「ありがとうございました」
「お騒がせしました」
奏と雪菜はほぼ同時にお辞儀をして魔術研究会の部室を後にした。
部室の扉を閉めてから「うひょぉバニーぱないですね!」とか聞こえてきたが、それは聞こえなかったことにした。
「奏ちゃん、本当によかったの?」
廊下を歩きながら隣を歩く雪菜が問う。
「何が?」
全く心当たりが見当たらず、奏が不思議そうに小首を捻る。
「いや、その……告白っていうか……
ちゃんと失恋するとかいうのとか……」
雪菜は言いづらそうに指先を合わせた両手と奏とを交互に見る。
「ああ、それか。
いいに決まってんだろ?」
にししと気丈に笑う奏を見ると、また心の奥底では苦しみを抱えているのではないかと不安になってしまう。
「でも、私のせいで……」
「まぁた始まった」
申し訳なさそうに言う雪菜に、奏がむすっとさせた顔を向ける。
「へ……っ?」
突然そんな表情をされ、雪菜の口から思わず間抜けた声が漏れる。
「お前は自己チュー過ぎんだよ」
「あっ、えっ、えと……ごめんなさい……」
ずびしっと指を差され、雪菜の涙腺が崩壊寸前まで追い込まれる。
「わわわ、まてまて、別に俺は怒ってる訳じゃねぇよ」
そう言うと、彼女は涙で潤んだ瞳のまま小首を捻る。
「これは俺が決めたことだ。
雪菜のせいでも、ましてや先輩のせいでもない。
だから、お前が気に病む必要はない。
分かったか?」
奏はひょいっと体を前に倒すと、雪菜の顔を覗き込むようにして笑った。
いつもの屈託のない笑顔だ。
しかし、その言葉が真意かどうかは分からない。
だが、雪菜は信じる事にした。
「うん……そうだね。
ごめん」
彼女が、いつか言えるようになるからと言ってくれたから。
たとえ、今はハリボテの嘘ばかりだとしても。
その裏側にある本心もきっと見つけてみせると心に決めたから。
―翌日―
奏は眠気眼な目を擦りながらよたよたと廊下を歩いていた。
実は彼女、昨日はろくな睡眠を取れずにいた。
無論、原因は本日に控えた明彦への告白である。
一応、雪菜と相談して決戦の舞台は放課後の部室に設定した。
時間はまだ十分にある。
が、
(負けるのほぼ確定で告るのってなんかすっげぇ複雑な気分……)
そんな陰鬱な気分が昨日からびっちりとこびりついて離れない。
しかし、真剣な明彦への思いを適当な言葉に乗せる訳にもいかず、悶々と言葉選びに時間を費やす。
そして、暫くするとまた憂鬱な感情に心が支配されてしまう。
(ああ゛ぁぁぁっ!!
俺は一体どうすればいいんだぁぁぁっ!!)
「どうしたの、頭なんか抱えちゃって」
感情の波状攻撃に内心で悶え苦しんでいると、頭上からそんな声が掛けられた。
「ん?
ああ、咲希ちゃんか――」
なんだと思って顔を上げると、つい先日、めでたく友達となってくれたクラスメイト、新田咲希の顔がそこにはあった。
が、
「そっちこそ、どうしたの……?
凄く顔色悪そうだけど……」
彼女はまるで、人生を掛けた大博打に負けてしまったかのような顔をしていた。
「あっ、うん、ごめんなんでもない。
ただ、今日あいつが帰ってくるのかと思うと気分が優れなくて……」
奏は、窶れた笑顔を浮かべる咲希の背後に、この学校の生徒会長である柳川聖佳の姿を見た気がした。
「ああ、生徒会長か……
なんだか仲悪そうだったしね……」
「そうなのよ、聞いてくれる?」
気の毒そうに答える奏に、咲希がすがるように口を開く。
「おっ、おう……」
なんとなく墓穴を掘ってしまったのかなぁと思いつつも、期待を込められた瞳で見つめられては断ることもできない。
その答えを聞いた瞬間、彼女の表情ぱぁっと明るくなる――訳ではなく、寧ろずうんと表情が曇る。
そしてゆっくりと開かれた口から流れ出る怨み辛みのオンパレード。
まるでお経のように延々と続くかと思われたそれは、担任の「ホームルーム始めるから席につけ~」という声で漸く遮られた。
「あっ、じゃあ私席戻るわね。
つまんない愚痴聞いてくれてありがとう。
ちょっとスッキリしたよ」
彼女の言葉に、奏は反応を見せない。
「大丈夫?
