あれから歳月は過ぎ、ヒカリは18歳になっていた。
試験場のテストパイロット、整備士など慢性的に人手の足りない木星圏を生き抜くためにあらゆる仕事を覚えさせられていた。
「リシュモン、今日のオレたちの仕事なんだっけ?」
「地球からやってくるお客さんの出迎えだ」
「荷下ろしじゃなくて?」
「正確には、荷物も人も下ろすんだ。」
ジュピトリス級がドッキングできるステーションはさほど多くないため、そういう場合はカーゴシップで迎えに行くことになる。
地上でいうところのトラックのようなものだ。
回転するリング状の居住区を避けて、工場エリアにカーゴシップをつけると、地球から2年の旅路を終えた人々が大きな荷物を抱えて次々に乗り移ってくる。
「工業エリアの資材は別の船が積むから、俺たちは乗客と手荷物だけ載せきったらアザニア基地へ直接向かうことになってる。」
「OK、それはちゃんと覚えてたよ!」
リシュモンが乗客リストをチェックし終わるとヒカリはカーゴシップを発進させた。
「皆様、24か月の長旅、お疲れさまでした。本船はこれより衛星カリストのアザニア基地へ向かいます。」
船内放送にヒカリのもったいぶった口調が流れる。
「そんなサービスあったか?」
「別にやっちゃいけないってわけでもないでしょ?」
さて、今回地球から来たジュピトリス級輸送艦は木星から見るとカリストの真裏にあたるラグランジュポイントにたどり着いた。
カーゴシップはそこから直接カリストの地表を目指す。
これは実はエネルギーのロスが激しい。
離着陸と無重量空間の移送はそれぞれそれ専用の船で行う方が効率はいい。
しかし、ここは木星。
核燃料も推進剤も豊富にあるため、地球圏の人間がおいそれとはできない燃費の悪い航路でも平気で飛ばしてしまう。
地球圏だとこんな乱暴な運航計画は軍隊以外は立てない。
そのヒカリの操縦する船にミノフスキー断章捜索の密命を受けたイリーナ・フォスターとチンペー・ダシルバも乗っていた。
「フォスターさん!とうとうカリストですね!木星の衛星ですよ!!」
イリーナは妙に自分になついてくるチンペーを心底うっとおしく思っていた。
しかし、旅の途中、酔った勢いでチンペーの任務もまたミノフスキー断章の入手だと知ってしまって以来、チンペーとはつかず離れずの距離を保っている。
元々、フォスターはミノフスキー断章などどうでもよく、ミノフスキー断章を探しているふりをしながら木星生活を楽しもうとしていたのだ。
それもチンペーに先に見つけられて持って帰られてしまえば、ジオン公国軍に叱責付きで呼び戻されるのは目に見えている。
何より、このチンペーに何かで負けるのは本当にシャクだ。
「そうですね。衛星、楽しみですね。」
機嫌よさそうな顔で答えるが、胸中では「衛星って楽しいか?」という気持ちでいっぱいである。
さて、カーゴシップの中は簡易的であるが乗客が快適に過ごせるような装備がいくらか持ち込まれていた。
シートはリクライニングして簡易ベッドになれる優れものだったし、給水器も清潔に保たれている。
乗客はスペーススーツを脱ぐことは許されていなかったが、ヘルメットは外してよかった。
そうして、乗客からすれば長い長い旅の末、カーゴシップは衛星カリストに着陸(着氷?)した。
「長旅、お疲れさまでした。本船の機長は私、ヒカリ・フリース、副機長はリシュモンが務めさせていただきました。」
「なんで、俺だけ下の名前だけなんだよ。しかも、正式にはリシュモンじゃなくてリッシュモンだからな?」
その船内放送を聞いてイリーナはきょとんとしていた。
何ということ。
うろ覚えながら、確かヒカリ・フリースはミノフスキー断章を持って逃げたクラーク・フリースの息子ではないか。
チンペーは途中から完全に寝落ちしていた上に、今の船内放送にも全く反応しなかった。
イリーナはそれにもやや腹を立てながらも、ヒカリ・フリースに接近するチャンスを逃してはいけないと自分に言い聞かせた。
「機長さん、ありがとうございました!」
機長と言うからには年長者だろうと思って話しかけたが、どうやら違ったみたいだ。
「俺は副機長のリッシュモンだ。今日の機長はあっち。」
「あ、失礼しました……」
イリーナはそそくさと若い方に声をかける。
「どうもありがとうございました!私、初めて木星圏に来たんですが、ちょっと知り合いもいなくて心細くて……」
とっさに適当な事を言ったが、イリーナは「冷静に考えると自分の行動は若い男ならだれでもよい男漁りをする年増女に見えていないか?」と疑念を感じた。
「……心細くて不安だったんですが、長旅でいろんな方と仲良くなれまして助かりました!」
「……それは……よかったですね。」
ヒカリは急に知らない女性から長旅の良いところを聞かされて反応に困った。
「チンペーさん、こっちですよ寝ぼけてないで!」
イリーナはとりあえず寝ぼけているチンペーをダシに使ってこのプチ窮地を脱することにした。
リシュモンとヒカリは二人を見送る。
「変な女だな。」
「なんかフレンドリーな人なんですかね?」
そして二人は仕事の後片付けを始めた。
*****
さて、そのころ木星圏評議会では大変な事になっていた。
「そんな重大な事実を今まで隠していた!?」
少し巻き戻して説明すると、概要はこうだ。
木星からの資源を満載して地球へ立ったはずのジュピトリス級が一艘、地球行きをぶっちしていたというのだ。
そして、そのジュピトリス級は木星圏に巧妙に隠れていたという。
これまで木星圏で散発的に発生していた略奪事件でずっと謎だったのは「あんなデカい物、盗んでどこにしまう?何に使う?」であったが、ジュピトリス級が一艘あるとなれば話は全然変わってくる。
「隠していたんじゃない!隠されていたんだ!」
「同じだろう!?」
「全然違う!普通、地球側に資源が届かなければ、地球側から文句が出るだろう?それが来なかったんだ!航行記録も提出されていた……ニセモノだったがな!」
ため息をついて評議員の一人がどっかりと座りなおした。
気づくと大半の評議員が立ち上がっている。
「アースノイドめ!我々の目を盗んでジュピトリス級を一艘着服していたってことか?!」
「それが地球の人間の手引きでもないようで……」
「じゃあ誰が?」
評議会議長が「ひとまず全員座りましょうか」と声をかけた。
評議員たちが腰を下ろす。
そして議長がそのまま話し始めた。
「理事からの報告によると目下調査中ですが……おそらく、木星資源計画の最初期メンバーのうち何人かが黒幕だろうと……」
そもそも、議長を含めてこの場にいる人間の何人かは、その「木星資源計画の最初期メンバー」だった。
「あいつら……」
誰からともなく大きなため息が出る。
今でこそ木星圏は秩序と寛容が満ち溢れているが、過去には生粋の荒くれ者の土地だったのだ。