童貞よ、女を抱け   作:リバプールおじさん

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私の心は夏模様

 

「おはよ」

「んぉお...」

 

 目を覚ましてこの世界に再びエントリー。風は気持ちよく前髪を揺らし、夏に特別見られる濃い青空と、クッキリとした雲のコントラストには目が痛くなるばかりだ。

 

 でもこの景色、超リアルだけど魔法なんだよなぁ...秋になったら紅葉したりするんだろうか?そうだとしたら素敵だな、絶対自室にやってみたい。

 

 というか、ここ地下ダンジョンだった。

 

「やっべ。ごめん凄い寝てた。何時だっけ入り口開くの」

「8時からだって。そう書いてある」

「今は何時...えぇ、まだ4時か」

 

 どうやら、この魔法で作り出した空間に昼夜の概念はないようである。というか、昨日は疲れていたせいで気が付かなかったが、よく見てみると空のどこにも太陽がない。不明な光源で照らされていた。なるほど、それのせいで時間感覚が狂うのか。これは要調整案件だ。

 

「よし......帰ってちゃんと寝るか」

「うん」

 

 大きく伸びをすると、ボキボキと背中と肩から凄まじい音がした。早くベッドの上で寝たいです。荷物だけ背負って、のそのそと寒い日の亀みたいな遅さで出口目指して歩き始めた。

 

 

 少しして。

 

「ね、ね、ショーマ」

「ん?」

「ボク、手繋ぎたい」

「......ん?」

 

 突然、誰もいないダンジョンの中で5歩ほど遅れて歩いていたエイラがそんなことを言って、細っこい手を伸ばしてきた。こうも白く細く柔らかいと、なんだか俺の飯に栄養が詰まってないんじゃないかと心配になるので、できれば早急に太って頂きたい。

 

「いや...なんで?」

「寂しい。だから。それに、一緒に帰りたい。多分、モンスターは殆ど狩りつくされちゃってるから、危険も少ないはず......ダメ?」

 

 染み一つない、きれいな首筋を傾げてエイラが俺の方を見上げてきた。

 

 

 

 

「ふふふ、デートみたい」

「ん!?えぁ、うん!」

 

 恐ろしいまでの生返事だ。そのまま食べたら、腐っているから酸っぱい匂いと味がして、きっと腹を下してしまうだろう。多分、ほら...元から性根とかも腐敗してるし。せめて発酵なら良かったんだがなあ。

 

 しかし、そんなオクサレ様の手を握りながらも嫌な顔ひとつせず、エイラはぐいぐいと俺の手を引きつつ入口へと進んでいく。早く風呂に入りたいんだろうか。というか急ぎすぎると手汗をかいて、エイラの手をぬるぬるに汚してしまわないかが気になって仕方ないので本当にやめてほしい。彼女のためを思ってのことである。決して俺が握り続けるのが恥ずかしいからとか、そういう話ではない。

 

 ...嘘です。本当は手が荒れてないだろうかとか、こんな事になるなら爪ちゃんと切っておけばよかったとか、手の握り方これで会ってるだろうかとか、そういうことばかり気になって来てます。そして、そういうことしてるのがめちゃくちゃ恥ずかしいから、早く家に帰って空間魔法試したいなぁアハハとか、そんなことばっか考えているように見せかけて自分を騙そうと頑張っています。

 

「ダンジョンデート。ふふふふ、素敵。ね、一緒に階段上がろ」

「うぇあ、あい!」

 

 お願いします。誰か私の舌を引っこ抜いてください。出来ることなら、殺していただきたいです。

 

「えっと、よし。おいでエイラ。......こ、こうか...?」

「......ひゃわぁ」

「エイラ?」

 

 1階層に続く最後の階段を2段ほど登り、エイラの方を振り返る。彼女は固まっていた。セーフティハウスで見た空よりも青くて綺麗な目を丸にして、ポカンと呆けたように開いた口に自由な方の手を添えて固まっていた。

 

「どしたの?」

「な、なんでも...ない」

「マジでか?なんかめちゃくちゃ脈速くなってるけど。熱?」

「い、いやっ!その、風邪とかじゃ...ないから」

「そっか。...まぁ急ごう」

 