まだ顔色悪そうだけど……
よく分からないけど、あんまり無理しちゃダメよ?」
咲希はそう言い残すと、足早に自分の席に戻っていった。
「きりーつ」
それから少しして、日直が号令をかける。
(いや、これ多分半分ぐらい咲希ちゃんのせい……)
奏は半分ほど魂の抜けたような状態で内心ツッコミをいれつつ、疲労感でどっしりと重くなった腰をゆっくりと持ち上げるのだった。
キーンコーンカーンコーンと、今日最後のチャイムが学校に響き渡る。
この日の休み時間は全て精神力の回復に費やしてしまい、結局明彦への告白の事は考えることができなかった。
「あっ明彦……部活、行こうぜ……」
今だ纏まりのつかない思考回路で明彦を誘うも、なんだかちぐはぐな言葉しか出てこなかった。
「ん?
ああ、待ってて、すぐかたすから」
明彦は一瞬不思議そうな顔を見せるが、直ぐに止めていた作業を再開させる。
机の上に出していた勉強道具をささっとリュックサックに詰めると、立ち上がってそれを背負う。
「お待たせ。
そんじゃ、行こうか」
「おっおう」
自然に微笑んだ明彦を見て、奏の顔がかぁっと赤くなる。
今日は普段以上に意識しているせいか、こんなちょっとしたことですら気分が高揚してしまう。
特になにかをしている訳ではないのに恥ずかしく感じてしまう。
そんな奇妙奇天烈な感覚を抱きながら、奏は赤面を誤魔化す為にそそくさと教室を出る。
明彦はまた不思議そうに小首を捻ってから彼女の後を追いかけた。
この前怒ってどこかに行ってしまったし、昨日は部活には来なかった。
かと思えば今日は自分から部活に行こうと誘ってきた。
そしてなんだか様子が変だ。
(全く思考が分からん……)
明彦は難しそうな表情を浮かべて奏に追い付くと、空白の一日を埋めるべく口を開く。
「あのさぁ、昨日って何してたの?
部活来なかったけど……
もしかして冬野と何かしてた?」
「この前変な癇癪起こしちゃったから行きづらかっただけだよ、特に理由はない」
何処と無く素っ気ない彼女の返答に、明彦は違和感を覚えた。
「ホントに?」
「ほっ、ホントだよ!」
粘着質な明彦の声に、奏が振り返って肯定する。
彼女の顔は、相変わらず赤らんでいた。
(言えねぇ……
魔術研の先輩に恋愛相談してたなんて絶対言えねぇ……!)
奏が引き攣った笑顔を向けると、明彦は尚も探るような視線を奏に向けていた。
「あっあの……さ、あんときはごめんな、ほんと。
急にあんなこと言われて驚いたよな……」
(いつか言わなくちゃとは思ってたけど……
まさか話題を逸らすために使うとは……俺ってほんとバカ……)
内心で自分に呆れつつも、その言葉の重みは変わらない。
「本当に、悪かった。
ごめん……いや、ごめんなさい」
深々と頭を下げて、心からの謝罪を明彦に伝える。
彼は驚いているのか、まるで反応がない。
なので、奏は顔を上げて更に言葉を紡いでいく。
「俺、ちゃんと頑張るから……!
心入れ換えて友達作るから……!
だから、だから……」
奏は、まるで叱られた子供のように涙声で謝罪を繰り返す。
自分の中の罪悪感を忘れたわけではない。
だが、それでもそれを言葉にすると、否応なしにひしひしと自らを責め立てる思いが強くなっていく。
明彦が自分の事をどう思っているのかが怖くなってくる。
表に出さないだけで、心の中では激昂しているのではないか、嫌われていないだろうか。
そんな不安感が再現なく膨らみ、彼女の精神を容赦なく圧迫していく。
(俺のこと、嫌いにならないでくれ……!)
