―翌日―
早速だが、放課後である。
「うぃ~っす」
だらしない挨拶と共に明彦が部室のドアを開ける。
「おっ、来たな」
明彦が部室に入るやいなや、薫が席を立つ。
見ると、他の面子ももう既に揃っており、なにやら自分の荷物を纏めている。
かと思うと、今度は次々部室を後にしていく。
「なにを呆けているんだ。
広瀬君も早く行くぞ」
最後に部室を出ようとした薫が立ち尽くす明彦の肩に手を置く。
「行くって……どこに、ですか?」
「なにを言っている。
君は寝惚けているのか?
神崎君の家に決まってるだろう。
ほら、行くぞ」
そう言うと、薫が明彦の腕を引く。
明彦が体勢を立て直すと、薫は黙ってその手を放す。
「行くって言っても昨日は結局ろくな案も出なかったじゃないですか」
明彦は取り敢えず薫の後を追いながら言う。
「君はとんだ怠け者だな。
案がないなら模索すれば良いではないか。
それすら出来ないのならまず行動を起こすしかなかろう。
私の御母様も良く言っておられた。
『変わりたいのなら動け、出来ないと嘆くのはその後でいい』とな」
(昨日からなんなんだ?
この天猫院家語録は ……)
そう思いながらも納得した明彦は、しっかりと薫の後を追う。
神崎宅の前まで行くと、先に行った三人が玄関先で待機していた。
「なんだ、待っていなくても良かったのに」
「親しくない人の家のインターホンを押すなんて無理」
何処と無く嬉しそうな薫に、雪菜がキッパリといい放つ。
一方誠は物言わぬ人形のように首からぶら下げたノートパソコンに目をやっていた。
(今更だけど、説得云々の前に圧倒的戦力不足なんじゃ……)
なぜか堂々と仁王立ちしている雪菜と、一生懸命首を縦に振る美華、そして端からやる気のない誠を見ながら明彦は呆れたような表情を浮かべる。
「そうか、じゃあ仕方がないな」
少しトーンの落ちた声でそう言うと、薫がインターホンを押す。
ピーンポーンと大体お決まりの電子音が流れ、スピーカーから神崎母の声がしたかと思うと、その数秒後に玄関のドアが開く。
そこから神崎母が顔を出し、少しばかりの挨拶を交わして中へ招き入れる。
こういう状況も慣れてしまっているのか、神崎母は無言で奏の部屋まで案内すると、そのまま踵を返して廊下の角に消える。
何と無く重苦しい雰囲気の中、薫が部屋のドアをノックする。
―数十分後―
薫をはじめとするニコ研のメンバーは学校への帰路を歩いていた。
今日は昨日以上に気を使い、粘り強く説得を試みたのだが、やはりどんな言葉も軽くあしらわれてしまって話にならない。
そんな訳で、今はあの中二病をどうするかで目下議論を醸している。
「やっぱりここは私達も中二病になった方が」
「あほ、余計話が訳分かんなくなるだろ」
カッコいいポーズをとる雪菜の提案を明彦が一蹴する。
「だが、このままだと話が一向に進まない。
必要であればその中二病とやらの抗体を家から取り寄せるが……?」
「会長……中二病って、べつにウイルスじゃないですよ?」
真顔の薫に明彦が困惑気味にツッコミを入れる。
この人は未だに中二病がなんなのかを理解していない。
「あっ、ああああのっ……!」
「どうしたんですか?」
明彦が声の方に顔を向けると、美華が目を泳がせながら続ける。
「そっ、その……もしかしたら、あっああああなっちゃったのは、あの、えと、ひっ、引き篭った理由と、かっかかか関係、あるんじゃ……?」
「まぁ、確かに高校生まで中二病引き摺ってるのはなんかしら理由があるかも知れませんけど……」
明彦が黙り込むのを皮切りに、五人は暫しシンキングタイムに入る。
が、その後口を開く者はいなかった。
次の日も、その次の日も、奏はそんな態度を取り続けた。
一向に進展しない現状に、ニコ研のメンバーの精神的疲労も相当なものとなっていた。
そんな四日目――
五人は相も変わらず奏の部屋の前に居た。
「毎日毎日懲りないな。
止めたかったらそう言えばいいじゃねぇか」
「言ったら出てきてくれんのか?」
開口一番に毒づく奏に、明彦が半ばうんざりした様子で尋ねる。
「はっ、まさか……!
