「あっ先輩こっちっす!」
雪菜達が待機場所に到着すると先に行っていた杏佳に気づいた女子生徒が手を振った。
「ああ、居ないと思ったらもう受付しといてくれたんですね」
彼女を見て杏佳がホッと胸を撫で下ろす。
「ご苦労だ新崎女史」
歌音が満足気にその女子生徒の頭を撫でるように叩く。
「えと……」
その光景を雪菜が困惑した様子で眺めていると、
「あれ?
そいつ誰だ?」
奏が失礼極まりない質問を投げ掛ける。
「新崎茜ですよ、魔術研の」
すると彼女はやっぱりかとでも言いたげな表情でそう答えた。
「ああ、あの魔女服着てたやつか」
名前を聞いてその存在を思い出した奏は納得したように掌に拳を打ち付けた。
「そうっすそうっす!
いやぁ一発で思い出してもらえてよかったっすよ!」
先程までどんよりと曇っていた茜の表情がぱぁっと明るくなる。
「もしかして貴女……虐められてるの……?」
雪菜が気の毒そうな視線を向ける。
「いやいや、違うんですよ。
彼女、ちょっとばかり人より影が薄いみたいで……
いつも一緒にいるせいか私達は全然そんな事はないんですけど……」
杏佳が気まずそうに事情を説明する。
「そうなんすよ。
自分あまり人の記憶に残らないらしくて……
入学したての時とか初日話した筈なのに次の日挨拶したら「誰だっけ」って言われるし、挙げ句の果てに昨日の事話したら「そんなことあったっけ」って言われるんすよ!?」
徐々に感情の籠ってくる彼女の声に奏と雪菜はどうしていいのか分からず固まっていた。
「えと、その、なんだ、お前もいろいろ大変だな……」
「そうなんすよ……」
「おっ、そろそろ始まるみたいですよ」
何と無く雰囲気が湿っぽくなったところで待機場所で作られていた列が動き始める。
「必ず勝つ」
「わっ、私も頑張るっす!」
「おっしゃ、やってやんぜ!」
「頑張る……!」
みんなが思い思いの覚悟を口にして入場門をくぐる。
「さぁ、続いての競技は女子部員によるタイヤ争奪戦でございます!
この競技はグランド中央に設置されたタイヤの山からタイヤを自軍の陣地に運搬し、終了時により多くのタイヤを自軍の陣地に確保していたチームの勝利となります。
尚、時間終了までは相手の陣地内にあるタイヤを奪うこともできます」
何故か一部活動として生徒会が参加しているせいであろう、実況が聖佳から男子生徒に変わっている。
「そして、このタイヤ争奪戦も先程の騎馬戦同様四ブロック勝ち抜き戦とさせていただきます」
実況者が説明している間に第一ブロックの面々が準備を始める。
競技スペースは騎馬戦と同じく正方形の白線で囲まれた場所であるが、その外側にサッカーゴールが四つ設置されており、そこが陣地となる。
彼女達は陣地であるサッカーゴールの前に横一列に並んで開戦の時を待っているという状態だ。
「位置について、よーい」
――パァンッ
雷管が炸裂して競技が始まる。
「すげぇな。
雪菜、お前大丈夫か?」
第一ブロックの戦いの迫力に、奏が心配そうに雪菜を見る。
「うっ、うん……
ダメかもしれない……」
雪菜はいそいそとハーフパンツの上からジャージを履きながら表情を青くさせる。
この競技、安全面や汚れを考慮して上下ジャージと軍手の着用が義務付けられているのだ。
「びびってる暇はないよ、作戦を考えないと」
「そうです、私達ろくに戦略も練らずにここに来てしまいましたからね……」
歌音がそう言うと、ハッとした様子で杏佳がそれに続く。
雪菜達の順番は第三ブロックなので時間的にまだ少しばかり余裕がある。
「この競技、攻めと守りのバランスが大事ですよ」
杏佳が声を潜めて言うと、自然と皆の顔が中央に寄る。
「そんなの一人残してあと全員攻めでいいだろ」
「なに言ってるんです。
いいですか?
