禪院直哉の兄が人たらし過ぎる件   作:ぴのっきお

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第8話

 

しばらく楽しげな時間が続き、いつしか呼吸も乱れていた頃、勢いよく放たれたボールが弾みながら体育倉庫の方へと転がり去り、それを目で追いながら三人は自然と動きを止めた。

静寂が戻った体育館の中、ボールは徐々に薄暗い倉庫の奥へと消えていった。

 

 

「あーあ、今の誰のせいだ?」

 

 

悟が周囲を見回すと、真幌がすかさず隣の傑を指差した。

 

 

「そりゃあ傑やろ、今のは絶対」

 

「待ってくれ、私のせいか?悟のパスが雑だったからだろ」

 

「はぁ?俺のせいにするなよ。傑が変なところに立ってるからだろ」

 

 

負けじと不満を漏らす悟に、傑は仕方なさそうに手を振り、やれやれという表情で話を打ち切った。

 

 

「わかったよ、私が拾ってくる。君たちはここで待っていてくれ」

 

「おー、悪いな傑、頼むわ~」

 

 

悟が軽く手を振って見送る中、傑は頷いて薄闇が広がる倉庫の中へと足を踏み入れた。

 

体育倉庫の中は埃っぽく、蛍光灯が不規則にジリジリと鳴り響いていた。

棚や壁際には古びた跳び箱やマット、雑多な用具が乱雑に積まれており、妙に息苦しい空気が満ちている。

 

傑は慎重に足元を確かめながら転がり込んだボールを探したが、ふと部屋の隅の棚に目が引きつけられた。

棚の奥で、小さな朽ちかけた木箱が異様な存在感を放っている。

その箱からは、強烈な呪力が漏れ出していた。

 

 

「……これは?」

 

 

好奇心と警戒心の入り混じる中、傑は慎重に木箱へ近づく。

細心の注意を払いながら蓋を持ち上げると、中には赤黒く変色した奇妙な指が一本、異質な雰囲気を纏って横たわっていた。

 

 

「宿儺の指……まさかこんな場所に――」

 

 

呟いた瞬間、背後で急激に冷たい気配が膨れ上がった。

振り返る間も与えられず、強烈な衝撃が傑を襲う。

 

 

「ぐっ――!」

 

 

吹き飛ばされた傑は積み上げられたマットや器具に勢いよく叩きつけられた。

鈍い痛みが全身を駆け抜け、耳鳴りと霞む視界の中で必死に意識を繋ぎ止める。

体育館では悟と真幌が、倉庫から響いた突然の激しい物音に、即座に表情を引き締めた。

 

 

「なんや、今の音……!?」

 

 

真幌が動揺から声を上げ、二人が倉庫へ向かって駆け出した瞬間、傑の身体が入口から乱暴に放り出されるように飛び出してきた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

悟は反射的に駆け寄り、寸前で傑を受け止めた。

二人は勢いのまま床に倒れ込み、大きな衝撃音が体育館に響き渡る。

 

 

「傑、大丈夫か!?」

 

 

焦りを滲ませて傑を支え起こす悟に、傑は苦痛に顔を歪ませながら倉庫の入口を震える手で指差した。

 

 

「来る……!」

 

 

薄暗い倉庫の奥から、重苦しい呪力を纏った不気味な影がゆらりと姿を現した。

 

それは、首のない子供の姿をした呪霊だった。

血が滴るような体躯には頭部がなく、異様なシルエットが月明かりに不吉に照らされている。

 

 

「嘘だろ……おい傑!さっきの話、本当だったのかよ!?」

 

 

悟が引きつった笑みを浮かべながら傑を揺さぶる。

 

 

「んな訳ないだろう!あんなのは完全な作り話だ。きっと呪霊がこちらの恐怖の対象に姿を変えているんだろう」

 

「げぇーっ!?タチ悪すぎるやろ!」

 

 

真幌が情けない声を漏らす横で、傑は鋭い眼差しで呪霊を見据えて身構えた。

傑の足元の影が渦巻きながら凝縮し、そこから漆黒の豹型呪霊が具現化する。

その尻尾は三又に分かれ、それぞれが蛇のように揺らめき、頭部には不規則に並んだ複数の赤い眼球が妖しく輝いていた。

 

 

「行け、『影豹』!」

 

 

影豹は疾風のごとく床を蹴り上げ、敵の呪霊に猛然と襲い掛かった。

鋭利に伸びた爪が振り下ろされると、子供の呪霊の体から赤黒い血が惨たらしく噴き出す。

 

 

「痛いよォ、痛いよォ!」

 

 

呪霊は涙混じりに絶叫するが、傑は攻撃の手を緩めない。

影豹は情け容赦なく敵を切り裂き続け、その小さな身体はあっという間に血に塗れていった。

 

 

「容赦ねぇな、傑……ヒール感強いぞ俺たち」

 

 

悟が困惑気味に漏らすと、真幌も眉を寄せて同調した。

 

 

「何や、可哀想に見えて来たなぁ」

 

「言ってる場合か!嘘泣きだ、あれは!手ごたえがまるで――」

 

 

傑が言い切る前に、子供の呪霊が一際大きく、耳をつんざくような泣き声を上げた。

 

 

「わぁーーーっ!!!」

 

 

刹那、呪霊の身体を中心に強烈な衝撃波が全方位へと放たれた。

近くにいた影豹はまともに喰らい、その身体は瞬く間に輪郭を崩して黒い霧のように消滅する。

 

