忌譚百景   作:埴輪庭

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ヒツギノムラ③

 ◆

 

 取材から一週間後、動画が完成した。

 

 タイトルは「平均寿命90歳超! 長寿村・灯之村の秘密に迫る」。

 

 二十分の本編に、村の美しい風景と穏やかな人々の暮らしを凝縮した。

 

 編集作業は思ったより時間がかかった。

 

 あの不思議な挨拶をどう扱うか、最後まで悩んだからだ。

 

 結局、「村独特の歓迎の挨拶」として軽く触れる程度にとどめた。

 

 掌を上に向けて差し出す仕草の映像と、観光客などは同じ仕草をとってはならないことも伝えた。

 

 余りそういうネガティブな要素をいれたくはなかったが、こういう事を端折るとろくな事がない。

 

 最悪クレーム沙汰になる。

 

 サムネイルには、棚田と青空を背景に微笑む村長の写真を使った。

 

「健康長寿の秘密はシンプルな暮らしにあり」というキャッチコピーを添えて。

 

 金曜日の夜八時、いつもの時間に動画を公開した。

 

 最初の一時間で再生回数は五千を超えた。

 

 コメント欄にも反応が次々と寄せられる。

 

「素敵な村ですね! 行ってみたくなりました」

 

「おばあちゃんと一緒に見ています。長生きの秘訣、参考になります」

 

「空気が綺麗そう。都会の生活に疲れたらこういう場所で暮らしたい」

 

 好意的なコメントばかりだった。

 

 翌朝、再生回数は五万を突破していた。

 

 私のチャンネルでは上位に入る数字だ。

 

 灯之村の観光課からもお礼のメールが届いた。

 

「素晴らしい動画をありがとうございました。早速問い合わせが増えています」

 

 田中さんの喜びが文面から伝わってきた。

 

 それから数日、動画の反響は続いた。

 

 再生回数は五十万を超え、高評価も九割以上。

 

 チャンネル登録者数も相当増えた。

 

 灯之村への注目度は確実に上がっているようだ。

 

 まあタイミングが良かったのだと思う。

 

 動画作成をしていると、これといった理由が良くわからなくてもいきなり数字が跳ねたりすることがままある。

 

 ところが動画公開から一週間後、奇妙なDMが届いた。

 

「動画見て灯之村に行きました。素敵な場所でしたが、帰ってから熱が出て……」

 

 送り主は二十代の女性らしい。

 

 プロフィール写真には笑顔の若い女性が写っていた。

 

 私は返信を打った。

 

「コメントありがとうございます。体調はいかがですか? 旅の疲れかもしれませんね」

 

 すぐに返事が来た。

 

「三十八度の熱が二日続きました。今は下がりましたが、すごくだるくて。友達も一緒に行ったんですが、彼女も同じ症状です」

 

 二人とも同じ症状というのが気になった。

 

 もしかして、村で何か風邪でも流行っているのだろうか。

 

「お大事にしてください。念のため病院で診てもらった方がいいかもしれませんね」

 

 そう返信して、少し心配になった。

 

 三日後、また別のDMが届いた。

 

「灯之村から帰ってきて、熱が出ました。素晴らしい村でしたが、ちょっとはしゃぎすぎてしまったみたいです」

 

 今度は四十代の男性からだった。

 

 症状は前の女性と同じ。

 

 三十八度前後の発熱と強い倦怠感。

 

 偶然、だろうか? いや。

 

 村で感染症が流行している可能性がある。

 

 私はすぐに灯之村の観光課に電話をかけた。

 

「もしもし、SONOKOです。実は心配なことがありまして」

 

「どうされました?」

 

 田中さんの明るい声が聞こえた。

 

「動画を見て村を訪れた方から、帰宅後に発熱したという連絡を複数いただいたんです。村で風邪や感染症が流行っていませんか?」

 

 電話の向こうで沈黙があった。

 

「え? 発熱ですか……」

 

「はい。三十八度前後の熱と倦怠感だそうです。もし何か流行っているなら、観光客の方々に注意喚起した方が」

 

「いえ、特に村では何も流行っていませんよ。診療所からもそんな報告は受けていません」

 

 田中さんの声は困惑しているようだった。

 

「でも、複数の方から同じような症状の報告が」

 

「山の気候に慣れていない方は、体調を崩しやすいですからね。朝晩の寒暖差も大きいですし」

 

 確かにそれも一理ある。

 

 でも、症状が似すぎている気がした。

 

「念のため、診療所の先生に確認していただけませんか?」

 

「わかりました。確認して折り返しご連絡します」

 

 電話を切った後、私は他に考えられる原因を探った。

 

 水質の問題だろうか。

 

 でも、私は何ともなかった。

 

 食べ物? 

