ヒカリとリシュモンは生活物資を持って小さなステーションを回る任務に就いていた。
「めんどくせえなあ」
リシュモンが漏らす。
カーゴシップの操縦をヒカリに任せて、自分はスペーススーツを脱ぎ、操縦席でくつろいでいる
「きちんと働きましょうよ。」
ヒカリはやる気のないリシュモンに不平を漏らすが、実際のところリシュモンは十分に仕事を果たしていた。
若いヒカリを監督して訓練する責任だ。
そして、リシュモンはその仕事を完璧にこなしきっていた。
要するに教えることが無くなって暇なのだ。
「もう、ヒカリは1人前でいいと思うんだがなあ」
「身体がなまらないように筋トレでもしたらどうですか?」
リシュモンが操縦室から船内の仮眠スペースをちらりと見ると、仮眠用ベッドではイリーナが寝ている。
その横でチンペーが器具を使って筋トレをしている。
「使用中だってよ」
「あの人たち何でいるんです?」
「ヒカリが乗せたんだろ?」
「リシュモンが乗せたんじゃないの?!」
二人は大きくため息をつくと同時に
「まあ、いいか」
と結論した。
カーゴシップの窓の外の巨大な木星を見ていると些細なことは気にならなくなるのだ。
リシュモンが船内にマイクで放送をはじめた。
「本船はまもなくJ・メチウスステーションに到着します。乗員はシートに着席の上、ベルトを締めて安全な体制で衝撃に備えて下さい。」
「リシュモンもスーツぐらい着なよ。」
リシュモンはなにか言い返そうとしたが「そうだな」と言ってスペーススーツに袖を通す。
「俺っちもそろそろ若者の言う事、聞くようにしねえとな……」
「そこまで言ってないよ、めんどくさいなあ」
特に問題なくヒカリは船をステーションにドッキングした。
J・メチウスステーションの係員が眠そうに応対する。
「荷、下ろしますか?」
「ああ、大丈夫、こっちで下ろしま……」
ヒカリが景気よく答えるのを、リシュモンは手で遮った。
「いや、俺たちも朝まで仮眠してから荷降ろしにします。」
「助かります。」
係員は大あくびをすると、受付の椅子でまたうとうとし始めた。
無重量状態なので、椅子に座っている必要はないのだが、どこかに体を固定していないと、目が覚めた時どこに流れ着いているか分かったものではない。
リシュモンとヒカリは一旦船内に戻ると、最低限のチェックだけして体を伸ばした。
およそ、地球圏であっても、およそスペースノイドは25時間を一区切りに生活をしている者と、24時間を一区切りで生活している者に分かれる。
ステーションや基地間で昼夜の感覚がずれることがあるのだ。
ヒカリは「昼」に到着したつもりだったが、どうやらJ・メチウスステーション的には真夜中だったのだろう。
リシュモンも分かっていたわけではないが、柔軟に判断した。
「リシュモン、ありがとう。」
「いや、単に中年はサボれるときにサボりたいってだけだ。」
そういうと、リシュモンは自分の端末を取り出して少しいじると、またすぐうとうとして眠り始めた。
--もしかすると、リシュモンが隙を見つけて昼寝してるのは、ステーション間での時差に対応しやすくするためかもしれないな
ヒカリはそんなことを思いながら眠気が来るのを待った。
そして気づいたときにはリシュモンがJ・メチウスに降ろす荷物をすっかり終えていた。
「起こしてくれれば良かったのに!」
「ヒカリは長距離操縦したんだからその分眠る必要があるんだよ。これ、船乗りの常識だぞ?」
J・メチウスは旧式の宇宙ステーションとはいえ50人規模の収容力を持つ。
木星で採掘した原大気から核燃料として使う放射性物質を取り出す濃縮プラントだ。
木星圏にはこうした濃縮プラントが散在し、ここで濃縮された核燃料は最終的にジュピトリス級に積み込まれて地球圏へ送られる。
ちなみに放射性物質ではない普通の水素やヘリウム、少ないがアンモニアなどは、アンモニアやヘリウムのように利用価値がある物質は回収して利用もされるが、特に余剰する水素は低品質の推進剤として利用される。
「なんで水素は価値が低いの?」
「取れ過ぎるのと、水素脆化が問題になるのよ。水素が積める推進剤のタンクは、耐水素脆化素材で作らなきゃいけないだろ?しかも、水素は体積に対して質量が小さい。推進剤としてもあまり役に立つ方じゃないよな。」
ヒカリの問いにリシュモンが答えた。
「その話、小生も興味あります!」
チンペーが寄ってきた。
「いや、もうほぼ終わったんだが……兄ちゃんは『水素脆化』って言葉は知ってるのか?」
「知らないであります!」
チンペーはびしっと敬礼した。
やや遠巻きにその会話を見ていたイリーナは軽く頭痛がした。
木星航路の中で誰かにレクチャーされていたはずだ。
「まあ、知らないなら仕方ねえな。まず、水素ってのは特別に粒子の小さな気体なんだ。それで生半可な金属には浸み込むように入り込んじまう。金属に気体が浸み込むんだ。そして、水素は浸み込んだ金属をじょじょにモロくボロボロにする性質がある。この性質の仕組みは宇宙世紀になっても完全に解明されてねえらしい。ただ、よく言われるのは酸が金属を溶かすのとほぼ同じ現象じゃないかってことだ。」
チンペーは「ふむふむ」と言ってきいている。
ヒカリは少しだけ、このチンペーと言う男性の理解力に不安を覚えているが、ひとまずそれについては黙ることにした。
「この水素脆化は木星圏の機械にとっちゃ天敵みたいなものの一つだ。そもそも、水素脆化が起きにくい金属はバリエーションが少ないから、作れるものに制約が出る。水素脆化を防ぐ塗料もよく活用されるが、塗装についた微細な傷からでも水素脆化がはじまって機械をオシャカにすることがある。そして、これは重水素でも同じ現象が起きるんで、核融合用の燃料の重水素を貯蔵するタンクなんかも同じ問題にさらされる。」
「塗装と耐水素金属ってどっちが正解なの?」
リシュモンは一度手を止めて
「どっちも正解じゃないから、日夜、皆研究してるんだよ。」
「あー、なるほど」
ヒカリは一通り納得したようだ。