この競技はタイヤ以外のものを掴むと失格なんです。
だから陣地を守れるとしても精々一人につき一人だけ。
つまり複数でこられたらやりたい放題なんですよ」
「うう……なるほど、そうゆうことか……」
自分の意見があっさりと一蹴され、奏はううむと唸る。
「やっぱりここはにぃにぃに別れる方がベターでは?」
歌音が両手でピースサインを作る。
「先輩、もしや私を忘れてるっすか!?」
「大丈夫大丈夫。
茜ちんは遊撃部隊だから数に入れてないだけ」
不安気な声を上げる茜の頭に歌音が手を乗せる。
「おお、遊撃部隊っすか!
よくわかんないけどかっこいいっすね!」
「声でかい」
興奮する茜の頭を歌音が叩く。
「先輩、いくら今座ってて頭に手が届くからって痛いっすよ!」
「ほんと煩いな、こら」
歌音が苛立った様子で茜の頭を何度も叩く。
「ちょっ、痛いっす!
禿げるっす!」
「で、まぁ二人ずつに分けるのはいいとして、メンバーはどうします?」
茜の声を無視して杏佳が話を元に戻す。
「そうだな……守りはやっぱりすばしっこい方がいいんじゃないか?
相手に触れない訳だし」
「そうですね……」
杏佳がそう応えると、彼女の視線が歌音へ、奏の視線が雪菜へと向かう。
「……?」
「なぜ私を見る」
それに対して雪菜は小首を捻り、歌音は茜の頭を叩くのを止めて怪訝そうに杏佳を見返す。
「いや、なんかちっさいやつってすばしっこいイメージあるよなぁって」
「私もそう思ってました」
「あんたバカにしてるでしょ」
歌音が杏佳を睨み付ける。
「あはは、冗談ですよ……
おっと、そろそろ私達の番みたいですよ」
丁度列が動きを見せ、彼女は逃げるように立ち上がって競技スペースへと移動する。
「どっ、どうしよう奏ちゃん……!
私そんな運動得意じゃないし、自信無いよ……」
雪菜が杏佳の後を追いながら不安そうに言う。
「大丈夫だって、なんとかなるよ。
それに、雪菜は結構運動神経いいと思うぜ」
「奏ちゃん……」
(まぁ、前あんだけアグレッシブに明彦ボコしてたからな……)
なんだか心が暖かくなるのを感じる雪菜に対し、その言葉に至ったソースが露見しないように装う奏であった。
「位置について、よーい」
お決まりの掛け声の後この競技三度目となる雷管が炸裂する。
「皆さん、行きますよっ!」
「おう!」
「行くっす!」
杏佳の掛け声と共に彼女と奏が中央のタイヤの山目掛けて走り出す。
「結局こうなるのね……」
雪菜の隣で不承不承といった様子で歌音が呟く。
実は歌音も開戦に乗じて攻撃部隊に参加しようと試みていたのだが、その思惑も虚しく雪菜と彼女を除く三人が目にも留まらぬ早さで行動を開始してしまい仕方なく防衛に回ることにしたのだ。
別にどうしても攻撃側に回りたいということではないのだが、奏の言っていたちっさいやつの方がすばしっこいという風潮をそのまま受け入れてしまっているようで癪だった。
しかし、彼女もそこまで子供どはない。
自らのチームが勝つために安いプライドなど捨てて現在守りに徹している訳である。
(な~んか複雑な気分……)
歌音がじとっとした視線を競技スペースの中央に向ける。
すると、奏と杏佳が両脇にタイヤを抱えてこちらに全力疾走してくるのが見えた。
先程まで中央に君臨していたタイヤの山は今はもう見る影もない。
「よっしゃぁぁぁ!!
