カルバペネムの点検を急ピッチで終わらせたミイワ隊がアザニアに到着したころには、大枢党の人間はコンティキ号まで撤退を終えていた。
コンティキ号とはいっても、旧来のコンティキ号ではなく大枢党によって新造された宇宙基地であるが、そんなことはどうでもいいとして、木星船団公社保安部もミイワ隊に気を取られている間の出来事であったため、木星圏の人間全員が狐に化かされたような顔をしている。
オールドワンでは大枢党の評議員でもあるゲザリ議長が拘束される騒ぎだ。
ヒカリはその頃、保安部の人間と一緒にオールドワンにいたのだが、娘と妻を誘拐されたと知って崩れ落ちた。
「チンペー・イートンも前歯を一本折る怪我をされたそうです。」
ヒカリは喉元まで「そんなのどうでもいいわ」と言いそうだったが堪えて、リシュモンの指示を待った。
「まあ、誘拐犯から何かしら要求があるはずだ。待つしかないだろ。」
ほどなく、シャオ・イェンの喋る映像が送られてきた。
要求は食料と大枢党の勢力圏への接近の禁止だそうだ。
リシュモンは特別対策本部を立てて事態に対応するべく、先ずは要求通り食料を集めた。
集め始めた矢先にアザニアから連絡が入った。
「アザニア基地の民間人数名がミイワ隊によって殺害されました。……申し上げにくいのですが、ヒカリさんのお父様も含まれているようです。」
ヒカリは意識が飛びそうになるのを、文字通り歯を食いしばってこらえた。
連中が狙っているのがミノフスキー断章である限り、考えられない事ではない。
リシュモンはヒカリの肩をただ掴んだ。
リシュモンもクラーク・フリース博士とは長い付き合いだ。
無言でただ強くヒカリの肩を掴んだ。
「大枢党から新たな映像が届いています。」
リシュモンはただ一言「映してください」とだけ指示をした。
保安部の作戦室のメインモニターにシャオ・イェンの映像が映し出される。
「木星船団公社の諸君、並びにミイワ大佐とその部下諸君。私は大枢党党首シオ・エンだ。以後お見知りおきを。」
保安部の人間は全員黙ってシャオの映像を見つめていた。
「多少の犠牲は出たが我々大枢党はかねてからの計画通り、ミノフスキー断章を手中に収めた。これがその実物だ。」
モニターに映る色褪せた表紙のノートは確かにミノフスキー断章に見える。
しかし、実物は地球圏に送り返しているので、ヒカリとしては偽物だと言わざるを得ないシロモノだ。
また、多くの木星人にとってもそうだろう。
その偽物のノートをめくりながらシャオは不敵に笑った。
「公開されている内容以上の事は書いていないように見えるがね……信じるか信じないかは君らの勝手だ。さてここから本題だ。木星船団公社及び全宇宙の人類に、私、シオ・エンは木星帝国初代皇帝に即位したことを宣言する。これに反対する者があれば、我が居城にお招きしよう。ご意見は真摯に伺おうではないか。また、大枢党員は今この瞬間をもって全て木星帝国の臣民となる。木星で生まれたすべての子供たちも同様に我が臣民だ。何人たりとも傷つけることは許さん。また木星圏に住む全ての人間は、私に忠誠を誓えば誉れある帝国の臣民となる事ができる。私からは以上だ。」
映像のカメラが引いていくと、窓の外には木星のたなびく雲が見えている。
「よーやるわあいつ」
ずっと黙って聞いていたリシュモンがやっと口を開いた。