「なぁに、見せたいものって...まだ目瞑ってないとダメ?」
「ダメです。俺がいいって言うまで待ってて。こっちこっち」
律儀にギュッと固く目を瞑ってくれているエイラの両手をしっかり握って手引きながら、俺の部屋までオーライオーライと誘導。別にエッチなことをしようってわけではないです。それだけは言っておきたかった。
「ねぇ、何するのこれ...?」
「いいこと!」
「えっちなこと?」
「違います」
そんなにいやらしく見えるか?ただ女の子に目を瞑ってもらって、その間に両手を引きながら寝室に誘導してるだけだぞ?......見えるな。見え見えだ。修学旅行中みんなで楽しくゲームしてた時に、スマホと一緒にトイレに行って10分くらい戻って来なかったやつが、トイレでナニしてたかくらい見え見えだ。絶対にウンコではない。断言する。
部屋の前まで辿り着き、片手をエイラから離してドアを開ける。
「うおっ!?」
「えっなにっ!?」
「いや...猫だ」
「び、びっくりさせないでよ...」
スルリと音もなく、俺たちの足の間を縫うようにして悪しき獣が一足早く俺の部屋へと消えていった。先ほどヤツは俺がぶん投げた生肉をちびちび食べて行ってご満悦のようだったが、どうやらそれとは別に外に出て行って、ご飯にありついているようである。ちゃっかりしている。
「えっと...とりあえず入ろうか」
「う、うん...」
「よし......と。目開けて良いよ」
「...わぁ!」
パッと表情が華やいで、感激の声を漏らすエイラ。そうでしょうそうでしょう。なんせ今、俺の部屋は...夏の海なので!
いや、違います憲兵さん。水着が見たいとかそういう不埒な事ではなくてですね。いや作った後に、もしかしてこのロケーションだったら水着見れるんじゃね?とかそういうところ期待しちゃってたのは事実と言ってしまえば事実なんですが、それ以上に夏っぽい所で休みたいってのがあって、その魔法の成果をエイラに見せて一緒に休みたいっていう純粋無垢な真心があってですね。
「空間魔法でございます」
「すごいすごい!これ、結構高度な魔法なんだよ!うわぁ、出来る人久しぶりに見た...!」
エイラはおもむろに足元の白い砂を一つ掴み、サラサラと落とした。質感にももちろん抜かりありません。というか、多分空間魔法ってそういうのも再現されるんだろうね。裸足で砂浜の上に立っていても、足の指の間にサラサラした砂の質感が潜り込んできてくすぐったいし、少し体重移動をしようとするだけで、その形に凹んでいくのが砂の手に取るように分かる。感じてるの足の話だけど。
「ね、ね。海、入ってみても良い?」
「良いけど...別に塩辛くないよ」
屋内で塩水出すの、なんか怖いし。実際に濡れるわけじゃないんだけどね。
「わ、わっ......!」
「大丈夫?」
焦ったような声を出すエイラ。くるぶしのあたりまで浸かるかどうかという程度の、波が砕けて泡立つ浅い場所なので溺れたりはしないだろうが、確か人間は膝下くらいの水位であれば溺死すると聞いたことがある。注意しないに越したことはないだろう。
例え話だが、2階の自室でオナニーしてて、親が階段を登って来なくても、足音がした時には手を一旦止める。それと同じことだ。そのくらいの慎重さを期して良い。
「冷たくって...ふふ。気持ちいいね、これ」
にっこり笑って、俺の方を振り返るエイラ。その弾けるような笑顔と、絵の具を薄めずにキャンバスに塗りたくったみたいに濃い青空と白い雲。裾を捲って露出した眩しいくらいに白い足と、波間にキラキラ輝いているダイヤモンドみたいな光。その全部が綺麗で綺麗で。
......本当、なんで俺みたいなのがいるんでしょうね。こんなところに。誰だオナニーの例え話したやつ。マジで死ねよ......。
「ショーマも、入っておいでよ。君が作ったんだから。気持ちいいよ、これ」
「そうか?じゃあ、ちょっと失礼して...」
「えいっ」
「冷たいっ!」
恐る恐る爪先を波打ち際に突っ込んだ途端に、エイラから水を引っ掛けられた。左の太ももの辺りが、水でびっしょりと濡れた。
「ふふふ、涼しいでしょ」
「やったな、このっ!」
「きゃー」
仕返しだ!昔、中学校のプール掃除の時ホースで5人抜きした実力を見せてやる!濡れてないても知らないからな!嘘だ、流石に泣いたら認知する。泣かないで。笑顔でいてくれ。
しばらくそんな感じで戯れあって。
「ふぅ。満足。ふふふ、全部、びしょ濡れ」
「全てが濡れた......」
変なところにこだわって塩水にしないで良かった。本当にマジで。してたらせっかくの部屋着が、塩分補給マシーンにジョブチェンジみたいな凄まじい事になっていたに違いない。
「ちょっと休憩しよっか」
「ん?うん...っあー......疲れた......」
わざと乱暴に、ドカッという感じで砂浜に落ちていた木陰に寝転ぶ。上を向くと、青々と茂って風に揺れる葉の隙間から覗いて見える綿雲がずいぶん近くに見えた。
「ショーマ?」
「うん...?」
いつの間にか、エイラも海から上がって、俺の枕元に座り込んでいた。この子は時々音も無く俺のすぐ近くにまで接近している時があって、心臓が爆発しそうになる時がある。
「疲れちゃった?」
「うん...なんか、初めて使う魔法って疲れる気するわ...」
「体が慣れてないから、ね。みんな最初はそう。でも、ショーマなら大丈夫」
「そんな、もんか...ごめん、ちょっと、落ちる......」
「ふふ、おやすみ」
「あたま、撫で、るな......」
いつものように手のひら全部で、優しく包むみたいな撫で方。ちょっと色々と気になるので、俺としては不服な撫でられ方なのだが、その睡魔を引き出してくるような撫で方と、エイラの体温に全くの無抵抗のまま、トロンと微睡に落ちた。
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「ショーマ。寝ちゃった?」
返事はない。ただ波が砕けて泡立つ音の合間に、静かな寝息だけが聞こえてくる。辺りは平和そのもので、まるで海とボク達だけが生きて動いているみたい。2人きりの、そういう世界。
素敵だ。いつだって、彼の魔法は綺麗で素敵だ。ボクだけの物であればなぁと、そう思うけれど。
「なーん」
「あ、猫ちゃん。引っ掻いちゃダメ、だよ。今疲れてるんだから。分かった?」
「にょぉん...」
賢い子なんだけれどなぁ。なんでショーマにだけ、あんな引っ掻いたりするんだろ?なんだか不思議で、もう一度彼の顔を見た。この近くでは珍しい、黒髪黒目の綺麗な目は、今は瞼の奥に。
少し汗ばんだ彼の額に、そっと唇を乗せる。チロリと舌先で唇を舐めると、なんだか少しだけ塩っ気がした。