ミイワ大佐は残忍で冷酷だが優しい一面もあった。
自分に優しいのだ。
作戦の為ならば自分の命を投げ打つようなタマではなかった。
そのため自分の身辺を守ることを優先して、オールドワンやダブルスターにはあまり優秀な兵士を残していない。
本当に優秀な人間は自分が乗ってきた船と、自分の身辺警護にあてたのだ。
特に、自分の身辺警護にはニュータイプのルーク二等兵を置いている。
とはいえ地球産のメンタルが不安定なニュータイプの典型みたいな人間を使っているので、木星圏のニュータイプに比べると随分と挙動が不安定だ。
結局、大枢党の動きを先読みすることもできなければ、カリスト作業機械試験場への立てこもりを容易に許してしまう事にもなった。
しかし、彼女の任務はミイワ大佐の身辺警護が主なので、それに問題も感じていない。
ミイワも、ニュータイプの事は餌代がかさむ炭鉱のカナリア程度にしか思っていないので、さほどその点は気にかけていなかった。
さて、ミイワ隊はすでにミノフスキー断章をさがしてアザニア基地のあちこちで人を殺した。
生き延びた人間は息をひそめて減圧事故用のシェルターに身を隠すか、作業機械試験場に逃げ込むかしているようだ。
カリスト在住者にとっては無念ながら、ミイワ隊によって既に犠牲者は出てしまった。
それでも一度、ミイワ隊が危険だと分かれば、地元の人間は地の利で上回るアザニア基地で逃げ回るのはそこまで難しくない。
それでも、カリストの人間たちは武装していないので、出会ってしまったらほぼ終わりだ。
そんな中でも命知らずはいた。
現評議員のマイラ・パルトロの勤めていたリタニ開発の元社長であるボロルマだ。
彼自身は親連邦側の人間であるが、連邦の名前を使って横暴と非道を尽くす輩は彼のもっとも忌み嫌う人種だった。
そして、ボロルマはカリストの初期の入植者でもある。
カリストを知り尽くしている人間でもある。
カリストの氷床は昼間でもマイナス100℃を下回り、夜間ではこのあたりでもマイナス180℃近くなる。
そのままではとても住めないので、断熱を行い、なおかつ熱核反応炉の熱を利用して常時温度調節されているのがカリストという場所だ。
当然、アザニア基地の管理拠点に行けばその温度設定は簡単にいじれる。
今は、拠点の人間もあらかたいなくなっているであろうことから、今なら誰でもアザニア基地の温度設定がいじれるはずだ。
ボロルマは木星圏の超低温でミイワ隊を一網打尽にするつもりだった。
元より自分の命などどうでも良いと思っていたミイワだ。
敵にニュータイプがいて企てがバレて殺される事など、気にも留めていない。
それよりも、管理センターで設定をいじれば簡単に戻されてしまうのが分かっていたため、熱核反応炉にほど近いヒートチューブの弁を絞ることでミイワ隊を冷気攻めにしようと思いついた。
その時、カリストにはミイワ隊に対する憎悪や怒り、そして悲しみが渦巻いていたので、ミイワの身辺を警護するルークは「接近してくる悪意」には関心を払っていたが「遠ざかっていく悪意」を気にも留めていなかった。
ミイワ大佐も別に他意はなく、アザニア基地の庁舎を占拠して陣取り、頭の片隅では戦争慣れしていない木星船団公社の人間を蹂躙したことに満足しつつ、もう片隅ではシオ・エンなる若造に木星産のレアな子供を横取りされて皮算用が狂ったことについて憤慨していた。
なので、作業機械試験場なる場所の存在にいまいち気付いていない現状、カリストは自分が乗っ取ったという満足感に少しばかり麻痺していた。
彼らは軍人なので地球の厳しい環境にも慣れているし、年中、スペーススーツ兼用の軍服を着る事にも慣れている。
そうした事情でボロルマがアザニア基地への送熱弁を絞ったことに気づくのが遅れた。
まず、なんとなく寒いなぐらいには感じたので、アザニア基地の管理センターの設定気温を上げた。
それによって空調はより強く基地内を温めようと自動的に送風を強くした。
その送風音を聞いてミイワ隊は満足してしまったのだ。
なんならすぐには温まらないエアコンをポンコツだとアザニア基地の設備をあざ笑っていた。
そして、気づくと吐く息は白くなり、各所に霜が張るようになって緊急事態に気づいた。