雄英体育祭、本選二回戦。
観客席を埋め尽くす歓声は、いつもより遠く感じた。
(……大丈夫)
胸の内で、そう繰り返す。
そうしないと、足が止まりそうだった。
相手は爆豪勝己。
真正面からぶつかれば、今の私じゃ勝てない。
…でも、あれを、使う訳には行かない。まだ私の実力じゃ恐らく…
『それでは2回戦!!開始!!!』
そうスタートの合図があった瞬間、爆豪くんの足元が弾けた。
爆発――ただそれだけのはずなのに、空気が刃物みたいに裂ける。
砂が舞う。熱が刺さる。音が骨に残る。
(速い……)
頭で理解するより先に、身体が追い立てられる。
正面から見ているのに、視界の端でしか捉えられない。
爆豪くんは“飛ぶ”というより、“跳ねる”。
爆風で位置を変え、角度を変え、距離を変える。
私の呼吸が浅くなる。
(落ち着け)
ここで焦れば、いつもの癖が出る。
危険へ、無理に踏み込む癖。
私は一度、胸の奥を静めるために――自分の“顔”を纏った。
E.G.O装備――『懺悔』
額に茨の感触。胸元に静かな重み。
背中の輪の気配が、散らばる思考を一箇所に集めてくれる。
(まず、守る。倒すより先に、崩れない)
爆豪くんが突っ込んでくる。
爆発の反動で加速した膝が、拳が、私へ。
避ける――間に合わない。
私は反射で虚空に手を突き出した。
白い光が走る。
十字架のメイスが、祈りみたいに掌へ落ちた。
――『懺悔』の武器。
「……っ!」
殴らない。割らない。
私は“受ける”ために掲げる。
ドンッ、と衝撃。
爆発の圧が腕から肩へ抜け、身体が半歩ずれる。
それでも持ちこたえた。
(重い……でも、受けきれる)
だが次の瞬間、爆豪くんはもう別の角度にいる。
一撃を受けた“次”が来ない。代わりに“別の次”が来る。
爆発が背後で炸裂する。
熱が背中を舐め、視界が白く滲む。
私は咄嗟に跳んで距離を取るが、足元の砂が爆風で崩れる。
(狙われてる)
爆豪くんは、私が立つ場所を“作らせない”。
踏ん張ろうとすると爆風で崩され、逃げようとすると追撃が来る。
「逃げてばっかじゃねぇぞ!」
声が、鋭い。
逃げているつもりはない。
でも実際、押されている。
私は『懺悔』の十字を消した。
武器だけを光にほどかせる。装備はそのまま。
ZAYINの重みが、まだ私を落ち着かせている。
(このまま防いでも……削られるだけ)
受け続ければ、いずれ崩れる。
崩れた瞬間、爆豪くんは終わらせる。
守るだけじゃ足りない。
距離を取って、火力で押し返す。
爆風の支配から抜け出すには、遠距離で主導権を奪うしかない。
私は息を吸って、切り替えた。
E.G.O展開――『レティシア』
頭のボンボンが軽く揺れる。
衣装が肌に馴染む感覚がして、体温が少しだけ下がる。
冷静になれる。
――そう錯覚できるくらいには。
手にライフルが現れた。
金属の冷たさが、今は頼りだった。
(BLACK。爆風そのものじゃなく、本人に圧をかける)
狙うのは中心。
爆豪くんの動きの“起点”。
引き金を絞る。
乾いた銃声。
弾は――当たらない。
爆豪くんは爆風で瞬間的に角度を変え、弾道をずらす。
空中で小さく爆発を刻み、ジグザグに落ちてくる。
(空中の制御……!)
二発目。三発目。
当たっても“致命”にならないよう調整する。体育祭だ。殺し合いじゃない。
でも、当たらないなら意味がない。
爆豪くんが笑ったように見えた。
「その程度の弾で止まるかよ!」
爆発。
熱が視界を塗りつぶす。
私は咄嗟に横へ飛ぶが、爆風が追いついてくる。
身体が宙に浮き、着地が乱れる。
砂を踏む前に――次の爆発。
床ごと蹴り上げられたみたいに、体が跳ねる。
胃が持ち上がり、息が詰まる。
(っ、きつ……)
それでも私はライフルを落とさない。
狙いを捨てない。
一発でも当てたい。
当てれば、爆豪くんのテンポが一瞬だけでも崩れる。
私は爆風の切れ目を読む。
爆豪くんの手の動き、肩の向き、足の踏み込み――
“次の爆発”の予兆を拾う。
(今だ)
引き金。
弾が――爆豪くんの肩を掠めた。
一瞬、動きが鈍る。
爆豪くんの眉が跳ねる。
(取れた)
その一瞬を逃さず、私は距離を広げようとする。
だが爆豪くんは止まらない。
むしろ、その一瞬で怒りの質が変わった。
爆発の密度が上がる。
爆風が連続して、空気が“壁”になる。
逃げ道が潰れていく。
(……押し返したのに、また押し込まれる)
『レティシア』の衣装が熱を受け、肌がじりじりする。
汗が視界に落ちる。
私は息を吸い直すが、空気が熱い。
肺が焼けるみたいに痛い。
爆豪くんが上空を取った。
(上……!)
