ニコ研!   作:増田 幹太

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「で、一日経ってみたわけだけど……

 

どう?」

 

 

放課後、三人だけの部室で明彦が尋ねた。

 

 

「私は、頑張ればなんとかなるかもしれない……!」

 

 

雪菜は、今朝の一件で僅かではあるが光明を見出だす事が出来たのであろう。

 

彼女の表情から溢れ出る光がそれを物語っていた。

 

 

「へぇ、そうなんだ!

 

やったじゃん!」

 

 

「広瀬君は?」

 

 

「俺もなんとかなりそう!」

 

 

雪菜に聞き返され、明彦がグッと親指を立てて見せる。

 

 

「俺はぁ~だぁ~めだぁ~」

 

 

その正面――普段であれば美華が座っている席から湿っぽい声が上がる。

 

現在その席に座っているのは奏。

 

そして、先程の声も彼女である。

 

見ると彼女はぐでぇっとうつ伏せになって額を長机に押し付けていた。

 

 

「前も言ったけどさ、なんで俺や冬野と話すみたいに出来ないんだ?」

 

 

そう問い掛けると、奏はむくと顔を上げる。

 

 

「なんか、クラスの奴等はお前達と違うんだよ……

 

なんというか、雰囲気的ななにかが。

 

だから、凄く緊張する。

 

それに、あんま関わったことないやつとなに話していいかわからねぇし……」

 

 

奏は顎を机の上に乗せたまま不貞腐れたように言った。

 

 

「うん、それはなんだか分かる気がする」

 

 

「そりゃそうだ」

 

 

明彦がそう言って頬杖をつくと、二人がその先の言葉を促すかのように視線を向ける。

 

 

「だって、俺達は友達だろ?

 

まだ他人の人と比べたらそりゃ雰囲気だって違うし多少壁も感じるだろうよ」

 

 

その視線に応えて言葉を継ぐと、明彦は頬杖を外して奏の方へ顔を向ける。

 

 

「でも、そこで怖じ気づいてたらなにも始まらないだろ?

 

もしかしたら目の前のハードルは自分の思ってるのよりも低いかもしれない。

 

やってみれば案外大したことないのかもしれない。

 

だから、奏もそんなに気負わずに気楽にやるといいよ」

 

 

「ああ、そうかもな」

 

 

奏はそう答えると組んだ掌を天に向けてくんっと伸びをする。

 

そして、空気の抜けた風船のようにだらりと上半身を机に乗せる。

 

 

「んじゃ明日からはもう少し力を抜いてやってみるよ」

 

 

明彦は彼女のその姿を見て満足そうに頷くと、視線を雪菜に向ける。

 

 

「冬野も、自然体でいれば上手くいくと思うから。

 

みんなで先輩たちが帰ってきたときにビックリさせちゃおうぜ」

 

 

「うん、頑張る」

 

 

「おう、任せとけ!」

 

 

明彦の言葉に、奏が笑みを浮かべ、雪菜が胸の前でグッと拳を握って応える。

 

 

(――って言ったはいいけどよ……)

 

 

「えと、どうしたの……?」

 

 

目の前で汗をだらだらと流しながら固まる奏に、女子生徒が困惑した様子で尋ねる。

 

作戦開始二日目の朝、奏はついに同じクラスの女子生徒に声を掛けることに成功した。

 

そう、成功した。

 

朝の廊下、ホームルームまでにはまだ時間がある。

 

完璧な間合いだ。

 

そこまでは良かった。

 

が、

 

 

(やっぱりなに話していいかわかんねぇぇぇぇぇ!!)