取り敢えず四個確保ぉぉぉぉぉっ!!」
奏がそう言ってタイヤを陣地に投げ入れようとしたその時。
「隙ありっ!!」
左腕に持っていたタイヤが何者かに引っ張られる。
「くっ、やっぱり一筋縄じゃいかねぇか……
雪菜っ!!」
奏はなんとかタイヤを奪われそうになったタイヤに食らい付くと、もう片方の腕で抱えていたタイヤを雪菜に投げる。
「花沢さんっ!!」
奏の隣で杏佳の似たような声が上がる。
歌音が声の方に顔を向けると、敵とタイヤを引っ張り合う杏佳が片腕に抱えていたタイヤを地面に滑らせるように投げた。
因みにタイヤを直接プレイヤーに投げると危険行為とみなされ失格となる。
雪菜と歌音は無言で頷いてから目の前に落ちているタイヤを拾って素早く陣地に投げ入れる。
その間奏と杏佳はタイヤを奪還しようと必死に踏ん張っていた。
流石は無駄に鍛えていたと語っていた奏と恐らくそれに近い事をしていたのであろう杏佳である。
少しずつ相手を引き摺りながら陣地ににじり寄っていく。
「へんっ、あめぇなこんなんじゃ俺はおらえられねぇぜっ……!!」
奏は相手を振り飛ばそうと野球のバットスイングのように足を踏み込み腰を回す。
「――っ!?」
しかし、その動作は初動だけで止まってしまう。
急にタイヤの手応えが変わったのだ。
何事かと思いタイヤの方へ目を向ける。
(ちぃ、二人目かよっ……!!)
援軍の到着に相手はニヤリと片方の口角を上げる。
「あまいのは、そっちの方よっ!!」
「……っぐ!!」
彼女達は二人がかりでタイヤを引っ張る。
形勢は完全に逆転し、今度は奏の足の裏が地面を擦る。
「奏ちゃん!」
「来るなっ!!」
慌てて奏の援護に向かおうとする雪菜を奏は声で制する。
「来ちゃ、ダメだ雪菜……!!」
驚いた様子の雪菜に奏が続ける。
「でも、このままじゃ……!」
「いいんだ。
それよりも、陣地をちゃんと守ってくれ。
そうすれば、勝機は必ずある……っ!!」
「でも、それじゃ結局――」
勝てない。
そう言おうとしたその時、雪菜の背後で物音がした。
その音は重たくて、ゴム質で、それでいて彼女に勝利を確信させた。
「分かった、任せて!
ここは絶対に通さない!」
雪菜は両手をいっぱいに広げて周囲の敵を睨み付ける。
その反応に奏はニヤリと笑みを浮かべる。
「よっしゃぁ、そっちは任せた!!」
そして、全身の力を籠めてタイヤを引っ張る。
「先輩、まだいけますか?」
現在自分とほぼ同じ状況になっている杏佳の方を一瞥して奏が言う。
「誰に訊いてるんですか。
まだ余裕ですよっ!」
「ふん、無駄な足掻きね。
あなた達の保持しているタイヤはたった二つ。
この状況じゃ万が一にも私達からタイヤは奪えない。
向こうの強がってる子だってそれは同じこと。
もう、諦めたらどう?」
「絶対にやだねっ!!
悪いけど、俺は諦めのわるい方なんだよ!!」
奏の引き摺られる速度が徐々に遅くなっていく。
「ふっ、貴方は中々やるようね……
だけど、やっぱり向こうの彼女はもう限界みたいよ?」
「なにっ!?」
「やっぱ二対一は無理ですってぇぇぇぇぇ」
奏が慌てた様子で杏佳を見ると、彼女はタイヤにしがみ付いたままずるずると引き摺られていた。
「のあぁぁぁせんぱぁぁぁい!!」
「これでゲームオーバーのようね」
心配そうな叫びを上げる奏に敵の一人が勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。
「おいおい、他のチームはスルーか?
あいつら仲間じゃねえだろ。
随分と余裕じゃねぇか」
この競技、敵味方が混同しないように事前に四色のハチマキが渡されており、奏達は白、奏と奪い合いをしている敵が赤、そして今尚杏佳を引き摺っている敵が黄色である。
因みにもう一色は青である。
「ええ、私達は開始早々に全員で二個ずつ、つまり十個のタイヤを獲得しているからね。
そして今は他の三人が守りを固めている。
他がどれ程かき集めたところで私達の勝利は揺るがないわ」
「そうかい、だったら尚更こんな一個のタイヤに固執しないでいろんな所を攻めるべきだったな」
(こいつ……なんでこんなに余裕なの……?)
敵である彼女は奏の言葉に余裕綽々と応えつつも内心では奇妙な違和感を感じていた。
不意に奏が特設テントが設置してある方、丁度今朝礼台のある場所を一瞥する。
そして、先程まで自分達が浮かべていたはずの勝利を確信したかのような笑みを彼女が見せた。
何事かと思い朝礼台の方に顔を向ける。
そこにはおもむろに雷管を炸裂させる為のピストルを掲げる係員がいた。
もうすぐこの競技時間が終わる。
(なんだ、はったりか……
若しくはやけくそって感じね。
だってこの子達の陣地にはたった二つしか――)
そう思いながら視線を横にスクロールしてニコ研と魔術研の連合チームの陣地に目をやる。
(そんな……なんで……!?)