いつも言っているだろ、俺には鬼門(ゲート)を守るという使命が――」
「なぁ、そろそろ本当の話をしてくれないか?」
いつもの調子で返ってくる台詞を遮って明彦が言う。
「……言って、それでなんになんだ」
「言ってくれればこちらちもそれなりの対処をする。
神崎君が安心して学校に戻れるように全力でサポートする」
その質問には薫が答えた。
「外に出てさ、一緒に話そうぜ。
俺、お前のその話し方嫌いじゃないよ」
その後に続いて明彦が言う。
「はっ、なにを言ってんだ?
どうせ俺が外に出れば、あんたらはそれで終わりなんだろ?
一人の人を救ったなんて勝手に思い上がって、それでめでたしめでたしか?
ふざけるなよ……?
俺は絶対に外に出ないからな」
奏の言葉を聞き終えたその時、明彦の中でなにかが切れる音がした。
「ふざけてんのはお前の方だろ……!
こっちは真面目に話してんのにふざけた返事ばっかりで会話をしようともしないじゃねぇか!!
そのくせ自分はいつでも外に出れるみたいな口振りしやがって!!
結局は外に出るのが怖いんだろ?
変に強がってんじゃねぇよ!!
大体、入学して数日で虐めなんてあるわけねぇんだ、過去になにがあったか知らねぇけど下らねえんだよ!!
なんで過ぎた事にそんなに固執するだよ、そんなんさっさと忘れて前を――」
明彦が今まで溜まっていた苛立ちをぶちまけるも、その言葉は頬を打つ乾いた音によって掻き消される。
「下らなくなんかない……」
平手を振り切った体勢の雪菜が呟く
「下らなくなんかないよ!!
世の中には立ち直れないほど心に深い傷を負ってる人だって沢山いるのに……なんであんたはそんなこと言えるの!?」
雪菜の目は本気だった。
頬を紅潮させ、目尻に涙を溜めながら、まるで親の仇でも見るかのような目付きで明彦を睨む。
「どうせあんたはそんな経験ないんでしょ?
周りから否定されて、自分がなんなのかすら解らなくなるような経験も、自分が壊れちゃいそうな苦しみも……!!
それなのに人の過去を嘲笑って良い筈ない!!」
最後の言葉を絞り出すように言うと、雪菜の目から涙か溢れる。
四人はただただ唖然としていた。
会ってまだ二週間弱しか経っていない明彦は勿論だが、美華と、誠、そして薫ですらここまで感情的な雪菜を見たのは初めてだった。
「……あの……その、ごめん……
ちょっと、っていうか滅茶苦茶不謹慎だった……」
熱くなっていた頭が急激に冷えていくのを感じ、明彦が素直に謝罪する。
「バカぁ、グスッ……
謝るのは、私じゃ、ないでしょ……ヒック……」
雪菜はまだ感情が不安定なのか、止めどなく溢れる涙を拭い、しゃくりを上げながら指摘する。
そんな状態の雪菜の対応に明彦が戸惑っていると、不意に部屋のドアが僅かに開く。
「今の、誰……?」
先程までとは少し雰囲気の違う声音で奏が尋ねる。
「……?
