「........ぉ」
「あ、おはよ。ふふふ、昨日は、お楽しみだった?」
「うおおっ!?」
起床!ラッパを耳元で鳴らされた軍人も驚きのスピードで、俺の意識は一気に覚醒までフルスロットルで持っていかれた。ただ、飛び起きることはできない。もしもやったら、胸の内にしっかり抱きしめられていたエイラが怪我をしてしまう。なので、ゆっくり。それ以前の問題で、なんでこんな抱きしめてんだ俺。
「ふぅ...ふふ、夜は、激しかった」
「えっ」
夜になにが?ナニ?ナニのことですか?なんかヤバいことしたんじゃ......そこまでいって、ついに気が付いた。息子が朝だからか、ファインティングポーズに入ってる。
「おおおっ!?」
起床20秒にして2度目の悲鳴をあげながら、今度はエイラから慌てて距離を取る。流石に痴漢扱いはごめんだ。いや、ここまできたら誤差なのか?
「ご、ごめん...」
「ふふふ、大丈夫。びっくりした?」
「いや、まぁ......色んなところが......つーか寝坊した!?今何時?」
「6時。ふふ、早起き。えらい」
まるで人様の赤ちゃんの頭でも触るみたいに、優しく手のひらで俺の髪の毛を撫でるエイラ。ぶっちゃけ寝汗とか色々気になるし、何より恥ずかしいからやめてほしい。
「今日、どうしよっか?」
「うーん......そこそこ余裕はあるからなぁ......」
「軽めでいっか」
「そうしようか」
何故かいつもより軽く感じられる体をゆっくりとベッドから起こして、エイラを迂回しつつ、朝食を作るために台所へ向かう。確か菜葉と卵が余っていたはず。
しかし、やはり気になる。後ろを振り向くと、俺のタオルケットに身を包みながら、俺の方に緩く笑いかけてくるエイラの姿。
「ところで、何したんですか俺は」
「ふふ、内緒」
何したんですか俺は!
_______________
「ねこちゃ〜ん.......こっちおいで〜......いってぇ!」
「だいじょうぶ?」
「引っ掻かれた...」
路地裏に伸ばした手の甲をバリッと行かれた。3つの線からちょびっとだけ血が滲み出ている。あんのクソ猫、ウンコとか踏んだ足で引っ掻いてたりしないだろうな。......してない、ですよね?
そいつは1つ馬鹿にしたようにニャアンと鳴くと、そのまま路地裏の奥へと引っ込んでしまった。
「ボクが行くから、こっち見張ってて」
「はい」
選手交代。戦力外通告と言った方が正しいかもしれない。俺が手を突っ込んでいた狭くジメジメした路地へ、エイラはスルリと入り込んで行ってしまった。俺はただ、その細い背中を見送るだけ。
犬猫捜索のクエストはこれだから嫌いだ!何が愛玩動物だ、あいつらは超危険生物だ。こんなもん家に置いた日には、血みどろの抗争がくり広げられるに違いない。
とりあえず路地から出て、表通りの方まで足を進める。猫の野郎がもし出てきたら、こっちから強引にでも捕まえるつもりだ。ヤツがどこからでも逃げた時に見つけられ、尚且つすぐに捕まえられそうな場所は...よし。ここにしよう。
俺は大通りの端っこに、コンビニ周りにいるヤンキーの如くウンコ座りを敢行した。大変目立つが、街中でクエスト受けている人は珍しいものではないし、大丈夫なはずだ。うん。多分だけど。
「うおっ?」
「きゃあっ!?」
まだお昼ご飯すら食べてないのに本日3度目、猛悲鳴賞を上げながら尻餅。割と気に入っていたズボンが土埃で白っぽく汚れちまった。この悲しみに、今日も小雪の降りかかる...ことは無く。
「あ、すんません」
「なにあんた、信じらんない!こんな道端でしゃがみ込んで、野良犬にでもなったつもりなのかしら!」
「声、声が......!」
女の子にぶつかってしまった。金髪ツインテールに青目で、なんか白くてフリフリしたドレスを着こなしているツンと澄ましたような、気の強そうな女。
それにしても、声でっけぇなぁコイツ!なんで人の往来でこうでかい声で喋れるかな!大通りの端でしゃがみ込んでるくらい非常識だぞ!
