます!

 

それでは皆さん、握った手、もう二度と離さないからな……スタートです!」

 

 

「会長、せめて競技名は統一しましょう!」

 

 

そんなやり取りの後、第一走者へのスタート合図が鳴り響く。

 

 

「なあ、冬野……

 

これってそうゆう競技だったっけ……?」

 

 

走者達が観客たる生徒たちに持て囃されながら走る様を見て明彦は表情を青くさせていた。

 

因みに明彦達はまだ順番出はないので待機列で座っている。

 

 

「いや、たしか違ったような気がする……」

 

 

雪菜も膝を抱えながら困惑の表情を見せる。

 

そして膝の上に腕を置き、そこに額を付ける形でうつ向く。

 

 

(広瀬君と手を繋げる……?

 

でも、恥ずかしいし……しかもみんな見てるし……

 

でっ、でも広瀬君と手を……

 

いや、でも、やっぱり恥ずかしいよ……)

 

 

嬉しさと恥ずかしさが混濁し、頭が混乱する。

 

しかし、そんな水掛け論じみた思考を繰り返してもなにも結論は生まれない。

 

 

(広瀬君は……どう思ってるんだろう)

 

 

取り敢えず一旦冷静になろうと俯かせていた顔を少し横に転がらせて明彦の様子を窺う。

 

明彦は「ほー」とか「へー」とか感嘆を漏らしながら前走者の走りを眺めてみた。

 

 

(広瀬君は、恥ずかしく……ないのかな……?)

 

 

暫く眺めてみても明彦が恥ずかしがるような様子は見られない。

 

 

(あれを冬野とやる、あれを冬野とやる、あれを冬野とやる、あれを冬野とやる、あれを冬野と……冬野と……あれを……)

 

 

と、見せかけて彼は全然冷静ではなかった。

 

レースに集中して気を紛らせようとしても一向に意識がこそに向かうことはなかった。

 

彼もまた雪菜と同じように嬉しさと恥ずかしさが混濁する激情の渦の中に呑み込まれ、まともな思考ができずにいた。

 

そして、とうとう二人の出走が間近ととなった。

 

 

「それでは走者の皆さんはペアの方と手を繋いでください」

 

 

生徒会の腕章を付けた生徒に着々とスタートしていく走者達のに後ろに誘導されると、そう言われた。

 

明彦はごくりと生唾を呑んで隣にいる雪菜に顔を向ける。

 

すると、早くも恥ずかしさで頬を染めた雪菜と目が合った。

 

目が合った瞬間雪菜はビクッと小さく肩を跳ねさせると、まるで割れ物でも扱うかのような手つきでおもむろにジャージの袖の中に隠していた白い手を露にさせる。

 

それから雪菜は寒そうに指先に息を吹き掛けると、ゆっくりと明彦に手を差し出す。

 

 

「あっ、あの……

 

がっ、頑張ろうね、広瀬……君……」

 

 

そう言った彼女の表情はどこか微笑んで見えた。

 

 

「うん、絶対一位になろうな」

 

 

雪菜の手をそっと掴んで明彦が微笑む。

 

雪菜はそれに答えるように彼の手を握る力をきゅっと強める。

 

 

「ふっふっふ!

 

残念ながら物事はそんな青春ドラマみたいに簡単には進まないんですよ!」

 

 

アニメや漫画であれば暖かみのあるようなエフェクトか出ていそうなほんわかした二人の間に突如雷鳴の如く頓狂な声が響いた。

 

トントン拍子で進む青春ドラマの方が少ないような……と思いつつも明彦はいい感じの雰囲気をぶち壊した人物に顔を向ける。

 

そこにいたのは信秀を引き連れた杏佳であった。

 

どうやら同じレースで走るらしい。

 

 

「残念ながら一位の栄冠に輝くのはこの私、城井杏佳なのですよ!

 

わははは!」

 

 

「広瀬君、あの人殴っていい?」

 

 

そのままブリッジでもするのではないかと思うほど体を仰け反らせる杏佳に、雪菜がじとっと睨みながら指を差す。

 

 

「うん、許可する」

 

 

明彦が腕を組ながら首を縦に振ると、雪菜の表情に一瞬で影が落ちる。

 

 

(バーサーカーモード!?)

