次の日、宣言通り二人はお見舞いに来てくれた。その他にも何人かお見舞いに来たが、彼女のことが知れる喜びで頭がいっぱいでほとんど何も覚えていない。
「来てくれてありがとう」
「ううん、感謝されることじゃないよ」
二人は荷物を下ろして近くにあった椅子を持ってきて座る。
「じゃあ、早速だけど教えてくれる?」
「ああ、少し長くなるかもだけどいいな」
「いいよ。お願い」
そうして雄一くんは彼女のことを語り始めた。
時間にすると約一時間半話していた。
その間、僕と彩菜は口を挟むことなくその話に耳を傾け続けていた。
そして、彼女について僕が初めてわかったことが何個もあった。
母親が亡くなり肉親は父親だけであること
父親の影響で少し男の子っぽい口調であったこと
『光』という名前は母親の『
実は部屋には何冊か少女漫画があること
そのほかにも様々なことを知れた。
そのことが嬉しく感じるとともに、雄一くんと僕との間の差を痛感した。
「ありがとう、やっぱり僕と雄一くんじゃ比べ物にならないね」
「小学校から一緒にいるんだからな。そうじゃないとこっちが困る」
雄一くんが微笑む。久しぶりに彼の笑顔が見れた気がする。
「ごめん、今日夜ご飯作らないといけないからもう帰るね。また明日、千尋」
「俺もも帰ろうかな。じゃあな」
「うん、バイバイ。また明日」
二人が病室から離れると、寂しさが急に襲ってくる。
そんな気持ちを紛らわせようと僕は眠りについた。
僕は目を覚ました。しかし、その目覚めはお世辞にも良いものとは言えなかった。全身に激しい痛みが駆け巡る。なんとかナースコールを押す。そして、近くに置いてあった光のおみくじを力の入らない右手で握りしめる。看護師の人が慌てて駆けつける。
もう目を開ける気力は残っていない。
目を瞑ると今までの思い出が瞬間的に目の前に浮かんだ。
走馬灯だ…
彼女も走馬灯を見ることができたのだろうか。
もし見ていなかったのなら、僕は本当にそれが存在していたことを天国で伝えたい。
見ていたのだとしたら、彼女とその内容を語り合いたい。
どれだけ僕と同じ内容を見ていたのか知りたい。
手を差し伸べる彼女の姿が見える。僕はその手を取った。
そうして、僕の意識は途絶えた。
千尋の父親から電話をもらったであろう母は
私は雄一に今聞いた話を伝えて、急いで病院へ向かう準備を進めた。父の運転する車に乗り込み、病院へ到着する。そこにはすっかりとやさぐれた千尋の父親の姿があった。
その姿を見て本当に千尋は死んだしまったのだと実感する。そこへおそらく千尋を最期を見守ってくれたであろう医師がやってくる。
何を話しているのかはわからないが、何かを医師が千尋の父親へ手渡したのは見えた。
それは、見たことのあるものであった。
話し終えた千尋の父親に両親と一緒に近づく。
手に持っていたのはある神社のおみくじであった。なぜそれを医師が手渡したのかはわからない。
私の視線に気付いたのだろう。千尋の父親が説明してくれた。
「これは千尋の命が途絶えるまでずっと手の中にあったものだそうだ。なんでおみくじかはわからないけど」
それは私にもわからない。
しかし、最期まで握っていたのだから相当大事なものであるのは想像に難くない。
おそらく、古川に関係しているものであろう。
「しかも、小吉だ。大吉でもないよ」
千尋の父親は寂しそうに笑う。
「もし良かったら彩菜ちゃんにあげるよ。今まで長い間千尋と仲良くしてくれたお礼に」
私はありがたくそれを受け取った。それは古川から繋がれた命のバトンのようである。
雄一も病院に到着した。雄一の両親は千尋の父親と初対面であるようだ。最初の挨拶がこのような機会で訪れることはなんとも悲しいことだ。
古川が亡くなってから二週間ほど経っている。
しかし、体感は一瞬であった。それぞれの親が集まって話をする。私と雄一はそれを遠目に眺めていた。
しかし、私の視線はいつの間にか病院の床に向いていた。視界がぼやけていく。
そのとき、急に雄一が口を開いた。
「俯いちゃいけないんじゃなかったか」
「そう…だね…」
過去にあった自分の言葉が思い出される。
なかなか気障ったらしい言葉である。
雄一の方を向くと涙でたまった目は真っ直ぐに前を見ていた。
やっぱり男の子は強いな
そう思わずにはいられないほど今は雄一の強さに甘えたかった。
大切な親友を失ったにも関わらずに雄一は前を向いた。
私にはできる気がしないよ…
そう弱気になっている。すると突然左手に温かみを感じた。その温かさは私の全身を包み込むような包容力を持っていた。
千尋の死から数日がたった。貰ったおみくじに書いてあった神社を雄一と訪れた。そして、数多くの絵馬がかけられた場所で二つの絵馬が目に留まる。
楽に死ねますように 野村 千尋
テストで赤点を取りませんように 古川 光
何かに取り憑かれたようにその二つの絵馬の近くに歩いて行く。そして、千尋の絵馬を思わずほどいてしまう。いつの間にか隣に立っていた雄一も古川の絵馬を取り外す。
二人で胸に抱き締める。
やってはいけないと理解している。
犯罪であると理解している。
しかし、体は脳の命令が届いていないかのように勝手に動く。それは雄一も同じであった。
私たちは絵馬を持ち帰った。
私は千尋のを。
雄一は古川のを。
二人はきっと許してくれるだろう。
そう願って神社を去った。
あれから何年が経ったであろうか。六十五…いや、七十年は経っているか。
毎年利用している花屋に入る
「あ、
花屋の店員が愛想よく笑顔を向ける。もう何年もここで花を買っているため顔も名前も覚えられている。
「今年もカーネーションでいいですか?」
その言葉に頷く。その花を受け取り、墓地に向かう。
この花は机の上で飾られていた花と一緒だ。
「今年も来たぞ、光」
自分もだいぶ歳をとった。もう声も掠れてきている。
左手の薬指にはめている指輪を触る。
そこには、筆記体で
Yuichi and Ayana
と彫られている。
その次に財布から小吉のおみくじを取り出して強く握る。
「もうくしゃくしゃになっちゃったな」
そう言って、お墓の上にある雪を払った。