私、だけど……」
雪菜が怪訝そうに答える。
「今、結界を解いた。
お前は入っていい」
「……え?」
「早くしろ、組織に気づかれる」
「うっ、うん」
雪菜は慌てていつの間にか止まっていた涙を拭い切り、奏の部屋の中へと入っていく。
パタン――
ドアが閉まる音が廊下に響き、それと同時に明彦が溜め息をつく。
「いやぁ、本当にお前は地雷原に飛び込むの好きな」
からかうような口調で誠が言う。
「すいません……
つい、カッとなって……」
明彦が曇り切った表情を誠に向ける。
「まあ、そう気を落とすな。
君は自分の感情に任せ、相手の気持ちも考えずに怒鳴った挙げ句、相手を傷つけ、冬野君を怒らせた。
しかし、結果として今まで果たせなかった本人との接触に成功したんだ。
所謂結果オーライというやつだ」
「会長、怒ってます……?」
全くフォローになっていないどころか、傷口を抉るような薫の言葉に、明彦が表情を青くさせる。
「でもまぁこれであいつが収穫なしだったら、お前責任重大だぞ?」
「うっ……」
誠の言葉で明彦の表情は更に暗くなる。
「でっ、でも、どうしてあいつは冬野を部屋に入れる気になったんですかね」
明彦は無理矢理明るい表情を作って話題を変える。
「さぁ、同類だと思われたんじゃねぇの?」
「それは……」
良いのか悪いのか、その後に続く言葉が見当たらず、明彦は微妙な顔を浮かべる。
そして、その次の瞬間、無情にも雪菜が部屋から出てくる。
僅か数分――いや、下手したら分もいかない程の時間であった。
早すぎる雪菜の登場に明彦の顔が再び青ざめる。
「あっ、あの……冬野……さん?」
明彦は藁をも掴む思いで結果を尋ねる。
「ダメだった……」
残酷な雪菜の答えに、明彦の顔面から大量の冷や汗が溢れ出る。
「あ~あ、やっちまったな。
こりゃ責任とってお前がなんとかしないとな。
一人で……」
誠が相変わらず軽い口調で追い撃ちを掛ける。
「いっ、いやいやいや……冗談ですよね?」
明らかに冗談じゃない雰囲気を醸し出す誠。
「かっ、会長!
会長はそんな事言いませんよね?
俺一人でなんて……ねぇ?」
「すまない。
流石にこれは弁護しかねる」
薫が至って真面目な表情で応える。
「会長、やっぱり怒ってます!?」
「いや、流石にこれ以降全部丸投げという訳ではない。
ただ、少なくとも元の起動に戻るまでは君に何とかしてもらいたいのだが……」
「うわぁぁぁ、冬野ぉぉぉ!!
なんとかしてくれぇ、俺らタメだろ!?」
「うっさい。
ってかキモい」
とうとう味方のいなくなった明彦は雪菜に泣き付くが、あっさりと一蹴されてしまう。
(あれ?
やっぱり私、当てにされてない……?)
完全に蚊帳の外の美華は、目尻に涙を溜めながらポツリとそう思うのであった。
結局この落とし前は明彦個人が取る事になり、その日は撤退する事になった。
気まずさか、この先の不安からか、五人は無言のまま学校の敷地内に戻る。
校門をくぐったところで先頭に立っていた薫が振り返る。
「じゃあ、今日はみんな荷物を持ってるし、ここで解散だ」
薫はそう言うと、一足先に寮へと向かう。
誠も無言でその後に続く。
「あっ、ああああのっ、もし、良かったらなっななななんでも、相談してね?」
「立花先輩……」
明彦が救われたように美華の方に顔を向けると、美華はにっこりと微笑んで寮の方へと歩みを進める。
「携帯、持ってる?」
美華がある程度離れたところで雪菜が不意に言う。
「え?
ああ、持ってるけど……」
「貸して」
明彦が戸惑いながら答えると、雪菜がスッと手を差し出す。
「いや、なんで?」
「いいから貸して」
「だからなんでだよ」
「うっさい、貸せ」
「おい、怒るぞ?」
明彦がそう言うと、雪菜は憮然そうな表情のまま頬を赤らめ、視線を斜め下に落とす。
「めっ、メアド……交換、する。
ひっ、広瀬君が言う通り、私達、そのっ、同級生……だから、えと、後々必要になる、かなって……」
「なっ、なんだ、そういうことか。
だったら最初っからそう言えよな……」
もじもじしながらそう告げる雪菜を不覚にも可愛いと思ってしまった明彦は、気恥ずかしそうに携帯電話を差し出す。
「アンドロイド?」
雪菜は明彦のスマートフォンを両手で受け取って尋ねる。
「え?