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

 

調子乗りました、マジで調子乗りました!」

 

 

雪菜からただならぬ狂気と殺気を感じ、杏佳は即座に謝罪する。

 

 

「って言うかなんで俺達にそんな宣戦布告みたいなことしたんですか?

 

同じチームじゃないですか」

 

 

「ええ、確かに私達はあなた方と同じチームです。

 

でも――」

 

 

杏佳はそこで言葉を切るとくわっと目を見開く。

 

 

「何時如何なる状況であってもリア充は私達の敵です!」

 

 

彼女のその言葉で嫉妬の炎を燃え上がらせたのか、他の走者までもが明彦と雪菜を睨み付ける。

 

 

「次の走者の方々はスタートラインに並んでください」

 

 

そんな中、スターターの促す声が聞こえた。

 

どうやらそうこうしている間に明彦達の走順となってしまったようだ。

 

 

(最悪だ……)

 

 

スタートラインに並ぶ走者たちはこれからバトルロワイアルでも始まるのではないかと思うほどの殺気を垂れ流している。

 

顔を青くさせる明彦を気遣うように雪菜の握る手の力が少しだけ強くなった。

 

 

「私達なら、誰にも負けない……!」

 

 

顔を向けると、決意の籠った表情で彼女はそう言った。

 

 

「位置について」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

「よーい」

 

 

明彦は真っ直ぐ前を見て走り出す体勢になる。

 

パァン――

 

雷管の炸裂する音が鳴り響き、走者達が一斉に走り出す。

 

 

「さあ走るのです斉藤信秀君!」

 

 

「御意」

 

 

杏佳の合図で信秀は彼女をお姫様抱っこして一気にコースを駆け抜けていく。

 

 

(いや、それありなの!?)

 

 

「広瀬君、私達も……!」

 

 

物凄い速さで背中が遠くなっていく信秀に驚愕していると、隣で雪菜が目をキラキラさせながらそんなことを言ってきた。

 

 

「いや、しないよ!?

 

ってか出来ないし!」

 

 

思わず赤くなってしまった顔を雪菜から逸らすと、周りの走者達が杏佳達に追い付かんと速度を上げていた。

 

 

「冬野、ちょっとペース上げるぞ」

 

 

「うん、分かった」

 

 

明彦達も一位は譲るまいとライバル達に食らい付く。

 

そして見えてきた第一の障害。

 

平均台である。

 

手を繋ぎながら渡る平均台は割りと難易度が高いらしく、殆んどのグループがその攻略に難航していた。

 

因みに信秀は杏佳を抱えたまま走り去っていった。

 

 

(彼は一体何者なんだ……?)

 

 

体操着の上からでも分かる程の鋼のボディーを見ながら関心と驚きが混ざったような表情を浮かべる明彦。

 

しかし、先を走る相手に気を取られている場合ではない。

 

 

「どうする?

 

俺が先に行くか?」

 

 

「うん、お願い」

 

 

軽く打ち合わせをして明彦は平均台に足を乗せる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

完全に両足を平均台の上に乗せてから雪菜の手を軽く引っ張り上げる。

 

 

「うん」

 

 

明彦の手を借りて雪菜も平均台の上に乗る。

 

 

「ゆっくり行くから、確実に行こう」

 

 

明彦は蟹のように横向きのまま平均台を進んでいく。

 

手を繋いでいなければいけない以上、横一列に並んだ方が効率がいいと考えたのだ。

 

雪菜も彼の行動には異論がないらしく、同じように横歩きで後を追う。

 

繋いだ手が引っ張られれば緩むまでペースを落として調節する明彦。

 

マイペースを保ち一歩一歩着実に歩みを進めていく雪菜。

 

二人は周りで四苦八苦している走者達を気にする様子もなく、一度も落ちる事なく平均台を突破。

 

現在四位で次の障害へと向かう。

 

第二の障害は太目の縄でできた網を潜っていくものだ。

 

トップ独占中の杏佳、信秀ペアはもう既にこの障害にはいない。

 

が、二位と三位はやはり手を繋いでいなければいけないという制約があるせいか、なかなか進めずにもがいていた。

 

