いつの間にか冬休みに入っていた。特にスノボ以外の予定が入っていないため、ほとんどを家で過ごしていた。
そして、約束の日が来た。駅からバスが出るため、雄一と一緒に駅へ向かう。
「森口と何か進展はあった?」
そう訊くと、雄一は渋い顔をした。
「今日のために力を温存してたんだよ」
「じゃあ、今日はその力を存分に解放するんだから、何か進展があると期待してるよ」
「なんか急に興味を持つようになったな。何かあったのか?」
そう言われて、気づいた。結局自分も恋愛に興味があるのかもしれない。他人の恋愛に依存した興味に嫌悪感を抱いていた過去の自分を思い出す。
クリスマスパーティのときの女子に心の中で謝罪する。
自分も同じだったのだから。これは野村の影響なのだろうか。
駅に到着すると、既に野村と森口が待っていた。
「わりぃ、待たせたな。光の準備が長引いてな」
「うるさい、バスに間に合えばいいんだよ」
そのやり取りの後に、雄一は森口と二人で話し始めた。その二人の後ろを野村と横並びで歩く。
「本当に来て良かったのか?」
「前にも言ったけど、寿命が友情よりも先行することはないよ」
そんな答えにならないような答えを返す野村の顔には後悔や不安は一切浮かんでいなかった。
「ここで思い出を作っておけば、走馬灯も長くなるだろうしね」
「走馬灯なんて存在しないでしょ」
「そんなことは誰にもわからないよ。だったら自分のプラスになる考え方をする方が良いと思わない?」
走馬灯が存在することがプラスなのかは判断しかねるが、その考え方には賛成だ。ただ、それができるかは別の話だ。
バスが到着する。このままいけば、雄一と森口は隣同士で座ることができるだろう。
そうして計画通りにその二人は隣同士になり、そのすぐ後ろでこちらも野村と隣になった。
野村は前の二人が盛り上がっているのを楽しそうに、にやけて見ていた。しかし、時間が経つと話し声がぴたりと止んだ。怪訝に思い、前を見ると雄一は頭を窓に預けてぐっすりと寝ていた。
さっきの力を温存している発言は何だったのか。まだ温存が必要なほど、今日はすごいことをするのだろうか。
雪山に到着すると同時に雄一が目を覚ます。
「んが…」
そんな間抜けな声を出す雄一に座席越しに冷めた目を向ける。
こいつはもうだめかもしれない。
バスを出ると、普段よりも数段寒い風が体温を奪っていく。
「寒いから早く行こー」
体をさすりながら森口が言う。当然、反対する人はいないためすぐに室内に入り準備を始める。
ボードを片手に雪山に行くと、すでに多くの人が滑っていた。四人ともスノボは久しぶりなため初級コースへ向かう。当然のようにリフトには野村と乗る。
「古川は前にスノボしたのはいつなの?」
「三年前くらい。っていっても今回が二回目だからほぼ初めてみたいなもの。そっちは?」
「こっちも似たようなものだよ。ただ今回は三回目。彩菜は結構行ったことあるみたいだから途中から中級コースに行くかもね」
「じゃあ、雄一も中級に行くかも。あいつも結構行ったことあるらしいから」
リフトが頂上に到着する。リフトから降りるときに心拍数が上がる。
恐らく、これは人類共通の現象ではないか。
ボードを足に固定して立つ。
「うわぁ!」
森口がボードを足につけ終えて、立ち上がった瞬間にバランスを崩す。そんな森口に雄一が手を伸ばす。
「ありがとう…」
森口が照れたような声でお礼を言う。
こういう時、こちらはどういう反応をすれば良いのだろうか。野村の方を見ると、二人を見てニヤニヤしていた。
こいついつもニヤニヤしてるな。
そんな三人を尻目にひと足先に滑っていく。久しぶりだったが、何とか転倒せずに一番下に到着する。
三人の様子を見るために振り返って上を見る。
その瞬間に雄一が思いっきり転んでいた。
さっきのかっこいい雄一は幻だったんだろうか。そんな雄一に話しかける。
「派手に転んだな」
「いや、花があったんだよ」
「あるわけないだろ」
そんな会話をしていると、残りの二人も戻ってきた。
「いやー気持ちいいねー」
どうやら森口のお気に召したようだ。野村も満足そうな顔をしている。
そこから四人で昼まで初級コースで滑っていた。その後は一旦昼食を食べるために室内に戻った。全員がカレーを食べるという事で意見が一致した。全員分のカレーが揃ったところで一斉に食べ始める。
