禪院直哉の兄が人たらし過ぎる件   作:ぴのっきお

7 / 8
第7話

 

「今回お前らに任せる任務は、特級呪物『宿儺の指』の回収だ」

 

 

夜蛾が教壇の前に立ち、重々しい声を響かせた。

教室の最前列では悟と傑が並んで座っているが、その様子はまるで正反対。

悟は椅子にもたれかかり、興味なさげに欠伸を噛み殺し、隣の傑は真面目な顔つきで夜蛾の言葉を聞いていた。

 

後ろの席では、硝子が指先で髪の毛先を弄びながら気だるげな表情を浮かべ、その隣の真幌はぼんやりと窓の外を眺めて任務の話などどこ吹く風といった表情である。

 

 

「先生、宿儺とは何ですか?」

 

 

傑が小さく手を挙げて尋ねると、夜蛾は頷いて説明を始めた。

 

 

「千年以上も前に実在した特級呪霊の王だ。死後、その呪力を宿した指が各地に散らばり、特級呪物として封印されている。我々呪術高専は、これらを回収し厳重に管理しなければならない」

 

「ふーん。その指を集める理由は?」

 

 

夜蛾の言葉に少し興味を引かれたらしく、悟が身体を勢いよく起こし、椅子がガタンと音を立てて元の位置に戻る。

 

 

「放置すれば指が周囲に強力な呪霊を引き寄せ、大惨事を招く。迅速な回収が必要だ」

 

 

夜蛾は話を一区切りし、鋭い目で生徒たちを見渡した。

 

 

「今回の任務は、これまでとは比較にならないほど危険だ。油断は禁物だぞ」

 

 

教室の空気が一瞬ピリッとひりつく中、真幌はその説明を聞き流しながら、隣の硝子と完全に他人事のように談笑していた。

 

 

「大変そうやな、悟、傑。頑張ってや〜」

 

「真幌、お前も行くんだぞ」

 

 

夜蛾が眉間に皺を寄せて真幌を睨むと、真幌はぎょっとして身を起こした。

 

 

「ええ!?俺も!?特級って最上級やろ?三級のか弱い俺なんて、宿儺にパクッと食われてまうやんかぁ!」

 

「指の一本だ。本体じゃない。少しは説明を聞け」

 

「か弱いって、誰が?」

 

 

正面からは夜蛾の冷静な指摘が、すぐ横からは半眼の硝子の視線が飛んでくる。

 

 

「俺や俺!階級はか弱さの証明やろ!?俺なんてちょっぴり人より力が強いだけやもん!」

 

「パンチ一発で地面割れる奴を『ちょっぴり』とは言わないな」

 

「そうだぞ真幌。もうちょっと自信持てよ。お前くらい馬鹿げた呪力量持った奴、俺でも初めて見たっての」

 

 

傑と悟が次々に援護射撃を放つが、真幌は顔を曇らせ、ぼそりと呟く。

 

 

「呪力量だけが強さやないから、俺は三級止まりなんやろ……」

 

 

実際のところ、真幌の呪力量は悟の言う通り桁外れだ。

真幌はその莫大な呪力をそのまま拳や足に込め、純粋な力任せの打撃で敵を叩き潰す戦闘スタイルをとっている。

だが禪院家でまともな訓練を受けることができず、戦術や技術といった面では未熟であったため、階級は三級スタートなのだ。

 

不満げな真幌を置き去りに、夜蛾は強引に話を進め、改めて三人の顔を順番に見た。

 

 

「悟、お前の階級は?」

 

 

悟が堂々と胸を張る。

 

 

「一級」

 

「傑は?」

 

 

傑は落ち着いた表情で答えた。

 

 

「二級ですが、間もなく一級に昇格予定です」

 

「お前の希望的観測は聞いていない。階級が絶対とは言わないが、一級以上の相手に出会った場合、真幌はすぐに逃げることだけを考えろ。油断するなよ」

 

「やっぱり俺死ぬやん!」

 

「安心しろ、俺の見立てではお前もじき二級に昇格する」

 

「さっき希望的観測否定してたやんけ!」

 

 

真幌の必死のツッコミに、前の席の悟が楽しげに振り返り、カラカラと明るい笑い声を響かせた。

 

 

「ま、大丈夫だって。何かあったら俺が守ってやるよ、真幌」

 

 

そう言って悟は手を伸ばし、真幌の髪を乱暴にかき混ぜる。

 

 

「やーめーろーやー!」

 

