「異世界転移でしょう?チート貰えるんでしょう?んじゃハーレムでしょう!」
こんなどうしようもない事抜かしていた愚かしい童貞が、異世界転移してきて半年経った。半年ってのは19歳の多感をちょいと過ぎ始めたお年頃にも結構長い年月なもんで、その間に愚かしい童貞は、ちょっとだけ賢く愚かしい童貞に進化しました。やったね。具体的に何が賢くなったかと言うと。
「おはよ、シューマ。今日もハーレムの女の子、探しにいくの?」
「もう許してくださいっ......!」
そんなもん、童貞には作れっこないって理解できたこと。
枕をかぶって苦しむ俺を見て、黒い髪の女の子、エイラは満足そうに笑った。
エイラとの馴れ初めは、この世界に来てすぐだった。神様の親切ってのは結構中途半端なもんで、魔法チートとか言葉の翻訳なんかはくれた割に、転移した場所は訳の分からない森の中。看板も遊歩道もありゃしなかったんで、ゴリラみたいにしばらくウロウロしてたら、その内きったねぇ耳障りな鳴き声と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
駆け足でそっちのほうを覗いてみると、聞いてた鳴き声以上にきったねぇ容姿をしたゴブリンがたっぷり20匹、エスプレッソ色のローブを着た黒髪の女の子1人に追い縋って地面に組み伏せようとしてるところだった。
助けなきゃ。そう思って、猫騙しくらいの気持ちでぶっ放した雷系の魔法が、マイティ・ソーでも暴れたのかってくらいの火力でゴブリンだけを正確に薙ぎ倒した。
なんだか恐ろしい、自分の身には余るものを頂いてしまったんじゃないだろうかと、焼け焦げて気絶してるゴブリン達の惨状に戦々恐々してると、尻餅ついてた女の子がヨロヨロ立ち上がってきた。
「あ、あの...ありがとう、ございます」
「え?あ、いやいや...そんな大したことじゃないんで、はい」
涙が出そうになるくらい緊張してるバカが1匹。ゴブリンよりきったねぇのなんのって。髭剃り忘れてるし寝癖も付いたままの状態で転移させられちゃったもんだから。泣きたいのは魔物2連戦を強いられた女の子だよ。下柳だったらグローブ叩きつけてる。
けれどその子は大変に優れた形態生物学者でいらっしゃったようで、どうやらゴブリンと童貞の違いが分かるらしかった。彼女はローブについた汚れを払いながら、おずおずと控えめに名乗りをあげた。
「も、もしかして、このあたりの方......ですか?ボク、エイラって言います。あなたは...?」
異世界で初めて会ったのがボクっ娘かよとか、もしかしてこれ運命の出会いってやつじゃないのとか、よく見たら顔めっちゃ可愛くねとか、色々考えはしたけれど。こういう時かっこいい名乗りをするのが良いと俺のサブカル経験値が囁いていた。
なるほど、かっこいい名乗りか。任せろ。なんのために色々な作品に触れてきたと思っている。
そんなTOEIC942点で都内タワマン85階住み、ランボルギーニムルシエラゴをフルパワー閉扉してるIQ53万を誇る俺の脳内CPUが弾き出した回答は。
「あ、えっと、い...伊藤、です」
今でも思う。あの時死ねば良かったのに。
それからの半年で、まぁ、色々とあった。盆と正月に6ヶ月分殴られ続けた感じだった。
冒険者ギルドでスカウターみたいなのをぶっ壊した余波で、怪我した人の治療費を一部請求されたり。
魔法使いであるエイラと役回りが被るってことで、魔法チート貰ってるのにわざわざ剣を握るようになったり。
幽霊屋敷に丸一日詰め込まれて、昼夜を問わず襲ってくるゴーストたちをボコボコにしまくったら、床とか天井とか壁とか、あらゆる所を穴だらけにしたせいで、報酬と称してその家を押し付けられたり。
色々とやったし、その中で自分でも成長というのを自覚できるほどではあったと自負はあるのだが。
「ね、ね。ハーレムになったら、キミはボクのこと、どうするかな。靴磨き?ご飯炊き?それとも、捨てちゃう?」
「やめてください...」
女の子だけは、どうしても慣れない。机に突っ伏す俺を見たエイラは意地悪そうに青い目を細めて笑いつつ、俺に紅茶を差し出してきた。この世界の水は、大体味をつけて飲む。
「飲んだら、一緒に行こ」
杖に埋め込まれた、イエローストーンの水みたいに青い宝石を拭きながら、エイラは小さく微笑んだ。めっちゃ可愛かった。
「ね、ね。この子すごいふわふわ。ショーマも触って」
「えぇ?俺、あんまり動物は...痛って!」
エイラの膝に乗っかって、ゴロゴロ甘やかされたような声をあげていた黒っぽいトラネコのそいつは、俺が腹のあたりに手を翳すなり、器用に体を半回転させつつバリッと手の甲に引っ掻き傷を作っていった。
「あいつ絶対オスだ」
「わ。嫌われてる。待ってね、治してあげる」
「ごめん、お願いします...」
ズキズキ痛む右手の甲を差し出すと、エイラは真剣な顔になって、その白魚みたいな指でトントンと傷口の近くを触れると、小さく詠唱を始めた。
そんな真剣な相方を見た感想は、意外とまつ毛長いよなこの子。である。救いようがない。
あと指先が触れてるところが、羽毛で撫でられてるみたいで落ち着かない。くすぐったくって、フワフワする。肩の辺りに力が入って、額から嫌な汗が浮き出るのを感じる。
「はい、おしまい。......どうか、した?」
「いやぁ、なんか...ダメだなぁって思って」
......もうちょっと免疫つけよう。
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ふふふっ。唇をキュッと引き締めたまま手を引っ込める彼の様子が、なんだかおかしくって、かわいくって、心の中でコロコロした愉快な気持ちが溢れてくる。筋張った手。関節の場所だけ色が暗くて、剣なんて握ってるせいで、ガサガサしてて、タコも出来ちゃってる荒れた手。ボクだけが知ってて、ボクだけが触れる手。
初めてこの人と会ったのは半年前。正確には......今は、6ヶ月と8日13時間28分17秒前。ハーレム作りたいとか言っておきながら、結局女の子に手を出せないヘタレ。
それでいい。そうであってほしい。ボクだけの男の子、ボクだけのヒーロー。
絶対に、逃がさないから。