彼女の葬式は特にトラブルもなく始まった。
目の前には喪服と制服を着た参列者が、顔を俯けていた。何人かの人が奏でる啜り泣く音が、重なることで大きくなる。
そのうちの一人は、他でもないこの僕のものだ。
彼女がこのような死を遂げることを、一体誰が望んだであろうか。
人の望みを叶える役割の神が、誰も望んでいないことを叶えるとは、何とも役立たずで、残酷なのであろう。
彼女の親族が参列者に挨拶をする。
「本日は、ご多忙の中、娘の葬儀にご会葬くださいまして、誠にありがとうございます。」
彼女の親族は溢れ出す涙を懸命に抑えながら、さらに言葉を続ける。
「娘は小さい頃から、よく私の言動を真似しており、まるで娘と息子の両方を授かったようでした。私にとっての娘は唯一の血が繋がった家族であり、それは娘にとってもそうでした。」
もう涙で前が見えない。
彼女の親族よりも僕が涙を流すことは許されるのであろうか。
悲しみで身も心もいっぱいになっているうちに、いつの間にかスピーチは終わりを迎えていた。
「本日は誠にありがとうございました。」
そして、そのまま葬式は恙無く終了した。
いつもは全く通ることのないこの道を、ゆっくりと歩く。
後ろからクラクションを鳴らして僕を追い越した車を睨む。
彼女と仲良くなってから彼女が死ぬまでの思い出はすべて鮮明に覚えている。
それくらい彼女との記憶は忘れられない。
しかし、それ以上にその期間はあまりにも短すぎたのだ。
「まだ仲良くなって二ヶ月ちょっとしか経ってないよ…」
そうポツリと呟く。
彼女と二年生も同じクラスになれないかと期待していた時が懐かしい。
彼女はもう、この世にいない。
「もう治ったから病院行かなくて良くない?声ももういつも通りでしょ?」
しかし、父はそれを許してくれない。
「ダメだ。ちゃんと行きなさい。完治してなくて再発したら苦労するのは
それに、高校に遅れて行けるんだから嬉しいだろう。」
「そうだけどさ。」
不満げな顔を浮かべてみるものの、父はそれを無視して仕事に行く準備をし始める。
秋花粉のせいでくしゃみが止まらなくなり、喉が痛くなった。それに加えて、声もおかしくなったため先日病院で診てもらったのだ。
そして今日はしっかりと完治したかを確認するために病院に行くのだ。一時時間ほどで身支度を済ませ、家を出る。
電車を乗り継いで、総合病院に到着する。しばらく待合室で待っていると名前を呼ばれた。
「古川 光さん。診察室の方へどうぞ。」
緊張した面持ちで待合室へ入る。
「喉を診るために口からカメラ入れますねー。」
これが嫌で病院に行くことを渋ったのだ。だが、ここまできて、やっぱ嫌です。なんでは口が裂けても言えない。
覚悟を決めるのだ。
そして、医者がカメラを口の中に入れてくる。激しい痛みに襲われる。
この医者、やっぱりカメラ入れるのが下手だ。
「大丈夫ですねー。しっかりと完治してます。」
そう言って雑にカメラを取り出す。
もうここの耳鼻科には絶対来ない。そう決意した。
その後は、待合室で呼ばれるのを待って、そのままお会計をして、病院から出るためにエレベータに乗る。
「一階です。」そう無機質な声が聞こえて、エレベーターから出る。
その瞬間であった。
「イタッ!」
その声が重なった。相手が見ていたであろうスマホが表向きでこちらに転がってくる。
別に見ようと思ったわけではなかった。
不可抗力であったが、そのスマホに表示されたメッセージを見てしまった。
もう寿命は長くてもあと一年だよ。来年の今頃まで。
叔父さんと書かれたそのトークルームを見られて、相手は慌てる。
「ごめんなさい!見るつもりはなかったんだよ!」
そうして顔を上げると、そこには見知ったかおがあった。
「あっ…」
また声が重なる。
どうやら相手もこちらのことを認知していてくれたらしい。
「確か…」
その言葉の後が続かない。名前までは覚えていなかった。
「野村 千尋です。あなたはふるか…」
「古川 光です。同じクラスの人でしょ?」
名前が知られているとは思わず、言葉を遮ってしまった。だが、野村は少し驚いただけで大して気にした様子はなく言葉を続けた。
「やっぱり、そうだ。それにしても、画面見られちゃったかー。」
「それって本当のことなの?」
