童貞よ、女を抱け   作:リバプールおじさん

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お試し

 

 

 ヤツの巣は、街中から少し離れた一等地に建った宿屋だった。聖女ってやっぱり良いところ泊まってんだなぁ。重要人物扱いだから、こんな感じなのかね。ボロホテルで風呂入ってたら襲撃されて死んだ、みたいな義朝スタイルで死ぬ聖女とか見たくないし、ちゃんとしたところ手配してんだろうな。

 

「お邪魔しま〜す...」

 

 真鍮だと信じたい金ピカのノブが付いたドアを開くと、そこにあったのはキラキラした切り子ガラスとかで照らされた綺麗なホテルのロビー。うん、さっさと帰ろう。落ち着かん。

 

 フロントの人とかに渡して、マチルダさんにって言えば、この信心深い世界の人たちは盗んだりなんてしないだろ...多分。

 

「あら聖遺物?お疲れ様で......あっ!」

「ま、マチルダさ、わ、わぁっ!?えっショーマさん!?」

 

 逃走!

 ロビーの待機椅子で金色のツインテールを揺らしている、ツンとした女の声を聞くやいなや速かった。本当は身体強化魔法を全力で自分に重ね掛けしたい気分だったが、こんな俺の内臓より高そうな調度品やインテリアがゴロゴロ、駅前に吐き捨てられて黒くなったガムくらい置かれている場所でそんな事したら、確実にそれらをぶっ壊す。そしたら色んな人たちから正当性を盾にボコボコにされかねないので、生身で逃走。

 

 舐めるなよ俺は小学生時代、その時初めてやったソフトボール投げで市大会に出場出来たくらいの実力者...!

 

「拘束!」

「ぐええっ!?」

 

 女の子の尻に触ろうとした手を握り潰されるスケベなチンピラみたいに情けない悲鳴をあげて、見えない力で地面に叩き伏せられる。強かに鼻を強打。

 

「ショーマさん!?なんで逃げて...」

「......適当な拘束魔法だったのだけれど。あんたひょっとして、魔法詳しくない?」

「誰かさんと違って、そんな治安の悪い魔法使わないで良い暮らしだったんだよ...!これ以上鼻低くなったらどうしてくれんですか」

「良いじゃない、可愛らしくって。今よりよっぽどお似合いだわ。...それに、そんな早く治癒魔法出来るなら気にしなくて良いでしょ」

 

 いやまぁ、もう痛くないんだけれども。そういう問題じゃなくないですか。人間が暴力を厭うためのブレーキのために、痛覚というのが全人類共通であるんじゃないんですか。聖女なのに、こんな薄汚れた男一匹納得させられないで何が聖女...やっぱデカいなこいつ。

 

「あら...?今日は、あの子じゃないの?」

「今日はってなんすか。人のこと、隣にいる人を取っ替え引っ替えしてるヤツみたいに思わないでくれます?この人の手伝いで来ただけですよ」

 

 取っ替え引っ替えどころか。むしろ装備品扱いされてるのは俺の方ですよ。エイラが俺のこと捨ててないのが奇跡くらいなもんです。あぁ...夕飯何にしよう今日。

 

「あ、は、初めましてっ!あ、アビーと、も、申しますっ!あ、あとで...サインを...」

「えぇ、もちろん!どこにだって書いてあげるわよ。......んで、まさか手伝っただけで帰ろうだなんて思ってないでしょうね?」

「いや帰りたいです」

 

 あーもうどうしよう今日。もしかしたらエイラも材料買ってきてくれてるかもしれないもんな。一回家に帰って、それで足りないもんあったらもう一回...いや、今日は確か日没まで肉類が安売りだったはず。

 

 ......スケジュールやばくね?もう昼飯時過ぎてるんだけど。

 

「正気?あんたね、逃すと思う?少なくとも、返事はしてもらうわよ」

「いや...ちょっと今日は...」

「ショーマさんは何か事情が?」

 

 安売りセールです。そんなことバカ正直に言えるわけないんだよなぁ、これから魔王ぶちのめすぜって人たちに。失礼というかなんというか。

 

「まぁ、ちょっと今日は...その...色々と都合が...」

 

 しどろもどろの途切れ途切れ、多分俺が話を聞いている側だったらイライラして、つま先を床にトントン叩き続けるような辿々しい喋り方。それを聞いたマチルダは。

 

「ま、マチルダ、さま...?」

 

