幻想の力でヒロアカ生活(リメイク済)   作:からまる#猫餅プロジェクト

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下手です


17話 懺悔を胸に、明日へ。

朝の寮は、だいたい騒がしい。

 

廊下の向こうで誰かが走って、どこかの部屋からドライヤーの音が聞こえて、キッチンの方からは「卵が足りない!」みたいな叫びがする。

 

そういう全部が、私には少しだけ嬉しい。

 

体育祭の後、私は負けた。

止められて、敗北扱いで、医務室で、みんなの反応があって――そこまではもう、ひとつの“終わったこと”になっているはずなのに。

 

胸の奥だけが、まだ時々、ざわっとする。

 

(……今日は、切り替えよう)

 

私は洗面台の鏡に向かって、軽く頬を叩く。

明るい顔。いつもの顔。

その上で――私はいつもの重みを確かめる。

 

制服の下、肌のすぐ近く。

見えないのに、確かにある感覚。

 

E.G.O――『懺悔』

 

茨のような気配が背中に沿って、呼吸が落ち着く。

これはZAYIN。侵食はほとんどない。

だから私は“ヒーローとして面前に立つ時”は、いつもこれを纏っている。

 

「よし」

 

声に出すと、少しだけ身体が軽くなった。

 

 

教室に入ると、みんながそれぞれの話をしている。

 

「職業体験、どこ行くんだ?」

「俺は、地元の事務所に…」

「え、マジで? いいな!」

 

そんな中で、私の席の近くに女子が集まってきた。

 

「想夢さん、今日も早い」

「ね、体調もう大丈夫?」

「体育祭のあと、無理してない?」

 

私は笑って手を振る。

 

「大丈夫! ほんとに。心配してくれてありがとう」

 

……本当のところ、無理してないかって聞かれたら、少しだけ怪しい。

私は“危ない時に踏み込む癖”がある。自覚してる。

でも、だからこそ今日みたいな日常に、ちゃんと足を置きたい。

 

ホームルーム。相澤先生がいつも通り眠そうに入ってきて、黒板に淡々と要件を書いた。

 

職業体験の最終確認。

行き先。集合時間。注意事項。

 

「……いいか。職業体験は、遊びじゃない。勝手な行動をするな。特に、現場判断を学生が独断でやるな」

 

先生の目が、一瞬だけ私に向いた気がした。

気のせいじゃないと思う。

 

私は背筋を伸ばして、明るく頷く。

 

「はい」

 

……守れるかは、分からない。

でも、守ろうとは思ってる。

 

 

私の職業体験先は、保須のヒーロー事務所だった。

 

選んだ理由は単純で、現場が近いから。

“街”を知りたかったし、“現場の空気”を吸いたかった。

 

それに――この辺りは、最近妙に噂が多い。

 

「ヒーロー殺し」

 

誰かが口にしただけで、空気が少し冷える言葉。

それでも、私たちはヒーロー科だ。避けて通れない。

 

(……日常回にするんだった。深く考えすぎない)

 

私は胸の懺悔を確かめて、駅の改札を抜けた。

 

 

事務所のドアを開けた瞬間、元気な声が飛んでくる。

 

「おっ、来た来た! 雄英の子だね!」

 

保須のプロヒーロー、ネイティブ。

テレビで見るよりもずっと軽快で、でも目はちゃんと現場の人の目をしていた。

 

「こんにちは! 雄英高校一年A組、幻乃です。よろしくお願いします!」

 

「うんうん、元気だね。……で、これが噂の体育祭の子?」

 

私は一瞬だけ固まって、すぐに笑った。

 

「噂、広いですね」

 

「ヒーロー業界、狭いからねえ。ま、今日は肩の力抜いて。まずは巡回、行こうか」

 

外に出ると、保須の街は思ったより人が多い。

観光客の声。学生の声。買い物袋の擦れる音。

 

日常だ。

 

でも、日常の皮一枚下に、非日常が潜んでいるのも分かる。

それが、この街の空気だった。

 

巡回中、ネイティブは私の歩き方を見て、さらっと言った。

 

「君さ、現場で前に出すぎるタイプでしょ?」

 

私は笑って誤魔化そうとして、やめた。

 

「……はい。たぶん」

 

「うん。いいことでもある。けどね、守るってのは“自分が壊れない”のも含むから」

 

それは、叱責じゃなくて、助言だった。

 

「君が倒れたら、守れるものも守れなくなる。……現場はね、そういうことが本当にある」

 

