4人は怒涛の勢いで現地スタッフのところへなだれ込んだ。
「酸素ボンベはどれぐらいありますか!?」
「廃棄されるヘリウムはどこに固まっている!!」
ヘリウムが足りるのはダランとイェンがプラント見学の際に確認済みだった。
酸素はタンクではなくボンベの状態で散在していた。
「運んで!運んで!」
緑のボンベを抱えてステーションの人間がどんどんとカーゴシップに乗り込む。
「ヘリウムタンクは私に任せろ!」
イェンがどこかからかかっぱらってきたボールを起動してプラントにあったヘリウムガスボンベを取り外してカーゴシップに載せるべく奮闘している。
「若!ご武運を!!」
ダランは現地のスタッフとステーション内を駆けずり回って乗り忘れがないか確認している。
避難を開始して誰かが気づいたのだが、必ずしも全員が避難する必要はなかったのだ。
余裕をもってエアの補充ができる人数はステーションに残っても問題がない上に、ステーションには軌道修正用の推進剤が潤沢にあった。
酸素とヘリウムの混合気体「ヘリオックス」で要避難者が生存できる時間とステーションに残れる人数の相関関係をAIに解かせることで、手近なステーションに30人余りが脱出するのが最適解だと判明した。
その30人が脱出してさえしまえば、最悪、イェンとダランが乗ってきた船足の速いクルーザーのピストン輸送でも全員避難できる見通しすら立った。
「ハッチ閉めます!」
ヘリウムタンクと無数の緑の酸素ボンベ、そして30人あまりの避難者を乗せた状態で、カーゴシップの荷室は気密にされた。
ステーションの医療スタッフが気圧計を睨みながらヘリウムと酸素を荷室に放出する。
そして、看護師の一人が最初にヘルメットを脱いだ。
「成功です!!」
それを見て、他の避難者たちもヘルメットを脱いだ。
「貨物室、ヘリオックス作戦成功しました!」
操縦室と貨物室の空気は遮断されているので、イリーナの作戦成功の報告はモニター越しだった。
「イリーナさん、声が変だよ」
イリーナが画面越しに微笑む。
「フフフ、そうですね、おかしいですね。」
だが、荷室の試練はまだ終わっていなかった。
「二酸化炭素、警戒濃度に近づいています!皆さんの中でお気分悪い方いませんか!」
挙手した人間を看護師らしき人間が酸素ボンベの前まで引きずって、わずかだが直接酸素を吸わせた。
「大丈夫ですか?」
声をかけながらペンライトを耳たぶに当てる。
「それでは皆さん換気を開始します!体を壁面にバンドで固定してヘルメットを着用してください!」
イリーナが荷室内を飛び回って全員がバンドで固定されたのを確認する。
その後、自分もしっかりと固定する。
「ベンド開始!」
荷室に備え付けの旧式のトイレを使って荷室内の空気を抜いていく。
全て抜くわけではなく二酸化炭素濃度を十分下げられるところまで一旦大気圧を下げ、そこから酸素とヘリウムを再度安全な濃度で満たすのだ。
その間、減圧症でやられないために荷室の人間はヘルメットを着用するのだが、もうスペーススーツにはエアは残っていない。
単純にヘルメットの中の空気で我慢するだけのやせ我慢ということになる。
イリーナは荷室に乗り込むのを自分で選んだ。
ジオン公国軍にいた時に特殊なサバイバル訓練を受けた経験があるからだ。
荷室の減圧中に、減圧操作を担当する人間の顔を瞬きせずに注視する。
単に安全装置を切った状態でトイレの流すボタンを押し続けるだけの作業だが、押している女性が気絶したら大変な事になるからだ。
幸いにもイリーナの心配は杞憂に終わった。
排気が終わると、すぐにヘリウムと酸素のノズルが開かれる。
無言で看護師の一人がヘルメットを脱ぐ。
それに続いて全員がヘルメットを脱いだ。
「空気が冷たい……」
全員の吐く息が白い。
イリーナが自分の体につながるバンドをはずすと、操縦席につながるマイクに飛びつく。
「ヒカリ!荷室の気温がめちゃくちゃ下がってる!」
「お嬢ちゃん!農作物の凍結防止用のヒーターがある!」
リシュモンが即答した。
「全く考えてなかった……」
ヒカリがそうつぶやく。
それを聞いてリシュモンが自嘲気味に笑った。
「俺もだ。」
加圧されたタンクから出るガスは低温になるという大原則を二人とも完全に忘れていたのだ。
ヒーターがあったから助かったものの、危うく低体温で犠牲者を出すところだった。
「寒さ問題、ヒーター入れたら解決しました!」
モニター越しに報告するイリーナの息はまだ白かった。
先ほどはよほど気温が下がっていたのだろう。
一次的にスペーススーツの防寒性能を下回る低温になっていたということだ。
この脱出計画のために酸素とヘリウムの量を計算したエンジニアが、一回の換気の状態を見て再計算を終えていた。
「酸素量は当初の計算より余裕がある。」
さらに近隣のステーションからは十分キャパシティのある旅客用の船が、こちらに向かってすでに出たという知らせも入った。
そんな船がそこにあった事がすでに幸運だ。
「ヒカリ、計算は俺がする。任せろ。」
リシュモンはランデブーポイントに向けて航行計画の再計算を始めた。
地上でバスとトラックが合流するのと違い、宇宙船同士が合流する場合は綿密に計算して減速する必要がある。
しかし、これによって酸素の量が足りなくなるリスクを大幅に減少させた。
ヒカリはリシュモンから受け取った変更された航行計画通りに飛ばした。
宇宙船はモノにもよるが、宇宙空間を超音速で飛んでいる。
たった一秒減速が遅れるだけで、数百メートルから最悪数キロメートルのズレが出る。
それを1メートルでも減らせば、それだけ荷室で不安な思いをしている人たちの心の平安が早く訪れる。
「緊張すんな。お前は十分優秀な船乗りだ。いつも通りやればいい。」
リシュモンはヒカリの方を見ずにそう言った。
それから、しばらくの後、ヒカリの操縦するカーゴシップと、妙にド派手なペイントの客船という名前のタンカーがランデブーした。
話によると、どっかの団体が職員の慰安旅行用にタンカーを改造して作った船らしい。
全ての避難者が客船に乗り移ったのを確認すると、ヒカリは客船の後を追ってJ・メチウスステーションに引き返すことにした。
チンペーを置いてきたのもあるが、イェンとダランにもお礼が言いたかった。
イリーナも操縦席のある前部区画に戻ってきた。
「ヒーターを切って、トイレの安全装置はONにして、あとはタンクとボンベを降ろせば元通り。お疲れ様。」
そういって、仮眠室に倒れこんだ。
そして、最後に誰が使ったか分からない枕に顔をうずめて泣いているのがばれないように寝たふりをした。
「あのお嬢さん、今まで猫かぶってたな。こっちに来た時はあんなしゃべり方じゃなかった。」
リシュモンが小声でヒカリに言う。
「良かった……」
「うん?」
リシュモンがヒカリを見るとヒカリの顔の周りには大粒の涙が舞っていた。
「本当に良かった……誰も見捨てなくてよかった……みんな助かって良かった……」
リシュモンはヒカリの頭をポンポンと叩くと
「チンペー以外はな」
と言って、若人の涙につられて少し泣いた。