彼女は驚愕した。
スタートの時点では確かに二つだけしかタイヤの入っていなかった陣地に、今は沢山のタイヤが積まれていた。
「ふぅ、また二つ取ってきたっす」
不意に聞き慣れない声が聞こえた。
見ると、今まで存在すら認識していなかった五人目のメンバーが両腕で抱えていたタイヤを陣地に置いていた。
(――っ!!
いつの間に……っ!!)
そう心の中で叫んだ瞬間競技時間終了の合図が空に轟いた。係員が陣地内のタイヤの数を集計して放送席に向かう。
「さぉ集計結果が出ました!
おおっとこれはすごい!!
なんと十六個という圧倒的な数字でニコ研、魔術研の連合チームの優勝だぁぁぁっ!!」
わぁっとグランドに歓声が湧き、競技スペースにいたニコ研と魔術研以外の人達は呆然と立ち尽くしていた。
「新崎さん、お手柄です」
「うむ、よくぞ役目を果たしてくれた」
嬉しそうに茜の頭を撫でる杏佳と腕を組んでうんうんと頷く歌音。
そんなやり取りを見ながらたった今予選敗退が確定した彼女達は思った。
(あんなこ……何時からいたの……?)
そんな茜本人が聞いたら泣き出してしまいそうな疑問を多くの人間が抱きつつ第三ブロックは幕を閉じた。
「皆さん、お待たせいたしました!
いよいよタイヤ争奪戦決勝戦の時間となりました!」
第四ブロックも無事終わり、いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。
「えー決勝戦に駒を進めたのはレスリング部、チームカラーは赤。
続いてチームカラー白、生徒会。
そしてチームカラー青、ニコ研、魔術研連合チーム。
最後にチームカラー黄色の陸上部、この四チームとなっています!」
慣れてきたのかテンポよく実況者が説明していく。
「また、さっきと同じ作戦で行きますよ」
杏佳が眼前の敵を見据えながら言うと、他のメンバーも視線を前に固定したまま頷く。
「位置について、よーい」
お決まりの合図の後雷管が炸裂する。
「行きますよ!」
「おうっ!」
杏佳と奏が一斉に走り出す。
しかし目の前ではもう既に黄色のハチマキを付けた人物が山からタイヤを抱えていた。
「そんな、速すぎる……!」
「ふふん、私足には自信あるのよ」
奏の声が聞こえたのか、彼女は誇らしげに笑うと足早に陣地へと戻ろうとする。
が、
「行かせませんよ」
その前に赤いハチマキを着けた少しごつめの人物が立ちはだかる。
「あんたは……レスリング部!?
そんな……!!」
レスリング部に阻まれて立ち往生している黄色のハチマキ――陸上部を横目に見ながら奏と杏佳はいそいそとタイヤを収集していく。
「もーなんなのよ!