 

真幌は鬱陶しそうに身をよじりながら、肩を落としてわざとらしく落ち込んだふりをした。

 

 

「大丈夫だよ、真幌。何かヤバいものが出たら、悟に任せて私たちは逃げよう」

 

「おめーは逃げんなよ、傑!ちゃんと戦え!」

 

 

いつも通りのふざけ合いを続ける生徒たちを前に、教壇の前で夜蛾は深いため息をつき、任務への準備を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――闇より出でて、闇より黒く。その汚れを禊ぎ祓え」

 

 

悟の静かな呟きに応えるように、校舎の上空から漆黒の闇が滴るように広がり出した。

じわりじわりと夜の小学校を覆い尽くし、やがて巨大な黒い立方体が校舎全体を閉じ込めた。

一瞬にして音は絶え、不穏な静寂だけがその場を支配する。

 

真幌はぞくりと背筋に冷たいものが這うのを感じ、腕を無意識にさすりながら隣の悟の袖を掴んだ。

 

 

「ちょ、やっぱ帰らしてや……夜の学校とか絶対やばいやん。世間知らずな俺でも分かるわ。これは危険な気配やって」

 

 

怖じ気づいた真幌を一瞥して、悟は呆れと楽しさを入り混じらせた顔でその手を振り払った。

 

 

「お前なぁ、マジでビビりすぎだろ。俺がついてんだから、何も起きるわけねぇって」

 

「それがフラグ言うんやろ!俺が怖いんは呪霊だけちゃうで。この妙な空気感が嫌なんや!」

 

「胸張って言うことじゃねぇだろそれ」

 

「二人とも、くだらないやり取りは終わりにしよう。さっさと指を見つけるぞ。夜蛾先生に叱られるのは御免だからな」

 

 

しっかり者の傑を先頭に、三人は廊下を進んでいく。

月明かりが窓から差し込み、掲示板に貼られた子供たちの作品を薄く照らし出している。昼間ならば微笑ましいはずのその光景も、夜の薄暗い校舎では妙に不気味に感じられた。

 

 

「宿儺の指って、一体どこに隠されとるもんなんやろな……」

 

 

真幌の呟きに、傑が顎に手を当てて思案する素振りを見せる。

 

 

「呪術的な性質を考えると、科学的な環境、つまり理科室が一番怪しい気はする」

 

「理科室か……嫌な予感しかせぇへんわ」

 

 

真幌はげんなりした表情を浮かべながらも、諦めて二人の後について理科室へと向かった。

 

 

 

 

傑が理科室の扉を押し開けると、ひんやりとした空気が漂い出す。

薄暗い室内には、整然と並べられた薬品瓶やガラス器具が淡く光を反射していた。

薬品特有のツンとした刺激臭が鼻をつき、真幌の不快感をさらに募らせる。

 

 

「ほんまにここなんかなぁ……」

 

 

真幌が不安げに薬品棚をのぞき込んだその時、不意に背後から肩を叩かれた。

驚いて振り返った視線の先には、薄暗い光を浴びて不気味な笑みを浮かべる人体模型の顔が迫っている。

 

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 

真幌は魂から搾り出すような金切り声を上げると、即座に隣の傑に飛びつき、全力でしがみついた。

傑はややのけぞりつつも、真幌の頭越しに白けた視線を人体模型に向ける。

 

 

「落ち着け、真幌。ただの人体模型だろう?呪霊と大差ない」

 

 

その後ろでは、犯人である悟が模型の腕を握ったまま、前傾姿勢に腰を折って爆笑していた。

 

 

「ひっ……ははっ、あーっはっはっは!真幌、顔っ、マジで最高!白目剥いてたって!」

 

 

真幌の瞳が徐々に怒りで燃え上がる。真っ赤になった顔を傑の肩口から引き離し、悟を強く睨みつけた。

 

 

「悟ぅ……お前だけは絶対に許さん!今日という今日は覚悟せぇよ!」

 

「真幌、まともに取り合うな。お遊びはここまでにしよう。そろそろ真面目に手分けして教室を調べるよ」

 

 

それを聞いた真幌は表情を一変させ、潤んだ瞳で傑を見上げて甘えた声を出す。

 

 

「なぁ傑、俺一人じゃ絶対無理やって……頼む、一緒に行ってくれへん?」

 

「まったく君は……本当に仕方がないな」

 

「んだよ、俺が守ってやるって言ってんじゃん。なーに傑に甘えてんだよ」

 