 

「傑の手持ちで一番強い影豹が駄目ってことは、あいつ、一級以上だな。真幌、傑、下がってろ。俺が行く」

 

 

悟が首を鳴らして一歩前へ踏み出した。

その瞳は、獲物を捕らえる猛禽類のような楽し気な気配を帯びている。

 

悟は床を蹴り、一瞬で呪霊との間合いを詰めた。

呪霊が両腕を振り下ろして応戦するが、悟は余裕のある笑みを浮かべ、身体をひねってその攻撃をいなす。

 

 

「そんな短い腕で当たるかよ」

 

 

挑発的な口調で言い放つと同時に蒼を放つ。

強烈な引力が呪霊を吸い寄せ、その無防備な体勢に悟の回し蹴りが叩き込まれた。

衝撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた呪霊がよろよろと震える膝で立ち上がり、細く頼りない腕をだらりと垂らす。

 

 

「ぐず、痛いよォ……ひどいよォ……」

 

「はいはい、お前の嘘泣きはもうバレてんだっつーの」

 

「うッ、うぅ……、あぅ、あーーーーッ!!!」

 

「うるっせぇな!またかよ!?癇癪おこしてんじゃねぇ!」

 

 

慟哭にも似た振動波が放たれ、体育館が激しく揺れる。

それと同時に、呪霊の腕がもぞもぞと不気味に蠢き始めた。

 

 

「頭、ちょうだぁい」

 

 

まるで這うように不自然な動きで腕がぐんぐん伸びてゆくのを見て、悟は早めに決着をつけるべく再び蒼を放つ。

 

 

「ダラダラやってんのも時間の無駄だし、サクっと終わらせようぜ」

 

 

引き寄せた呪霊を赫で吹き飛ばそうと、赤い呪力を指先に込める。

しかし不安定に揺らいだそれは、無残にも空中で霧散してしまった。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

舌打ちした瞬間、さらにもう一段階敵の腕がにゅるりと伸び、悟の首を狙って爪が迫る。

 

 

「頭、頭、頭ァァァ!」

 

 

完全に予想外だったその軌道に、無下限の展開が僅かに遅れ、悟の腕を浅く切り裂いた。

 

 

「いってぇ!いい加減ウゼェな、お前!」

 

 

滲む血を見て、悟の表情が険しくなった。

冷え切った瞳で呪霊を睨みつけ、迎撃態勢を整えた、その刹那。

 

 

「――調子に乗んなや」

 

 

静かな怒気を帯びた声と共に、真幌が落石の如く上空から急降下してきた。

その勢いのまま強烈な蹴りが呪霊の身体を叩き潰し、体育館の床板が派手に砕け散る。

激しい砂埃が舞い上がり、悟の視界が白く染まった。

呆然と立ち尽くす悟の隣で着地した真幌の体からは、莫大な呪力が溢れ出していた。

 

 

「悟、もう休んどき。ここからは俺がやる」

 

 

体育館の底に深く沈んでいた呪霊は、その一撃の威力を本能的に危険だと感じ取ったのだろう。

ゴム玉のように弾ける勢いで体を起こし、目にも留まらぬ速さで距離を取ろうとする。

 

しかし、真幌はそれを許さなかった。

一歩踏み出すと床板が爆ぜて散らばり、真幌の姿は瞬く間に呪霊へと迫る。

間髪を入れず拳を叩き込み、その衝撃が鈍い音を響かせて呪霊の体を軋ませた。

 

敵は必死に抵抗し、鋭利に伸ばした腕が真幌の頬を掠め、脇腹に浅い傷を作った。

鮮血が飛び散ったが、真幌は意にも介さない。

逆に勢いを増した打撃が嵐のように降り注ぎ、呪霊の抵抗を徐々に奪っていった。

 

 

呪霊の動きが明らかに鈍り、大きく体勢を崩したその一瞬、真幌の集中力が極限まで研ぎ澄まされる。

右拳に膨大な呪力が一点集中し、その一撃が閃光のように黒く煌めいた。

黒閃が完璧に呪霊を捉え、衝撃で吹き飛び、壁に大きな亀裂を作りながら崩れ落ちる。

 

 

真幌がとどめを刺そうと駆け寄ると、呪霊の体が溶けるようにぐにゃりと歪み、粘ついた音を立てて再形成され始めた。

真幌の眼前に、なかったはずの頭部が出現する。

 

艶やかな黒髪が血に濡れて額に張り付き、普段は生意気なほど自信に満ちている吊り目は恐怖に震えていた。

真幌とまったく同じ、翡翠の瞳が潤み、縋るようにこちらを見上げている。

 

 

「痛いよ……お願い……やめて……」

 

 

かすれた声が悲痛な響きを持って耳に届き、震える指が真幌へと伸ばされた。

 

 

「惑わされるな!敵の罠だ!」

 

 

傑の鋭い声が響くが、真幌は硬直したまま微動だにできない。

 

 

「真幌!」

 

 

悟と傑は同時に反応した。

即座に蒼を発動した悟が呪霊を引き寄せ、渾身の蹴りを叩き込む。

崩れた呪霊に間髪入れず傑が飛び込み、呪霊玉へと変化させ、一息にそれを飲み込んだ。

 

呪霊の気配が完全に消え去り、戦いの余韻を残す体育館に静けさが戻る。

降り注ぐ砂埃の中、張り詰めていた緊張が解けた真幌は、深く息を吐きながらその場にへたり込んだ。

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