私は「はい」と言って、喉の奥で一度だけ息を飲み込んだ。

 

体育祭の“止められた瞬間”が、ちらっと頭をよぎったから。

 

 

その日の小さな事件は、本当に“小さかった”。

 

路地裏でひったくり。

逃げる犯人。追いかける被害者。転びかける子ども。

 

私は反射で前へ出てしまいそうになって、足を止めた。

 

(独断で動くな)

 

先生の声が、胸の奥で鳴る。

 

私はネイティブを見て、目で合図した。

ネイティブが頷く。

 

「よし、いくよ!」

 

私は走る。

 

懺悔は、体に馴染んでいる。

動きを邪魔しない。むしろ、心が静かになる。

 

「止まってください!」

 

犯人が振り返り、舌打ちをして方向を変える。

私は追う。追いすぎない。距離を詰めすぎない。

 

ネイティブが横から回り込む。

連携。プロの動き。

 

――そして数秒後には、犯人は取り押さえられていた。

 

大きな戦闘じゃない。

派手なE.G.Oも使わない。

それでも、胸の奥のどこかがじんわり温かくなる。

 

(……こういうのが、仕事なんだ)

 

終わったあと、ネイティブが軽く肩を叩いた。

 

「いい判断。出すぎず、でも引かない。……それが一番むずいんだよ」

 

私は照れて笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

その時は本当に、それだけで充分だった。

 

 

帰り道。電車の窓に映る自分を見て、私はふっと笑う。

 

「つかれた……」

 

今度は言い直さない。

疲れは、ちゃんとした疲れだった。

 

寮に戻って、シャワーを浴びて、髪を乾かして。

いつもの流れの中に戻る。

 

みんなの声が廊下に溢れていて、私はそれを聞きながら机に向かった。

職業体験の報告書。思ったより文字数が多い。

 

机に突っ伏して、ペンを転がす。

「つかれた……」と呟きかけて、私は明るく言い直す。

 

「つかれた! でも、やった!」

 

自分で言って、自分で笑う。

こういうの、大事だ。沈むと引きずる。

 

制服の上から、胸元を軽く押さえた。

懺悔はいつもここにある。

私の“顔”で、私の“落ち着き”だ。

 

でも――落ち着きの奥に、薄い違和感が残っていた。

体育祭の後から、ずっと。

 

私は虚空に手を差し出す。

必要なとき、光と一緒に現れる“輪郭”。

 

最近、その輪郭が増えた。

助かる。助かるけど、怖い。

 

光が、指先にまとわりつく。

 

E.G.O――『鮮血』

 

触れただけで、熱が走った。

小さな斧の重さが、まだないのに掌に残る。

心が揺れるほど強くなる――そんな仕組みが、最初から肌の裏に貼り付くみたいで。

 

(……便利じゃない)

 

強いのに、強いほど危うい。

 

私は一度、指を引く。

息を整えて、もう一度。

 

E.G.O――『不調和』

 

今度は、冷たかった。

耳の奥に何かが嵌まる気配がして、反射で肩が跳ねる。

 

勇気と慎重が削がれて、代わりに正義だけが膨らむ予感。

正しいことをしているはずなのに、視野が狭くなる。

 

(……これも、使うなら一回だけ)

 

(欲張らない)

 

私は虚空から手を引っ込めた。

机の上に置いたペンを握り直す。

 

そのとき、スマホが震えた。

 

画面に流れた見出しは、嫌な単語ばかりだった。

“違法研究” “押収” “サンプル”。

 

私は反射で画面を消す。

知らないふりをした。

日常に戻るために。

 

なのに、背中が冷えた。

 

(……今、誰かが私の中を覗いた?)

 

あり得ない。

あり得ないはずなのに、感覚だけが残る。

 

窓の外で、羽音がした。

 

黒い影が、電線に降りる。

カラス。

 

ただのカラス。

……ただの、はず。

 

目が合った気がして、心臓が一度だけ跳ねた。

 

カラスは動かない。

じっとこちらを見て――次の瞬間、すっと飛び去った。

 

私は息を吐く。

 

「気のせい、気のせい」

 

明るく言い聞かせた声が、少しだけ震えた。

 

報告書の最後の行に、ペン先を落とす。

今日の出来事を、いつもの言葉で締める。

 

――明日も、がんばろ。

 

そう書いた瞬間、胸の奥で、嫌な確信だけが芽を出した。

 

(いつか、来る)

 

(あれは偶然じゃない)

 

ペン先が紙を離れる音が、やけに大きく聞こえた。




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