土曜日になり野村との集合場所に到着する。
「ごめん、待たせた。」
「寿命が限られている人の貴重な時間を奪うとはなかなかなことをするね。」
「遅刻はしてないからセーフ。」
そんな会話をしながら電車に向かう。すると、突然野村が訊いてきた。
「ちなみにこの間のメッセージの真意を教えてよ。」
「別にそのままの意味だよ。寿命が短いことを知らないふりをして、雄一や森口のように接した方がいいのか気になっただけ。」
それを聞いた野村はあからさまにため息をついた。
「今この場に彩菜と雄一くんがいないことで答えはもう出てるでしょ?」
「それを聞いて安心したよ。気を遣うことは苦手だから。」
野村について行きながら、電車に乗り込む。土曜日の電車は言うまでもなく混んでいた。人混みは昔から苦手だ。野村にさえ気を遣うことに疲れるのに、全く知らない大勢の人にそれをするのは数倍疲れる。
電車の中で喋ることはできない雰囲気であるから、スマホで野村に行先を訊く。
『どこに行くの?』
『ワカサギ釣りだよ。』
思わず声が出そうになった。確かに季節的には今がちょうどいいが、思いもしなかった目的地にあまりテンションは上がらない。
人混みの一員となること三十分。ようやく目的地に到着した。
「なんでワカサギ釣りなの?」
「人生最後の冬なんだから、冬にしかできないことをしないと。」
「普通はウインタースポーツとかじゃないの?」
「自分から寿命を縮めるようなことはしないよ。普段の体育でさえ、手を抜かないといけなくて楽しめてないんだから。」
でもワカサギ釣りとはなかなかイレギュラーな気がする。
まぁ一度もしたことないしいいか。
釣竿や餌、イスなど必要なものはすべて貸し出しをしているようだ。早速ワカサギを釣りに行く。穴の空いたところの近くに椅子を置き、座る。
「これ何時間するつもりなの?」
「満足するまでだよ。」
「ダメ。何時間やるか絶対に決めてからやろう。野村ってなかなか満足しなさそうだし。」
「人を欲求不満みたいに言わないでよ。」
「実際、寿命が決められた人の欲求は満たされないものが多いだろうから間違ってないでしょ。さっきも体育を満足にできてないって言ってたし。」
「流石にワカサギ釣りを満足にできないほど衰退はしてないよ。」
その言葉は簡単に信じることができなかった。
なぜなら、野村は以前言っていたのだ。力が入らなくなることがあると。
そんな疑いに気づくこともなく、野村は釣り糸を垂らす。
「どっちが多く釣れるか勝負するしよう」
そんなこと言われたらこちらもやる気を出すしかない。
「いいよ。受けて立つ。」
その会話の後、しばらく本気でやっていたためどちらも口を開くことはなかった。
しかし、一時間ぐらい経過した頃に野村が急に話しかけてきた。
「実はさ、今彩菜から恋愛相談受けててさ」
なかなかタイムリーな話題だった。
この内容次第では今度、雄一に慰めとしてアイスを奢る必要があるかもしれない。
「森口が好きな相手って誰なの?」
何故かこっちが緊張している。唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
「いや、恋愛相談っていうのは少し大袈裟だったかも。好きな人じゃなくて気になっている人だって」
「そんなことはどうでもいい。早く相手を教えろ」
「そんなに気になるの?言っておくけど古川じゃないよ」
野村が茶化すようにそう言った。
そんなことはわかってる。森口から好意を寄せられてもこっちが困るだけだ。
「で、誰なんだ?」
「雄一くんだよ」
どうやらアイスを奢らずに済むらしい。ひとまず安堵した。
「どうしてそんなに安心した表情を浮かべてるのさ」
「いや良かったと思って。どうやら雄一の恋にはかなりの高い勝算があるらしい。」
その言葉に驚いたように野村は目を見開く。だがすぐに面白がるような顔になる。
「それはいいことを聞いた。死ぬまでにやりたいことが一つ増えたよ。二人が幸せな表情を見て天国に行きたいな」
「けど、森口は気になっている程度なんだろ。好きになるまでにはまだかかりそう」
「そうかもね。でもそこは雄一君の男気に期待するしかない」
「なら期待はできない。雄一は今まで告白も一切できずに生きてきた臆病男だから。こっちは森口の惚れやすさに期待するしかない」
「惚れやすさねー。今まで彩菜から恋愛相談なんてされたことがなかったからね。もしかしたら今回が初恋になるかもしれない。そう考えると、彩菜に期待することもできそうにない」
「何ともめんどくさい話だ」
「そうだね。どうやったら二人が付き合うか色々考えないといけなさそうだね」
「何故手伝う前提になってるんだ。野村だけでやりなよ」
突き放すようで悪いが、自分から面倒ごとに首を突っ込むことはしない。だが、野村はニヤッと笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
「何言ってんの。やりたいことに付き合ってくれるって話だったでしょ」
「何で雄一のために動かないといけないんだ。」
「とても親友の吐くセリフではないね。親友の幸せなんて見ていて楽しいでしょ」
そういうもんなのか。
「じゃあ、今から計画立てよう。やっぱり親密度を上げるには二人きりにするべきだとおもうんだ」
「じゃあ、掃除ロッカーにでも押し込めばいいんじゃない」
その言葉に野村は呆れ返った。
「真面目に考えてよ。あんな埃っぽいところに入れたら二人が可哀想」
「なんかズレてない?絶対そこじゃないでしょ」
「そんなのどうでもいいよ。それより、やっぱり定番はお化け屋敷じゃない?」
「残念だけど雄一は怖いの苦手。お化け屋敷なんて全力で拒んでくるよ」
「じゃあ、海とかどう?夜だったらロマンチックじゃない?」
「まぁいいんじゃない。ちょっと遠出すればあるしね」
「よし、じゃあ決まり!あとは日程だ」
「ていうか、もう二人がお互いを意識してることを言った方が早くない?」
「それだと面白みがないよ。お互いがお互いの好意に気づく瞬間が恋愛の面白さなんだから」
そう言えば、訊きたかったことがあるんだった。
「野村って恋愛経験豊富なの?恋愛相談も受けてるくらいだし」
「好きな人はいたことがあるよ。結局成就はしなかったけどね」
「じゃあ、好きって感覚がどんな感じなのか教えて」
その言葉に野村は考えるように顎に手を当てた。
「個人的には、ずっとその人のことを考えちゃうって感じかな。少し気を抜くと意識が持ってかれちゃうみたいな」
意識が持ってかれるか…
思い出す限りではそんな経験はなかった。
「もしかして、まだ恋したことないの?」
野村が目を合わせるように顔を覗き込む。
こいつ、あざといな。
「野村の人望がある理由が何となく分かった気がする。」
異性だけでなく同性もこの毒牙にかけられてきたのだろう。当の本人はよく分かってないようだが。
「そろそろお腹が空いてきたね」
野村がそう呟く。言われてみればワカサギ釣りを始めてからすでに二時間が経過していた。釣ったワカサギは食べれるらしい。
「そろそろ終わりにしようか。ちゃんと満足もしたし」
良かった。腹ごしらえした後にまた再開する危険性があったため安堵する。
そうして、二人で初めにいた室内に向かう。
因みに釣ったワカサギの数は一匹差で野村に負けた。別に悔しくはなかった。