 

真幌は何も言わずに振り返ると、悟に向かって無言で親指を逆さに立てた。

表情は笑っていたが、目だけは本気だった。

 

 

「かわいくねーの」

 

 

悟がぶつぶつと不満げな声を漏らしつつ、廊下の薄闇に消えていくのをじっと見送ってから、真幌はふっと悪戯っぽく目を細めた。

 

 

 

傑と共に教室に移動し、調査を始める。

傑が真剣な面持ちで棚や引き出しを開け閉めしている間、真幌は気配を消すようにこそこそと移動し、入り口の扉へと忍び寄った。

 

 

「フッ……」

 

 

ドアの上部を見上げ、悪巧み顔でにんまりと笑う。

それから薄暗い中で黒板消しを拝借し、慎重に角度を調整しながらドアの上へ設置。

 

 

「完璧……この角度、この高さ、このワクワク感。全部計算通りや」

 

 

小さくガッツポーズをしてから、別の扉から廊下へ抜け出し、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「悟ぅーっ!助けてー!傑が倒れた!なんかおるかもー!!」

 

 

悲鳴にも似た緊迫感あふれる叫びが廊下中に響き渡る。

その声の反響が消える前に、遠くから慌ただしく駆け寄る足音が聞こえてきた。

 

 

「マジかよ!傑が!?待ってろ、今行く!!」

 

 

勢いよく扉が開いた瞬間――ぽすっと小気味よい音を立て、黒板消しが悟の額に直撃した。

チョークの粉が派手に舞い上がり、白い煙のように広がる。

 

 

「ぶはっ!?っは、んだこれ!けむっ……おい真幌、テメェふざけんなよ!!」

 

「っははははははっ!やっば……傑、見た!?粉バッサァーて!」

 

 

悟が戸惑いながら粉まみれになっている姿を見て、教室の隅で息を潜めていた真幌が大口を開けて笑い始めた。

しかし一連の流れを見ていた傑はにこりとも笑わず、額に指を当てながら天井を仰いでいる。

 

 

「……いったい誰が倒れたって?いい加減にしろよ、君たち。任務中ってこと、ほんとに忘れてるな」

 

 

傑の怒りの気配に、悟と真幌がぴたりと動きを止めた。

二人はばつが悪そうに目を逸らしながら、口の中でもごもごと言い訳を始める。

 

 

「だってこいつが……」

 

「いや、悟が最初に……」

 

「いやいや、お前が模型なんかに絶叫するから……」

 

「あんなん誰でも叫ぶわ、アホ!」

 

 

お互いに小声で責任を押し付け合っていると、傑の冷たい視線が再び刺さり、二人はようやく黙り込んだ。

 

 

「……君たち、こんな話を知っているかい?」

 

 

傑は突然表情を緩め、どこか愉快そうに、それでいて抑えた声で語り始めた。

 

 

「この学校の音楽室にはね……昔、呪力を持ったまま死んだ生徒がいたらしい。事故だったそうだ。夜の練習中に、グランドピアノの蓋が落ちて、頭を強く打って──吹っ飛んだらしいんだ。その子の体は見つかったけど、頭部だけは、どこにもなかったって」

 

 

真幌の顔から笑いが消える。

 

 

「それ以来、夜になると音楽室から誰もいないのにピアノの音が聞こえるようになった。誰かがいる気配もないのに、鍵盤だけが勝手に沈む。まるで、弾いてる“何か”がいるみたいに」

 

 

傑の声はさらに落ち着いた響きを帯び、廊下の静けさに溶け込んでいく。

 

 

「そしてね──廊下を歩いてると、出てくるんだ。その子が。制服のまま、血まみれで。頭のない体が、ふらふらと立ってる。でも、なぜか笑ってる気配がするらしい。気配だけなのに、どうしようもなく不気味で、目が離せなくなるんだってさ」

 

 

悟の表情からも余裕が消え、真幌はもうすっかり悟の背後に隠れていた。

 

 

「で、もし、そいつと目が合ったら……」

 

 

傑が囁くように口を動かす。

 

 

「──めちゃくちゃな姿勢で追いかけてくる。全力で。走ってでも、這ってでも。笑いながら、叫ぶんだって」

 

 

室内に響くのは傑の声だけ。その言葉が染み込むように広がった直後――

 

 

「『僕の頭どこ〜?ちょうだ〜い』」

 

 

それと同時、ぽーん……と、一音だけ、遠くからピアノの音が聞こえた。

 

悟と真幌は肩を同時にびくりと跳ねさせ、反射的に体を寄せ合った。

真幌が背後から悟の腰にしがみつくように腕を回すと、悟がその手をしっかりと握り返す。

二人とも目を見開いたまま、微動だにせず固まっている。

 

 

「なぁ……聞こえたよな?」

 

「無理やって、言うなって……ちゃうよな?傑?なんか言ってや……」

 

 

真幌が半泣きになりながら傑に縋りかけた、まさにその時だった。

 

ガタガタガタガタッ!!