その思いを言葉にしようと口を開いたその瞬間。
「ちょ、ちょっストップストップ!」
明彦が待ったをかけた。
「全然怒ってないから!
俺そんな泣かせる程怖い顔してたか!?」
慌てた様子で尋ねると、奏は無言でふるふると顔を横に降った。
「まぁ、そのあれだ。
俺の方こそごめん……
奏も……何て言うか、こういうの失礼かも知れないけど、慣れない友達づくりをさせられて、ストレスとか、悩みとか色々溜まってた筈なのに、気付けなくて……
きっと悪いのは俺なんだろ?
だから、そんな必死になって謝ってくれなくていいよ」
明彦は指先で頬を掻きながら申し訳なさそうに言うと、最後に弱々しく笑みを浮かべた。
(ああ、やっぱり俺、明彦のことが好きだ)
その表情に、優しさに、心と視線が奪われる。
そして、その気持ちは強く、大きく、揺るぎない。
奏は、杏佳の言う通り諦めることなんて出来ないのだと再確認した。
こんな真剣な気持ちだから、大切な思いだから、中途半端で終わらせたくない。
だから、今日、ちゃんと終わらせなければならない。
「明彦は優しいな。
俺なんかに気なんか使わなくていいのに」
「なに言ってんだ、友達なんだから気ぐらい使うだろ。
当たり前のことだよ」
(友達……か……)
あの時は嬉しかった筈の言葉がどこか重苦しく聞こえてしまう。
「ありがと。
そう言ってもらえると嬉しいよ」
奏は少しだけ悲しみの色が混じった笑顔を向けると、くるりと体の向きを変えて再び部室への道を歩いていく。
もう、言葉は決まった。
後は、この一人芝居の幕を下ろすだけだ。
部室のドアを開けると、中にはもう既に雪菜が居て、いつもの定位置に座って読書をしていた。
彼女は奏の姿を確認すると、パタリと本を閉じて真剣な眼差しを向ける。
「うい~っす」
当然ながらなにも知らない明彦は適当な挨拶を口にして、雪菜の隣にある自分の定位置に腰を下ろす。
が、直ぐにいつもと違う雰囲気に気づいたのか、不思議そうに奏と雪菜に交互に視線を向けた。
「えと……どうしたの?」
部室に入ったはいいものの、ずっと棒立ちしている奏に訪ねる。
彼女は視線を床に落としたまま、青いリュックの肩紐をきゅっと握り締める。
「あっ、あの……さ……」
奏は上目遣いになるぐらいに視線を上げてから口を開いた。
「突然でビックリするかも知れないけどさ、ちょっと大事な話があんだよ。
その……聞いて、くれるかな……?」
「ああ、うん……なに?」
彼女の視線は右に行ったり左に行ったりと落ち着きがなく、爪先で何度か床を叩いていた。
やはり落ち着きがない。
そんな奏の挙動に違和感を感じつつも、明彦は姿勢を正すように椅子に座り直した。
彼女の方も覚悟を決めたのか、姿勢を正してぶふうと息を吐く。
そして、真っ直ぐ明彦を見据える。
正直なところ、怖い。
この気持ちを自分が言うことで彼はどんな変化を見せるのか。
そんな事は誰にも分からない。
もしかしたらこの関係は終わってしまうかもしれない。
でも、こんな宙ぶらりんな気持ちをぶら下げたままだらだらと中途半端で歪な間柄でいるよりは、その方がまだましなのかもしれない。
それに、結局のところ、それは言わなくても一緒なのだ。
事実、この関係は一度終わりかけたのだから。
ならば、言うしかあるまい。
奏は自棄糞めいた思いに背中を押されながらゆっくりと口を開く。
「俺は、お前のことが好きだ」
それは、先程まで(こんな気持ちに背中を押されるなんて……俺、情け無さすぎる……)と、内心げんなりしていた彼女から出たものとは思えない程に意思の籠った芯のある言葉だった。
しかし、言われた明彦からすると、その告白はあまりにも唐突過ぎた。
パッと頭が真っ白になって言葉が出てこない。
彼がそうこうしている間に奏は新たな言葉を紡いでいく。
「ほんとは、あの部屋から出してもらった時から、少しその気はあったんだ。
でも、お前に関わっているうちに、きっと明彦は雪菜の事が好きなんだろうなって、分かっちゃったんだ。
それでも、明彦の事が好きだった。
雪菜に告白したって聞いた後もずっと……」