 

 

手頃な話題が見つからず、硬直したまま早数分が経過していた。

 

人とのコミュニケーションは一発勝負。

 

外せば次はない。

 

故に、慎重に行わなければならない。

 

一歩でも間違えればあっという間に過去の自分に逆戻りだ。

 

 

(考えろ……考えろ、俺……

 

中学の時話した話題はダメだ。

 

じゃあ逆にそれ以外の話題なら……

 

ダメだ、昔なに話したかなんて覚えちゃいない)

 

 

「用がないなら私行くけど……」

 

 

言葉が纏まるよりも早く、目の前の女子生徒がタイムアップを告げた。

 

先程よりも少しだけ冷めた彼女の声。

 

それが、奏に中学時代の記憶を呼び起こさせた。

 

この機会を逃せばまた繰り返す。

 

また、暗く、冷たい世界に取り残される。

 

そう思うと、とてつもなく怖くなった。

 

 

「まっ、待って!」

 

 

奏の声が廊下に響く。

 

それはまるで、溺れた人が道行く誰かに助けを求めているような声だった。

 

 

「えっえ?

 

なに?

 

私何かした?」

 

 

奏に呼び止められて振り返った女子生徒は、彼女の何かに怯えたような表情に酷く動揺していた。

 

 

「いっ、いえ……何でもないんです、ごめんなさい……

 

私、その、緊張しいで、ただ挨拶がしたくて……」

 

 

心配と言うよりは物憂げな彼女の声に、奏はしどろもどろな言葉で謝罪と自分の意図を説明する。

 

また一人になってしまうという恐怖で声は震え、身体中に悪寒が走る。

 

 

(もうダメだ、見限られた……

 

きっと今、俺、白い目で見られてる……

 

何だこいつはって、また、昨日の教室の時みたいに……)

 

 

そう思うと、もう彼女の顔すら見れなくなってしまう。

 

 

(やっぱり、俺に友達なんて――)

 

 

「えと、どうかしたの?」

 

 

重たい気持ちに引っ張られるように視線を床に落とすと、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。

 

しかし、今の奏にはそんな事どうでもよかった。

 

昨日の今日でこの始末。

 

今更誰が来たところでこの状況が覆る筈もない。

 

そう思っていた。

 

 

「なによあんた、その子の友達?

 

いっとくけど私はなんもしてないからね」

 

 

「……こいつがなんかした?」

 

 

が、どうやら声の主は女子生徒とは知り合いではないらしい。

 

それどころか、奏と面識があるような口振りである。

 

不思議に思って視線を向けると、そこには見慣れた友達の顔、明彦の姿があった。

 

 

「いや……べつに何かしたって訳じゃないんだけど……」

 

 

女子生徒は難しそうな表情を浮かべて事を説明しようとするが、諦めた様子で肩を落として溜め息をつく。

 

 

「兎に角、何だかよく分からないけど絡まれて困ってるのよ……」

 

 

「あはは、それはそれは……」

 

 

疲労感たっぷりに言葉を吐き出す彼女を見て、明彦が引き攣った笑顔を浮かべる。

 

 

「ごめんね、こいつほんとに人と会話するのが苦手でさ。

 

慣れない人と話すとテンパっちゃってわけわかんなくなっちゃうんだって。

 

でも根はいいやつだからさ、どうか許してあげてくれないかな……?」

 

 

それから詫びの言葉を言うと、手を顔の前に立てて申し訳なさそうに笑ってみせた。

 

 

「ほら、お前もビックリさせたんだからあやまんねぇと」

 

 

そして、キョトンとしている奏の背中を軽く叩く。

 

 

「あっ、うん……

 

ごっ、ごめんなさい……」

 

 

「べつにいいわよ、何かされたわけでもないし」

 

 

奏がペコリと頭を下げると、彼女は特に気にした様子もなく踵を返して廊下を歩く。

 

 

(また……助けられた……

 

嬉しい。

 

嬉しいのに、悔しい。

 

俺は、明彦にちょっとでも恩返しをしようと、お前のおかげでこうなれたんだよって言いたくて……

 

なのに……俺、なにもできてない……

 

嫌だ……このまま終わるなんて……

 

絶対に嫌だっ!)

 

 

「あっ、あのっ!

 

私、同じクラスの神崎奏って言います!

 

あっ、あなたの名前はなんですか?」

 

 

奏はお辞儀をしたまま彼女に言い放った。

 

きっと顔を見るとまた、怖じ気づいてしまうから。

 

逃げたくなってしまうから。

 

だから、これが今の彼女に出来る精一杯の勇気だった。

 

 

「もぉ、今度はなによ……

 

名前?