 どうよ、この対応!割と良くない!?この耐性0である俺にしてはめちゃくちゃ頑張った方だ。敢闘賞メダルくらいは首にぶら下がってても良いと思うんだが、そこんところどうなってんでしょう。

 

 相手の体調を慮れる視野の広さ!いいアピールになったんじゃないでしょうか。馬の視野角は350°らしいが、俺はそんなチャチなもんじゃない。広すぎてもはや後頭部に目がついてる。360°全方位死角なしの怪物と称しても差し支えないであろう。脈で感じてるのは気持ち悪いって?はい。

 

 しかし、なんで急にエイラは熱っぽくなったんだろうか?慣れないところで寝泊まりしたからだろう。帰ったらちゃんと親しんだ枕で寝かせてあげないと可哀そうだ。今日の夕飯はパン粥でも作って進ぜよう。

 

「あ、あのね、ショーマ...」

「どした?」

「えっとね、ボク...その、もっと強く引いてほしい」

「ん?あぁ...分かった。早めに帰ろう」

 

 分かっていますとも!えぇ!もう半年もいるのよエイラさん。ここまで来たらもう一心同体ですよ。あ、ごめん。一心同体はちょっと字面がいやらしいかもしれない。なんだかちょっとエッチに見える。以心伝心に訂正させてほしい。

 

 とにかく!君の考えていることは分かる。早く地上に出たいんだろう、俺も同じ気持ちだ。

 

「ちょっと急ごう。付いて来れる?」

「は、はひっ...!あ、ぁっ...」

 

 ......なぜだか妙に、エロい声を出してる気がする。早く帰りたい。手に限らず体中の汗がもう凄いことになりそうだから。

 

 

 

 

_______________

 

 

「ようやく帰ってこれた......」

「お、お疲れさま......」

 

 一日ぶりに帰ってきた我が家が、果てしなく懐かしいように思われる。ドアを開けると、壁と天井に覆われて薄暗い見慣れた光景の安心感の凄まじさに圧倒されたせいで、玄関先に倒れ込んでしまった。

 

 ダンジョンを出て地上に出た時に、既にエイラの手は放して自由にした。俺は基本的に魚釣りの時はキャッチ&リリース主義者である。食べる魚は、帰りのスーパーの半額シール貼ってあるやつを手に取る。長く手元に置いておくのは良くないのだ。

 

 聞いているか世のモテる男性よ。男女は基本同数のはずで、彼女に困る男子なんてのは掃いて捨てて清めて焼いて念仏唱えてもまだ頑固にこびりついているが、彼氏に困る女子なんてのはなかなか少数派である。つまりこれは、悪い男が複数人の女の子と結ばれていて、ハーレムを築いているからだと、俺はそう考えている。ずるい。酷い。生かしてはおけない。

 

 なので、俺はトランプの札とか麻雀の持ち牌にもあまり執着しない。世にいる少数のハーレム男性は見倣うように。......生物としては、確実にあちらの方が優れているし正解なんじゃね?

 

「どうか、した?」

「いや......ごめん、魚釣りのこと考えてた。お風呂入ってきなよ、沸かしとくから...」

 

 エイラに軽めの回復魔法をかけてあげた後に、ブチブチと情けなく泣き叫ぶ自分の太ももをひっぱたいて無理やり体を起こす。風呂を沸かすため、ノソノソと風呂場に向かった。火魔法と水魔法が必須であるが、もう面倒くさいので今日はまとめてしまって、お湯を出す魔法にしようと思う。

 

 

「エイラ、ごめんもう今日無理!お湯出したから、このまま入って!」

 

 玄関に向けてそう叫ぶと、先ほどよりは幾分か軽い足取りでエイラがそっと曲がり角から半身だけを覗かせた。彼女はもじもじと照れていたが、やがて蚊の鳴いているような声で呟いた。

 

「......さすがに、一緒にお風呂は......恥ずかしい、かも......」

「違います」

 

 

 

 

 

 

 

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