残る障害はもう少ない。

 

出来ればここでもっと上位にいきたいところである。

 

が、いかんせんこの網抜けをどう攻略すればいいのかが明彦には分からずにいた。

 

 

(一人だったらほふく前進なりなんなり出来たんだけどな……)

 

 

繋いだ手に視線を送って黙考していると、雪菜は早くも網を掴んで潜り込もうとしていた。

 

 

「考えても仕方ないよ。

 

とにかく進もう」

 

 

「うっ、うん。

 

そうだね」

 

 

なんだか妙に男らしい雪菜に気圧されながらも網を掴む。

 

 

「なるべく小さく固まって行こう」

 

 

明彦の提案で二人は向き合う形で、やはり蟹のような横歩きで進むことになった。

 

繋いだ手を後ろに回し、空いている方の手で網を形成する縄を持ち上げていく。

 

速度こそゆっくりではあるが、スムーズに二人は進んでいった。

 

が、なにぶん小さくまとまっているせいで二人の距離は殆んど密着と言ってもいいようなものだった。

 

これだけでも二人の精神状態を揺さぶるには十分な要素であるが、なにより同じ高さで視線が合うというのがまずかった。

 

意識しあっている二人にとって普段は見ることのない新鮮な視覚情報は無駄に心を高ぶらせてしまう。

 

二人の頬は徐々に赤く染まり、網を抜ける頃にはお互い耳まで赤くさせていた。

 

 

「なんか……ごめん」

 

 

「ううん、べつに……問題ない……」

 

 

慌てて立ち上がって距離を取る。

 

 

「行くか」

 

 

「うん」

 

 

そして、そう言葉を交わしてから二人は再び走り出した。現在順位は三位。

 

そして次が最後の障害。

 

小麦粉の入った箱の中に埋もれたあめ玉を手を使わずに取り出すというものだ。

 

幸いこれは身体能力によるハンディキャップが少ないせいか、杏佳と信秀のベアも手こずっているようだった。

 

 

(ここで一気に抜いてやる……!)

 

 

二位のペアから少しだけ遅れて明彦と雪菜が小麦粉で埋め尽くされた箱の前に立つ。

 

 

「ペアのうちどちらか一人がアメを取れれば通過となります」

 

 

待機していた生徒会の腕章を着けた生徒の説明を聞いてから明彦は勇んで箱の中に顔を突っ込む。

 

白い粉の中からあめ玉をサルベージするなど赤子の手を捻るようなものだ。

 

と、明彦は思っていたが事はそう上手くは運ばれない。

 

 

(あれ……?

 

全然無いんだけど……)

 

 

予想外の難易度に焦った明彦はまるで貪るように小麦粉の海を掻き分けていく。

 

 

「ぅえっほ!!

 

おっほお!!」

 

 

結果、粉が気管に入って噎せた。

 

 

「だっ、大丈夫!?」

 

 

雪菜は咄嗟に明彦の背中を擦ろうとするが、右手を離すことが出来ないためどうしたものかと左手を宙に泳がせる。

 

 

「げほっ、ごほっ……大丈夫……」

 

 

まだ少し咳をしながら具合の悪そうな表情で明彦が答える。

 

 

「ぜっ、全然大丈夫そうに見えないんだけど……」

 

 

「大丈夫、大丈夫。

 

すぐ見つけるからちょっと待ってて」

 

 

心配する雪菜を他所に明彦は軽き息を整えて再び顔を箱の中に突っ込む。

 

しかし、彼の言葉とは裏腹になかなかあめ玉は捕まってはくれない。

 

キシキシと軋む白い粉の中で焦りだけが蓄積されていく。

 

いつの間にかのめり込んでいた明彦を諭すかのように彼のジャージの袖がひかれた。

 

 

「ん?