 

新田咲希だけど?」

 

 

彼女――咲希の気だるそうな声が帰ってくる。

 

 

「新田咲希さん、俺と――いや、私と……」

 

 

奏はここで頭を上げて相手の様子を確認する。

 

 

(よし、ちゃんと足を止めて、こっちを見て、話を聞いてくれてる。

 

やってやる……言ってやる!

 

俺だって、やれば出来るんだ!)

 

 

「私とっ、とっ、友達になってくださいっ!」

 

 

そう言って、奏はもう一度深々と頭を下げた。

 

 

(やった……やったっ!

 

言えた、ちゃんと言えた!

 

でも、大丈夫かな……突然、こんなこと言って、嫌われないかな……)

 

 

言いたいことが言えた達成感は、後からやって来た不安や恐怖によってあっという間に包み込まれて見えなくなってしまった。

 

また、奏は顔を上げられなくなってしまった。

 

 

「えっ、と……なに?

 

友達?

 

べつにそれって頼んでなるもんじゃ――」

 

 

呆れた様子の咲希に、明彦が「応えてやってくれないかな?」とアイコンタクトと動作で伝える。

 

それを受けた彼女は、一旦言葉を切って溜め息をつく。

 

 

(まぁ、ここまで言われて断るのも野暮ってもんよね……)

 

 

「べつにいいわよ。

 

面倒臭いのと付き合うのは慣れちゃってるしね」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、奏の心の中で何かが砕けた音がした。

 

それは、今まで自分を覆っていた壁。

 

そして、自分を縛り付けていた過去の記憶、そこから沸き上がる負の感情。

 

それら全てが崩れ落ちる音だった。

 

顔を上げると、まるで世界が光で満ち溢れているような、そんな感覚がした。

 

それは、あの日、薄暗い自分の部屋から飛び出した時の感覚と似ていた。

 

 

「ありがとう、咲希ちゃん。

 

これから……よろしくね」

 

 

こんな自分が受け入れられたことが嬉しくて、嬉しすぎて、笑顔を浮かべているのに涙が流れる。

 

 

「ええ、よろしく。

 

神崎奏さん。

 

――って……えっ?」

 

 

それに答えるように咲希も微笑むのだが、奏の名前を口にした瞬間何かを思い出したような表情を浮かべる。

 

 

「しかもおんなじクラスって……まさか……」

 

 

彼女は肩に下げていたバッグをまさぐりながら、奏との距離を詰めるように歩き出す。

 

そして、取り出した眼鏡をかけ、同じくバッグから取り出した一枚の紙と奏の顔を交互に見る。

 

 

「やっぱり……

 

貴女――」

 

 

「咲希ちゃんってもしかして生徒会の副会長!?」

「不登校生徒の神崎奏さんでしょ」

 

 

「え……?」

「え……?」

 

 

「そうだけど……」

「そうだけど……」

 

 

奏と咲希の声が見事に重なる。

 

 

「やっぱり、やっぱり!?」

 

 

が、その次の言葉を放ったのは奏だった。

 

 

「いやぁ、冷静になってみてみるとその顔どっかで見たことあんなぁって思ったんだよね。

 

咲希って名前もどっかで聞いたことあったし」

 

 

奏は腕を組み、納得した様子でうんうんと頷く。

 

 

「……貴女本当に引き籠ってた神崎奏さん?」

 

 

その様子に、咲希が先程までとは一変して怪訝そうな顔付きになる。

 

 

「え?