「本当だよ。あと一年の命なんだ。あっ、でもクラスの人には言わないで。気を遣われたりしたくないからね。」
思ったよりも動揺はしなかった。
死は誰にでも訪れることを理解しているからだ。
その後は普通に何事もなかったかのように別れた。
そして、高校に到着する。
「あっやっと来たか!このサボり魔め!」
そうからかってくるのは、小学校からの仲の矢吹 雄一だ。
「うるさい、サボってないから。病院に行ってたんだよ。」
「相変わらず口が悪いな。だからモテないんだよ。」
「余計なお世話だ。」
フンっと鼻を鳴らし、雄一から目を逸らす。
そして偶然にも、野村 千尋の席が目に留まった。
「そういえば、時々学校に来てなかったな。」
大きな声で言ったつもりはなかったが、雄一には聞こえていたらしい。
「おっなんだなんだ、野村が気になるのか?」
「そんなんじゃねーよ。ただ、結構休むなと思っただけだ。」
そして、先生が教室に入ってくると同時に授業開始のチャイムが鳴る。
「おっ、古川いつきた?」
「たった今です。」
そう答えながら、授業の準備をする。
先生が何かを紙に書き込むと、そのまま授業が始まった。
「じゃあ、挨拶。」
「起立。さようなら。」
帰りのホームルームが終わった。
今日は最後まで、野村 千尋という席が埋まることがなかった。
「ほら、帰るぞ光。」
雄一にそう声をかけられ一緒に帰る。
「お前今日ずっと野村の席を気にしてなかったか?やっぱり好きなのか?」
「だからちげーって。」
そもそも野村はクラスのいわゆる人気者ってやつだ。みんなを引っ張るような人ではないが、人望があるのか慕っている人は多い。対して、自分の交友関係は狭い。個人的には、何人も友達を作るよりも1人の親友を使った方が良いと思う。
そしてその1人が、こいつなのだ。
調子に乗るから本人には言わないが。
「でも今まで野村と交流なんてなかっただろ?なんで急に気にし始めたんだよ?」
その疑問には当然答えることができない。
沈黙していると、雄一はこれ以上の追求はやめた。
「そうだ!今週の日曜日に俺の家に来い。部屋の掃除するから。」
「掃除くらい1人でやれよ。」
「あの広さを1人でやれと。俺の親父はきっちり掃除しないと何度でもやり直させてくるから面倒なんだよ。」
雄一の家はお金持ちで、彼の部屋もかなり広い。 何度か行ったことがあるが、確かにあの広さと父親の几帳面さのせいで、いざ掃除するとなると生半可な覚悟では終わらないだろう。
恐らく、本気でやっても半日はかかるのではないか。
「当然お願いするからには見返りがあるんだよな?」
「ジュース一本でどうだ?」
「ふざけているのか?貴重な休日の半日を他人の部屋の掃除に使うんだぞ。」
「アイス2本も追加してやるよ。ちゃんと高いやつな。」
まぁ、それならいいだろう。
雄一に了承の意を伝えるために大袈裟に頭を縦に振る。
「ゲンキンなやつだ。」
金で動くなんて合理的で良いじゃないか。
「やっぱり人間を繋ぐものは金だよ。金を信用していない人なんていない。」
「夢のないやつだ。そこは嘘でも愛だって言っとけよ。」
愛なんて家族愛以外には不要だ。ただ、家族愛は絶対に必要だ。絶対に。
その後、雄一と別れで家に着く。ベッドにダイブして目を瞑る。
本当に野村は死ぬのか。
まるで、死とは程遠そうに見えるのに死神の鎌はじわじわと首に近づいているのか。
「一年か‥」
一年後に顔見知りが死ぬ。悲しみもない。驚きもない。だが、何かモヤモヤが心を支配している。きっといつ死ぬかがわかっているからだ。
来年の今頃に近づくと、このモヤモヤはさらに増大するであろう。足をバタバタするたびにベッドから音が鳴る。
それに疲れて足を止めると目を瞑ったまま何も考えないようにじっとした。
「ただいまー」
ドアの開く音と父の声で目を開ける。時計を見るといつの間にか針は7時半を過ぎていた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
そのまま父の買ってきたご飯を食べてまたベットにダイブする。寝たことにより脳が休まったのか、先ほどまでのモヤモヤは気にならない程度になっていた。さらにスマホで動画を見るこれで野村のことは頭からなくなるだろう