少し話はさかのぼるが、フリース一家が木星圏へ旅立ったしばらく後に、ジオン公国では一騒ぎ起きていた。
ミノフスキー博士の最後の研究ノートが無くなっていたのだ。
貴族かつ軍人によって牛耳られているジオン公国はお世辞にも成熟した政府とはいいがたい。
科学の探求の意義など一切感じていない軍人がなぜ、ミノフスキーの死後に残されていた「役立たず」の基礎研究ノート、通称「ミノフスキー断章」を探し始めたかというと、それは「地球連邦が欲しがった」からだ。
地球連邦が欲しいのなら、手元にあるところを見せびらかせよう……という浅ましく意固地の悪い負のジオン魂が、彼らにノートを探させたのだ。
一瞬、地球連邦に取られたかとも疑ったが、そもそも地球連邦が探しているのだから可能性は低い。
中に何が書いてあるのか興味を持つことはなかったが、無くなるとイラつくのだ。
様々調べた結果、クラーク・フリースという研究者がいつの間にか家族ともども姿を消しており、どうやら木星へいったらしい。
ジオン公国軍としては極めて手が出しにくいところへ逃げられたことになる。
だからと言って放っておくわけにもいかないので追っ手を差し向けるか、現地の内通者に頼むことになるが、なにぶん、木星へ向かう船は基本的に木星船団のジュピトリス級で内通者がいたとしても、こっそり通信ができない。
結局、木星に誰かを送り込むことになるが、そいつが行ってノートを取り戻して最速で帰ってきても4年ほどかかる。
そもそも木星船団は、戦前・戦中・戦後のナイーブな時期に地球連邦やジオン公国で公民権運動をしたり、自由と平等を訴えたり、平和運動をした鼻つまみ者のインテリの集団だ。
「だれか一人ぐらい写本を作ってないのか!?」
ジオンの技術将校が吠えている。
しかし、生前に地球連邦に亡命をたくらんだミノフスキー博士に寄った発言をするのは多くの研究者たちにとって危険すぎたのだ。
ミノフスキー博士の最後の研究について興味を持つのも似たようなものだった。
「ミノフスキー断章」という大げさな名前も、公国軍の一部の将校たちが「ミノフスキーの研究を途中でつぶしてやった」という意味を込めて囁いたモノだ。
ひとまずクラーク・フリースはお尋ね者となったが、手の出せない木星圏へ旅立ったフリースを具体的にどうにかする方法を思いつける者がいない。
そもそもがジオンの旗色は悪い。
今そんなことにかまけていられないのだ。
「中佐、少しよろしいですか?」
吠えている将校に部下が耳打ちすると、「中佐」と呼ばれた男は激昂した。
「くっそ!なめやがって!!木星に諜報員を送り込め!!」
「なら、私が行かせていただきますね。」
その女性はイリーナ・フォスター伍長という。
この機にかったるいジオン公国軍人としての生き方を捨てて、ひとまず戦争が終わるぐらいまでは木星圏へとんずらする気だ。
「おお!いってくれるか!」
中佐は部下の犠牲的精神に感動しつつ、まさかフォスターがそんな不届きなことを考えているとは知らずに許可をしてしまった。
*****
「イートン軍曹!ミノフスキー断章の捜索に行ってまいります!」
地球連邦軍は地球連邦軍で、ミノフスキー博士が地球連邦で続きをやろうとしていた研究のノートを求めていた。
ノートが木星に流れたことはつかんでいた。
しかし、この人手不足であまり優秀な人材を木星へ送り出すわけにもいかず、身体が丈夫そうで、4年ぐらいいなくても困らない人間を探した。
そして白羽の矢が立ったのがチンペー・ダシルバ・イートン(三世)軍曹だった。
イートン家は地球連邦軍ではそこそこ名家なのだが、チンペーは一族も認める出来損ないだった。
結果、軍曹へ特進と引き換えに木星行きとなったのだ。
サイド6から小型の中継船に乗って木星へ向かう。
「M-14番……ここだ!お隣失礼します!」
「どうぞ。」
ダシルバは大きな荷物を棚に無理やり突っ込むとM-14と書かれた椅子に座った。
客室内はたいして人も乗っていないのにダシルバは若い女性と隣の席になってしまって少し緊張していた。
それがイリーナ・フォスターとチンペー・イートン三世のはじめての出会いだった。
※チンペーは当初、チンペー・ダシルバという名前で設定していましたが、途中でミスってチンペー・イートン(三世)と設定を変更してしまいました。ダシルバをミドルネームとし、姓をイートンと修正します。申し訳ありません。