 

そうだけど……」

 

 

「そう……ごめんなさい、前話した時と随分雰囲気が違ったもんだから……」

 

 

「なんだ、知り合いだったのか?」

 

 

明彦が奏に尋ねると、彼女自身驚いた様子で此方を見ながら首を横に振った。

 

 

「全然」

 

 

「えっ、じゃあなんで……?」

 

 

「奏さんが引き籠ってた時に、彼女の家に言って話したことがあるのよ。

 

しかも結構な回数」

 

 

回答を求めるように視線を投げると、彼女は少しだけ憂鬱そうに応えた。

 

その表情から彼女の苦労が窺い知れる。

 

恐らく似通った体験をしたであろう明彦から見ると、どうしても同情の念が頭を過ってしまう。

 

しかし、彼の頭を過ったものは決してそれだけではなかった。

 

 

「えと、でもどうして貴女が……?」

 

 

「べつに大した理由じゃないわよ。

 

私が生徒会の副会長でその子が同じクラスだったから、只それだけよ。

 

まぁ、結局私じゃどうしようも出来なかったんだけどね」

 

 

その話を聞いて明彦は事の流れを大まかに理解した。

 

奏が引き籠り、その使者として咲希が選ばれたが失敗。

 

その後、教師陣が直々に彼女を説得しに向かうも失敗。

 

その結果、生徒指導主任である増田先生の手に問題が渡り、最終的にニコ研がその問題の対処に当たったのだろう。

 

 

(なんか……すっげぇたらい回し感……)

 

 

そう思うと、あの時の増田のごり押しもどこか納得できてしまう。

 

 

「あの時は大変だったわ。

 

まるで会話にならないんだもの。

 

ほんと、心底自分の運命を呪ったわ……」

 

 

あの時の疲労感がフラッシュバックされ、ぐったりとした表情を見せる明彦。

 

それと似た顔付きで当時の感想を語る咲希。

 

その背景には自由奔放過ぎる生徒会長の姿がありありと浮かび上がっていた。

 

お互い、人間関係には昔から悩まされているようだ。

 

 

「そうか……じゃあ、その事も謝らないとだな……

 

ごめんなさい。

 

あと、わざわざ俺んちに来てくれてありがとう」

 

 

咲希の言動に罪悪感が沸いたのだろう、奏がもう一度頭を下げる。

 

 

「もう過ぎた事だし、べつに謝らなくてもいいわよ。

 

あと、お礼も必要ない。

 

私は頼まれたから行っただけ。

 

お礼をされたり言われたりするような大層な思考は持ち合わせていないわ」

 

 

彼女は澄ました表情でそう応えると、思い出したように手首につけた小柄な腕時計に目をやる。

 

 

「あっ、いけない。

 

もうこんな時間、早く行かないと」

 

 

そう言うと彼女は足早に体の向きを反転させると、そのまま廊下を進んでいく。

 

 

「おめでとう……とか言った方がいいのかな?」

 

 

その背中を見つめながら明彦がぼそりと呟く。

 

 

「よせよ。

 

こうなったのは明彦のおかげなんだからさ」

 

 

「なに言ってんだよ、どっからどう見ても奏の頑張りだろ?」

 

 

「そんなことない……!」

 

 

優しい微笑みを浮かべる明彦に、奏がピシャリと言い放った。

 

その表情はどこか切なくて、それでも必死で、思わず明彦の表情まで真面目なものになる。

 

 

「そんなこと……ない……

 

だって、俺は――」

 

 

「ちょっとぉ、なにしてんのよ。

 

早くしないとホームルーム始まっちゃうわよ!」

 

 

遠くから聞こえる咲希の声。

 

 

「あっ、ごめん。

 

今いく」

 

 

奏は言葉の続きを言うことなく、咲希の方へと駆けて行った。

 

彼女が何を言おうとしたのか、明彦には分からない。

 

ただ、その紅潮した頬と潤んだ瞳から察するに、並大抵な台詞を言おうとしていた訳ではないというのは分かった。

 

ならば、彼女はどのような言葉を、気持ちを、明彦に伝えようと思ったのか。

 

 

だって、俺は――

 

 

その後に続く言葉。

 

それを明彦はうっすらと分かっていた。

 

 

(俺って本当自意識過剰だな……)

 

 

が、敢えて深くは考えないようにした。

 

きっと、そうすると今までの関係が崩れてしまう。

 

そんな気がした。

 

 

「おい、明彦もぼうっと突っ立ってないで早く来いよ!

