少し時間が巻き戻る。
ミイワが木星圏にたどり着く1カ月ほど前のこと、シャオ・イェンは新しい木星大気圏内拠点「アガリクス2」の調子を見ていた。
木星の大気圏に絶妙なバランスで浮かぶこの基地は、前回の拠点よりもより巨大で、多機能な基地だ。
今回は内部に疑似的なバイオスフィアを作ったことで、理想では無補給でも居住を続けることができる。
そしてシャオ・イェンはその中でリーからのメッセージを受け取った。
リーは土星探査の折に、土星の衛星軌道上に通信用の中継器を設置した。
その中継器を使うと(時期によってまちまちではあるが)、地球圏と木星圏の間で第三者による傍受の危険が極めて少ない通信が可能になる。
その分、通信距離は遠くなるので、通信には片道最短約1時間40分、最長で約3時間半の時間がかかる。
この通信は大枢党によって秘匿されていた最高機密だ。
通信の内容としては、今回、木星圏にやってくるミイワ大佐率いる連邦過激派の独立愚連隊に関する情報だ。
ミイワという人物は過去に何度か名前を変えているらしく、リーをもってしても調査に時間がかかったらしい。
汚職が蔓延している地球連邦軍に籍を置きながら、地球の大気圏内外で誘拐、暗殺、脅迫、強盗となんでもやってきた犯罪集団だということだ。
「招かれざる客という事だな」
シャオは手早く支度をすると、アガリクス2基地を出る支度をはじめた。
「ダラン!ダランはいるか!?」
シャオが通信機に語り掛けると、ほどなくしてダランの声が返ってきた。
--いかがしました?シャオ様?
シャオは手を止めずにダランに幾らか指示を出した。
「今から私は『上』へあがる。船足の速いクルーザーを用意しておいてくれ。それからサイコボールだ。」
コンティキ号の中でシャオとダランの通信を漏れ聞いていた他の党員たちも気色ばんだ。
--ご承知しました。
シャオはダランとの通信を切ると、スペーススーツに着替え、アガリクス2と低軌道との往復用ボールの収納されているポッドの一つに体を滑り込ませる。
ポッドの中からポッドのハッチを厳重に閉めると、次はボールに乗り込む。
そしてボールのハッチも閉められると、ポッド内部の減圧がはじまった。
そして、次に加圧がはじまる。
そうしてポッド内部の大気は木星の大気に入れ替わったのだ。
ポッドの外壁が開くとボールを固定していたアームが伸びて、ボールを拠点の外へ押し出した。
「……出力よし。」
今回、アガリクス2になった時に大きく変化したのが、この基地の出入りのプロセスだ。
より低リスクに、スムーズに、離発着が可能になる。
シャオが無言でスロットルを倒すと、ボールは白い光芒を吐いて木星の空へ上っていった。
彼ら大枢党にとっては紛れもなくそれは「ボール」であるが、この「ボール」は地球圏でボールが発明されてからいくばくかの時が流れ、地球のモビルスーツの進化から切り離された「ボール」だ。
大気圏を出た直後にボールの色が変わった。
木星の多すぎる水素から機体を守るための塗料が、今度は宇宙仕様の塗料に変わったことで色が変わって見えるのだ。
これが木星人にとっての常識で日常茶飯事だ。