そのようにしてジュピターGPは滑り出した。
結論から言うとジュピターGPは散々だった。
運営は杜撰で進行はグダグダ。
施設はトラブルだらけ。
イオは結局、今回は中止。
木星の大気圏外からアガリクス基地に向かって降下し、基地の横をかすめて大気圏外へと再離脱する太岁ワンラップは、全チームが完走を最優先目標に安全第一で人工知能をセッティングしたため、スタート時の順位のまま変動せず全機がゴールする、レース的な展開の一切ない退屈なレースとなった。
しかし、全人類が注目して、粗削りなコンテンツとは裏腹に異常にウケた。
木星船団公社が申し訳程度に販売したグッズは、あっという間に売り切れて、全中継が終わった後でも、レースの録画の放送権を求めてメディアから問い合わせが入った。
木星船団公社はジュピターGPの事業を分社化することを決めて、ジュピターGPにもっと多くの予算が割けることとなった。
さらに地球圏から「全コース、オートパイロット」のレーシングチームの参戦表明などもあり、即座に第2回の企画がはじまることとなった。
ヒカリは依頼されてテストパイロットをやっただけの人間なので、正直、蚊帳の外だ。
また、レースの中継を見ると、なんとなく作業機械やモビルスーツに長く乗っているヒカリよりも、もっと卓越したパイロットが木星圏にはゴロゴロしていた事にも気づいた。
結局、参戦したチンペーもそこそこ良い戦績でシーズンを終えている。
「おとーしゃまはレースにでないでヤンス?」
「ミライさん、おとーしゃまは出ないでヤンス。」
ミライとしてはなぜ自分の父がレースに参戦していないのか不思議で仕方がなかった。
ヒカリの試験走行に随伴して木星を飛び回っている期間、ミライは木星圏にはまだまだ珍しい児童であるため、どこに行っても大歓迎を受けた。
およそ1か月、チヤホヤされ尽くしたミライは、てっきり自分の父のヒカリもレースに出るのだと勘違いしていたのだ。
さしてクロエはヒカリの「チヤホヤされ景気」が終わったのを見て少し面白がっている様子だ。
「パパはただのテストパイロットであってレーサーではないんだって。」
「ミライ、レースに出るパパが良かった。……でヤンス。」
そんなことを言われてもヒカリにはエウロパの内部海調査が待っているのだ。
そして、それを言い訳にしてレースに出なくて済んでいることにヒカリは少し……否、だいぶホッとしている。
ミライはそんな父親の心中を知ってか知らないでか、こうやって詰ってくるのだ。
エウロパの内部海調査にはまだまだ越えなくてはいけない壁がいくつもあるらしい。
そもそもエウロパの内部海探査の目的は、エウロパを本格的に開発してよいかどうかの判断を行うためだ。
もし、エウロパに生物がいたとしたら、その生物が人類にもたらす恩恵は、まったく予測がつかない。
もしそうであれば「地球外生物がいる衛星」として、決して汚染しないように(またされないように)配慮する必要がある。
カリストの開発は半ば見切り発車的に行われて今でも批判はあるモノの、それでも生物のいる可能性は低いと考えられていた。
ところがエウロパは違う。
エウロパの氷床の表面の浅い掘削調査でも、エウロパから火山のように噴出する塩水のサンプル分析でも、複雑な有機物やその痕跡が確認されている。
現在、太陽系で(地球に次いで)生物がいる可能性が最も高い天体だ。
ただ、それを確認するためには「最終的には」エウロパの厚さ30kmとも言われる分厚い氷床をぶち抜いて検査する必要がある。
ただ、宇宙空間で30km飛ぶのは造作もないが、「下」に向って移動するとなると話がまったく変わってくる。
穴を掘って潜った場合、氷床の持つ圧力で、穴がふさがるのではないかとも言われている。
無人探査するにも吹き荒れる電磁波によって無線制御ができない。
一応、カリフォルニアベースで水中でのモビルアーマーの運用はみっちり訓練した。
しかし、正直、ヒカリはやりたくない。
氷の下から返ってこれなくなる可能性がある。
「おとーしゃまがなんか難しいことを考えてるでヤンスー!」
ヒカリの思考はとびかかってきたミライによって中断された。