 

俺のせいで遅刻したなんて言わせないからな!」

 

 

「分かった、今行くよ。

 

俺だってそんなこと言いたくないしね」

 

 

奏にそう言われ、明彦は彼女に向かって駆けていく。

 

まるで、自分が出しかけた結論をその場に置き去りにするかのように。

 

 

 

 

 

「あっきひこぉ!

 

部活行こうぜ!」

 

 

放課後、奏が頭突きでもする勢いで明彦の机に身を乗り出す。

 

 

「うおっ!?

 

ったく……お前今日ほんとご機嫌だな」

 

 

明彦は顔を後ろにずらしてそれを回避すると、呆れ半分、嬉しさ半分といった表情を浮かべる。

 

 

「えへへ、まぁな」

 

 

朝一番で友達を作るという偉業を成した彼女は、今日一日中こんな調子なのである。

 

主に一人で。

 

明彦は待ちきれずに机を支えにしてぴょんぴょんと跳ねる奏を宥めつつ、帰りの身支度をして席を立つ。

 

 

「じゃ、行こうか」

 

 

「おう!」

 

 

(こいつ、友達が出来て本当に嬉しいんだな)

 

 

はしゃいだ笑顔を見せる彼女に明彦は思わず微笑ましい気持ちになる。

 

が、

 

 

(えへへ、明彦は誉めてくれるかな……?

 

頑張ったねって、笑ってくれるかな……?)

 

 

当の本人、奏の考えていることは、明彦のイメージしていたものとは全く別のものだった。

 

それもその筈、そもそも彼女の――いや、彼女達の行動理念が違っている。

 

明彦は単純な未来への不安や、人寂しさから今回の計画に打ち込んでいると考えているが、その実、彼女達の原動力となっているのは、広瀬明彦という人間の存在なのだ。

 

簡単に言うと、彼女達は自分の為ではなく、明彦の為に頑張っている。

 

しかし、彼自身、そんなこと知りはしない。

 

故に、気づかない。

 

この計画の根本が狂ってしまっている事に。

 

 

「よかったね、上手くいって」

 

 

「おう!

 

ありがとな、明彦のおかげで勇気が出たよ」

 

 

微笑みを浮かべる明彦に対し、奏が満面の笑みで応える。

 

 

「またまた、あれは奏自身の力だよ。

 

俺はなんもしてない」

 

 

明彦は歩きながら欠伸と共に両手を上に伸ばすした。

 

それはまるで、肩の荷が下りたと言っているようにも見えた。

 

 

「しかしまぁ、これでこれから先も安泰だな」

 

 

「これから先って?」

 

 

どこか嬉しそうな明彦に奏が首を傾げる。

 

 

「そりゃそのまんまの意味だよ。

 

先生も言ってだろ?

 

俺はいつまでも奏達と一緒にはいられる訳じゃない。

 

だからこうやって、新しい環境でもやっていけるように友達を作れるようにしてる訳だろ?

 

でも、冬野も順調そうだし、奏もちゃんと友達をつくれた。

 

もう俺なんかいなくてもどこでもやっていけそうだよな――って、あれ?

 

どうしたの……?」

 

 

明彦は思わず尋ねてしまった。

 

それは、奏があまりにも驚いたような、悲しんだような表情を浮かべていたからだ。

 

 

「なんだよ……その言い方……」

 

 

彼女の声は震えていた。

 

 

「へ……?」

 

 

しかし、明彦にはその理由が分からず、呆けた声を上げることしかできずにいた。

 

 

「えと、俺なんか酷いこと言った……?」

 

 

「俺達の関係ってこの高校の中だけなのかよ……!

 

卒業したらもう終わりなのかよ、ばらばらなのかよ……!」

 

 

漸く口から出てきた問いに、奏は静かに、しかし感情的に言葉を返した。

 

 

「そこまでは言ってないだろ?

