「結構、ハードな仕事を引き受けたみたいね。」
クロエがヒカリのスケジュールを確認して呆れたように少し笑った。
ヒカリは期日までにジュピターGPの全5コースの内、4コースをテストパイロットとして回る必要がある。
スケジュールを組んでみたら、コース間の移動でかなり忙しくなることが分かった。
それに比べたらコースを飛ぶのはそこまで難しくないかと思いきや、そんなことは無かった。
宇宙空間にホログラフのリングを浮かべて、順番にそこをくぐることでコースが分かるようにしているが、やってみると全然一筋縄ではいかなかった。
「4番リング、どこですか?」
先ずはヒカリの居住地のカリスト・アザニアサーキットからテストを始めた。
ヒカリが3番リングをくぐると4番が見えない。
コースを暗記していたとしても上下の無い(カリスト上空なので辛うじて上下はあるが)宇宙空間であるため、何を目標にして飛べばいいか分からない。
そもそも、カリスト・アザニアサーキットの施工が時間がかかるというので先にクルーザーを取りに行ったのだが、ずいぶん先が思いやられる。
「やっぱりもっと、ホロリングを増やさないといけないって事か……」
今回のレースのために製作されているホロリングも一基そこそこいいお値段がする。
「やっぱり言った通りじゃないですか……」
ヒカリが走る前にも当然テストのテストというような走行はしているわけで、どうやらその段階から問題視されていたらしい。
ヒカリは高速でのテスト走行をやめて、4番リングの位置をオペレートして貰いながら捜索し始めた。
「これは見えないですよ……3番くぐった時は頭の後ろの方じゃないですか。ボールは基本的に全方位見えないんですから。」
その日は一旦テスト走行(飛行?)を取りやめて早めに自宅に帰る。
帰宅して開口一番、ヒカリはクロエに弱音を吐いた。
「今回の仕事は厳しいよ……思ってたより全然ダメ。」
「なんでも、初めては難しいってことかな?」
ヒカリはクロエがつぶやいた「初めては難しい」という月並みな意見に強く頷いた。
帰宅こそ早いが、仕事が上手く行かなかった徒労感に苛まれているヒカリには刺さる言葉だ。
そんな両親の会話には耳をかさず、ミライは小さな机に向って一心不乱にお絵描きしている。
ヒカリは服を着替えながらその様子を眺めている。
「できた!!パパ、ミーちゃん、ボールかいたでやんす!これパパがのってるの!!」
「すごいじゃん!ミーちゃんが書いたの!?えらいなあ……ミライちゃんは初めてでも上手にできるもんね!」
ミライは褒められて嬉しそうにしている。
ヒカリも相好を崩して娘にほおずりしているが、軽い気持ちで引き受けた仕事が暗礁に乗り上げかけている。
あまり呑気なことも言ってられない。
「一か月で4コース回るの……いけそう?」
クロエに尋ねられてヒカリは首を振った。
「多分無理。僕に権限はないけど、レースの開催日程を後ろにずらしてもらうようになんとなく言ってみる。」
ヒカリの言葉にクロエは眉をひそめた。
「そんなにひどいの?」
「どこ飛んでるか分かんなくなるんだよ。」
ヒカリは単に保安部でゾックを乗っていただけの人間ではなく、作業機械試験場でそこそこいろいろな機体に仕事で乗っている。
マーカーを目指してコースを移動するような運用は過去に何度も経験している上での意見だ。
その日はヒカリはしっかり休養した。
翌日、再び現場に戻るとずいぶん現場は騒がしかった。
ヒカリは居合わせたクルマタニに声をかける。
「何もめてるの?」
クルマタニは小さくため息をつきながら答えた。
「コース設計する部門と、設営する部門がもめてるんです。ホロリングが足りないから複雑すぎるコースは作れないって言う設営部門と、コース設計を変更したくない設計部門が昨日……ヒカリさんが帰った後からバッチバチですよ。」
揉めているのは主に二人の中年で、ヒカリは名前は知らないが顔は知っているぐらいの人間だった。
「あんなの目標物もなしに曲がれるわけねえだろ!現に昨日もそうだったじゃねえか!!」
「それはテストパイロットが真面目にコースを覚えないからそうなるんだよ!!」
「それは大変に失礼しました。」
ヒカリが二人に急に割って入る。
「設計の方もボールぐらい操縦できるでしょ?ちょっと一緒に4番リングまで走ってみましょうよ?」
「お……おう……」
ヒカリは自分でも意外なほど高圧的に言ってしまったと少し反省したが、実際に走ってみると3番手前で大減速したヒカリがコンパクトに回ったのに対して設計担当者は大きく曲がったため内側のヒカリに接触し、跳ね飛ばされてコースをはるかに外れてスピンしながらすっ飛んでいった。
設計担当者が機体を立て直して戻ってくる頃には、ヒカリはピットですっかりくつろいでいた。
「お前!わざとぶつけただろ!!」
食ってかかる設計担当に映像を見せると、むしろ、ヒカリの方が追突気味にわざとぶつけられたように見える。
その場の全員の冷たい視線を感じるとはね飛ばされた側の男の威勢が落ちた。
さらに全員が思っていることをヒカリが代弁し始めた。
「このコース設計ですと、最適解は、3番で一度ほぼ停止して、しっかり方向転換してからVの字に4番を目指すことになります。リングは十分大きいので2機ぐらいならリング内で大減速できると思いますが、これがレースの時にはリング前後で大渋滞するでしょうね。……設計の意図するコース取りは先ほどご本人が飛んだ軌道を見れば一目瞭然ですが、なにぶん私の方が4番に早くたどり着きそうなところを斜め後ろからずいぶん遅れて突っ込んでいらっしゃったので、今回のクラッシュとなりました。」
実はヒカリはもっと早く4番をパスできたのだが、ちょっとイライラしていたのでアクセルを抜いて合わせたのだが、それは当然内緒だ。
「3番と4番の間に……先ほど大きな半径でコース取りされた場所にもう一つリングがあれば、発生しない接触です。……リングを増やすか?コースを分かりやすくするか?このまま押し通すか?……それはご自由ですが、今のままでは私は絶対にOKは出しません。」
設営の人間たちが小声で「だからいわんこっちゃない」というようなことを口々に呟いている。
ヒカリは二年前までカリフォルニアベースでもテストパイロットをやっている。
しっかり自分の意見をまとめて話すスキルが身についたのは、特にカリフォルニアベースでの経験が大きいと自覚している。
内心、「なんかこの仕事向いてるかも」とも思い始めていた。
「テストすべきコースはここカリスト・アザニアサーキットから始まって、この後、エウロパ・ゴールドシュミットサーキット、ガニメデ・デーンフーンサーキット、イオ・ヴォルケノPtP、太岁ワンラップ……まあ太岁ワンラップはオートパイロットなんで私は走りませんが……まだ4カ所あるんです。アザニアは自宅があるので長引くのは私は一向にかまいませんが、1カ月で全部回るとなると皆さんが思っているよりタイトな予定なのは覚えておいていただけると助かります。」
ヒカリは全コースの名前を間違えずに全部言えた自分にも少し感動していた。