 

どうしたの?」

 

 

ふと我に帰った明彦がその方に顔を向けると、雪菜が小麦粉で顔を白くさせてあめ玉をくわえていた。

 

 

「あっらよ」

 

 

そう言って彼女はくわえたあめ玉を指差す。

 

 

「うん、あ~ええっと……

 

とっ、兎に角先に行こう!」

 

 

格好着けたり苦労していた手前簡単にやってのけてしまった雪菜にどんな顔をすれば分からず、色々と悶々しつつも取り敢えず今はゴールに向かう子とを優先させる。

 

杏佳と信秀ペアは相変わらずお姫さま抱っこのまま先頭を走っている。

 

しかし、あめ玉を探すのにてこずったのか、ギリギリ頑張れば抜かせるのではないかと思わせる程度の距離しか離れていなかった。

 

そして二位のペアも明彦達から僅かに遅れてあめ玉を発見。

最後のゴールテープへと向かう直線。

 

ここで勝負は決まりそうだ。

 

 

「冬野、すっ飛ばすよ!」

 

 

先程生まれた気恥ずかしさを誤魔化す意味も含めて明彦が気合いを入れると、あめ玉を口に含んだ雪菜がコクリと頷く。

 

そして二人は手を繋いだまま一気にコースを駆け抜けた。

 

ゴールテープが切られ、小さな歓喜の声が響く。

 

 

「ダメだったね」

 

 

「まぁあれには勝てないよ……

 

二位だっただけよかったじゃん」

 

 

杏佳と信秀のペアに続いてゴールした雪菜と明彦は残念そうに顔を見合わせる。

 

お互い顔が小麦粉で白く汚れていた。

 

 

「ぶふふっ」

 

 

そのせいか、思わず雪菜が吹き出した。

 

 

「冬野……今……笑ったのか?」

 

 

明彦が驚愕の表情を見せると、雪菜も驚いた様子で口に手を当てる。

 

 

「ホントだ……

 

何でだろ、ゴールして気が抜けたのかな……?」

 

 

「どうして笑ったの?」

 

 

普段から笑えると評判のライトノベルを読んでも眉をピクリとも動かさない雪菜である。

 

そんな彼女が何もなしに笑うはずがないと未だに驚きの色が消えない様子の明彦が尋ねる。

 

 

「広瀬君の顔がスケキヨみたいで……つい……」

 

 

「……え?」

 

 

今までずっと笑顔を封印していた雪菜にしてはえらくしょうもない理由で明彦は一瞬固まる。

 

確かに彼女の言うように気が抜けていたのかもしれない。

 

普段の彼女であればこの程度の事で笑ったりはしなかっただろう。

 

ただ、それでも明彦は嬉しかった。

 

あの日見た彼女の本当の笑顔が今日、猫ではなく自分に向けられたことが。

 

そして、ほんの一瞬でも彼女が笑顔を人に向けられたことが。

 

しかし、だ。

 

 

「俺って今そんな酷い顔してる……?」

 

 

明彦が恐る恐る自分の顔を指差す。

 

いくら守りが緩くなっていたとはいえ、彼女の鉄壁の防御を打ち破るとはとんだ破壊力である。

 

 

「いや……パッと見面白かったけど、改めて見てみるとそうでもない……かな……?」

 

 

どこか気まずそうに明彦の顔をまじまじと見る雪菜。

 

 

(なっ、なんか感動の波が一気に引いていく……)

 

 

「走者のみなさんは係員の誘導に従って下さい。

 

ってか早く退け、邪魔」

 

 

ただでさえブルーになっていた気分に生徒会の声が追い撃ちを掛ける。

 

 

「すっ、すんません……」

 

 

弱々しく応えて先を行く雪菜を追い掛ける。

 

追い付いて隣に並ぶと、彼女はいつもの無表情だった。

 

 

(ほんと、さっきのはなんだったんだよ……)

 

 

ごちゃごちゃになった思考のまま係員の誘導に付いていくと、何故か一位の列に並ばされた。

 

 

(え……?)

 

 

ますます頭がこんがらがる。

 

 

「あの、俺らここでいいんですか?」

 

 

「ええ、間違いはないはずですよ」

 

 

キョトンとした顔で聞くと、係員の生徒はそう答えた。

 

 

「えっ、でも俺達よりも早くゴールした人達いましたよね?」

 

 

そう、あの時ゴールテープを切ったのは間違いなく杏佳と信秀のペアだった筈だ。

 

それにその瞬間は多くの人達が目撃していた筈だ。

 

明彦達が一位であることは天地がひっくり返っても有り得ない。

 

 

「ええ、いましたよ」

 

 

平然とした様子で答える係員の生徒。

 

ますます訳が分からない。

 

 

「えっ、はぁ?