 

ただ、やっぱり大学とかに行ったらみんな忙しくなるし、今みたいにはいかなくなる。

 

連絡だって都合が会わないと出来ないかもしれないし、困ったとき直ぐに助けることも出来ない。

 

お前だって何かあったとき近くに信用できる人がいないと不安だろ?」

 

 

明彦の言っている事は尤もであった。

 

しかし、それ故に奏は気にくわなかった。

 

彼女の中にあるのはただ一つ。

 

明彦とずっと一緒にいたいという気持ちだけだった。

 

たとえ、そこに道理も理屈も現実味もなにもなくとも彼女には関係ない。

 

ただそうしたい、そうであってほしいという強い願望が今の彼女を突き動かしていた。

 

 

「そんな……そんなあってすぐのやつなんか信用できるかよ!」

 

 

「じゃあ新田さんはどうなんだ?

 

あの人はちゃんと奏に応えてくれた。

 

友達だって言ってくれただろ……!

 

お前はその新田さんも信用できないってのか!?」

 

 

「っ……それは……」

 

 

「大体なんでそんな怒ってるんだよ!

 

さっきまであんな機嫌よかったじゃんか」

 

 

単なる我が儘。

 

そんなこと言える筈もなく、奏は口を紡ぐ。

 

 

「俺がまた馬鹿なこと言ったんなら謝るからさ、なんで怒ってんのか教えてよ」

 

 

徐々に口調が強くなっている事に気づいた明彦は、自分の中に沸き上がった怒りを吐き出すように溜め息をつき、優しい声で問い掛けた。

 

明彦はなにも悪くない。

 

悪いのは全て自分だと奏は分かっていた。

 

しかし、

 

 

「俺、もう友達なんて要らない」

 

 

それでも彼女はこの言葉を呑み込む事が出来なかった。

 

明彦と離れ離れになってもいいように友達をつくっておく。

 

だったら友達を作らなければ明彦とずっと一緒にいられるのではないかという、あまりに幼稚すぎる発想だ。

 

無論、そんなはずはない。

 

そしてそれは、明彦や雪菜の期待、思い、何より自分自身の努力を踏みにじる発言だった。

 

 

「あっ……ごめん……」

 

 

ハッとした様子でそう呟くと、奏は部室とは反対方向へと走っていってしまう。

 

 

「どうしたんだ……?

 

あいつ……」

 

 

あまりに突然の事で明彦は何も出来ず、暫くしてから漸くそんな呟きだけが溢れた。

 

 

 

 

 

(バカ、バカ……!

 

俺のバカ……っ!

 

なんであんなこと言ったんだ!)

 

 

奏は廊下を走りながら何度も何度も先程の発言を悔やみ、自分を責め続けていた。

 

あんなこと言っても現状は何も変わらない。

 

何をどうしたって時間は止まらないし戻らない。

 

明彦と離れ離れになるのは確定された未来であり、目を背けたところでどうにもならない。

 

分かっている。

 

分かってはいるのだが、心の中でどうしても折り合いがつかない。

 

明彦と離れるのがどうしようもなく恐ろしく、切なく、苦しい。

 

日に日に溜まり続けていた明彦への思いは、彼女自身ですら気づかないうちに、押さえようのないほどに大きなものになっていた。

 

 

(明彦……俺、ほんとにお前がいないとダメになっちゃったよ……)

 

 

奏は靴に履き替えて昇降口から外に出ると、立ち止まって空を仰いだ。

 

すると、どんよりとした分厚い雲が、今にも泣き出しそうな顔で彼女を見下ろしていた。

 

はぁと白い溜め息を吐きながら視線を落とす。

 

十一月下旬のアプローチは、裸の木がぼさっと立ち並んでいるだけで酷く殺風景に見える。

 

それもこれも含めて、今見えている景色全てが、まるで自分の心を写し出す鏡のように彼女には思えた。

 

ひょぉっと北風が走り、思わず体を縮めて身震いした。

 

 

(寒い……)

 

 

それがまた自分の心をトレースしているようで気が沈む。

 

 

(もう、今日は帰って寝よう……)

 

 

当てもなくぶらつこうと思っていいたが、奏は重たい足を引き摺って寮への道を歩いていくのであった。

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