「リシュモン!」
木星が近づくジュピトリスの艦内をヒカリは飛んでいた。
「ヒカリ、また工場エリアに来てるな!子供は無重量エリアに来ちゃダメなんだぞ!」
実際には木星航路に子供はあまり乗らないので、そんなルールはないが、関係者以外立ち入り禁止ではあるので子供に限らずヒカリはここに来てはいけない。
しかし、それを咎める大人はあまりいなかった。
ヒカリはジュピトリスの内部について十分学んでいたからだ。
「木星圏について教えてくれよ!」
ヒカリはこれまで何度も地球を(外から)見たことがある。
その地球だって十分大きいと思っていたのに、木星は近づいても近づいてもたどり着かないばかりか、どんどん大きく見えてくる。
いてもたってもいられなくなって顔なじみのエンジニアのリシュモンに聞きに来たのだ。
ヒカリはジュピトリスについては十分学んだ。
とはいえ、15歳の少年がジュピトリスのすべてを学ぶことは不可能だが、十分に学んだ。
今度は木星について知りたくなったのだ。
「それは俺の専門じゃねえな」
「じゃあ誰に聞けばいいの?」
リシュモンは工場内で油を売っている背の高い女性を指さした。
「えー……オレ、ホアンさん苦手」
「生意気言うなよ……この船でお前にちゃんと木星のことを教えてくれそうな人はあの人しかいねえぞ?」
リシュモンは渋るヒカリを目で促した。
ヒカリは観念して背の高い女性……ホアンの前に立つ。
「あの……ホアンさん……木星について知りたいんですが……」
ホアンは自動工作機から視線をヒカリに移す。
「木星のナニについて知りたい?」
「え!?……えっと」
ヒカリはしどろもどろになった。
ホアンは小さくため息をつくと短く講釈を垂れた。
「まず、木星は地球から肉眼で見えます。」
ホアンはそういうと、無重量の工場エリアを窓際まで移動した。
窓の外には巨大な木星が見える。
ヒカリは真面目腐った顔で同じように木星を眺めた。
「なので木星は地球にいた我々の先祖が肉眼で発見することができた惑星の一つです。ここからだと衛星まではっきり見えます。裏に隠れてたりして見えにくいですが、とりあえずあれがエウロパ。」
「エウロパ」
ヒカリは本当はこんなことが聞きたかったわけではなかった気がするが、何やら面白そうなので素直に聞いていることにした。
「惑星と衛星の違いは分かりますか?」
「分かるよ!太陽の周りを回るのが惑星で、その惑星の周りを回るのが衛星だろ!」
ホアンは指を振った。
「半分正解、半分不正解。太陽の周りを回るのは『太陽系の惑星』であってすべての惑星じゃありません。空に光る星のほとんどが恒星で、その恒星の周りを回る星は全部惑星です。」
ヒカリはそんなことは知っていたが、一発で正解できなかったことが悔やまれた。
「そして惑星は私のルーツの国の中国では『行星』、君の母のルーツの国の日本では『惑星』と言います。これは惑星が空の星座の中を好き勝手に動き回るからそう呼ばれました。」
「そ……そうなの?」
ホアンは少し微笑んだ。
「そう、だから惑星はだいたいどこの文明でも神様扱いされたりしたんです。夜空を自由に動ける神々だと考えられました。」
そういうとメモに「太岁」と書いた。
「これが中国の昔の木星の名前。古代中国では木星の動きで暦を決めていたのでこの『岁』という字は、日本の『歳』という字と同じ意味です。」
そういいながら「歳」という字も書いた。
「まさかホアンさんが地球の言語にそんなに詳しいなんて思ってもみなかったな。」
リシュモンがいつの間にか横で話を聞いていた。
「学生時代に学んだ……と言いたいところですが、木星航路はご存じの通りヒマなので。」
リシュモンは自分のタブレットを取り出して、手書きモードにした。
「そっちの難しいのは書けそうにないが、そっちのやつは俺でもかけそうだな……ほら書けた!」
タブレットには見様見真似で「太岁」と書かれている。
リシュモンも合流した結果、ホアンは惑星資源工学の専門家であることが分かった。
それまで、ホアンを「食事にうるさいだけの人」だと思っていたヒカリにとっては大きな前進だった。