離しなさいよ!」
不意に聞き覚えのある声が聞こえ顔を向けると、生徒会長である柳川聖佳ともう一人生徒会のメンバーがレスリング部一人にタイヤごと引き摺られていた。
「せっ、先輩、あいつらやべぇよ!」
二対一という不利な状況をものともしない圧倒的力の前に奏が脅えたような声を上げる。
「そうですね、さっさとずらかり――」
杏佳が一刻も早く陣地に戻ろうと振り替えると、どっしりと影を落とした巨躯なる防壁――もといレスリング部の一人が立ちはだかっていた。
「そっ……そんな……!!」
少し遅れて彼女の存在に気づいた奏が絶望の色に顔を染める。
「それじゃぁ、そのタイヤを貰おうかしら?」
彼女はゆっくりとその躯体を動かして一歩一歩奏と杏佳の二人に迫る。
その威圧感たるや、さながら巨神兵かなにかが迫ってくるようであり、彼女の一挙手一投足で空気がビリビリと慟哭しているかのようにすら感じる。
まさしく絶体絶命。
哀れ二人はまるでおもちゃを没収される子供のごとくタイヤを奪われてしまう。
――かのように思われたが、現実は違った。
「行きますよっ!!」
「おう!!」
杏佳の合図を起点として二人はVの字を画くように走り出す。
「へぇ、二手に分かれてどちらかを生かす作戦ね……
でも、甘いわ」
彼女はニヤリと笑みを浮かべると一直線に雪菜と歌音が防衛する陣地に向かって走り出す。
「どうせここにくるんだからわざわざ追わなくてもいいじゃない」
彼女は雪菜達の前で仁王立ちすると、まるで同意を求めるかのように「ねえ?」と呟いた。
余裕の表情を見せつつも迂闊な行動を躊躇わせる雰囲気を放つ彼女に、負けじと雪菜が目の前に立ちはだかる敵を睨み付ける。
が、対する彼女は雪菜の威嚇など歯牙にもかけずに辺りを見回す。
「雪菜、そいつを抑えといてくれ!」
すると、彼女と目が合ったのか迂回してきた奏が声を上げた。
「分かった!」
それに応え、雪菜は両手をばっと広げてレスリング部の部員と奏を結んだ直線上に割って入る。
「……なんのつもり?」
レスリング部の彼女が尋ねても雪菜は答えない。
「まぁいいわ。
どうせ何をしたって貴方に私が抑えられる筈ないんだから」
そう言って雪菜を避けて奏の元へ向かおうとしたその時。
「――っ!?」
雪菜が素早く彼女の前に回り込みその進路を塞ぐ。
彼女は目の前に立ちはだかる雪菜に少し驚いた様子だったが、直ぐに気を取り直して別方向から奏に向かう。
が、雪菜はそれを敏感に察知し、相手が走り出すよりも早くその前方に立ち進行を妨害する。
彼女は何度か別の方向へ向かおうとするが雪菜はその視線を執拗に追い掛けては敵の姿を射るように睨み付ける。
それはたった数秒間にわたる運動であったが、日頃の運動不足が祟ってか雪菜は呼吸を乱し、肩で息をしていた。
「ふうん、頑張るじゃない」
「奏ちゃんの所へは行かせない……!」
「そう、じゃあいいわ」
「へ……?」
あっさりと諦めを宣言するレスリング部のメンバーに雪菜が唖然とする。
「深追いしても時間の無駄だからね。
それじゃ」
そう言って彼女は別の標的を定めたのか雪菜達の陣地に背を向けて走り出した。
「やった……のかな……?」
あまりパットしない幕切れに雪菜はううむと唸りながら首をかしげる。
「雪菜、ナイスブロック!
助かったぜ!」
「ひゃぅ!?」
突然背後から奏に抱きつかれ、小さい悲鳴が漏れる。
「もぉ、ビックリさせないでよ」
雪菜は疲労感たっぷりのため息を吐くと、じとっとした視線を向ける。
「悪い悪い。
なんかつい嬉しくなっちまってよ」
「なんで?」
彼女は一旦背中に引っ付いてる奏から離れると、振り返って尋ねる。
「だってなんか二人で協力して強大な敵に打ち勝ったって感じじゃね!?」
奏は純真無垢な子供のように目をキラキラと輝かせる。
「そっ、そうかな……?」
雪菜は一人で盛り上がっている彼女に少し困惑した様子で応える。
(でも、誰かと協力する……か……
転校したばっかりの頃にはそんなこと思いもしなかったのにな……
それにきっと奏ちゃんだってそうだ。
この部に入って、変われたから協力し合えた)
が、冷静に考えてみると“誰かと協力する”という選択肢を選ぶことが出来たことには喜んでもいいのではないかと思えてくる。
「えー分かんないか?
なんかこう、グッと熱い感じにならないか?」
「分かるよ。
やっぱり、私も嬉しい」
「お前絶対適当に応えてるだろ」
「ええっ!?
そっ、そんなことないよ」
突然じとっとした視線を向けられ雪菜は慌てて彼女の言葉を否定する。
「嘘つけ、作り笑いなんか浮かべやがって。
どこでそんな芸当覚えたんだまったく。
父さんは悲しいぞ?」
「奏ちゃん、あの、ふざけてるの……?」
怒っているのだかそうでないのかよく分からない彼女の発言に発言に困惑していると、その言葉の一部が頭に引っ掛かった。
「あの、奏ちゃん……?