あっ、あ~うん。
そう」
明彦は一瞬何を訊かれたのかと混乱するが、直ぐに携帯電話の事だと理解し、頷く。
「じゃあ、赤外線できるね。
……ロック開けて」
雪菜は一旦明彦に携帯電話を返すと、その間に自分のそれを取り出す。
「はい」
「ん……」
雪菜は明彦から携帯電話を受け取ると、手際よく操作し お互いのメールアドレスを交換する。
「はい」
「おお、ありがと……」
この高校に来て初めて手にいれたアドレスがこの冬野 雪菜というのは何とも言えないが、それでもやはり嬉しさはゼロでなかった。
明彦は微かな嬉しさを胸中にしまい込むがごとく、丁重に携帯電話をポケットに入れる。
「なぁ、神崎の事なんだけど……」
もしかしたらこの流れで雪菜が協力してくれるかもしれない。
そう考えた明彦は一縷の望みを掛けて話してみる。
「それは関係ない。
自分で考えて」
明彦の一縷の希望はいとも簡単に吹き消された。
「いや……でもさ……」
明彦は目尻に涙を溜めながら雪菜に食い下がる。
「今日は徹夜で解決策考えろよ」
しかし、無情にも雪菜はそう残してその場を去る。
明彦が呆然とその場に立ち尽くしていると、少し行った所で雪菜が振り返る。
「なんてね、嘘だよ」といった具合の茶目っ気のある一言が返ってくるのではないかと、明彦は神に祈るような気持ちで期待する。
「いい?
絶対寝ちゃダメだからね!」
が、雪菜の言葉は茶目っ気どころか、暖かみすらほぼ皆無であった。
世の中神も仏もあったもんじゃない
明彦は踵を返す雪菜を見ながらそんな事を考える。
結局、明彦は誰の協力も得る事なく打開策を考える事になった。
美華はああ言ってくれたが、連絡先も部屋番号も知らないのでほぼ無意味だった。
明彦はベッドの隣にある背の低いテーブルの前に座り込み、 なにかないものかと必死に考える。
が、いくら考えようとも、ろくな考えなど浮かんでこない。
まぁ、当然といえば当然である。
明彦にはその手の専門知識など有りはしない。
過去に心を傷付けられた事もない。
人生の苦しみや痛みなんて知らない。
「俺、普段あんまり意識してなかったけど……結構幸せだったのかな……」
明彦はおもむろに体を横にしながら呟く。
(いや、ダメだダメだ)
明彦は首をブンブンと横に振る。
今は幸せを噛み締めている時ではない。
奏をどうするか、これが最優先の案件だ。
明彦は気を引き締め、再び黙考する。
奏と明彦は対等ではない。
故に説得の場合も同じ立場で話すことはできない。
これはあっちが上でこっちが下といったような単純な上下関係ではない。
言い替えれば“役”。
奏に対して明彦はどのような存在であるべきなのか、つまりはそういう事だ。
しかし、それが分かれば苦労はしないし、今日のような事になることもなかった筈だ。
断じて忍耐力が無かったとか、怒りっぽいとかそんな理由ではない。
……多分。
「だぁぁぁぁぁっ!!」
明彦は横になっていた体を起こし、髪を掻きむしる。
「ってかこれってカウンセラーとかがやるレベルじゃね?」
そして、 溜め息と一緒に弱音を吐き、ガックリと項垂れる。
丁度その時であった。
ヴヴヴ……ヴヴヴ――
ベッドの枕元で充電していた携帯電話が唸りを上げる。
明彦は一旦思考を停止させ、携帯電話の液晶に目をやる。
「え……?」
幾つかの操作を終え、差出人の名前を見た瞬間、明彦の目が一回り大きくなる。
なんと、そのメールの送り主は雪菜だったのだ。
明彦は咄嗟に時計に視線を送る。
同じく枕元にあるデジタル目覚まし時計は十一時五十八分を示していた。
『今日は徹夜で解決策を考えろよ』――
(ってか俺、どんだけ考えてたんだよ……)
という自身に対する呆れと同時に、別れ際の雪菜の言葉が思い出される。
(ああ言ったのはこのメールを見てもらうため……?