気付けば、奏の目からは涙が溢れていた。
彼との記憶を探る度、彼への思いを綴る度、胸がキリキリと締め付けられ、切なくなる。
涙が止まらなくなる。
もうすぐこの物語が終わってしまう。
奏は、なぜだかそれがとても悲しかった。
しかし、彼女の声が途切れる事はなかった。
前に進むと決めたから、結末をちゃんと受け止めると決めたから。
「俺だってもうだめだと思って何度も諦めようとしたんだ。
でも駄目だった。
明彦はいつだって優しくて、かっこよくて、憧れで……
どうしても好きなんだ……
だから、もう諦めない……!」
奏は袖でごしごしと涙を拭くと、もうほとんど睨んでいるような目付きで明彦を見つめながら叫んだ。
大きく息を吸って、出来る限りの気持ちと、力を込めて。
思いの丈をぶちまけた。
「私は、明彦のことが大好きです!!
世界で一番大切だと思ってます!!
ずっと一緒に居たい、声を聞きたい、顔を見たい!!
もし、明彦が許してくれるなら、この気持ちをあなたと分け合いたいんです!!
だから、私と付き合ってください!!
お願いします!!」
彼女は、決めていた台詞を言い終えると、ガバッと頭を下げた。
恥ずかしさからか、耳まで真っ赤にさせた奏。
明彦は、それを見てから困惑した表情で雪菜に視線を向けた。
彼女は、何故か泣いていた。
「お願い、真剣に答えてあげて。
それで、広瀬くんが望むなら「はい」って言ってあげて。
私との約束とかは、今は考えなくていいから……」
雪菜はずびっと鼻を啜り、涙をごしごしと拭ってそう言った。
明彦は少し驚いたような顔を浮かべるも、直ぐに彼女の意思を汲んだ様子で頷いた。
そして、今だ頭を上げられずにいる奏に視線を戻す。
「ごめん……
俺、今好きな人がいるんだ……
だから、奏とは付き合えない……」
明彦が重苦しい口調でそう答える。
訪れる沈黙。
まるで、この場所だけ時間の流れから切り取られて凍結しているようであった。
最早、秒針の刻む音だけが、この空間でも確かに時が進んでいる事を示す唯一の証拠だ。
どれくらい時間がたっただろうか。
奏がゆっくりと顔を上げた。
その目に、もう涙は残っていない。
「その好きな人ってのは……やっぱり雪菜か?」
「うん、そうだよ」
一瞬雪菜の表情に緊張が走ったが、それは要らぬ心配だったようだ。
「あはは……即答かよ……」
諦めか、呆れか、はたまた悲しみのせいなのか、その声は乾いていた。
「雪菜も明彦のことが好きなんだろ?」
奏はそれから奏に視線を向けて尋ねた。
「うっ、うん……好き……だよ……?」
雪菜は突然の質問に驚いた表情を見せると、机に置いていた本を顔を隠すように持ち上げ、恥ずかしそうに答えた。
「そっか……じゃあ、しょうがねぇな……」
そう言った奏の顔には、とても穏やかな笑顔が浮かんでいた。
こんなことは、とっくの昔に分かっていた。
でも、奏は今初めてその事実を受け入れられた気がした。
気持ちを声に出して、伝えて、相手もまたそれに答える。
そんな簡単な事だ。
なのに、何故かとても納得ができた。
頭で理解していたことが、漸く心でも理解することができた。
(ああ、漸く終われるのか……
この苦しみとも、この気持ちとも、お別れだ……)
下りていく物語の幕。
昂っていた気持ちがすぅっと落ち着いていくのが分かった。
勿論明彦が好きな気持ちは変わらない。
変わるはずがない。
でも、そこにあるのはただの燃え尽きた後の灰だ。
もう二度と燃えることはない。
美しく、明るく、熱い炎はもうきっと見ることはないだろう。
身の焦げるような痛みも、きっともう感じることはないのだろう。
少なくとも、彼のそばに雪菜がいる限り、雪菜のそばに彼がいる限り、それは揺るがない。
そう思うと、また涙が止まらなくなった。
(明彦を思って泣くのも、きっとこれで最後だな……)
何故か、彼女は直感的にそう思った。
この涙はさながらスタンデイングオベーション。
物語の余韻に浸る最後の瞬間。
「あのさ……奏……
一つ、お願い事があるんだ……」
「ん?
