クリスマスのお泊まりは神奈川県への旅行を兼ねて一泊二日の小旅行となった。
クリスマスまでは予定がまっさら。だから存分に家でダラダラできると思っていたが、気づけばもう二十四日になっていた。
明日の準備を進める。いろんなところを行ったり来たりしていると父が話しかけてきた。
「そう言えば、明日から旅行に行くのか。学生は羨ましいよ。今しかできないことだから、思う存分楽しんできなさい。」
その言葉に適当に頭を振って頷く。だが、聞き流していた父の言葉で一つ頭に残るものがあった。
今しかできない、か‥
社会人になっても旅行なんて行こうと思えば行ける。クリスマスの日には厳しいかもしれないが。しかし、野村には社会人になる未来はない。それどころか、大学生にも高校三年生にもなれない。その事実に改めて気づかされ、言葉を失う。
また、野村が無理をしていたら止めるべきなのだろうか。
それとも野村の好きなようにやらせるべきなのだろうか。
また一人では答えの出ない問題に頭を悩ませている。
結果は分かりきっているが、念のため野村に直接どうすれば良いか訊いたほうが良いだろうと思い、スマホを手に取る。
野村とのトーク画面を開く。その時に過去のやり取りが目に入る。
『寿命がもう短いことに気を遣ったほうがいい?』
『そんな必要ないよ。気を遣って欲しかったらこんなこと隠してない。』
その言葉に頭を殴られたような感覚がした。
そうだ。気を遣われたくないから、心配されたくないから今まで誰にも余命宣告を受けていることを告げなかったのだ。
偶然秘密を知られてしまった人に気を遣われることがどれだけ苦痛なことか。
良かれと思ってやっていたことが相手を傷つけているのだ。野村の好きにやらせる。それが今できる最大の気遣いだ。このことを頭の念頭に置き、そのまま荷造りを再開した。
神奈川県まではここから新幹線で約一時間ほどかかる。その間にババ抜き大会が開かれた
「ビリの人は一位の人の言うことをなんでも聞くこと、いいね?」
そんな悪魔的提案に反対する人はいなかった。
「えー千尋あと三枚じゃん!ずるい!」
配られた後すでにペアになっているカードを捨てていく。そして、残り五枚のトランプを雄一に向ける。引いた雄一はペアが揃ったようで手札から二枚捨てて残り二枚となった。
そんな雄一のトランプを引いた野村もペアが揃い残り一枚となった。この時点で一位が野村で確定した。そして残り一枚の野村のカードを引いた森口の顔がわかりやすいくらい曇った。
何でそれであの提案をしたんだと言いたくなるのを必死に堪えて、森口からトランプを引く。
そして、その後に雄一も二位で抜けて、わかりやすい森口との一対一となった。手元にあるジョーカーを右に置き、無表情になるよう努める。
「じゃあ、こっち!」
そう勢いよく引いた森口の顔がまたも曇った。
二分の一を外した森口は自身の背中にトランプを隠してシャッフルする。そして、目の前に差し出された2枚のトランプのそれぞれに指を置く。右のトランプに指を置いた瞬間に森口の顔が硬直する。
そして、右のトランプを引いた瞬間に森口の顔が歪んだ。笑顔で。
ジョーカーもこちらを見て笑う。
「彩菜は意外と策士なんだよ」
そんな今更な情報を野村が伝えてくる。
「最下位にすらならなければいいんだよ。この演技派彩菜さんは負けないんですよ」
そう言ってまた笑う。
その後は無事にジョーカーを引かれて最下位となってしまった。
「次はウノしよー!さっきと同じルールで」
また森口が提案してきた。先程、森口にまんまと嵌められたためやる気が出なかったが、ここで拒否するほど空気が読めないわけではない。
とりあえず最下位にならなければ良いのだ。
「えっ!ドロー四にドロー二って重ねられないの!?家のルールと違うんだけど!?」
そんなお決まりのやりとりを挟みつつ、手札は残り一枚となった。
「お願い!」
そう言って、森口が黄色のカードを出す。
「アガリ!」
テンションが上がって思わず大きな声を出してしまった。しかし、一位を取れたのだ。これで命令できる。その後も野村、森口の順に上がっていった。
「負けたー」
雄一が三枚も残っていたカードを山札に戻す。
雄一に命令することが決まった。
「あっ悪い顔してる!」
森口にそう指摘されて、思わず顔を触る。
どうやら顔に出ていたようだ。だが、しょうがないだろう。雄一に命令できるのだから。
「常識的な範囲で頼むぞ…」
そう雄一が懇願してきた。
また、自分の顔が笑顔で歪むのが分かった。
「やっと着いたー!」
ようやく神奈川県に到着し、その人の多さに驚く。都会はこんなにも人が多いのか。
「じゃあ、一旦荷物を置きに行こう!。千尋、道案内おねがいね」
宿泊所は野村に全部任せていたため、場所は野村しか知らない。
「あーここからさらに電車で一時間くらいかかるけど」
その言葉に体が動かなくなった。それは森口も雄一も一緒であった。
「いやー流石に冬休み真っ只中にここら辺の宿は取れなかったよ。伝えてなくてごめんね」
申し訳なさそうな顔をする野村に雄一が頭をかきながら言う。
「いや、全部任せきりにしていた俺らも悪い。だから謝らないでくれ」
その言葉に野村は笑顔を浮かべる。しかし、その笑顔に胡散臭さを覚えた。
「それで、どんなところなの?」
「海の近くにある旅館だよ。だから、夜は浜辺でバーベキューでもしよう。」