影。
次の瞬間、真上から爆発。
私は転がるように避ける。
でも爆風が地面を抉り、逃げた先にも砂が跳ねる。
着地が乱れ、膝がつく。
(まずい)
爆豪くんは、その“まずい”を見逃さない。
近い。
距離が詰まる。
私はライフルを構えるが、銃口が上がらない。
爆風が身体を押さえつける。
(……このままじゃ負ける)
負けること自体は、受け入れられる。
でも、ここで終わる負け方は嫌だ。
“ただ押し潰される”だけの負けは。
私は歯を食いしばる。
『懺悔』の重みが、まだ胸にある。
だからこそ、分かる。
今の手札では、立て直せない。
(……残り香)
WAW。
教師陣すら把握していなかった奥の手。
危険性は理解している。
そして――今の私には確実に扱えない。
それでも。
爆豪くんの手が上がる。
次の爆発が来る。
私はその瞬間、決めた。
(使う)
『レティシア』の冷たさが、逆に遠のく。
世界の音が薄くなる。
次の一歩が、戻れないかもしれない一歩だと分かっているのに。
それでも私は、前へ出ようとした。
⸻
《……管理人》
頭の奥に、澄んだ声が響く。
いつもより、少し近い。
《そのE.G.Oは、管理人の現在の精神状態では扱えません》
(分かってる)
《いえ。“理解している”だけでは足りません》
一瞬の沈黙。
ためらいのような間。
《管理人は、すでに限界に近い》
《残り香は、管理人を即座に破壊することはありません。ですが――》
声が、わずかに低くなる。
《それは、苦しさを優しく包み込みます》
《疲労を消し、恐怖を薄め、「もう考えなくていい」と囁く》
《それが、このE.G.Oの最も危険な点です》
私は、拳を握った。
(それでも)
《今なら引き返せます》
《まだ、管理人は“管理人自身”です》
その言葉が、胸に残る。
《管理人は、守る側でしょう》
《誰かのために、自分を犠牲にする必要はありません》
声が、ほんの少し揺れた。
《……私は、それを望みません》
(……ごめん)
心の中でそう呟き、
私は前に出た。
《最後に、もう一度警告します》
《これは“奥の手”ではありません》
《“取り返しのつかない選択”です》
(……それでも)
⸻
甘い香りが、空気に溶けた。
背中に、何かが“いる”感覚。
振り返らなくても分かる。
(……抑えられてる)
まだ、私だ。
手の中に形成されるのは、
WHITEのクロスボウ。
花弁を思わせる装飾。
弦に触れた指先が、わずかに熱い。
「……さっきと、違ぇな」
爆豪が眉をひそめる。
私は静かな声で呟いた。
アルリウネ E.G.O『残り香』
⸻
一射目。
矢は音もなく空を裂き、
爆豪の進路を僅かに逸らす。
爆発で軌道を変えようとした瞬間、
視界に花弁が舞った。
「チッ……!」
判断が、ほんの一瞬遅れる。
二射目。
WHITEの矢が、精神に触れる。
「……っ!」
爆豪の表情が歪んだ。
(効いてる)
だが、追い詰めない。
欲張らない。
(制御を、最優先)
花弁は静かに舞い、
地面には細い蔓が伸びる。
深く根は張らない。
ただ、踏み込みを鈍らせるだけ。
爆豪は笑った。
「面白ぇ……!」
爆発で距離を取り、再び突っ込んでくる。
私は、クロスボウを引き絞った。
三射目。
四射目。
直撃は少ない。
それでも、確実に削れている。
観客席がざわつく。
「押し返してる……?」
「さっきまで不利だったのに」
(……いける)
(このまま、耐えきれれば)
そう思った瞬間だった。
⸻
香りが、濃くなる。
意識していないのに、花弁が増えた。
(……え?)
手に違和感。
(待って)
(まだ、抑え――)
胸の奥が、妙に静かになる。
(……ぁ……これ、だめ…私が…私じゃ…)
その感覚に、はっきりと恐怖が走った。
花弁が、私の腕に触れる。
肩に、頬に。
触れられた場所から、感覚が薄れていく。
声が、出ない。
喉が花で塞がれたみたいだった。
地面から、蔓が伸びる。
今までのような浅いものじゃない。
根が、
私を中心に張り巡らされていく。
(……来てる)
視界の端に、
“何か”がいる感覚。
振り返らなくても分かる。
恐怖も、焦りも、遠い。
(このままでも――)
(いいんじゃないかって――)
⸻
「――ッ!!」
衝撃。
身体が、後ろに引き戻される。
花弁が弾け飛び、
蔓が無理やり引き剥がされる。
私は、地面に崩れ落ちた。
視界の端に立つ、黒い影。
相澤先生。
理由も分からないまま、
ただ、腕を掴まれていた。
花弁は、まだ残っている。
でも――増えない。
(……止まった)
胸の奥で、私の後ろで、何かが不満そうに蠢いた気がした。
大きく息を吸う。
甘い香りは、まだ消えていない。
(……危なかった)
遅れて、恐怖が押し寄せる。
アナウンスが、試合終了を告げた。
『しょ、勝者、爆豪勝己!!』
私は、敗者として担架に乗せられながら、
空を見上げた。
青空の向こうに、
まだ、花弁が舞っている気がした。
リクエストのアルリウネ、『残り香』でした!コメントお願いします!