エウロパの調査基地ではヒカリはテストパイロットとしてやるべきことに集中していた。
周囲の人間の専門性が高すぎて、会話にもついていけない。
また、それぞれがそれぞれの専門分野で目一杯頑張っているのもあって、誰かと交流して仲良くなる……という雰囲気でもない。
しかも、ヒカリにとってのプライベートの時間は2段ベッドの上階にいる時と、トイレに入っている時ぐらいに限られていた。
研究員の多くは、それぞれ専用のユニット型の研究室なども持っていたため、それなりに羽も伸ばせるのであろうが、彼らはそうやって羽を伸ばしている時間ですら義務的に「次の仕事のために休まなければいけない」とプロ意識を働かせて休んでいる。
なのでヒカリもだんだんその空気に飲まれはじめている。
ヒカリはその状況に気づいて「ニュータイプの悪い所だな」と感じた。
なまじっか人の感情が読めてしまうので、空気に染まりやすい。
しかも、この研究基地に至っては、ほぼ善人と求道者しかいないため、彼らの邪魔だけは出来ないとヒカリも神経をとがらせている。
結果的に、自分の自由な時間は体を休めつつ、若干ラグのあるメッセージのやり取りを家族とするのがヒカリの精一杯のプライベートとなった。
「あれ?もしかしてオレ、つまんない大人になってる!?」
ヒカリは自分の周りにいる「大人」たちが、つまらない大人とは対極にいると知っている。
何といっても「未知の生命」に挑んでいるわけだ。
それが「つまらない」ワケがない。
対して、自分は決められたルートを泳いで往復するだけの作業にピリピリしている。
周囲の人間と今の自分の頭脳の差も含めて、ずいぶん自分がつまらない人間だと感じる。
そう考えて低重力のエウロパのベッドでゴロゴロしていたら不意に声をかけられた。
「フリースさん、別につまらない人間じゃないですよ。」
ヒカリはそういえばこの基地には自分以外にもニュータイプがいたなと思い出して、ベッドから身を乗り出した。
「デオドラです。研究員です。」
ベッドの下から延ばされた手を握り返して握手する。
「フリースさん、ぶっちゃけ今はただメシ食って寝て、ミーティングに顔出して分かんない話にぼーっと相槌打ってるだけの人間ですが……」
ヒカリの胸に遠慮を知らないデオドラの言葉が刺さる。
分かってはいたが改めて言葉にされると重い。
「皆、今頑張ってるのは、ヒカリ・フリースがエウロパに来たからです。フリースさんがエウロパの空でテストパイロットしてる時、皆、空見上げてたんですよ。『奴がエウロパの海を最初に泳ぐんだ』って。」
ヒカリはガツンと殴られたような衝撃を感じた。
鼻の奥がツーンとなって、自分が泣くんじゃないかと不安になった。
「だから、心配せずにダラダラしててください。観客は少ないですが、これから始まるレースも木星の歴史に残るすごいレースですよ。」
「デオドラさん、イイ人ですね。」
デオドラは会釈すると、宿舎を出る直前に
「ここの研究所にはフリースさんたちにJ・メチウスステーションで命を救われた人もいるようですよ?本人に聞いたわけじゃありませんが、ニュータイプの直感です。」
と一言残して出て行った。
ヒカリはベッドから身を乗り出して握手した姿勢のままデオドラがいなくなった扉をしばらく見ていた。