アザニア・カリストサーキットで大口を叩いた後、ヒカリは少し怖くなった。
必要なことではあったが、言い過ぎたような、やり過ぎたような気持が湧いてきたのだ。
アザニア・カリストサーキットの運営にも関わるカリスト作業機械試験場の所長であるクルマタニにそのことを相談してみることにした。
「よく考えたら俺って20代の若造なんですよね……なんかもっと年長者というか、周りの方々を立てた方がいいのかなって……」
クルマタニは珍しく端末から目を上げてヒカリをまっすぐ見た。
それはまあ普通の事なのだが、クルマタニとなると勝手が違う。
相手が始終キーボードとディスプレイに向かっていてあまり他人と目を合わさないクルマタニなので、ヒカリは少しビビった。
「……忙しいのに……しょーもない話をしてスイマセン……」
クルマタニは所長の椅子から立ち上がるとコーヒーメーカーに向って歩きながら首を振った。
「いや、別に『しょーもない話』ではないですよ。どっちかって言うと社会に出て仕事する上での核心の部分です。そして今、そうやってヒカリさんが言うのを聞きながら『私も一応、肩書きは所長なので、きちんとそういう相談には答えないといけないな』と思い至りました。」
そういうとポットの代用コーヒーを使い古したマグカップに注ぐ。
ヒカリはその様子を眺めながらクルマタニの次の言葉を待つ。
クルマタニはその液面を見ながら慎重に言葉を選ぶように話し始めた。
「まあ、アザニア基地のカーン所長とかだと『別に気にするな』的な事を言われてオシマイだと思うんですが、私の意見としては『どっちでもいい』ですかね?」
「どっちでもいいの?」
クルマタニは頷く。
「曲がりなりにも自分のと他人の命を預かるテストパイロットなので、言うべきことは言う必要があるじゃないですか?」
「まあ……はい。」
ヒカリは「自分と他人の命を」というところで少し胸が詰まった。
クルマタニには言っていないが昨日の接触はやりすぎたかもしれない。
「もうそうなると、言葉づかいと言うタイミングだけの話になると思うんですよね。今回のテスト走行……飛行?についてはスケジュールも過密なので、即時言っていくしかないのでタイミングも問題ないと思います。あとは言い方だけの話ですが、別に木星船団公社は軍隊ではないしその辺緩いので『どっちでもいい』と思います。」
「ああ……なるほど」
キャルフォルニアベースで軍人に囲まれていたせいか、少しその時の感覚が残っていたのかもしれないとヒカリは思った。
「ただ、厳しく人に接するのであれば、自分にも厳しい方が話は聞いてもらいやすい気はします。私は別に他人にも自分にも厳しい人間ではないですが。」
その話を聞きながらヒカリは「クルマタニはむしろ自分に厳しすぎる」と感じた。
データの解析作業などしている時のクルマタニの集中力や不眠不休で馬車馬のように作業する姿を何度も見ているからだ。
「……ただ、ヒカリさんにまんまとぶつけさせられたあの設計は、今回の一件で改心して仕事の態度を改めなければ公社の本部に突っ返さないといけないなとは考えていました。」
「あれ……バレてました?」
クルマタニは少し悪そうに笑った。
「フフフ……忘れてもらっちゃ困りますよ。何年一緒にヒカリくんと仕事したと思ってるんですか?それぐらいは以心伝心ってやつです。あれで目が覚めなければアイツはクビです。ほとんど我々の手を離れましたが、レースの計画は元々オズモンド先輩の発案で本部に持ち込んだのはカーンさんと私なんですよ。あの設計に任せて置いたら最初のレースで死人が出てもおかしくありません。そんなところでオズモンド所長の置き土産にケチを付けさせるわけにはいきませんからね。」
オズモンドが関わっていたのはヒカリにとっては初耳だったが、そういえばクルマタニはそこそこ過激な人間であることも忘れていた。
「ヒカリさんが有能なパイロットだったからはね飛ばされたぐらいで済んでますが、もっと下手なパイロットだったら、そのままカリストの氷の大地まで吹っ飛ばされて帰らぬ人になっててもおかしくないです。その場合であっても私はヒカリくんの肩を持ちますよ。自分で設計したコースでテスト飛行中にインを突かれて吹っ飛ばされて死亡なんて事故死を通り越して自殺です。」
「さすがクルマタニさん。」
ヒカリはその後しばらくして所長室を出たが、クルマタニが「他人に厳しいなら、自分にも厳しくあるべき」という考え方をしていることが強く印象に残った。
発想自体は別に新しいことではないし、なんとなくは感じていたことだが、あの仕事中毒みたいなクルマタニが「自分には厳しくない」人間だと自負しているのも相まって妙に心に響いた。
いつまでテストパイロット稼業を続けるかは分からないが、もっと自分に厳しくしていかないとこの仕事は続かないのかもと改めて感じていた。