私、本当に笑ってた……?」
恐る恐るといった様子で雪菜が尋ねると、奏は「何を言ってんだ」とでも言いたげな表情で答える。
「ああ、笑ってたぞ?
でもお前が笑うなんて、しかも俺のしょーもない話でだぞ?
絶対おかしい……ってあれ?」
そう言っている途中で雪菜が何やら神妙な面持ちになっている事に気付いた奏は、途中で言葉を切って不思議そうにその表情を覗き込む。
「もしかして……ガチ、なのか……?」
そう尋ねると彼女は固い表情のままコクりと頷いた。
「ええ゛っ!?
おっ、お前熱でも有るのか!?」
奏は慌てた様子で自分と雪菜の額に手を当てる。
「奏ちゃん、人をサイボーグみたいに言わないでくれる?
私だって可笑しいときは笑うわよ」
雪菜が心外だと言わんばかりに奏を見る。
「さっきの会話可笑しかったか?」
「全然」
その問いに彼女はふるふると顔を横に振った。
「ああ……もう訳わかんねぇよ……
お前、マジで熱でもあんじゃねぇのか?」
奏が疲労感たっぷりの溜め息をつくと、前方から何者かがこちらに迫って来るのが見えた。
言わずと知れた、敵である。
「ふっふっふ、今までの戦い方は既に分析済みよ!」
「まぁ、やったはのは私なんですけど」
「そんなことはどうでもいいのよ、兎に角ニコ研と魔術研のチームは後半妙なスコアの伸ばし方してたんでしょ?」
「ええ、そうです」
そんな会話を繰り広げながらこちらに迫ってくるのは生徒会会長柳川聖佳とその副会長である新田 咲希(にった さき)である。
因みに実況席で聖佳にツッコミを入れていたのも彼女だ。
「くそ、また敵か!」
奏の声に雪菜も体の向きを180゜変えて身構える。
「皆さん、もう競技時間も残り少ない筈です!
みんなで茜さんが貯めてくれたタイヤを死守しますよ!」
奏の横に杏佳と歌音が並ぶ。
そして雪菜が僅かに後退し、まるでラグビーのスクラムのごとく生徒会二人を迎え撃つ。
四人による重厚なディフェンスに思わず二人の足が止まる。
「くっ、絶対に陣地には入れさせないということね……
いいわ、だったらとっておきを見せてあげるわっ!」
聖佳は声高にそう宣言するとビシッと音が聞こえてきそうな勢いで空を指差す。
「あっ、ゆーふぉー!!」
停止する時間。
「会長……今時そんなの小学生でもひっかから――」
「あっ、UFO」
「嘘っ、どこどこ!?」
呆れ果てる咲希を他所に杏佳が適当に指差した場所に必死で目を凝らす生徒会長。
「ああもう……ほんとやだこの人……」
彼女は深い溜め息をついて掌で顔を覆う。
「会長、嘘ですよ嘘。
UFOなんているわけないじゃないですか」
「咲希ちゃん夢がないなぁ、UFOはどこかにあるよ!
きっと多分maybe!」
聖佳の反応によほど苛ついたのか、咲希は片眉をピクリと跳ね上がらせると、怒りを必死にこらえながら口を開く。
「UFOの存在の可能性については否定しませんが、兎に角そこにはいません。
真っ赤な嘘です」
「なっ、なにおぅ!」
咲希がプルプルと体を震わせながら指で眼鏡を押し上げると、聖佳がムキーと怒りを露にさせる。
「よっ、よくもやってくれたわね!
こんな姑息で卑怯な手を使うなんてよっぽど勝つ自信がないようね!」
「いや姑息って……
ついさっきお前がやったことだぞ……」
呆れた様子でツッコミを入れる奏。
「ふっふっふ、無理もないわ!
なんせ私達は最後のとっておきを残しているからね!
さぁ、咲希ちゃんやっちゃって!」
彼女の自信たっぷりな声に陣地を守る四人は思わず身構える。
が、
「あの、会長……私そんな話聞いてないんですけど……」
「へ……?」
聖佳が唖然とした表情を浮かべた瞬間、競技時間終了の雷管が鳴り響く。
「ちょっと!
作戦参謀がなにやってんのよ!」
「知りませんよそんなの!
大体会長はいっつもそうじゃないですか!