 

じゃあ、なんで……?」

 

 

すかさず明彦が尋ねる。

 

 

「いや、あの二人手繋いでなかったじゃないですか」

 

 

彼の言葉に明彦の脳内で記憶が逆再生される。

 

そして、スタートした直後、あの二人が隣を駆け抜けたところで映像が止まる。

 

信秀の腕は杏佳の太股と背中。

 

そして杏佳の両腕は彼の首に掛かっていた。

 

 

(たっ、確かにあの人達手ぇ繋いでなかった!!)

 

 

「なんでですか!?

 

一位は私達じゃないですか!」

 

 

「然り」

 

 

衝撃を受ける明彦の耳に杏佳の抗議の声が聞こえた。

 

その声はどこか涙声で、本気で悔しそうであった。

 

 

(ほんとなにしたかったんだあの人……)

 

 

 

それから少しして障害物競走は終わりを告げ、一位のペアは列になって順番に景品のくじを引いていた。

 

今は明彦と雪菜の番である。

 

 

「どうする?」

 

 

雪菜が明彦に視線を向けて首を捻る。

 

 

「どうするって訊かれてもな……」

 

 

明彦は机の上に無造作に置かれた紐を眺めて困ったような表情を浮かべる。

 

因みにこの紐は景品に到達する前に纏められていて、紐を見ただけではどの景品が当たるか分からない。

 

 

「取り敢えず、これかな?」

 

 

「じゃあ、私はこれ」

 

 

何気無く有象無象の内の一本を摘まむと、雪菜がその隣の一本を摘まむ。

 

彼女は相変わらずの無表情であったが、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「じゃあ、せーので」

 

 

「うん」

 

 

「「せーの」」

 

 

二人が同時に紐を引き、奥の棚にある景品が動く。

 

すると、係員がそれを回収して二人に手渡した。

 

 

「俺は、栞か」

 

 

「私は、財布。

 

しかも革のガッチリしたやつ」

 

 

列から外れて二人は今しがた手に入れた景品をまじまじと眺める。

 

 

「あっそうだ、これ冬野にあげるよ」

 

 

ハッとした様子で明彦は淡い青色の栞を差し出す。

 

 

 

「えっ、いいの?」

 

 

「うん、多分俺使わないし」

 

 

「そうじゃなくて、ルール的に」

 

 

「おんなじチーム同士だし、大丈夫じゃないの?

 

まぁダメでも終わってから渡せば問題ないでしょ?」

 

 

明彦は差し出していた栞を一旦体に引き寄せて首を傾げる。

 

 

「ああ、そっか。

 

そうだね」

 

 

雪菜が納得したのを見てから明彦は再び栞を差し出す。

 

 

「ありがと」

 

 

雪菜は財布をジャージのポケットに突っ込んで栞を受け取る。

 

 

「なんか、厄介事押し付けたみたいで悪いな……」

 

 

明彦が申し訳なさそうに後頭部を掻きながら言う。

 

 

「ううん、そんなことない。

 

これ、すごく嬉しい。

 

大切にするね」

 

 

(さっき、どうでもいい時に笑えたのにな……

 

こんなに、一番笑いたい時なのに……私の顔は笑ってはくれない……)

 

 

雪菜頬を僅かに紅潮させ、嬉しさと悲しさを内包させたような様子で胸の前で栞を持っていた手にキュッと力を込めた。

 

 

「いやいやそんな、大したものでもないのに。

 

ほんの数秒前まで誰のものになってたかも分からないものだよ?」

 

 

「もぉ、そうゆうこと言わないでよ。

 

ありがたみが半減しちゃうじゃん」

 

 

凹んでいる所に明彦の無神経な言葉が掛けられ、何だか鬱と怒りと呆れがごちゃ混ぜになった変な心境になる雪菜。

 

取り敢えずため息混じりにそう告げてから僅かに眉を八の字曲げて明彦を軽く睨む。

 

 

「ああ、ごめん……そうだよね」

 

 

どうせものをもらえるのであればやはりより良いものを求めるのが人間の性というもの。

 

しかし明彦は雪菜に渡した栞の価値を右肩下がりに落とし続けていた。

 

それに気づいた彼は慌てて彼女に詫びるのであった。

 

 

「本当に悪いって思ってる?」

 

 

「はい、思ってます!」

 

 

(あれ?

