ヒカリがカリスト基地でコース設計担当と衝突した話は、木星船団の中で広く知られていた。
その甲斐もあってか、他のコースではかねがねテスト走行(飛行)は上手く行った。
スムーズに仕事をこなしながらもヒカリは最後のイオ・ヴォルケノPtPへと赴いた。
木星の衛星イオはガリレオ衛星と呼ばれる4つの代表的な衛星の中でも、最も木星に近い軌道を回っている。
大枢党は長らく、このイオから見て木星側に本拠地を置いていた。
このイオはとにかく木星圏の中でも例外的な天体で、太陽系でも比較的奇抜な天体だ。
まず電磁波が強すぎてミノフスキー場が発明されるまでイオにはろくに近寄ることもできなかった。
そして、太陽系の衛星で最も盛んに火山活動が起きている衛星だ。
イオ・ヴォルケノPtPの名前の「ヴォルケノ」の部分はその火山活動を名前に取り入れたものだ。
そしてPtPはこれまで試験走行したカリスト・アザニアサーキット、エウロパ・ゴールドシュミットサーキット、ガニメデ・デーンフーンサーキットとは異なり、周回がないコースであることを示している。
PtPとは「Point to Point」の略で、スタートからゴールまでの2点間を結ぶコースということだ。
チェックポイントはほとんどなく、イオの木星側の面から反対側まで飛ぶだけだ。
細かく言えば木星から見たイオのL1からL2へ飛ぶルートで、レース参加者は木星の強力な引力から逃げる方向に飛ぶことを意味する。
ヒカリがイオのL2に着くなり、イオ・ヴォルケノPtPの責任者らしき男性が息を切らせて近寄ってきた。
「ヒカリさん、申し訳ない。イオは木星大気圏の……太岁ワントラップと同じくオートパイロットでやらせてもらう事にする。元々、単純なコースレイアウトだからテスト飛行もナシで行くってさっき本部と決定したところだ。」
ヒカリは面食らいつつも、なんだか黙ってしまってはいけない気がして言葉を絞り出した。
「……そ……それは一体どういうことですか?」
ヒカリは目の前の担当者らしき男性からまだ自己紹介すら受けていない為、半信半疑な自分に気づいた。
「とりあえず、正式な話はこの後のブリーフィングの時にしますが、ぶっちゃけイオの火山活動が活発化していて、有人でレースするのが危険なんです。当然、テスト飛行もナシです。」
ヒカリは火山がどんなものか話でしか聞いたことがないが、とりあえず危なそうなことだけは理解できる。
ヒカリはちらりと家族の方を見たが、クロエとミライは現地のガイドにイオを眺められる展望台に連れて行って貰えるそうなので、そちらは放っておいてもよさそうだ。
促されるままに会議室に連れていかれて、イオの状況を説明された。
まあ、実際にヒカリが聞いたところでイオの自然環境の機嫌が悪いのはどうにもならない。
説明を受けながら、数々のデータや写真を見せられる。
つい先日、カリフォルニア・ベースに面した青い海と空を懐かしんでいたヒカリだが、研究者たちが撮影したイオの写真の数々は青い地球とは似ても似つかない地獄のような画像だ。
てんで理解できない話を並べられて、彼らが力説しているハナシの核心は「もっと早く決めれたらイオまで来なくても済んだのに、決断遅くてごめんね?」といういたってシンプルな内容だ。
別にヒカリはそれはどっちでもよいのだ。
なによりも家族3人でクルーザー旅行するのは楽しかった。
そうやってここまでの家族旅行に思いを馳せつつ、平身低頭するイオのスタッフたちの話になんとなく相槌を打ちつつ、渡されたドリンクに口を付けつつ、「怒ってないからこの話早く終わらねえかな?」と思いつつ……ふと、気付いたら状況説明をやり尽くしたイオのスタッフの面々が口を開かなくなってヒカリを見つめている。
ヒカリの気が反れた間に、今度はヒカリが意見を述べる番になっていたのだ。
「ああ……えーと、イオは地球とはずいぶん様相が違いますが、これはこれで豊かな自然なんですね……」
何の反応も返ってこないので、ヒカリは少しやらかしたかと思って身構えていた。
すると、スタッフの内の一人がしばらくの沈黙ののち、堰を切ったようにイオへの思いをまくしたて始めた。
「そうなんですよ!イオっていうのは自然豊かな星なんです!!我々はこのレースでそれをみんなに伝えたくて……!!」
どうやらヒカリは、違う角度で話を長引かせてしまったようで、今度は打って変わって彼らの熱い「衛星イオへの愛」を語られることになった。