面倒なことは全部私に押し付けて!」
「あいつらチームワーク最悪だな……」
喧嘩している猫のごとくお互いを睨み合う二人に奏が呆れた様子で呟く。
「うちの生徒会は成績順に決まりますからね……しかも毎年。
まぁ、あくまで生徒が承認したらの話なんですが。
だから馬が合わない人もいるわけです」
杏佳も半分呆れた様子で自由ヶ原高校生徒会の実態を説明する。
「ということは、もしかして生徒会長ってこの学校で一番成績が良い人ってことか……?」
「生徒会長を降りる人がいたなんて話は聞いてないですから……まぁそうゆうことですね。
しかも彼女の場合は二年連続」
「あれで学校のトップ……」
「そう、そうなのよ!」
雪菜の驚愕した呟きが聞こえてしまったのか、咲希が物凄い勢いで食い付いてきた。
「この学校の全員がこんなやつに負けるなんて信じられる!?
こんなの絶対おかしいわ!
どんな手品を使ってもあり得ない!」
「えー咲希ちゃんひどーい」
「会長は黙っててください!」
不満げに頬を膨らませる聖佳を声だけで制止する。
「えー集計の結果が出ました」
丁度彼女の熱を冷ますかのようにグランドにアナウンスが響き渡る。
「第四位、陸上部。
獲得タイヤ数、五。
第三位、生徒会。
獲得タイヤ数、七」
「うぇぇっ!?
七個!?」
聖佳は自分達の結果に驚きの声を上げると、「ちょっとあんたたちなにやってんのよ!」と奥の方にいる同士達を怒鳴り付ける。
「そして、二位は……」
この発表で優勝チームが決まる。
放送席の男子は敢えて焦らすような間を開けてから勢いよく宣言する。
「女子レスリング部!
獲得タイヤ数、八!」
その瞬間生徒がどよめく。
当然だ。
なにせ勝つ見込みなどほぼ皆無と思われていた雪菜達が優勝してしまったのだから。
「優勝、ニコ研、魔術研連合チーム!
獲得タイヤ数、十!」
「レスリング部の人達怖かったっす……」
競技が終わり、自分達のスペースに戻る道すがら茜が表情を青くさせながら呟く。
「いやぁ頑張った頑張った。
ほんとに今回のMVPは茜ちんだねぇ」
歌音はとくに写真を撮るわけでもなくデジタルカメラを適当にあっちこっちに向けている。
「全くですよ」
杏佳は器用に歩きながらけん玉を操る。
「実際お前がいなかったら勝てなかっただろうしな」
そう言いながら奏がヨーヨーを投げる。
「いやいや、そんなことないっすよ」
照れ臭そうに後頭部を掻く茜。
その手にはクラッカーボールを持っている。
「で……勝ったはいいけどこれで差を埋められたのかな……」
雪菜は季節外れの花火セットをまじまじと見ながら呟く。
(っていうか当たりとハズレの差が酷い……
こんなの絶対使わないよ)
「おっ、ギリギリ一位になってるっすよ、私達!」
恨めしげに花火セットを見つめる雪菜の耳にそんな声が聞こえた。
やはり二つの団体戦で優勝できたことが大きかったのだろう。
「おお、マジでギリギリじゃん。
こりゃ男子に感謝しないとね」
茜の手元を覗き込むようにして途中経過を確認した歌音が呟く。
「ふっふっふ、心配要らないですよ花沢さん。
私達は今、乗りに乗っています!