「バーベキューセットはどうするの?」
「旅館で貸し出しているらしいんだ。だから、必要なのは食材だけ」
「えーすごいじゃん!」
そんな楽しそうな様子の二人とは対照的に野村に冷めた目線を送る。以前言っていた雄一と森口を海で二人っきりにするという計画は今日、遂行されるようだ。だから、その旅館以外にもともと泊まる気はなかったのだろう。
「じゃあ、とりあえず荷物は持って色々回っていくか。一泊分だしそこまで重くないでしょ」
まぁそれしかない。けど、いくら一泊分といえども普段から重いものを持たない自分にとっては結構辛いものだ。
「雄一、荷物持って」
「そんぐらい一人で持て」
「いや、ここでウノの時の権限を使う。旅館に着くまで雄一が持って」
「お前…鬼かよ…」
そう言いながらも素直に雄一は荷物を受け取る。肩が軽くなり、だいぶ楽になった。反対に雄一は少し辛そうだ。
「お前、荷物重すぎだろ。何持ってきたんだよ」
そんな言葉を無視して、森口に訊く。
「最初はどこに行くの?」
「お腹空いたし、まずご飯にしようか。何食べる?」
「ラーメンでいいだろ。夜にバーベキューするならあまりお腹いっぱいにしても勿体無いだろうし」
「ここに来てラーメン食べるの?」
「日没も早いだろうし、迷う時間ももったいないぞ」
誰も反論ができなかった。雄一に丸め込まれらようで癪だが、ここはラーメンで手を打とう。
ラーメンを食べ終わったらすぐに水族館に行くことになった。水族館へ行くことを決めた森口曰く
「私たちのとこって水族館すらないじゃん!イルカショーもあるらしいし、良くない?」
とのこと。確かに今まで水族館に入ったことがないため、普通に楽しみだった。
そうして、水族館に着いた。当然、荷物は雄一が持ってくれている。
「結構広いね」
野村がそう呟く。その言葉通り、この水族館はかなりの広大さを誇っていた。
「クラゲすごいよ!」
そう言いながら一人で突っ走って行く森口。
「森口って学校以外だと結構幼稚だよな」
「彩菜は学校では猫かぶってるからね。これが本当の姿だよ」
「雄一、ついて行ってあげなよ」
それに頷き、雄一は森口を追いかけていった。
「もう今日を逃したら、死ぬまでに二人が付き合っている姿を見ることはできないかもね」
「そうかもね。雰囲気に押されないと行動できない雄一は本当に面倒だ」
「でも、それくらい慎重な方が失敗もしないから」
その後は沈黙が続く。だが、これだけは訊いておきたいことがある。
「あの二人にいつ病気のこと話すの?もしかしてこのまま死ぬ気じゃないよね?」
すぐには返答してこなかった。しかし、ここで有耶無耶にする気はない。
しばらく静かに答えを待っていると、野村はようやく口を開いた。
「いつかはちゃんと伝えるつもりだよ。本当に死ぬ寸前は入院することにもなるからバレるだろうし」
「その入院までは話さないの?まだ七ヶ月近くもあるのに隠し通せるとは思えないけど」
それに対して野村は目を閉じるだけであった。
それはまるで葛藤しているような、そんな表情だった。
「まぁ、ちゃんと答えは出しておきなよ。後々後悔しないように」
「そうだね、考えておくよ」
その言葉の後にスマホが震え始めた。電話の相手は雄一であった。
「もしもし?」
「もしもし。今どこにいるんだ?」
「ここは、どこだろうね。小魚コーナー?」
「何でそっちがわからないんだよ。じゃあ、そこから入り口のとこに行けるか?」
「それは大丈夫、行ける」
「現在地はわからないのに目的地はわかるのかよ」
「もう切るよ」
電話を切って、野村と入口に戻るとすでに雄一と森口がいた。
「そろそろイルカショー始まるよ!」
そうして、イルカショーの会場に向かった。
「人多いなー。特にカップルがめっちゃ多い!」
「今日はクリスマスだしね。」
そういえば今日はクリスマスだった。いつもはクリスマスを家で過ごすため、今日がそうであることを忘れていた。
そんな会話をしているとイルカショーが始まった。飼育員のお姉さんとイルカが意思疎通できているように息があったパフォーマンスを見せていた。野村が感心したように声を漏らす。
「凄いね。めちゃくちゃ水飛沫が飛んでくる」
「感心するところそこじゃないでしょ」
以前も思ったが、やはり野村は少しズレている。
イルカショーは十五分程度で幕を閉じた。
時刻は十五時を回っていた。
「そろそろ出ないとね。バーベキューの買い出しもあるし」
「そうだな。俺ももう荷物が重すぎて疲れてきたわ」
そう言いながら雄一はこちらを睨んできた。そんな雄一の視線を横流しして、出口へ向かう。
「富士山見えるよ!」
その言葉に皆、森口が差した指の先を見る。
「おー綺麗だな。写真撮っておこ」
すると突然、森口が何かに気づいた。
「みんなで集合写真撮ってないじゃん!取ろう取ろう!」
返答を待たずに森口はスマホを他の人に預け、水族館と富士山がどちらも入るところで写真を撮った。そして、写真を撮ってくれた人にお礼を言って、スーパーへ向かう。
泊まる旅館からスーパーは徒歩一時間、コンビニは徒歩四十分かかるらしく、今のうちに食材を確保しておく必要があるのだ。
そうして、食材を買うとそれらを持つことになってしまった。まぁしょうがない。これ以上雄一に持たせるのも流石に酷であろう。そうして電車に揺られること一時間。時計の針は一七時を差しながらも、ようやく目的の旅館に到着した。