 

これ、結構怒ってる……?)

 

 

思ったよりもねちっこく咎める雪菜に、明彦が内心焦りながら謝罪をする。

 

 

「じゃあ、広瀬君にも面倒事押し付けちゃっていい?

 

反省の印ってことで」

 

 

雪菜はそう言うとポケットにしまった革の財布をペチリと明彦の脳天に叩き付ける。

 

 

「へ?」

 

 

頭を上げた明彦は目の前に差し出された財布を唖然と見つめる。

 

 

「これ、あげる。

 

私からのプレゼント……なんちゃて……」

 

 

 

雪菜の頬は徐々に紅潮し、目線は斜め下へと落ちていった。

 

 

「おっ、おおありがとう……

 

まぁ、大切にするよ……」

 

 

「うん」

 

 

雪菜につられてか明彦も恥ずかしそうな表情でそう言うと、彼女は俯いたままコクりと頷いた。

 

 

「ところでさ、これ、いくらなの?」

 

 

自分達の指定スペースに戻っている時に雪菜がまじまじと栞を眺めながらそう尋ねたので、明彦は先程係員から貰った紙切れをポケットから取り出す。

 

 

「五百円、だってさ」

 

 

紙にはそう記述されていた。

 

 

「なんか、微妙だね……

 

高いんだか安いんだか……」

 

 

「まぁ奏ちゃんのが三万円越えだったから安いんじゃない?」

 

 

「いや、あれと比べんのはなぁ……」

 

 

「なんで?」

 

 

雪菜はキョトンとした顔で小首を捻る。

 

 

「だってエアガンと栞だよ?

 

そりゃ価格の差ぐらい――」

 

 

「それは買うときの価値でしょ?

 

今は取った景品の合計金額が一番高いチームの勝ちっていうゲームしてるんだから値段だけ見てればいいの」

 

 

明彦の言葉を遮って雪菜はそう言うと、最後に「だって、この栞はいくらお金を掛けても買えないもん」と呟いた。

 

 

「まぁ、それもそうだな」

 

 

しかし、その呟きは明彦には聞こえていなかったらしく、彼はそのまま話を続ける。

 

 

「じゃあ、この財布は?」

 

 

「ん、ちょっと待って」

 

 

雪菜は右手でしっかりと栞を握ったまま左手でジャージのポケットをまさぐる。

 

 

「あっ、あった。

 

これこれ」

 

 

明彦と同じ様に折り畳まれた紙切れを取り出して拡げる。

 

すると、雪菜の表情がピタリと固まる。

 

 

「ん?

 

どうした?」

 

 

何事かと思い明彦が雪菜のもつ紙切れを覗き込む。

 

¥57,000

 

 

「へ……?」

 

 

「ひっ、広瀬君……」

 

 

驚愕の金額に雪菜が顔を青くさせてわなわなと震える。

 

 

「えっと……やっぱりこの財布返した方がいい……?」

 

 

流石にこれ程高価なものは受け取れないと、明彦は目に涙を浮かべ断腸の思いで雪菜に財布を差し出す。

 

 

(くそっ……折角の冬野からのプレゼントなのにぃぃぃ!!)

 

 

「えっ、いやいいって!

 

貰って?」

 

 

彼の反応は予想だにしていなかったのか、慌てた様子で掌をを明彦の方へ突き出す。

 

 

「でも、流石にこの値段の物を貰うなんて悪いよ……」

 

 

「いいのいいの、そんな立派なの持ってても私使わないから」

 

 

「本当に、いいの?」

 

 

「うん」

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。

 

ありがとう、大切にするよ」

 

 

「うん、そうして」

 

 

(しかし最新のゲーム機よりも高い財布とか……)

 

 

「本当に、生徒会自由過ぎるだろ……」

 

 

高級財布をまじまじと見つめながら思わずそんなことを呟く明彦であった。

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