このままリレーもぶっちぎりの筈!」
「ほう、なら赤本は我々のものに……!」
「ええ、私達ろくに勉強してませんからね……!」
(この人達大丈夫なのかな……いろんな意味で……)
ぐふふとどこか邪悪なオーラを醸しつつ語り合う二人を見て、こうはならないようにしようと心に誓う雪菜であった。
時は流れて閉会式。
最後のリレーは予選で敗退。
当然である。
純粋な運動能力を求められる短距離リレーにおいて、他のチームと比べて雪菜達のチームは明らかに力不足であった。
リレーの参加人数は十人。
ニコ研と魔術研の場合は全員が出場することになる。
が、奏や魔術研のメンバー以外は皆平均かそれ以下の運動能力しかない。
当然部のトップランカーを揃えてくる他の部とは勝負にならないというわけだ。
結果、ニコ研と魔術研連合チームは準優勝という形で今年の体育祭の幕は降りることとなった。
「まぁ残念な結果ではあったが、ありがとう。
なかなか楽しかったよ」
閉会式も無事終わり、三々五々と散っていく生徒達の中、薫が杏佳に手を差し出す。
「いえいえ、こちらこそお世話になりました。
いい夢見させてもらいましたよ」
杏佳はその手を握って微笑む。
そして、薫だけでなくニコ研全員の顔を見回す。
「皆さんも、本当にありがとうございました。
正直ここ数日は楽しかったです。
打ち合わせとかで同じ部室に集まって……みんないい人達で……」
心なしか彼女の声が涙声になり、目も潤んできたように感じる。
そのせいか、心がジーンとするような、どこか感傷的な雰囲気が彼等を包んだ。
「だから……また、困ったことがあったら、……頼っても、いいですかね……?」
目尻に涙を溜めつつ気恥ずかしそうに、尚且つ申し訳なさそうにお願いをする杏佳。
そんなしおらしい彼女のに不覚にもニコ研の部員達は心を打たれてしまったのである。
「勿論だとも!
なんなら困ったことなどなくとも遊びに来るがいい!」
薫が目尻に涙を浮かべて、離れていた彼女の手をもう一度、今度は両手で握ってブンブンと上下に振る。
「私達は歓迎するぞ!
なあ」
確認をとるように振り返ると、部員達もうんうんと頷いた。
が、雪菜だけは首を縦に振ることはなかった。
「やっぱり……だめ、ですかね……」
杏佳は薫の手から離れてからその様子を見ると、参ったと言わんばかりに後頭部に手をやって寂しげに笑った。
「べつに、私の許可なんて必要ないでしょ」
すると、雪菜がぶっきらぼうにそう応えた。
「え?」
「あんたが来たいなら勝手に来ればいいじゃない」
唖然とする杏佳に言葉を続けると、彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いたまま指先で髪の毛を弄りだす。
「その……思ってたより、嫌なやつじゃなかったし……」
その言葉を聞いた途端、杏佳の表情がぱぁっと華やぐ。
「ありがとうございます!
じゃあまた、機会があったらお会いしましょう」
杏佳は藍色がかったポニーテールを大袈裟に揺らしてお辞儀をすると、他の部員達と共に手を振りながらグランドを去っていった。
「さて、我々も解散するか」
「そうですね」
彼女達を暫く見送ってから明彦達も寮へと向かう。
(少しずつ、本当に少しずつだけど、戻ってるんだな。
昔の、俺の見たことのない冬野に……)
雪菜の隣を歩く明彦は彼女を見て、そして今日の事を振り返ってそんなことを思った。
明彦にとって先程の彼女の言葉は正直意外だった。
ニコ研の部員達とは大分打ち解けてきてはいるものの、今だ外部の人間とは上手く関わることが出来ない雪菜。
それ故に杏佳のことも突っぱねると明彦は考えていたのだ。
しかし、そんな彼女が一歩、自分から他人に近づいた。
(このまま、むこうの会長とも仲良くなれるといいな)
明彦はそんな期待を胸に、優しく雪菜に微笑んだ。
―数日後―
廊下に足音が響く。
どうやら走っているようだ。
部室でのんびりと読書に耽っていた雪菜は、その音を聞いた途端に眉間に皺を寄せた。
もう何度目だろうか、彼女がここに来るのは。
そして――
「血で魔法陣描いてたら先生に怒られたので掃除するの手伝ってください!」
こんな私情にまみれた依頼をするのは。
溌剌とした笑顔を見せる彼女の名は、言わずと知れた城井杏佳である。
その声を聞くやいなや、雪菜が普段大切に扱っている筈の本を乱暴に閉じて机の上に叩き付ける。
「あんた……あんたはもう……」
そして、今にも爆発しそうな怒りを抑えるがごとく、体を僅かに震わせながらおもむろに立ち上がる。
「二度とこの部室に来るなぁぁぁっ!!」
雪菜の怒号が部室内に響き渡る。
その怒りの矛先は杏佳か、或いは安易にこんな女を信じてしまった自分にか。
兎に角、明彦の期待が実現されるには、まだまだ時間が掛かるようだ。