さて、木星船団公社保安部はミノフスキー断章同胞団の襲来に向けて着々と準備を整えていた。
木星船団公社全体でも地球圏との交渉で「木星圏に木星船団公社の船籍以外が近づけない」ルールを設けて共有し、近寄る所属不明艦の早期打ち払いを可能とするべくロビー活動を含めて尽力していた。
とはいえ地球ー木星間の航路は、木星船団公社が長年積み上げたノウハウがある為、素人である同胞団がたどり着くには3年から4年かかるのではないかと予測されていた。
リシュモンなどは同胞団が到着した暁には矢面に立つことになるのだが、あと数年は枕を高くして眠れる。
当然、木星へ向かう同胞団の動向は光学望遠鏡を使って監視する。
それも、リシュモンが自分で監視するわけではない為、ここしばらくはリシュモンは1日キッチリ7時間寝て、仕事は8時間する健全な生活を送っている。
そんなリシュモンが就寝中にたたき起こされた。
熟睡状態から緊急連絡のアラームを聞いて一気に飛び起きると受話器を取った。
「何があった!?」
「同胞団が襲われている模様です!!」
「どういうこと?」
寝巻のまま自室を飛び出して、保安部の指令本部に滑り込む。
「遠いので断定的なことは言えませんが、恐らく襲撃者と交戦中です。」
司令部のメインモニターには同胞団の船のぼやけた映像と、その周囲でモビルスーツが爆発したときに特有の核爆発の映像が映っている。
「火星か……」
木星と地球は約13か月に一回、近くなる現象は木星圏に住んでいる人間はくどいほど知らされる事実で、季節感のない木星圏においては、とても重要なタイムスケールの一つなのだが、同じように22年に一度は地球と火星と木星が太陽から見て同じ側に集中する。
厳密に今がそのタイミングであるわけではないが、同胞団は地球ー木星の航路の途中で火星を使った加速スイングバイを計画していたことが、すでに保安部による分析で判明している。
火星に潜んでいた賊に、そこを狙われたようだ。
ミノフスキー断章同胞団が連邦系の過激派によって構成されている点から見ると、短絡的に考えればジオン系の一派による襲撃だろうが、映像からそこまでは分からない。
リシュモンはよく人から「1を聞いて100を知る」と言われるタイプであるので、保安部員たちも駆け付けたリシュモンの顔を期待に満ちた目で見つめている。
「何にも分からん。」
それを察したリシュモンは、とりあえず率直な感想を口に出した。
そして、自分一人では手に余ると感じ
「木星船団公社の評議会をたたき起こせ。」
と指令を出した。
*****
評議会の議場にはゲザリ議長を含めて数人が列席していたが、一部の評議員はオンラインでの参加となった。
「保安部長が緊急に評議会を招集するとは、少しやりすぎではないか?」
評議員の一人が発した言葉は、努めて嫌味に聞こえないように気を配られた言葉だ。
リシュモンを責めようというわけではなく、評議員として真摯にふるまった結果の言葉だ。
リシュモンはその言葉に深々と頭を下げた。
「ご指摘の通りです。この度は私の……」
「保安部長を責める人間はここにはおらん。そもそも有事の際に保安部が評議会を招集できるルールがない方が問題だったのだ。本題を話せ。」
リシュモンが通り一遍、謝罪しようとするところをゲザリ議長が諫めた。
「承知しました。すでにお耳にした方もおられるかと存じますが、地球から木星へ向かっていたミノフスキー断章同胞団と呼ばれる一団の船が、火星圏で襲撃を受けています。」
「それは初耳だ。」
評議員たちは同胞団については知っていても襲撃については知らない。
「全員、本当に襲撃については知らないようだ。」
評議員の中にもニュータイプはいる。
その彼が言うのだから間違いないだろう。
「リシュモン、緊急招集までする必要が?」
ゲザリ議長に問われて、リシュモンは話を続けた。
「我々が事前に得ていた情報では、ミノフスキー断章同胞団は輸送艦を改造して武装し、数は分かりませんが十分な数のモビルスーツも艦載して木星に向っていたことが分かっております。そこへ襲撃をかけたという事は、襲撃者も相当な戦力を保有していると考えられ、現在、航行中のジュピトリスが標的になる可能性を考える必要があります。」
評議会の面々から血の気が引いた。
同胞団はジュピトリス以上に武装していたであろうことは想像に難くなく、今、同胞団を襲っている連中が木星船団を襲わない謂れがない。
「現在航行中の2艦に通達し、船内の工場区をフル稼働して防衛用の兵器を製作させ、場合によっては艦を捨てて脱出する準備を整えさせ……地球の木星船団公社支社にも連絡。予備の艦を武装させて火星圏に送り込む……これが最善策か?」
議長の言葉に各評議員が頷く。
オンラインで参加しているダランがモニターの中から挙手をする。
イェンが木星大気圏内に拠点を移したため、評議員になったのだ。
「大枢党から提案があります。大枢党が実質的に運用している木星ー火星間のアステロイドベルトの資源開発拠点から救援が出せる可能性について保安部と協議できると考えます。」
「ありがとうございます。」
リシュモンが頭を下げた。
「それでは、航行中のジュピトリスと地球支社には私から評議会として連絡を入れる。保安部は情報収集をした上で独自に連絡を取り合うように。また大枢党との連携についても保安部に任せて大丈夫か?」
リシュモンは首を振った。
「人員が足りません。」
「よろしい、誰か任命しろ。保安部員の増員を許可する。」
「承知しました。」
ゲザリ議長はそこまで取り決めると一旦深呼吸をした。
「8時間後に再度、臨時の評議会を開く。8時間で到着できない者も含めて各評議員は全員オールドワンに集まるように。以上、解散。」
リシュモンはその声を聞きながら今回の事態に的確に対処できる人間を考えていた。
「リシュモン保安部長、今ならカーンがギリギリ動けるぞ。」
ゲザリがリシュモンの心中を察して声をかけた。
確かにアザニアには医師が増えたため、カーンは少しは手が空いているかもしれない。
しかし、ゲザリが言う通り「ギリギリ」の選択肢だ。
それでも、その提案にはいまいち目が覚め切っていないリシュモンの頭を働かせる効果があった。
「カリストから引っ張るならオズモンド所長の方が適任かもしれません。」
「なるほど、それはそうだ。」
作業機械試験場の所長は機械にそこそこ詳しければ替えが効く。
ゲザリとリシュモンは、オズモンドの後任にクルマタニを据えて、オズモンドを臨時の評議員として引っこ抜き、大枢党と保安部と評議員による小委員会を設営する方針を固めた。
そして、リシュモン、評議員に続き、オズモンドも就寝中をたたき起こされることになった。