 

 でも、報告をくれた人たちが全員同じものを食べたとは限らない。

 

 その週末、さらにもう一件のDMが届いた。

 

「灯之村、最高でした! でも帰宅後に熱が出て寝込みました。ただの風邪にしては長引いてしまって──インフルエンザかと思って検査したけど陰性でした」

 

 三人目だった。

 

 しかも、インフルエンザではないという。

 

 私は保健所に相談すべきか悩んだ。

 

 でも、何と説明すればいいのか。

 

「動画で紹介した村に行った人が、帰ってから熱を出しているようです」

 

 これでは単なる偶然と片付けられそうだ。

 

 田中さんから折り返しの電話があった。

 

「診療所に確認しましたが、村民に発熱の患者は出ていないそうです」

 

「そうですか……」

 

「ただ、先生がおっしゃるには、都会から来た方は免疫が弱っていることもあるので、山の環境で一時的に体調を崩すことはあるそうです」

 

 医師の見解なら、そうなのかもしれない。

 

 でも、釈然としない気持ちは残った。

 

「観光客の方々には、体調管理に気をつけるよう呼びかけた方がいいかもしれませんね」

 

「そうですね。ホームページにも注意書きを載せておきます」

 

 電話を切った後、私はDMをくれた三人に詳しく話を聞くことにした。

 

 全員に共通していたのは、村を訪れてから二、三日後に発熱したこと。

 

 症状は三十八度前後の熱と倦怠感で、三日から五日で回復していた。

 

 病院で検査を受けた人もいたが、特定の病原体は見つからなかった。

 

「お医者さんには、疲労と環境の変化によるものだろうと言われました」

 

 最初にDMをくれた女性はそう話した。

 

 それが一番合理的な説明だろう。

 

 都会の生活に慣れた人が、急に山奥の村を訪れる。

 

 長時間の運転、慣れない環境、気温差。

 

 体調を崩す要因はいくらでもある。

 

 でも、なぜ私は大丈夫だったのか。

 

 取材で慣れているからだろうか。

 

 それとも、たまたま体調が良かっただけか。

 

 動画のコメント欄にも、発熱の報告が増えてきた。

 

「先週行ってきました! 村の人たち親切でした。でも帰ってから微熱が続いて」

 

「私も熱出ました。でも村は本当に素敵だったので後悔はしていません」

 

「体調崩したけど、また行きたいです」

 

 また行きたいという声が多い。

 

 そこで私は追加の動画を撮ることにした。

 

「灯之村を訪れる際の注意点」というタイトルで、体調管理の重要性を伝える内容だ。

 

「山間部の村なので、朝晩の寒暖差が激しいです。上着を必ず持参してください」

 

「長時間の山道運転になるので、途中で休憩を取りながら向かってください」

 

「都会との環境の違いで体調を崩す方もいるようです。無理のない日程で訪問を」

 

 カメラに向かって、できるだけ具体的なアドバイスを述べた。

 

 これで少しは発熱の報告が減るだろうか。

 

 その夜、ベッドに入ってからも考え続けた。

 

 本当に環境の変化だけが原因なのか。

 

 もし村に何か問題があるなら、私には責任がある。

 

 動画を見て村を訪れた人たちが体調を崩しているのだから。

 

 でも村の診療所では患者は出ていないという。

 

 観光客だけが発熱するなんて、そんなことがあるだろうか。

 

 窓の外では都会の夜景がいつも通り輝いている。

 

 あの山奥の村とは、まるで別世界のようだ。

 

 明日、もう一度詳しく調べてみよう。

 

 発熱した人たちの共通点を探れば、何か見つかるかもしれない。

 

 宿泊した場所、食事の内容、訪れた場所。

 

 どこかに原因があるはずだ。

 

 私は目を閉じて、無理やり眠ろうとした。

 

 でも、頭の中では疑問がぐるぐると回り続ける。

 

 なぜ観光客だけが……。

 

 なぜ私は大丈夫だったのか……。

 

 翌朝、新たなDMが三件届いていた。

 

 一件は灯之村から帰った後の発熱報告だった。

 

 もう二件は──()()からの連絡であった。

 

 私の親族ではない。

 

 村へ行ったリスナーの親族だ。

 

 2人共、亡くなったらしい。

 

 原因は原因不明の心臓発作、もう一人は事故死。

 

 これからも応援しています──というような内容だった。

 

 生前リスナーがとても楽しそうに動画を見ていて、それで思わずこう、お礼をしたくなったんだとか。

 

 まあ、故人がよくよくハマっているコンテンツのクリエイターに遺族がお礼をする──というような事はあるにはある。

 

 あるのだが──。

 

 私の脳裏に、なぜか()()()()がぼんやりと浮かびあがった。

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