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げた時、
腕を組んでこっちを見下ろす金髪ツインテール。猫科みたいなつり目でパッチリした赤い瞳も気になるけれど、それ以上に。
デッッッッッッッカ!!!!!!
声よりデカい、豊かな双丘が、俺に涼しい影を提供していた。
「声がなによ。聞き覚えでもある?」
「いや、なんでもないっす」
彼女の胸部に搭載された威圧感に、思わず敬語になりかけるが、舐められたら終わるという理性が無駄に働いて、なんだか雑な後輩キャラみたいな口調になってしまった。
話を戻そう。俺は理性的な男だ。エイラと暮らしていても、そういう不埒なことは一回もしたことがない。だから童貞なんだよ。
思えばここは、テレビとかラジオの存在しない世界だ。肉声が届く範囲ってのは、前にいた世界と比べれば格段に狭い。
そんな世の中で自分の声が知れ渡っていると考えるとは、よっぽどの自信家お嬢様であられるようだ。でなけりゃ、こんなおっぱいの前に腕組んだりしない。やめてほしいなぁ、そのポーズ...往来の人たちが皆チラチラ見てるから...。
かく言う俺も、ちょっとでも気を抜いたらすぐに彼女の胸に目線をやりそうになる。これが万有引力ですか?アイザック・乳トンってね。やかましいわ。
今、通りの男たちのように俺が目をやったら負ける。俺がこの女の立場だったら、こんなクソ情けないの見た途端に
「なんですか?口ではとやかく言っておきながら、結局おっぱいしか見ることしか出来ないんでちゅか〜?そう言うのは赤ちゃんで卒業しておくのよ、セックスフォード大学中退者さん♡」
くらいは言う。
しかしそんな瑣末な事を気にもしない彼女は、立ち上がった俺を今度は見上げる形で、憐れむように目を細ませた。
「知らない?アンタの家、受信具付いてないの?貧乏?もしかして落ちたお金でも拾おうと思ってた?それなら悪かったわね。私が直々に恵んであげるから、もうそんな卑しいことしちゃダメよ」
え、そういうのあるの!?
割と衝撃的な情報だったのだが、彼女は事もなげである。懐から......というか、おっぱいの隙間から財布を取り出すと、そこから摘み出したキラキラの金貨一枚を俺の手に握らせた。あぁすごい柔らかくて白い手!ハンカチ以外持った事ないんじゃないか、この手!
......にしても、だ。冷静になれ俺。この金貨いらないだろ。猫探しは銅貨3枚だぞ。エイラが頑張ってるのに、俺だけポンと貰うのはおかしい気がする。
「いや、いらないっす。お返しします、これ」
「遠慮しなくて良いわよ。受け取っておきなさい。変な意地張ってもいいことないわ」
「いや、多分あなたが想像してるようなのじゃなくって...と言うか今働いてるんですよ!ぶつかったことなら謝りますから、許してどっか行ってください!」
「何よその言い方!アンタねぇ、人がせっかく優しく...ッ!?」
取っ組み合いというか、一方的に掴みかかって来た彼女の手を必死に捌こうとして掴み返すと、突然彼女は目を更にまん丸にして、勢いよくエビみたいに後ろに飛び退いた。
「......なによ、アンタ......その魔力」
「え?なにが?」
「いや、まさか...まさかよね...まさかこんなヤツが...」
真剣な顔をして、まるで俺なんて目の前にいないような感じで、地面を見て黙々と彼女は考え込み始めた。あんまり地面見るのやめてほしい。さっき転んだ時の、俺の尻の形がくっきり写ってる。
その子はこっちを爛々と光る紅い眼で俺の方を見上げて、興奮したように、にこやかにこう言った。
「ねぇ、即死魔法ぶっ放させて」
ニュートンはケンブリッジ大学です。