現在、アザニア基地ではベビーラッシュが起きている。
とはいえ、人数にして10人少々だが、これまで赤ちゃんと無縁だった衛星カリストは明らかに空気が華やいだ。
地球圏から木星圏にやってきた新たな医師や保育士たちの素晴らしい働きもあって、カーンはとても充実した日々を過ごしている。
マイラ・パルトロは評議員の仕事でオールドワンを拠点にしつつも、頻繁にカリストに帰ってきては何かと理由を付けて保育所の視察をしている。
木星船団公社は過度な人口増加に歯止めが必要だという姿勢はとりつつも、現状、木星圏の物資は潤沢であるため、子供をもうけたい夫婦のアザニア基地への転属を順次推し進めている。
クルマタニは作業機械試験場で、子供たちが保育園や小学校へ通うための通学バスの試験を実施しているところだ。
保安部に転属してオールドワンに転居したオズモンドは休暇を取るためにリシュモンと交渉中だ。
「いや、俺だってミライの入学式は出たいよ?」
「後から呼んでおいて、私だけ留守番は嫌よ!?」
二人のどちらがミライの小学校入学式に休暇を取ってアザニアに戻るかでもめているのだ。
まさか、二人とも本部を空けるわけにはいかない。
保安部内で冷戦が勃発していると聞いて評議会議長のゲザリがやってきた。
「こんにちは。」
さっきまで結構な勢いで言い争っていた二人は、まさかの議長の登場に毒気を抜かれたような顔をしている。
「本件については私も聞き及んでいますが、木星航路が脅かされているこの現状、どちらか一人でも私用で本部を空けるのは評議会で承認されないでしょう。」
ギロリと鋭い目つきでそう言われると、二人とも呻くように合意の返答をする。
「そこで、入学式をこちらでやるのはどうでしょうか。」
「はい?」
ゲザリは笑みを浮かべながら、もう一度同じことを言った。
「入学式をこちらでやるのはどうでしょうか?オールドワンで入学式をするのです。」
リシュモンとオズモンドの二人はしばらく理解が追い付かずにぼうっとしていたが急に意味が飲み込めた。
「そんなことができるんですか!?」
「オールドワンで入学式を!?」
ゲザリはさほど難しくない雰囲気で答える。
「別に教育組織はアザニアに所在はしていますが、木星船団公社の正式な部門ですから。入学する学生を本部であるオールドワンに招待しても文句は出ないでしょう?評議会で反対する人間の顔が思い浮かびますか?これから学ぶ学生たちにちょっと早いかもしれませんが社会科見学していただく絶好の機会にもなります。何より、リシュモン保安部長とオズモンド航路安全室室長が入学式に出席したいのと同様に全ての評議員が入学式に出席したいと考えても不思議ではないでしょう。」
この入学式をオールドワンで執り行う計画は評議会にかけられて全会一致で可決した。
入学式は評議会の議場をそのまま使う事にもなった。
木星船団公社の学生第一号はシャオ・イェンで間違いないが、彼の場合は小学校ではなく学力試験を経て大学ぐらいから通信で教育を受けている。
小学校入学の第一期生はミライ・フリースただ一人だ。
その報せを聞いて驚いたのはアザニア基地の人間たちだ。
全く想像もしていなかったことだが、言われてみれば別におかしいことでもない。
カーンはとりあえず基地の事もあるので、オールドワンでの入学式出席は自発的に断ったが、代わりに小学校の登校初日にアザニアの方で入学説明会やオリエンテーション的な事をやることにして、そちらに出席することにした。
カーンは端末を取り出してクロエに連絡を入れると、入学式の頃は安定期に入っているので、オールドワンに行っても特に問題はないであろうことと、看護師を一人同行させられることを伝えた。
カーンはそこまで一通りの事を終えると、満足そうに椅子に体を埋めた。
アザニア基地の所長になって以来、色々なことがあったが、これは1・2を争う慶事かもしれないな?と考えていた。