いや、まさかな……)
明彦の指が雪菜のメールをタップする。
『夜分遅くごめんなさい。もし、これを見たのなら返信してください。神崎さんについて話したい事があります』
そのまさかであった。
雪菜は明彦を見捨ててはいなかった。
それどころか、これ以上ないというような情報を提供してくれるというのだ。
前言撤回、やはり神はいる。
心の中で何度も神に謝礼を述べながら、明彦は急いで雪菜に返信を送る。
すると、数秒後にメールが返ってくる。
『これから言うことは他言無用です。絶対に他人に話したりしないでください。話したらあなたは死にます、絶対です。
神崎さんはこの話を誰にも聞かれたくないから私とメールでやり取りする事を提案しました。
もし、この条件が守れないと言うのなら、次のメールは送れません』
『分かった。絶対に言わないし、悟られないようにする』
明彦はそう返信する。
が、今度は直ぐには返ってこない。
明彦は充電器を外し、携帯電話を机の上に置いてその前に正座する。
数分後、再び携帯電話のバイブが唸りを上げる。
明彦はまるで魚を岸に弾き飛ばす熊のようにそれを掴み取り、素早くメールを確認する。
当然ではあるが、差出人は雪菜であった。
メールを開くと、かなりの長文がびっしりと列を成していた。
どうやら奏は昔から人とコミュニケーションを取るのが苦手なタイプらしい。
他人と上手く会話が出来ず、よく話題がすれ違ってしまうようだ。
その内、なにを話せばいいのかさえ分からなくなり、徐々に孤立してしまった。
やがて、周りの人と話が合わないのは自分がこの世界の人間ではないからだという悟りを開き、邪気眼を開眼。
しかし、それは徒に孤立を加速させる事しか出来なかった。
当然である。
酷く中二病を拗らせてしまった奏は、以前よりも和を掛けて人とコミュニケーションを取ることが困難になってしまったのだ。
他人が認めてくれないから他人を引き離し、自分の殻に閉じ籠る。
そんな悪循環を繰り返す内に、自分でもどうしようもない程の溝が他人との間に出来てしまっていた。
それに気付いた奏は愕然とした。
誰も自分に触れない、気が付かない、まるで自分だけ本当に異世界に居るような、そんな気持ちに駆られ奏は自分の部屋へ引き篭った。
だが、奏は諦めなかった。
自分の中学からは誰も行かないような難関高校に行き、新しい環境で自分を変えようとした。
引き篭っているので時間はたっぷりあった。
奏は一日の殆んどの時間を勉強に当て、必死に努力した。
そのかいあってか、見事私立自由ヶ原高校に合格。
中学もなんとか卒業し、とうとう高校生デビューを果たした。
が、結局なにも変わらなかった。
台所の油汚れの如くこびりついた中二病や、自己防衛のための線引きを変えることは出来なかった。
奏は自分はやはり外に出るべきではないと、再び部屋へと閉じ籠った。
これで終わりかと思った明彦が指を上にスライドさせると、最後にまだ少し文章が残っていた。
『神崎さんは本当はこのままじゃいけないって事が分かっています。母親に心配掛けている事や、先生や私達に迷惑を掛けているという自覚も有ります。でも彼女は怖いんです。外に出たらまた孤立するんじゃないか、またなにもできない自分に絶望するんじゃないかって』
『ありがとう、ためになった』
明彦はそう返信すると、携帯電話を机の上に置き、無造作に置かれていたシャープペンを手に取る。
そして、おもむろにノートになにかを書き込もうとしたその時、雪菜からの返信がくる。
『なんか押し付ける感じになってすいません。本当だったら私が説得するべきなんですけど、先輩たちがあんなんだし・・・
お願いします。私の代わりに神崎さんを助けてあげて下さい』
『いいって、俺が馬鹿なのがいけないんだし・・・
神崎の事は何とかする。だから、任せて』
『うん。頑張ってね』
『なんか、冬野ってメールだと雰囲気ちがくね?』
話が一段落し、明彦は今まで少し気になっていた事を訊く。
『うっさい馬鹿!
そんなメール送ってる暇があるならさっさと神崎さんの説得方法考えろ!』
やはりいつもの雪菜だった。
明彦は少しがっかりした様子で笑みを溢すと、気を取り直して机に向かう。
それから明彦は必死に考えた。
最初は自分の尻拭いのつもりだったが、雪菜のメールを見て、意識がガラリと変わった。
明彦は今まで他人とのコミュニケーションで上手くいかなかった事など殆んどない。
自分はそれが普通だと思っていたし、周りもそれが出来ると思っていた。
が、実際には違った。
奏は現にそれが出来ずに苦しんでいる。
しかし、たったそれだけの理由で自分の青春を、薔薇色のスクールデイズを棒に振るのはあまりにも不憫ではないか 。
助けてあげたい、力になってあげたい。
今明彦を動かしているのはそういった良心だった。