リシュモンは興が乗ってきたのか、水素脆化の話をつづけた。
「ただ、耐水素金属って言ってもあくまでも『耐える』レベルで、結局、今んところ完全に水素脆化から逃れる金属は経済的な理由も含めて実用化されていないのが実情だ。」
ヒカリは不服だった。
「どうすんのさ?」
「使用期限を定めてオーバーホールよ。」
そう話していると、見慣れない男性が二人やってきた。
「興味深い話をしていますね。水素脆化問題は木星圏では誰しも逃れられない課題ですからね。」
ヒカリが声の方を見ると、銀色のゴーグルをした金髪の男性が浮いていた。
「失礼、急に声をかけてしまいました。私はイェン、こちらはダラン。このJ・メチウスステーションには核燃料の濃縮プラントの見学に来ました。」
自然に手を差し出されたのでヒカリはイェンと握手した。
リシュモン、チンペーもそれに倣う。
イリーナだけは少し距離があったので、イェンもそこまで手を伸ばすことはしなかった。
イェンはそのまま話し始める。
「当然、私も水素脆化について無関心ではいられないので、自分なりに勉強しては見たのですが、なにぶん僻地の基地を転々としてまして。」
謙遜なのか告白なのかはっきりしないが、水素問題についてはリシュモンも木星圏の共通の問題だと認識している。
知識を出し惜しみするのは得策ではないと考えて話し始めた。
もしかすると、リシュモンにとっても新しい知見が得られるチャンスかもしれないのだ。
「結局のところどうしても水素から金属のフレームを守りたい場合、カーボンプラスチックを構造体の上から吹き付けるのが上策だということにはなっている。ただし、カーボンプラスチックはそこそこ熱に強いとはいえ、ジオンがモビルスーツで使う流体パルスシステムに完全に対応できるほどの耐熱性はない。だから、フィールドモーター技術を持つ連邦は比較的、カーボンプラスティック樹脂コーティングを使いやすい。対してジオン公国のモビルスーツは耐熱・耐水素塗装を頻繁に塗りなおす方式を採用しがちだ。ただし、両者ともにバーニアのノズルのような高温になる機構にはその手法が使えない。だから、そうしたパーツは消耗品として、頻繁に交換する……要するにメンテナンスの分野で対応しているのが実情だ。……と、ここまでは常識かもしれないが……」
ヒカリがリシュモンの言い方に引っかかった。
「『しれないが』なんだよ」
「その言い方は何かあるのでしょうね。是非、ご教授願いましょう。」
リシュモンは得意げに話をつないだ。
「最後に聞いた話だと、ジオン公国が『セルフ・テンパリング』って概念を研究してるって噂があるんだ。」
イリーナの片眉が上がった。
そこそこ技術畑に近い場所にいたはずだが、そんな話は聞いていないのだ。
「ここ一年ぐらいで生まれた発想らしいんだが、バーニアを噴射するノズルが高温になるのを利用して、金属の焼き直しをする技術だ。これまでも水素脆化されそうな金属をあらかじめ高温で焼いて寿命を延ばす方法はあった。それを一歩先に進めて、使うたびに焼き直すことで金属を生まれ変わらせるって発想だな。」
「素晴らしい!お名前をうかがってもよろしいですか!」
リシュモンは「リッシュモン」と「ッ」を強調して自己紹介をした。
イリーナは自分が地球圏を離れた後の発明だと聞いて、少し切ない気持ちを感じていた。
「ただ、ジオンは今のところ水素大気内での作戦行動をする場面がない。燃料タンクはそもそもそんな高温にならねえから、発想が生まれたという段階で昔のなじみがデータを送ってくれたのよ。」
イェンが拍手しながら「ブラボー」と言った。
「軽い気持ちでお話を伺ったら、素晴らしいお話を聞かせてもらえました。それではこちらも一つご披露させていただきます。」
「おお、聞く聞く!」
イェンは極めて端的に話をした。
「耐水素塗装は既に存在します。カーボンプラスチックもそれに近しいものではありますので。ただし、頻繁に塗りなおす必要がある。そこで自己修復型耐水素塗装という可能性を現在研究している連中がいるようです。」
ダランは心の中で「それは外に漏らしていい話なのか?」と少しだけ思ったが、顔にも、口にも出さなかった。
「自己修復!?」
「そうです、今のところ完全に乾燥して硬くなる塗装ではなく、生乾きの流体の塗装が半ば表面張力のような作用で、塗装にできた微細な傷を埋め続ける……という方向性で研究しているようで。」
「なるほど、重力下のアスファルトみたいなものか……」
「そして、その塗装自体に還元能力を添加することでさらに盤石になると考えられていますが、現実的にそんな夢のような塗装が作れるかどうかは謎です。」
リシュモンは大きく息を吐いた。
「いやいや、その話もすげえなあ……あくまでも外板と構造分野の話だけにしても、その技術が実現すれば木星圏のモビルスーツの寿命は一気に延びるぜ!」
現行、メンテナンスのノウハウが充実してきているため、水素脆化でモビルスーツや作業機械が破損することはまずないが、そのために整備士たちはかなり神経質な整備を強いられている。
実現するかは不明だが夢のある話であることに違いはない。
一同、すっかり打ち解けた素振りで歓談しているところ、急にステーション内で警報が鳴った。
「減圧!減圧!繰り返す、減圧!減圧!」
ステーション内の人間が弾けるように動き出してスペーススーツとヘルメットを着用する。
おそらく何らかの原因でステーションの空気が漏れたのだ。