「はー疲れたー」
そう言いながらドスッ、と音を立てて森口は荷物を下ろす。その音に野村が反応する。
「音すごいね。そんなに重いの持ってたの?」
「女の子は必要なものが多くて重くなっちゃうんだよ。やっと休めるよー」
そこに雄一が現実を突きつける。
「時間的に一時間も休めないぞ」
「えー」と言う森口を尻目に野村と一緒に冷蔵庫に食材を入れる。そこで、野村が面倒なことを言い出した。
「とうもろこしって買ってないの?」
「買ってない。そんなに必要?」
「絶対必要。今から買いに行くよ」
「本気?コンビニすら遠いんだよ」
「今から行けばちょうどくらいだから大丈夫だよ」
「すごい胆力だな。じゃあ、ジュースもないから買ってきて」
そう言った時、野村は悪い顔をした。
こいつまさか…
「古川も行くんだよ。ババ抜き最下位の古川も」
「ちょっと待って。流石にやりすぎ」
「命令は絶対だよ。雄一くん、彩菜!今からコンビニ行ってくるから準備しといてもらえる?」
「今から行くの!?正気!?」
「ジュースととうもろこしがないんだよ。今からでも買いに行かないと。ほら行こう、古川」
「光も一緒に行くのか。もしかして命令されたか?」
その言葉に嫌々頷き、部屋を出る。そして、野村に文句を言う。
「流石に強引すぎる、いくら二人っきりにしたいからって」
「共同作業は距離を縮めるための有効な手段だからね」
「もうその段階は過ぎてるでしょ。もう多分お互いの気持ちに気づいてるんじゃない?」
「そうかもね。あとちょっとだ」
「後は雄一が勇気を出せるかどうかだけど」
雄一は肝心なところでヘタレだから、何か焚き付けることを言う必要があるかもしれない。
コンビニまでは思ったよりも近かった。これでスマホの地図アプリの移動時間はあまり信用ならないと証明された。
コンビニにとうもろこしがあるのか半信半疑ではあったが、ちゃんと売っていた。そして、帰り道。疲れて黙りながら帰っていく中、野村が急に口を開いた。
「何か訊きたいことがあるんでしょ?」
何でこういう時に鋭いんだよ。
「この間のスノボの後、病院に行った?」
「行ったよ。」
「後どれくらい生きられるんだ?」
野村が黙り込んだ。その反応だけで、寿命が短くなったのが分かった。
「思ったよりも体に負荷がかかっていたらしくてね。あと半年もなくなったよ。」
本来であったらあと七ヶ月、来年の七月末までは生きれたはずだ。だが、スノボでの無理が祟って半年を切った。つまり、野村は六月までしか生きられないということだ。
「もう止めないよ。野村の好きなようにして」
「前までだったらだいぶ落ち込んでくれてたのに」
「じゃあ、落ち込んだほうがいいのか?」
「いや、それは嫌だ。そのままでお願い」
少し前と違った対応に野村は驚いたようだが、ぞんざいに扱われたことが嬉しいようだ。
こいつ実は変態なんじゃないか。
疑いの目を向けるも野村はそれに気づかないふりをした。
そうしているうちに浜辺に到着した。
遠くに雄一たちの姿が見えたため近づこうとすると野村が止めてきた。
「ちょっとだけここから見ていようよ」
その言葉に従い、遠目から見ていたがずっと作業に取り掛かっているため大して何か起こるわけでもなかった。
痺れを切らして雄一たちの元へ向かう。
「あっ来たー!こっちもちょうど準備が終わったよ!」
そうして、まずは肉を焼く。
「千尋、まだ裏返すの早い!もうちょい焼いて」
森口は厳しかった。それも何故か肉を焼く時だけ。
「うまーい!」
どこからかビブラスラップの音が聞こえてくるようであった。だが、雄一が叫ぶ理由もわかるくらいに絶品であった。
「やばい手が止まんない!太っちゃうよ!」
「今日はいっぱい動いたから大丈夫だよ」
「それもそっかー!」
そう言って、森口はさらに肉を取る。
「あっそれ俺の肉…」
「あっごめん、これ雄一くんのだったんだー。焼くのうまいね」
雄一が悲しそうな目で森口を見る。
そろそろ野菜も食べようとしたところで野村からの視線に気づく。
何だ…?
