木星圏評議会は頭を抱えていた。
詳しくは理事会からの調査報告を待つしかないが、木星の窃盗団の正体が木星資源の最初期メンバーの老人たちだったとは
「いや、そう不思議じゃない。」
そう、不思議ではない。
「そもそも、お前らだってなんとなく感づいとっただろう?」
「それはおたくも同じだろう!」
評議員たちの何人かはその最初期メンバーだというのは以前に述べた通り。
では、なぜそこから評議員になった人間と、なれなかった人間に分かれたのか。
理由は簡単で、評議員になれた人間はずるがしこかったのだ。
だいたいが他人を蹴落として今の地位があるのだ。
しかし、蹴落とされた方がずるがしこくなかったわけでもない。
そもそも、最初期メンバーで今でも生きているという事実が、相当にしぶとい人間である証明だ。
ただ、権力を求めてずるがしこさを発揮した人間であるか、それ以外のものを求めてずるがしこさを発揮した人間なのか、それがその後の運命を決めた。
だから窃盗や略奪事件が起きた時も、そうした連中の破天荒ぶりとしぶとさを感じてなあなあにしていたのだ。
評議会にしろ、木星資源計画にしろ、連中は裏の裏まで知り尽くしていて、地球圏に漏らされたら木星評議会が解体しかねないスキャンダルもいくらかあるだろう。
「しかし……まさか最初に盗んだのがジュピトリス……あのジジババら……」
苦悶している本人が既にそのジジババである。
会議室の扉があいた。
「失礼します!理事会からの調査報告が今届きました!」
議長が顔の前で手を振る。
「失礼ではないよ。木星圏の常識から考えたら君ほど上品な人間はなかなかいない。もしよかったら、調査報告を我々老人に分かるようにそのまま読み上げてくれまいか?」
「承知しました!」
若い理事会の使いが朗々と調査報告を読み上げる。
会議室をどんよりとした空気が漂う。
「どうやら、悪い予想は完全に的中していた。一番面倒くさい連中が再び青春を謳歌しようとしている。」
「また、『船頭多くして船、山に上る』時代が来るのか……」
比較的、若い評議員がその言葉にひっかかった様子だ。
「船頭多くして……って何ですか?諺ですよね?」
「誰が言ったか忘れたが、木星野郎のスピリットを現した言葉なんだ。地球の連中は『船が山に登ってしまうから船頭が多くてはいけない』と考えるだろ?」
若い評議員は「はい」と答えた。
「木星野郎どもは山に登るために船頭を増やすんだよ。誰だっけな、これ言い始めたの。」
「私だよ。当時はいい言葉だと思ったんだ。」
評議会議長が眼鏡をはずして眉間のあたりを指で揉みながら白状した。
「目的も手段も違う人間が寄ってたかってやりたい放題やることで、新しいモノを生み出せると考えていたんだ。まあ、実際、それが今日の木星圏を支えている部分もある。」
評議員の一人が拳で机をたたいた。
「老人共は何を考えとるんじゃ!!」
*****
「しかし、コンティキ号もなかなか手狭になってきたな。」
居住区を見回りながらシオ・イェンはにこやかだった。
コンティキ号とは評議会が話題にしていた、着服された例のジュピトリス級に大枢党がつけた名前だ。
大枢党とはシオが所属する、木星圏のアウトロー集団である。
木星圏で艦艇、機械、モビルスーツ、果ては人材をくすねにくすね、今や単独で木星のヘリウム採掘ができる状態にまでなっていた。
評議会がにらんだ通り、大枢党の立ち上げメンバーは木星資源開発の初期メンバー、木星圏の最古参たちであったが、彼らは大枢党の運営には興味がなく、大枢党の活動によって得られた物資を使って好き勝手に活動している。
結局、大枢党はシオともう一人、Q(キュー)と呼ばれる人物の二人が共同で運営していた。
「それでは、あとは頼んだ!しっかりやるんじゃぞ!」
リーがシオに声をかける。
数名の仲間とともに旧式のスペーススーツを着込んでいる。
「師匠、ご達者で!」
「うむ、調子よければ3年か5年ぐらいで戻る。」
リーとその一団はこれから土星探査へ赴くのだ。
リーはこのまま残っていれば、大枢党の絶対権力者ともなれる人物、建国も夢ではない大人物なのだが、シオはリーの下で働けた数年と、その心地よさを噛み締めるように思い出しながら、背中を見送る。
シオは本質的には自分はナンバーツーの人間なのだと自負していた。
しかし、現実はそう甘くない。
Qとの共同運営といえども、Qはどちらかというと徹底した科学者であり、技術屋だった。
また大多数をアジア系が占める大枢党においてQは珍しく欧州にルーツがあるアフリカ系だった。
人種や肌の色は運営には無関係であるはずなのだが、はみ出し者が多い大枢党では、そこを気にする人間も少なくない。
自らに不足があることを自覚しつつも、シオ自身がやるしかない。
そして後継を育てるのだ。
あわよくば人種とルーツに関するわだかまりも解消しなくてはいけない。
またそれがQがシオのような若者を大枢党の上層に据えておきたい理由でもあった。
「よし、現在、大枢党の第一目標は食料の増産だ。皆も理解してくれているように、食料は略奪でも手に入るが、その炭素は最終的に我々が吐く二酸化炭素になる。余剰した二酸化炭素は固化して貯蔵されているが、その二酸化炭素を食料生産に回して、一刻も早く我々の人口を上回る炭素循環を実現しなくてはいけない。レポートを!」
シオの指示で技術者の一人がレポートを読み上げる。
「現在、大枢党が保有するドライアイスの量は炭素換算で大枢党員が必要とする4倍以上あります。しかし、炭素循環で得られる食料の量はわずかに足りません。」
シオは頷いた。
「ありがとう。聞いての通りだ。とにかく農地を増やす必要がある。」
党員の一人が手を挙げて発言を求めた。
「クロレラ培養装置を増やしては?」
シオはその意見を肯定した。
「君の言うとおりだ。ただ、我々の食生活がクロレラ錠一辺倒になるのはあまり好ましくない。」
別の党員が手を挙げて補足する。
「現在、我々は栄養的には問題ない食状態ですが、健康面から考えると圧倒的に食物繊維が足りていません。これは宇宙世紀以前の宇宙食事情に似ています。」
「ということだ。植物育成灯に回すエネルギーは有り余っているのだから、もっと増産できるはずだ。」
議論しているところへQが手を挙げた。
「よろしいかな?」
「是非ご意見を」
シオは気がけて大枢党の人間には敬語を使わないようにしているが、Qは別格だった。
シオの中では現在の大枢党の事実上の支配者だ。
「先史時代の人類に倣って、プランターを居住区や通路など各所に配置してみるのはどうだろうか?観葉植物という概念は長らく木星圏では忘れられているが、人工培養土の衛生にさえ気を付ければ生活圏の空気もフレッシュにしてくれる。特に夜間常時点灯している連絡通路的な場所はメリットがあるんではないか?」
こうして盗人集団の大枢党は妙に緑化されていった。