 泣いていた。あんなにも口うるさかったあの女が、肩を震わせて、ただ静かに涙で頬を濡らしていた。

 

 女が泣き落としするのはずるいぞとか、恥ずかしく思わねぇのか最後に訴えるのがこんな手でとか、色々と思う所はあったけれど、それ以上に助けてやらなくてはと、そう思った。

 

「......泣くなよ......」

 

_______________

 

 

「第3聖女なのよ」

 

 アビーが差し出した白いハンカチで、マチルダはそっと涙を拭った。少しだけ崩れた薄い...ファンデーションだっけ?それが涙の粒に白っぽく浮かんでいて、こいつも化粧するんだなって、そんな場違いな感想が、なぜか一瞬だけ脳裏を掠めた。

 

「上のお姉様方と違って、私は実績が乏しいの。聖女の名前を背負っているのなら、当然義務があるわ」

「だから魔王を?」

 

 その質問に、静かに頷いてマチルダはズズッと1口だけココアを啜った。だいぶ美味しそうだ。......というか、魔王討伐って1番最後にすることなんじゃないだろうか。そんなガクチカ作りみたいにやって良いもんじゃないと思う。それこそ、お姉様方とやらと一緒に力を合わせて...みたいなのが王道なんじゃないか?

 

「......魔王の出現は、遥か昔です。それこそ、私たちの信じる神に、私たちが気が付くよりも昔のことです」

「...へぇ。それはそれは」

 

 要するに紀元前ってことね、納得。縄文人がどんぐり食ってたり、白起が40万人くらい埋めたり、禿げてるおっさんが国会議員の嫁さん全員NTRしてた時みたいな感じの。

 

「最近はその侵攻に苛烈さが増し、辺境の村々の人たちは故郷を失い、嘆いています」

「......んで、俺と一緒にと?」

「.......うん」

 

 随分としおらしい。素直というか、年相応の...胸以外は年相応の、子供の反応だ。まるで迷子の子供がコールセンターの丸椅子に座ってるみたいだ。

 

 冷静に考えよう。まず、マチルダは魔王とかいうクッソ迷惑なやつをぶちのめして、人々を救おうとしている。立派なことだ。褒められるべき行いだ。少なくとも、ウジウジして女の子泣かせてるやつよりは世間は評価するだろう。

 

 そしてそれに参加してくれって泣きついてきてる。普通なら、断る道理なんてない。実際、俺も助けになりたい。力は多分ちょっとはあるわけだし。

 

 じゃあなんで渋ってるかっていうと...。

 

「あの子が気になってるんでしょ」

「......うん」

 

 気になっているのはエイラのこと。あのだいぶ距離感が壊れている、初めてこの世界で出会った女の子。

 

 最低なことを言おう。ハーレムに未練があります。死ねと言われても仕方がないし、本当に心底死んだ方が良いと思うが本音なんです。だけど、じゃあエイラが特別じゃなくなるのかっていうと、そういうわけではない。俺の中ではオンリーワン、メロンソーダの上のチェリーくらいに凄まじい存在感を放っている。

 

「そんなに気になるなら、そっちで解決しなさい。待っているから。ただし、今日中にね」

 

 その言葉に、今度こそ俺はしっかりと頷いて、ちゃんと身体強化魔法を入れて家まで走った。家具は結果的に、この後弁償することになる。

 

_______________

 

 

 

「わぁ...!すごいすごい!ショーマ、もっと段階を踏むと思ってたのに...聖女様とだなんて...!」

 

 あれっ?

 

 ピョンピョンと跳んではしゃぐエイラに、ちょっと首を捻った。いや、別に泣いて止めてくれとか、そんな面倒くさいメンヘラみたいなことは考えていなかったが、実はちょっとくらい引き留めてくれないかなぁとか思っい上がっていたのだ。見てください男の見苦しく面倒臭い感情を。気持ち悪いねぇ。

 

「いや、一応今回は試運転って感じで...行くところも、この前行ったダンジョンだし...」

「でも、今回は探検なんだよね?すごいよ、ショーマ。......ふふ、でも、聖女様をハーレムに入れたらダメだから、ね?」

「しないから!......じゃあ、ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃい。今日はお夕飯いらない...よね?」

「多分。ごめんな」

「ううん。いってらっしゃい」

 

 玄関先で、ずっとエイラはニコニコしながらパタパタと白くて薄い手を振っていた。

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