父、クラーク・フリースの殺害を聞いて、ヒカリは意識が飛びそうだったが、それよりも今は優先すべきことがある。
大枢党というかシャオ・イェンの目的は明確だ。
ミイワにアザニア基地の子供たちを誘拐される前に確保したのだ。
木星帝国建国宣言がどこまで本気かは分からないが、大枢党はミイワ隊の傍若無人に武力で対抗する大義名分を手に入れた。
そして、少なくともミライが今すぐミイワにどうこうされることは無い。
クロエがどこにいるのか、母のアヤメがどうなっているのかなど、分からない事だらけだったが、シャオに心の中で感謝するばかりだった。
カリストからの続報では作業機械試験場が木星帝国に恭順することを発表して、アザニア基地からの氷の地下通路を封鎖し、アザニア基地の人間の一部が試験場に逃れているそうだ。
「リシュモン保安部長!?我々はどうしますか!?」
木星船団公社直属のJ-VOIDは難しい立場になった。
木星船団公社は一応、地球連邦に従う立場なので、ここで迂闊に動くとミイワ隊を撃退したところでそのあとが難しくなる。
下手をすると、自称木星帝国とたたかうべき立場になる。
「木星帝国に亡命したい人間は黙ってここから去れ。残る人間は『待ち』だ。」
数人が会釈して去る。
木星帝国に子供や家族を「誘拐」されている面々かもしれない。
ヒカリは少し迷って踏みとどまった。
妻のクロエがどうなっているのかの情報がない。
リシュモンはじっと椅子に座っていたが、命令も出さずに保安部が使っている部屋のドアに近づいた。
そしてじっくりと観察する。
「全員、スペーススーツとヘルメット着用。」
小声の命令に全員が従った。
保安部員たちはリシュモンがボンベを装着するのを見て、各々、それに従う。
リシュモンはハンドサインで部屋に残った保安部員全員に体を壁固定するように指示した。
リシュモンはドアの脇の壁を開いて、何か配電盤のようなモノをいじっている。
そしてドアから離れると反対側の壁に張り付いて隔壁を破壊し始めた。
破壊された場所から保安部の部屋の空気が一気に漏出する。全員が部屋の外に吸い出されそうになったが、身体を固定していたので、それもすぐに収まった。
リシュモンは扉二枚分ほどの隔壁を完全に破壊して、会議室から直接外へ出られる開口を作った。
そして、リシュモンは扉に再び近づき、ヘルメットを閉ざされた扉に押し当てている。
扉の向こうの音を聞くためだ。
ヒカリを含む他の保安部員たちは真空が作る無音状態で自分の呼吸音と心拍を聞きながらしばらく待つ。
リシュモンが動いた。
扉の横のレバーを引いて強制開放操作をすると、廊下の空気と一緒にミイワ隊と見られる連邦軍の軍服を着た兵士が、掃除機で吸われるように数名飛んできた。
そしてそのままの勢いで隔壁に空いた穴から黒い宇宙空間へ飛んでいく。
きっとそのあとは木星の引力に引かれて落ちていくだろう。
どうやら、武装していたために咄嗟にどこかを掴めなかった様子で、突撃銃を抱えたまま一瞬で消えて行った。
リシュモンは中から廊下を伺うと誰もいないことを確認したようだ。
そのまま、扉の方に向かうかと思いきや、今、ミイワ隊が吸い出された外へ出ていく。
保安部員、一同、リシュモンについて慎重にオールドワンの外壁を這うように進んだ。
かなり危険な行為だが、オールドワンの外壁に沿ってスペーススーツで移動する訓練は保安部員の日常的な訓練の一つだ。
指さし確認しながら、慎重に、丁寧に、迅速に移動していく。
ヒカリが頭を回すと巨大な木星がこちらを観察するかのように鎮座している。
ミスをすると、高確率であの木星にスペーススーツのまま飲み込まれる。
しかし、その恐怖に身じろぐ人間はJ-VOIDにはいない。
そのままオールドワンに接舷しているダブルスターに接近する。
ダブルスターに張り付くと、リシュモンはハンドサインで数名を選んだ。
そして、リシュモン自身を含めた4人でダブルスターに張り付き、それぞれが別の角度から中の様子を慎重に伺うべく、ダブルスターの表面を這っていく。
その4人がまもなく戻ってきた。
リシュモンは自分以外の3人の顔を見て、そのうち1人についていく事に決めた。
全員が連なってダブルスターの緊急用のエアロックに張り付くと、数回に分けて全員が船内に滑り込んだ。
ダブルスターの中にミイワ隊が見張り役を置いてカリストへ行ったことは皆が知っているが、見張りの人数は多くない。
今さっき、オールドワンに残していった兵士の何人かは大気圧と木星の引力が「事故」を起こして始末してくれたので、ダブルスター内でもうちょっとだけ「事故」を起こせばダブルスターは掌握できる。