忌譚百景   作:埴輪庭

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蟲毒のハコ③

 ◆

 

「合同会社アーバンネスト・ホールディングス」。

 

 マリスネスト四番館の登記情報に記されていた、謎めいた所有者。

 

 小島はこの法人の仮面を剥ぎ取るべく、あらゆるオンラインツールを駆使してその実態に迫ろうと試みた。

 

 法人登記の履歴、役員の名前、資本金の流れ、そして、かすかな繋がりが疑われる関連企業のリストアップ。

 

 指はキーボードの上を滑るように動き、画面には次々と新たな情報ウィンドウが開かれては閉じられていく。

 

 しかし、相手も巧妙だった。

 

 登記上の本店所在地は、都心の一等地に立つ、いかにも胡散臭いバーチャルオフィス。

 

 電話番号は現在使われていないアナウンスが流れるだけ。

 

 役員として名を連ねる数人の人物も、調べれば調べるほど、その実在すら怪しく思えてくる。

 

 休眠会社を複数経由し、複雑に所有関係を偽装しているのだろう。

 

 この「アーバンネスト・ホールディングス」という存在が、意図的にその素性を隠そうとしていることだけはもはや疑いようがなかった。

 

 小島の探求心はまるで厚い壁に阻まれたかのように、一時的な停滞を余儀なくされるい

 

 だが、彼はそこで思考を切り替えた。

 

 ──直接的な突破口が見えないのなら、迂回するまでだ

 

 過去の新聞記事のデジタルアーカイブにアクセスし、検索窓にいくつかのキーワードを打ち込んだ。

 

 ──「地面師詐欺」「不動産」「倒産」「自殺」

 

 そして、マリスネスト四番館が建つ地区の名前。

 

 膨大な検索結果の中から、小島の目がある一つの記事に吸い寄せられる。

 

 それは今から約十年前に地方紙に掲載された記事だった。

 

 小島はその記事のテキストデータを自身の調査ファイルにコピー&ペーストし、内容を注意深く読み解いていく。

 

 §

 

『中小不動産業者、地面師被害で倒産 社長は自宅で自殺か』

 

「……市内を中心に営業していた中小不動産開発会社『株式会社陽だまりホーム』が、大規模な地面師詐欺の被害に遭い、多額の負債を抱え事実上倒産したことが明らかになった。関係者によると、同社社長の日野正孝氏(当時五十八歳)は、数日前から連絡が取れない状態が続いていたが、昨日、自宅の書斎で首を吊って死亡しているのが発見された。遺書のようなものも残されており、警察は自殺と見て捜査を進めている。地面師グループは巧妙な手口で同社を欺き、被害額は数億円規模に上ると見られている……」

 

 §

 

「株式会社陽だまりホーム」

 

「日野正孝」

 

 小島はこれらの固有名詞を新たな検索クエリとして、さらに深掘りを開始した。

 

 すると糸が手繰り寄せられるように、いくつかの興味深い事実が浮かび上がってきた。

 

 倒産した「陽だまりホーム」の当時の顧問弁護士事務所。

 

 その事務所が数年後、奇しくも「合同会社アーバンネスト・ホールディングス」の設立に関与していたことを示す記録。

 

 点のようだった情報が徐々に線として繋がり始める予感に、小島の心臓が微かに高鳴る。

 

 そして決定的な情報が彼の目に飛び込んできた。

 

 日野正孝。

 

 その自殺した社長には、当時まだ大学生だった一人息子がいたのだ。

 

 その息子の名前は、日野和臣。

 

 小島は数年前に発行された地方経済誌のウェブ版バックナンバーの中から、ある経営者インタビュー記事を発見した。

 

 モニターに映し出されたのは、若々しくも、どこか影のある精悍な顔つきをした日野和臣の写真と、美辞麗句で塗り固められた彼のサクセスストーリーだった。

 

 §

 

『父の無念を胸に、若き獅子が不動産業界の浄化に挑む! アーバンネスト・コンサルティング 日野和臣代表インタビュー』

 

「十年前、悪質な地面師詐欺によって父と会社を奪われた悲劇を乗り越え、日野和臣氏は自ら不動産コンサルティング会社『アーバンネスト・コンサルティング』を設立。父の夢を継ぎ、業界の旧弊を打ち破るべく奮闘する若き経営者の姿を追った……」

 

 §

 

「アーバンネスト・コンサルティング」。

 

 それは「合同会社アーバンネスト・ホールディングス」の前身、あるいは密接な関連会社であることはもはや疑いようもなかった。

 

 小島は画面の中の涼やかな笑みを浮かべる日野和臣の写真と、マリスネスト四番館で起きた数々の悲劇を、頭の中で重ね合わせる。

 

 父の悲劇的な死。

 

 その無念をバネにしたという息子の「美談」。

 

 しかしその裏で蠢く、マリスネスト四番館という「蟲毒の壺」の存在。

 

 強烈な違和感と、得体の知れない厭な予感が、まるで小島の思考に冷たい霧のように広がっていく。

 

 この日野和臣という男がマリスネスト四番館の、そして「合同会社アーバンネスト・ホールディングス」の実質的な支配者である──小島は、ほぼ確信に近い直感を抱いていた。

 

 日野和臣と「アーバンネスト」の名義で登記されている他の物件についても、調査の範囲を広げてみる。

 

 その結果は、彼の背筋を凍らせるには十分だった。

 

 日野和臣が所有、または管理に関わっている複数の物件──そのどれもが、マリスネスト四番館と同様に、過去に何らかの「事故」が発生し、市場価格よりも不自然に安い賃料で貸し出されている、いわゆる「事故物件」だったのだ。

 

 そして、それらの「事故」の多くが、日野和臣がその物件のオーナーシップを得た後に、まるで計画されたかのように発生していた。

 

 ──おいおい……

 

 小島の思考が、一瞬停止する。

 

「日野和臣は、意図的に事故物件を……作り出している?」

 

 その目的は、一体何なのだ。

 

 知りたい。

 

 小島はそう思うがしかし。

 

 知りたくない。

 

 そう思う自分もいることに気づいた。

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