なんだよ、かしこまっちゃって」
恐る恐るといった様子で尋ねる明彦に、奏は涙を流したまま笑って見せた。
「そのお願いは多分、奏にとってとても辛いことだと思う。
俺自身、お前の好意を知ってこんなこと言うなんて最低だと思う。
それを分かった上で、聞いてくれるか……?」
「なんだよ今更。
いいよ、何でも言ってみろよ」
「これからも、俺と……いや、俺達と、友達でいてくれないか……?
俺は、これからも奏と一緒に居たい。
一緒にまた部室でバカやって、みんなで笑いたい。
だから――」
「いいよ」
徐々に力んでいく明彦の声とは対照的に、奏の声はひどく優しいものだった。
「ほんとに……いいのか……?」
驚きと遠慮が入り雑じったような表現で明彦が問う。
状況だけでいうと、今と過去の違いはない。
だから、きっと奏はまた苦しむ。
苦しんで、悩んで、今度こそ彼女の心は壊れてしまうのではないか。
明彦はそう思っていた。
だから、奏は当然断るだろうとふんでいたのだ。
しかし、彼女は「いいよ」と即答した。
「当たり前だろ?
俺だって大切な“友達”と別れるなんて嫌だからな」
そして、更に奏は明彦の予想だにしていなかった言葉を口にした。
「だから……ありがとうな。
ほら、俺からじゃなんとなく言いづらいじゃん……?」
ありがとう――
まさか、こんな最低なお願いをしてお礼を言われるなんて思っても見なかった明彦は、彼女の言葉に暫しの間呆けてしまう。
「いっ、いや……こちらこそ、ありがとう……
まさか、いいといってくれるなんて思ってなかったよ……」
漸く脳機能が回復した明彦は、申し訳なさそうに笑ってそう言った。
甘美な苦しみの中にいることと、寂しい平穏の中のいることは、どちらが幸せなのだろうか。
そんなの、分かるわけがない。
もしも答えがあるのだとすれば、それはきっと終わった時にわかるものなのだろう。
幸せかどうかなど、結局後付けなのだ。
過ぎ去って、ふと思い出したときに「あの頃は幸せだったな」と言える時間が幸せなのだ。
「じゃあ、改めて……
俺は、奏の友達でいていいかな……?」
「わっ、私も……!
奏ちゃんの友達でいたい……!
いいかな……?」
明彦と雪菜がどこか不安そうに尋ねる。
奏の心中は、彼らの願いにどう答えるかは、もう決まっていた。
この物語は奏にとって、そして周りにとって、どういったものだったのだろうか。
悲劇か、あるいは喜劇だったのか。
たとえ悲劇だったとしても、それは嘆くことではない。
これは人生という大長編の一幕でしかないのだ。
これから、凹んでいる暇なんてないほどに次々と新しい物語が始まっては終わっていく。
真っ白な台本を彩っていくのは彼女自身。
だから、奏は振り返らず進んでいく。
「ああ、勿論。
俺も、二人と友達でいたい……!」
酸いも甘いも、苦味も辛味も全部ぶちこんで、最後に最高に笑える喜劇で幕を下ろせるように。