かくしてオズモンドは「レース」の悪だくみからは外れてしまったが、カーンとクルマタニは全く諦めていなかった。
理由はレースという催事がカリスト作業機械訓練所という施設と親和性が高いことだ。
それはクルマタニが所長となったところで変わらない。
計画を練る中でレースに参加する各チームの資金源の話にぶち当たった。
木星船団公社は一つの企業であるため、企業対抗戦のような形はとれない。
なのでスポンサーもへったくれも、資金(または労働力)の拠出元は巡り巡って木星船団公社になるわけで、そこを公社が容認するかどうかがカギになりそうなのだ。
地球圏ではスペースノイドとアースノイドが戦争をするという圧力によってモビルスーツの開発競争が起き、それが競争圧となって技術革新が起き続けている。
そうした進化への圧力が木星圏で全くなかったわけではない。
例えば木星人としてちょっと前の戦争に首を突っ込み、見事に討ち果たされたパプテマス艦長にしても、特にメッサーラなどは木星圏らしい高出力機体を開発している。
なぜ彼が可変機構のあるモビルスーツ(またはモビルアーマー)のノウハウを得たのか……または生み出したのかは不明だが、そうした情報も含め、木星船団公社に図面レベルでは情報が上がってきている。
とはいえ、パプテマスの機体は木星大気圏内の活動は視野に入っていなかったので、表面積の多い構造の機体が主であった。
短時間であっても木星大気圏内の活動を視野に入れた場合、たとえFCC(流体塗装循環装置)を使わない場合でも、表面積は極力小さく設計されただろう。
「企画書を書いて、公社の評議会を納得させるしかないなあ……」
カーンは自分で言っておいてから、自分が書くのだろうと考えてため息をついた。
「それ、私が書きましょうか?」
「あれ?クルマタニ所長、いいの?」
「所長はやめてくださいカーン所長。」
二人はその後、レースの開催の狙いや、それによって得られるであろう技術革新について話を詰めていく事にした。
オズモンドが二人に見せたのはA4一枚の簡単な企画だったが、公社を説得となると、なかなか分厚い企画書になりそうだ……と言う認識は二人の間で共有されていた。
レースのコースに木星の大気圏突入~離脱を含めるかも話し合ったが、流石にそれは危険すぎるという事で却下、代わりに出走機体については水素脆性に対してある程度の耐性があるかどうかを事前にチェックするとレギュレーションに記載することとなった。
また、同じような理由で木星の引力を振り切って大気圏内から低軌道まで脱出できる出力もなければならないことがレギュレーションに加えられることになった。
ただし、木星の中心部からの脱出はそもそも不可能なので、大気圏内とは言ってもそこそこの深さが基準となる。
基準点については大枢党の木星大気圏内拠点「アガリクス」の深度を参考にした。
要するに、アガリクスの行って帰れるだけの性能がないとレースに参加は出来ない……ということだ。
クルマタニによって企画書は制作され、カーンのチェックによってブラッシュアップされた。
そして、木星船団公社に対してプロモーションされたのだが、これが意外にすんなり通った。
ロビー活動を得意とするカーンの根回しもあるが、公社的にはオズモンドを引き抜いた負い目も相当にあったと見える。
その後任のクルマタニが作業機械試験所の所長として真剣に作業機械……モビルスーツやモビルアーマーの進歩を望んで提出した企画がこの企画書という事になる。
評議員たちも口には出さないが「潰すと人事的にも後々に響く」と一様に考えていた。
しかし、彼らがこの段階で誰一人として気づいていなかったことがある。
木星圏はとにかく娯楽が少ない。
そして、レースはやってみたら非常に面白かったのだ。