これまでもカリストの基地を作った時などに氷床を熱で掘削した事は幾度もあった。
ただし、氷床直下掘りについて深く考察したことが無かったようで、土壇場に来て研究者たちが騒ぎ始めた。
ヒカリが見聞きして理解できる範囲だと、「どうやらゾック単体で簡単に潜れるものではなさそう」ということと「水を運び出す大掛かりな装置が必要になりそう」という事だった。
ここにきて、研究者たちが「掘った水が掘った穴に氷や雪になってそのまま戻ってくるモノ」を「バックフィル」と呼んでいることも分かってきた。
そして、そのバックフィルについてあまり今まで意識していなかったようだ。
「なにぶん、これまで掘ってきた小惑星は鉱物目的の岩石天体ばっかりだったので……面目ない」
ヒカリは謝る研究者に「いや、僕なんか……」と謙遜しつつ怒りが無いことを伝えるので精いっぱいだった。
ヒカリはちょっと前まで自分が凹んでいたのに、今や施設全体のメンタルが悪化していることを肌で感じている。
そして、逆に会う人会う人を励ます側に回っていた。
「ヒカリさん、イイ人ですね。」
すれ違いざまにデオドラにそう言われる。
この前の意趣返しだろう。
そのデオドラはこのドタバタの最中もいたって平静に仕事をしているように見える。
忙しそうにしているので呼び止めることまではしなかったが、逆に言うとちょっと前まで自分が焦って右往左往していたのだと感じて自戒した。
そのようにヒカリの中の「社会人として宇宙世紀を生き抜く哲学」という分野は発展を遂げたが、目下の問題は「深さ・直径・温度・引力」の問題だ。
バックフィル率(という言葉もヒカリは最近よく聞く)が100パーセントになれば穴は掘っても掘っても深くならない。
研究者たちは今やどうやって地表に水(氷)を運び出すかに知恵を絞っていた。
採掘計画は後ろ倒しになり、施設内では「一回、ヒカリさんを帰宅させては?」という声も囁かれた。
「いえ、帰りません!私も学はないですがチームですから!」
ヒカリは本音を隠して笑顔でそう突っぱねた。
本音と書いたが、ヒカリ自身も自分の本音など分かってはいない。
ただ、ここでチームの気勢を削ぐわけにはいかないという気持ちでそう応えただけだ。
突破口を開いたのはカリストのアザニア基地からのアイディアだった。
「邪魔な氷は氷を使って運ぶんです。」
カリストの基地を作った連中には大規模に氷を掘削した経験がある。
彼ら曰、「木星の衛星の氷はマイナス100~200度の非常に冷たい氷なので、液体の水を吹き付けると氷が成長することで運ぶことができる」というものだった。
クレーンのような機械を使って、コアになる氷を吊り下げ、掘った時に出た水などは、その氷に吹き付けて地表まで持ち上げるという事だ。
30kmの吊り下げとなると気が遠くなるような距離だが、木星船団公社は木星大気の汲み上げを生業としていて吊り下げたりする技術には事欠かない。
しかも、ここは地球と比較しても引力が8分の1しかないエウロパだ。
あっという間に、掘削設備の再設計が行われて、調査開始の目途が立った。
「では、また来ます!よろしくお願いします!」
前回、断った時とは状況が変わったので、ヒカリはここで一旦カリストに帰る事になった。