その瞬間に野村がこちらを見た理由を理解した。森口は雄一のことを前まで矢吹と苗字で呼んでいたが、今森口は雄一くんと言った。
意外とちゃんと進展していたんだな。そう思ったのだが…
「じゃあ森口の分の肉貰うからな」
未だ雄一は名前で呼べていないらしい。やはり雄一は雄一であった。チキンは治らないのか。
「そろそろとうもろこし食べよう」
野村待望のとうもろこしタイムだ。
「何でそんなとうもろこし好きなの?」
「亡くなった母が好きでよく食べてたんだ。だからこういう時は無性に食べたくなっちゃうんだ」
野村のことについて他の人よりも多少は知っているつもりでいた。しかし、やはり自分は何も詳しくはないのだと思い知らされる。
「ちょっとカロリー消費してくる!」
そう言って森口は海に近づいていく。そして、地面から何か拾うとそれを思いっきり海に投げつけていた。
ちゃぽん、と少量の水飛沫が飛ぶ。
「あれ、何で跳ねないの?」
「石切で縦に投げる人初めて見たぞ。横から投げるんだよ」
そう言って雄一はお手本を見せるように石を投げる。五回ほど跳ねて沈む。
「すごーい!コツ教えてよ!」
「まずは、石選びからだ。なるべく平らな石を…」
褒められて少し照れているのを隠す雄一は石を探すために顔を伏せる。
「とうもろこし焼けたよー!」
野村が仲良く石切をしている二人に声をかける。
「早く手洗ってきて」
まるで母親のようなことを言う野村に従って、二人は手を洗いに行く。
「これは今日中にカップル誕生しそうだね」
「石切のところだけ見たらただの友達にしか見えないけど」
「恋人なんて友達の延長線だよ。その方が長く続く」
そういうもんなのか。
「とうもろこし食べよー!」
手を洗い終えた二人が戻ってくる。
「バター味ある?」
「バターは邪道だよ。醤油と塩しかダメ」
「えー」と不満を漏らしながらも醤油を手にとるそれに続いて雄一も醤油を取る。
残った塩を取り、かぶりつくと塩のしょっぱさととうもろこしの瑞々しさがちょうどよくマッチしていた。流石とうもろこし好きなだけはある。素直にとても美味しい。
その後は締めとしてマシュマロを焼いてみんなで食べたやはり甘いものは正義だ。これが一番美味しかった。
そうしてバーベキューが終わり、片付けも手分けして済ませた。そして、バーベキューの火がなくなりすっかりと暗くなった海を眺める。そうすると、野村が隣に来て話しかけてきた。
「向こうで彩菜と雄一くんが二人きりになってるよ。見に行こう」
ワクワクした顔は暗い場所でもよくわかる。
野村についていくと雄一たちは海を見ながら隣同士で座っていた。今までと違い、人もいなければ車の音もない。あるのは波の音だけだ。
ここで勇気を出さなければ野村が死ぬまでに二人が付き合っているところは見れないと思って良いだろう。
だが、それでも雄一は雄一だ。全くアクションを起こそうとしない。見かねてメッセージを送ろうとポケットからスマホを取り出すと、野村が止めてきた。
「ここで手助けするのは何の意味もないよ。雄一くんの成長にもつながらないし、それに彩菜が気づいたら今までのことは全てパーになる可能性もある。だから今はただ見守っておこう」
そう言われてスマホを再びポケットにしまう。
二人の様子を眺めること十分。
海を見ていた雄一が突然、森口の方へ顔を向けた。それに呼応するように森口も雄一の方へ向く。
ついに来た。
二人にバレない距離かつ夜の暗がりによって話し声もそもそも口を動かしているかもわからない。しかし、こちとら生粋の日本人だ。雰囲気で感じ取ることはできる。
「古川めっちゃ炭の匂いがする」
ここに日本人の顔をした日本人じゃない奴がいる。
「それは野村の鼻の穴の中に炭がついてるだけだ」
そんな会話をしていると、二人がいつの間にか抱き合っていた。どうやら雄一は殻を破れたらしい。晴れて二人は恋人となった。
「これ以上はプライバシーに関わるから、離れようか」
その提案に乗り、その場を離れる。
「いやー長かったなー。ようやくここまで来たか。これで未練もなく死ねるよ」
「でも長かったようで実は、話すようになってから二ヶ月くらいしか経ってないから」
「それをあと二回繰り返したもうその頃には死んじゃってるんだよ。十分長かった」
「それもそうか」
どちらともなく海を眺める。雄一たちが放っていた雰囲気とは違う。だが、いつものような雰囲気でもない。何故だか少し高揚している自分に驚く。
そんなことを思っていると、野村が静かに声をかけてきた。
「もしこのまま寿命が短くなっていって、ある日突然死んだら古川は悲しんでくれる?」
やはり野村はあざとい。そしていい性格をしている。
「多分悲しむよ思うよ」
「それは本心からの言葉なの?」
そう言われて何も言い返せなかった。自分の本心を探る。しかし、自分の気持ちがわからない。自分はどんな感情を野村に向けているのだろうか。
「今感情が迷子になってるみたい。雄一たちの恋が実って嬉しいのか、雄一が遠くの存在になって悲しいのか、それともそんなのはどうでもよくて、野村と今いることが特別に感じているのか、どれもこれも混ざっているのか、もうわからない」
こんなことを言ってしまうのは暗い海を見ていることをロマンチックと思っているからなのか。
それさえもわからない。
自分が自分でないようだ。心が誰かに盗られたようなそんな感覚に陥る。
「今、野村はどんな感情なの?」
「まず、彩菜の恋が実ったことの嬉しさが大半を占めているよ。でもそれと同時に少しドキドキもしているよ」
「それは場の雰囲気に当てられているだけ。もう旅館に戻ろう」
「いや、もう少しだけここにいよう。この光景も走馬灯に映るように」
雰囲気に当てられたわけではない。
ただ、今は少し走馬灯があると信じてみることにしよう。