 

突然、教室のドアが激しく揺れ、外側から何かが叩いているような轟音が教室に響き渡る。

 

 

「うわあああっ!?」

 

「やめてぇええっ!!」

 

 

悟と真幌が同時に飛び跳ね、声を重ねるように悲鳴を上げた。

足をばたつかせて教室の隅へと退避する真幌と、ドアを睨みつけながら迎撃の構えを取る悟。

そんな二人の混乱ぶりを前に、教室に笑い声が響き渡った。

 

 

「っふ……ふふ……っく……あっははっ……!あっははははっ!!」

 

 

笑っているのは傑だった。

背を壁に預け、肩を震わせながら涙を浮かべて爆笑している。

 

 

「ごめんごめん……いや、もう……君たちの顔、ほんと……最高だったよ……ふ、ははっ」

 

 

言いながら、傑は軽く指をひと振りする。

すると、小さな鳥のような呪霊が二体、音楽室の方角と、教室の扉のすぐ後ろから傑に向かって羽ばたいていき、その肩に止まった。

 

 

「よくやったね、ご苦労様」

 

 

――沈黙。

悟と真幌は呆然と傑を見つめていたが、じわじわと時間をかけて、数秒後には状況を完全に理解した。

 

 

「はああ!?やっぱお前の仕業かよ!性格悪ッ!!」

 

「傑、ほんま笑われへんて!ガチで泣きかけたわ!!」

 

「ひぃ……っふ……も、もう駄目だ……笑いすぎてお腹いた……!」

 

 

悟と真幌は交互に傑を責め立てていたが、泣き笑いする傑を見ている内に途中から次第に言葉が崩れ、釣られたように笑みがこぼれ出していく。

 

 

「あーあ、傑も真面目ぶっとったくせに、結局はこっち側なんよなぁ」

 

「くくッ、何なら一番手ぇ込んでたよな」

 

「ま、どうせなら、夜の学校なんて怖がるより楽しんだ方が得ってことだ」

 

 

傑の言葉に、三人は完全に肩の力を抜いた。

悪ガキたちが顔を見合わせ、次の瞬間にはまた笑い声が広がっていく。

 

 

「なぁなぁ、体育館行こや!なーんか走りたい気分やわ!」

 

 

不意な真幌の提案に、悟がぱっと顔を輝かせる。

 

 

「バスケしよーぜ!バスケ!ボールどっかにあるっしょ!」

 

「小学生のゴールなら、真幌でもダンクいけるんじゃないか?」

 

「言うたな!?見とけや、ゴールごと吹っ飛ばしたるわ!」

 

 

三人は廊下へと駆け出した。

肩をぶつけ合い、笑いながら競うように走る。

薄暗い廊下に、三つの影が子供のように躍っていた。

 

 

「ゴーゴー!深夜の体育祭ー!」

 

 

真幌が扉を押し開けると、静かな体育館の空気が出迎えた。

体育倉庫からボールを見つけて手に取ると、その感触に自然と顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「よっしゃ、始めるか!悟、逃げんなよ!」

 

「上等だ!全力で叩き潰してやんよ、真幌!」

 

 

気合十分の真幌の背後から、傑がボールをひょいと奪いながら、軽くドリブルを始めた。

 

 

「二人とも、口だけは達者だけど……私に勝てるとでも思ってるのかい?」

 

「うわ、やる気だこいつ!出たぞ傑の本気モード!」

 

「三人バトルや!負けたやつ、ジュース奢りな!」

 

 

三人はコート中央にボールを置き、無言のカウントを交わすと、次の瞬間には同時にボールへと飛び込んだ。

夜の体育館に軽快な足音が響き、笑い声が弾けては体育館の壁に反響した。

素早いドリブル、ふざけたフェイント、激しいぶつかり合い。

お互いに冗談を言い合いながら、遊びとは思えないほど真剣にゴールを狙い合った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。