「シャオ・イェンは……大枢党は用意周到だった。」
イリーナが新コンティキ号と名付けられた拠点で呟いた。
元は資源を掘っていた小天体を衛星イオにほど近い宙域に配置したのが新コンティキ号だ。
元の天体がさほど大きくない為、巨大とまでは言えないが、それでもジュピトリスに勝るとも劣らない広々とした拠点だ。
アザニア基地に比べれば当然狭いが、子育てができる一通りの設備と施設が整っている。
イリーナは割り当てられたワンルームのアパートを臨時のイートン家として普通に子供と一緒に暮らせていた。
「ということで、私とモンドは元気にやってるから。」
イリーナは端末のカメラを息子のモンドに向けると、通話の向こうにいる夫のチンペーに見せた。
チンペーはアザニアの人間を作業機械試験場に誘導して避難させる折に、銃撃に遭い、かすり傷を負ったそうだ。
ただし、その際にずいぶんな数のミイワの手下を戦闘不能にしていると周囲にいた人間から聞いている。
作業機械試験場に避難させるような知能はチンペーには無いが、白兵戦であればそう簡単には負けないだろう。
チンペーはどちらかというとゴリラに近い生き物だからだ。
イリーナはどことなくそのゴリラの風貌を受け継いでいるモンドを見ながら、チンペーをアザニアに置いてきたのは正解だったと今更ながら思った。
「やはり、脳筋ゴリラは戦地が似合うな。」
命がけだったチンペーに対して無責任なものである。
しかし、イリーナにはチンペーがこんなところで死ぬビジョンが見えないのだ。
イリーナはそういう直感に従って生きてきた。
犠牲を出しながらもカリストの住人たちはアザニアでミイワとの小競り合いを制した。
その話はすぐにオールドワンにも届けられる。
そして、ちょうどその頃、オールドワンはミイワの兵を全員無力化し終わったところだった。
「……ということだ。ミイワ大佐、木星船団公社保安部は貴殿らに武装解除して、木星船団公社の支配下に入ることを求める。」
「断る!」
ミイワは即応した。
リシュモンもミイワが簡単に折れるなどとは思っていなかった。
ミイワの手勢は多いため、カルバペネムは全く無力化されていない。
ドッキングしていたジュピトリスは次の航海のためのメンテが入るため別の場所に移ったが、カルバペネムそのものは同じ宙域で主の帰りを待っている。
ミイワは手勢をだいぶ失っているので、とにかくカルバペネムに帰還して、部隊の立て直しをしなくてはいけない。
流石に木星船団公社も武装した軍艦を制圧するほどの戦闘力はもっていない。
「……何も貴殿らと敵対しようというわけではないのです。木星船団公社の設備は全体的に老朽化が進んでいて、あっちも壊れ、こっちも壊れしておりまして。不慮の事故にミイワ大佐の大事な部下が何人か犠牲になったようでして。被害が大きくなる前に、安全に地球圏にお帰り頂こうというだけの話なのです。できる限りの協力はさせて頂きます。」
これはミイワがこれまで各所でやってきた戦争犯罪を、だいたい事故で片づける傾向が強いというレポートをリシュモンが読んだ上での言葉だ。
ダブルスターのメインモニターには苦虫を噛み潰したようなミイワ大佐の顔が映っている。
画面の向こうでは何やら喚き散らしているが、リシュモンは話半分に聞きながら手元のメッセージを読んでいた。
ミイワ隊が強硬策に出た際に、戦力ではミイワ隊が圧倒的に上だったが、リシュモンは別にいつでもつぶせると考えていた。
どちらかというと地球連邦軍がミイワ隊の処遇をどうするかを仰ぐ必要があったのだ。
なぜかミイワは知らないようだがリシュモンは元々地球連邦軍の工作員であるため、一応お伺いを立てる必要があった。
一応というのは、リシュモンは他の高級エージェント同様に殺人許可を持っている。
本当はミイワを殺害してから連邦に報告でも事が足りるのだが、波風は少ない方がいい。
そのため連邦にお伺いを立てて、返事のメッセージを待っていたのだ。
そして昨夜届いたメッセージには、要約すると「ミイワ大佐は消しても良い」と書かれていた。
それでもリシュモンは考えていた。
ミイワは人間の屑だが、約2年かけて木星圏にきた将校を暗殺してしまうと地球圏の人間はかなり木星船団公社への感情を悪化させるだろう。
もしかすると、ミイワを送り込んで連邦と木星の関係を悪化させることに狙いがあるのかもしれない。