「やっぱりここで食べるカレーは一味違うね!」
おいしそうに食べる森口がそんなことを言う。
確かに一味違う。カレーを食べる手が止まらない。そんな折に、野村の焦った声が聞こえた。
「やば…」
見ると、野村のカレーにはスプーンがつかっていた。どうやらスプーンを落としたらしい。
「あー何やっての千尋。ほら早く拭きなよ」
森口が近くにあったナプキンを差し出す。
ありがとう、と言ってスプーンを吹く野村の右手は少し震えていた。やはり無理しているようだ。もう休ませた方がいいのではないか。
そんな願いが通じたのか、森口がこんなことを言った。
「私この後中級コース行こうと思ってるんだけど、誰か一緒に来ない?」
これを好機と判断して雄一に視線を送る。その無言の訴えが功を奏して、雄一も中級コースに行くと決めた。
「じゃあ、四時にまたここで集合ね。」
そう言い残して雄一と森口は中級コースへと向かった。
「だいぶ無理して滑ってたでしょ。」
「そんなことないよ。まだまだ体力は残ってる」
「今は二人だけなんだから無理しても意味ないよ」
野村は黙り込んでしまった。
「個人的にはもう満足したし、四時までずっと休んでもいいよ」
野村にそう提案したが、野村はそれを受け入れなかった。
「少し歩こうか」
そう言って雪上を歩き出す。
「確かにちょっと疲れた気はするよ。でも後少しだけ滑りたい」
「ちょっと休んでから、少しだけだぞ」
歩いていると、明らかに迷子と思われる小さな男の子がいた。周りの人が、何かしたくても行動に移せない人が多い中、野村は何の躊躇いもなく話しかけた。
「どうしたの?」
「お父さんとお母さんとはぐれちゃった…」
「じゃあ、一緒に探そうか!最後にお母さんたちと一緒にいたのはどこらへん?」
「あっちの方」
「じゃまずはそこに行こっか!」
野村は子供の扱いが上手い。さっきまで泣きそうな顔をして両親を探していた男の子の顔に笑顔が宿った。
何故、こんな優しい人が後もう少しで死んでしまうのだろう。
神は一体何を考えているのか。
程なくして、男の子の両親は見つかった。野村は両親のお礼を慣れたように受け取る。
「やっぱり子供は可愛いね。ぜひ長生きしてもらいたい」
「言葉の重みが違うね」
「じゃあ、そろそろ滑ろうか」
再び二人でリフトに乗る。
そしてまた、降りる瞬間に緊張する。
「先行くよ」
すでにボードをつけた野村が先に滑っていった。
追いかけるように滑っていく。
すると────
どんっ!
鈍い音がなって野村と男性が転がる。衝突事故だった。慌てて野村のとこへ向かうと男性は青い顔をして野村に話しかけていた。
「大丈夫ですか!」
「野村っ!!」
体を揺すると、ゆっくりと野村は目を開けた。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
男性のその言葉に野村は慌てて答える。
「こちらこそごめんなさい、周りに気を遣ってなくて…」
どうやら一見無事ではあるようだ。たが、体に強い衝撃が加わった。そのことがとても心配だ。三人で一度下まで降りていく。
「もう大丈夫ですので、どうぞまた滑ってきてください」
男性に笑顔でそう言う野村はとても余名宣告を受けた人のものとは思えない。
その言葉に安堵した男性は躊躇いながらもこの場を後にした。
「もうじっとしてな。絶対に滑っちゃダメだ」
その強い口調にいくらの野村といえども何も言えなかった。
その後は四時まで歩きながら話して時間を潰した。
「いやー楽しかったなー」
バスに乗り込むと、森口がそう言った。
無理にその言葉に同意する。それっきりみんな疲れていたので会話はなかった。
駅に着くと雄一と一緒に帰路に着く。
「で、結局進展はあったの?」
その言葉に雄一は言葉を詰まらせる。どうやら何もなかったらしい。
もう雄一には無理なのかもしれない。
家に着くと、ご飯とお風呂を早々に済ませてベッドにダイブする。そして、今日あったことを思い出す。
今日でどれほど野村は寿命を犠牲にしたのだろうか。
その犠牲にこの一日は釣り合っていたのだろうか。
そんなことを考えていると、スマホが振動した。
『クリスマスどこかお泊まりしようよ』
森口の提案にはすぐに雄一が賛成した。激しい運動もないと踏んでか野村も賛成している。
同調圧力を感じ、賛成の意を伝える。
そして、部屋の電気を消して眠りについた。